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2015 8/31 『下町風な』

いつのも夏は9月の半ば、ちょうどあちこちで例大祭がある頃くらいまで残暑が続くが、今年の夏はお盆すぎから秋になった。
今朝も寒くてしかたがなかった...
残暑はもうないのだろうか...ちょっと寂しい8月最後の日。
8月初旬、ベランダは45℃を表示していた。毎日の水シャワーが気持ちよ過ぎだった。
なんだかもう懐かしい感がある、ガリガリ君から一転して熱々の豚汁だし。

さて、豊島区や板橋区や北区の台地にある地域はどことなく下町の雰囲気があると言われる。実際に下町だと思っている人や下町の商店街のどこそこと書いてある書物もたまに見かける。これは、大正の関東大震災で被害に遭われた下町の人々が郊外であるこれらの地域に引っ越してきたから、そういう下町(神田や日本橋や東の地域)の匂いや雰囲気があるのだという。たび重なる江戸の大火事で下町からこの郊外へと移住してきた人もいたのだろう。下町から台地を上がったすぐの本郷から先は江戸郊外で、罪人はもう江戸には戻れなかったとも...そういう下町の人が定住したことも関係があるのだろうか。
....なるほどと思った。

豊島区のお米屋のショウケースの中で寝ていた下町風な巨漢の彼女をガン見してたら、目覚めてぐるっと遠回りしてやってきた。
額や頬を押し付けているこの甘えている風な仕草は、どうやら違うのだと最近知った。
頬には臭線というのがあって、人には分らないわずかな臭いをテリトリーにこすりつけていて、お前は臭いがちがうからワシの臭いをつけてやる、これでお前はワシのものだ、これで安心だ、というのだと。
飼い主の風呂上がりに、こすりつけてくることもよくある。おっ臭い臭い、なんで違う臭いになるんだよ、グリグリ、これでワシのもので安心。
...というのだそうだ。
大昔、猫2匹買ってたけどそんなことは知らなかった。

しゃがんだ脚にものすんごくこすりつけてくる....どうやら自分はこの下町風な巨漢の彼女のものになったようだ。

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2015 8/28 『本』

文芸春秋の9月号は芥川賞受賞作二作全文&選評とのことで、売り切れになっている書店が多い。選評もおもしろいと...そして、お得だし。¥980くらいだったか。
で、どこ行ってもなくて、6店舗目にしてやっと発見、ラス2だった。
本は好きで色々読んでいるけど、文芸春秋は初めて。
まだ読んでいないが、楽しみだ。

もうひとつ。
新刊で気になってた“池袋西口戦後の匂い”、たぶん豊島区か板橋区の図書館にも入るだろうと、HPを検索。
貸出し中に予約も入っていたりで、人気があるのがわかる。
で、1冊だけ予約なしを発見。
就寝前、あっという間に読めた。
著者は池袋1丁目、平和通り近くにかつて住まわれていたとのことで、戦後間もない池袋の周辺の施設やお店、神社、通り、川、鉄道、たくさんの出来事、歴史、芸術....などのことを昔と今を織りまぜながら綴っている。
地域史に少しあかるくなってきた自分にとって、とても面白い内容だった。
池袋でよく遊んだ方にはオススメの一冊だ。

今も昔もなにかと物騒な町、池袋に行ってもあまり長居することは今はないが、池袋界隈はおもしろい。
小学生の頃はひとりで池袋には行ってはダメだよ言われていたが、親の目を盗んでまぁ〜よく遊びに行ったのも懐かしい。

と、もうすっかり秋のようだ。
スエットパーカーに短パンという格好が心地いい。

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2015 8/25 『いつもの朝』

もうエアコンは要らない気温になった。
上着を着て寝ないともう朝は寒い。
家(SRC 鉄骨鉄筋コンクリート)よりもベランダの方が涼しい、逆転現象を迎えた。

一ヶ月半ぶりくらいだろうか....いつものように朝JOGがやっとできた。
出だしの最初は寒いくらいに感じて、汗もそれほどかかずだった。
6〜7kmが疲れもなく気持ちがいい、ちょうどいい距離。

それにともなって、久しぶりに食べたソーセージマフィンの朝メシが実においしかった。
主に朝ランしている人はどんな朝ご飯を食べているのだろうか。
妻が作ってくれたハムエッグ的なものか?、みそ汁に納豆+何かおかずだろうか?、適当に自分で焼いたパンとかだろうか?
周りにランナーがほぼいないので、ぜんぜん分らないのだが...

Nike+ Runningが何かお知らせをくれた。
よくわからないが、ゲーム的な感じがやはりおもしろい。
何かアイコンが出ていたので触れてみたら、何か言っている。
耳を近づけてよく聞くと...

「 走ると心も強くなります。
目指せ最強の自分。
安田美沙子でした。」

と、熱い安田美沙子が熱く話していた。
色んな方が何か話してくれるのだろうか。


タモリさんは毎朝7kmのジョグをしていることは有名。
西野カナさんは深夜によくJOGをしているという。
B'z稲葉さんはタモリさんほどではないが走っているという。
これは去年のMステでのジョギング談義の様子だ。

夏の間はいつもの朝JOGが出来ていなかったので、今日は気持ちが良くてしかたがない。

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2015 8/24 『飲酒ウォーキング』

33℃の炎天下の中、ウォーキングで上野まで誕生祝いでうな重を食べに。
レモンサワー片手に飲酒ウォーキング、2本を消費....なかなか気持ちがいいもんです。

団子坂を下って、今は消滅した愛染川を渡り、坂を上っていくと、全生庵というお寺がある。

ここは山岡鉄舟と三遊亭圓朝のお墓があることでも有名だ。
好きな武士のひとりでもある山岡鉄舟、少し前にランニングしててたまたま入ったこの全生庵にお墓があるとは驚いたものだ。

8月中は三遊亭圓朝が怪談噺の参考に収集した幽霊画を全生庵で公開している。via
並行して、芸大で「うらめしや〜、冥途のみやげ」展も開催されていて、こちらもかなり面白かったと妻が言っていた。via
ちょうどこの日は圓朝寄席が行われていた。

境内にある激暑な休憩所でぐったりしてしばし休憩、で、上野の山へ。

あっというまに到着。
木陰で涼んで、うなぎ屋へ。

この日はFunnerというアプリケーションを初めて使ってみた。
これにはランニング、自転車、ウォーキングと3つのモードがあるので、試してみたかったから。
計測距離は7kmとなかなか正確で、軌跡をよくみるとNIKE+runningアプリよりもなかなかいい精度だと分った。
1時間30分の使用で15%とバッテリーを結構喰うけど。
で、ウォーキングなのに消費カロリーは570kcalとなっているけど、これはどうなんだろう....そんなに??
10kmのランニングとほぼ同じだけど....

アメ横の二木で買い物をして、RUNNING SHOPを物色。
とにかく大汗をかいた。
帰りは冷えに冷えた電車で。
ほとんど休憩せずに約3時間うろうろして、もうぐったり。
この日はトータルで10km以上は歩いた。
いい運動になりました。

と、そんな暑い夏もこの日で終わったように日曜日から涼しい。
あっという間に梅雨が明けて、猛烈に暑い夏が始まったと思ったら、もう秋の気配。
38℃を記録したあの日、ほんとうに辛かったな。。
動きやすいのはいいけど、夏の終わり、ちょっと寂寥感が....この時季に生まれたからだろうか。

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2015 8/18 『夏』

もうすぐ終わる、夏。

うちには壁掛け式の扇風機がある。
これがなかなか優れものでエアをよく拡散してくれるので、かなり涼しいのだ。
まだ物凄く暑いけど、そんな夏も終わりに近づく一昨日の夕方、扇風機が壊れたとTELが入る。
羽を留めている真ん中のプラッチックのネジが劣化でクラックが入ってもうだめだと。
出先から池袋へ向って、一時間ほど待つ。
TELが入って、到着とのこと、「じゃぁZARAの前で」
残り少なくなっている壁掛け式扇風機と惣菜を買って、戻る。
しばらくして、画面から「池袋で車が突っ込む」と、目に入る。
妻と目が合った。
その場所その位置は自分達が待ち合わせをした所だった。
「助けられたんだよオレら、そう思おう」
合掌。

何か特別な出来事があると、「守ってくれた」とより思うようになった。
今までを振り返ると多々ある。
感謝。
そんなお盆のある一日。

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2015 8/11 『ジュラシックワールドと原価無視 中華たけいし』

恐竜が飛び出してくるのを観に行ってきた。
今気づいたけど、この3Dメガネの型はけっこう好きだな。

向った先は東武練馬のイオンシネマだ。
前は池袋や有楽町などに映画を観に行っていたが、今はもっぱら東武練馬。
副都心などに比べると人がそれほど多くなくて、館内も快適だからだ。
夏休みということもあって、うれしくて駆け回るちびっ子がごっそりと。

着席して、不安がよぎる.....空調が適温なのだろうが、ささ寒いのだ。
やっぱり上着を持ってくれば良かったと後悔...しかも今季初のサンダルだ。
エアコンがてんでダメになったので、とにかくあちこちの施設が寒くてしかたがなくて。
まっいいやと鑑賞。

ド迫力映像でよけたり驚いたりで大変。
うるさすぎるほどの爆音に耳をふさいだり。

冷えに冷えて、小を我慢できずに、映画の途中で席を立つ、これは初めてのことだ。早歩きでチッと舌打ち、館内の端のシアターから端にあるレストルームへ。
クライマックスを見逃さずに済んでよかったよかった。
何も考えなくていい内容なので、とても楽しかった。
やっぱりパンデミック的なのとか自然災害、天変地異的なのとか宇宙人的なのとか彗星落下とか、大外れで何も楽しくないのもいくつもあったが、この手のがやはり好きだ。
たぶんジュラシックはこの先もあるような気がするなぁ。

生命の進化、とても興味深い。

観賞後は早めの晩飯を。
この町で有名な中華屋さんがある、“中華 たけいし”だ。
前から知っていて、今度食べようと思うも何回か機会を逃していた。
腹いっぱいになりたければココという程の量におどろく。
自分はあまり食欲がないので、とりあえず¥390中生を....飲んだあとに¥280ラーメンを頂いた。味はふつうにおいしいが、この値段でこのやわらかいチャーシューはなかなかのものだと思った。原価無視をうたうのもよく分った。
もうひとりは¥580レバニラ定食を。
すんごい量でこれまた驚いた。
一口戴いたが、にんにくがきいたスタミナ的なレバニラで、コンディションがよければ箸もすすむだろう。

ジュラシックも中華 たけいしもオススメですので、東武練馬へぜひ。
(12日〜15日までお休みだったと思います)
オーナーはバイク好きのランナーのようだ。

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2015 8/9 『鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田』

鎌倉街道とは....
<<古道としての「鎌倉街道」とは、鎌倉時代に幕府のある鎌倉と各地を結んだ道路網で、鎌倉幕府の御家人が有事の際に「いざ鎌倉」と鎌倉殿の元に馳せ参じた道であり、鎌倉時代の関東近郊の主要道の意として用いられている。>>

都内をとおる鎌倉街道は2つのルートがある。
北区の岩淵(赤羽)から分れて、板橋〜中野〜世田谷〜二子に至るコースと岩淵〜王子〜雑司ヶ谷〜高田馬場〜五本木〜二子に至る都心を突っ切るコースだ。
今回は西巣鴨〜西早稲田までを掲載したいと思う。
左のMAPを拡大したものが こちら
左のMAPのA〜K地点をクリックするとその場所の写真が別画面で立ちあがり、赤矢印の向きが鎌倉方向。

A:中山道と明治通りの交差点で、微妙に細い道が交差点を斜めに中山道を突っ切っているのが鎌倉街道。中山道の向こうにも道が残っていて、中山道の歩道と一体になっている。その先は商店街になっていて、石神井川へと下っている。

B:今は消滅した谷端川を鎌倉街道が越えるところで、鎌倉橋という橋が架かっていたという。バス停にその名が残っていたというが、それも今は無くなったようだ。取り残されたように湾曲した細い道が鎌倉街道だ。

C:明治通りと重複していた鎌倉街道が分れるところ。ここはしっかりと今も残っていて、東池袋に抜けるとても便利な生活道路となっている。

D:山手線の線路を越える。宮仲橋。目の前が晴れてサンシャインが飛込んでくる。

E:かつてあったアムラックスというショウルームの裏側に鎌倉街道が残っている。この先は開発によって消滅する。

F:移転した豊島区役所前の道が鎌倉街道。スケートショップがある。この先は東京音楽大学の敷地内となり、また消滅する。

G:目白通りを越えると神田川へと鎌倉街道は下っていく。坂の名前は宿坂という。江戸時代には竹林が生い茂り、昼なお暗く、くらやみ坂と呼ばれ、狐や狸が出て通行人を化かしたという話が今に伝わっています。

H:坂の途中に江戸三大不動・江戸五色不動のひとつ、目白不動尊を祀っていることで知られている金乗院がある。かつての鎌倉街道はこの道よりもやや東寄りを通っていたようだ。この先には南蔵院がある。

I:鎌倉街道は神田川を越える。橋の名は面影橋、江戸時代には姿見橋と言われていて、袂には山吹の里の碑がある。詳しくはこちらを。

J:亮朝院。四代将軍徳川家綱から将軍家の祈祷所として、自筆の御筆を賜っています。明暦3年、五明村に寺地を拝領し創建しました。寛文11年寺地が御用地となり当地へ移転、その後も将軍家祈祷所として、将軍家からの崇敬を集めました。via

K:早稲田通りを越える。茶屋町通りと交差する。江戸時代、この付近には旗本の馬術練習場があり、見物客などが多かったことから、地元の農家が茶屋を開いたという。高田馬場の名の由来。

西巣鴨〜西早稲田の距離は約4km。
西早稲田の先は学習院女子と戸山ハイツの敷地となり大部分は消滅してしまったようだ。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■印刷博物館<武士と印刷> 徳川慶喜終焉の地
■文京区春日二丁目(小石川小日向第六天町) 徳川慶喜邸と新坂(今井坂) “徳川おてんば姫” 井出久美子
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■“青天を衝け” 高島秋帆 松月院<高島秋帆先生紀功碑>と西洋砲術の演習地 徳丸ヶ原
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)
■上板橋役場跡と古道 台橋道(茂呂遺跡・栗原遺跡 お東山<板橋城跡>)
■板橋氏の板橋城はどこに築城されたのか お東山か御東山か<オヒガシヤマかオトウヤマか>
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■文京区目白台 腰掛稲荷神社
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板橋一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川・JR板橋駅前 新選組隊長 近藤勇が葬られた無縁塚(無縁塔)
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現 遊女の墓
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路(古道 根村道)にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍と加賀藩下屋敷の裏御門だった山門
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺の寛文の庚申塔 加賀藩前田家下屋敷の裏御門にあり移設された山門 平尾一里塚
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 徳川家康から朱印地が寄進された重蓮寺の参道跡
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■板橋区蓮沼町 古道 稲付道に立っている庚申塔
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 松平定信奉納の扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■中山道と川越街道起点の平尾追分 高田道と川越街道の四ツ又
■旧中山道 平尾宿(板橋宿<上宿・中宿・平尾宿>)創業107年の銭湯 花の湯
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第二陸軍造幣廠(板橋火薬製造所)と陸軍兵器補給廠を結ぶ軍用トロッコが環七(富士見通り)をくぐっていたトンネルの遺構
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳 火薬製造の圧輪を用いた<忠魂碑>と圧磨機圧輪記念碑
■陸上自衛隊 練馬駐屯地 連隊門哨所
■王子新道の由来と花月通<千川上水に架かる花月橋>
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■中山道 平尾一里塚(板橋一里塚) 一里塚まんじゅうと史跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■加賀藩江戸下屋敷 御表御門道(旧中山道入口)と宇喜多一族 小字(下板橋)浮田
■東光寺 加賀藩下屋敷跡 宇喜多秀家の子孫が供養の為に建立した秀家の墓(移設された供養塔) 宇喜多秀家とその一族
■東光寺 平尾一里塚上に造立された石造地蔵菩薩坐像
■文京区千駄木 大聖寺藩(加賀藩支藩)下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■板橋区志村 旧中山道 富士・大山道の道標と庚申塔
■板橋区志村2丁目(志村坂上)の住宅にある庚申塔
■体の中にいる虫 旧川越街道にある庚申塔・板橋宿観明寺の青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔・千川上水と中丸川の分水地点の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区田柄二丁目 (旧)川越街道と所沢道の追分に立つ庚申塚(庚申塔・道標) 鎌倉街道
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■新宿区 花園神社 内藤新宿<下宿茶屋中>の石碑
■新宿区 花園神社 復活した井戸
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道) 千川上水に架かる<かち橋>
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■鎌倉街道と新旧川越街道の交差点にある手押しポンプ(井戸水)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■鎌倉街道 中道 北区中十条
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂
■文京区小日向 切支丹坂に間違えられた庚申坂
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■板橋区弥生町 上板橋宿 豊敬稲荷神社の玉垣に刻まれた瀬戸川牧場
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■豊島区東池袋 六つ又 子育地蔵尊
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨薬園跡 <豊島市場>
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■巣鴨遺跡 巣鴨の町屋跡 既調査地点か
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■JR貨物北王子線の廃線跡 線路撤去工事
■東十条駅 下十条運転区検修庫解体
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札 ◯◯方・◯◯◯◯◯呼出 ◯◯ 電報
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区大門 都立赤塚公園 鎌倉街道 しったり坂
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■板橋区立郷土資料館 連携協定記念展 <渋沢栄一 高島秋帆> 最新志村案内図 渋沢別邸
■板橋区立郷土資料館 連携協定記念展 <渋沢栄一 高島秋帆> 上板橋宿 下頭橋六蔵祠の扁額<博愛> 子爵 渋沢栄一
■板橋区立郷土資料館 連携協定記念展 <渋沢栄一 高島秋帆> 養育院の始まりと渋沢栄一
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡 三代目理事長 渋沢栄一
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■豊島区駒込(染井) 西福寺への道標<大師道> 染井の泉と谷田川(谷戸川)の源泉の長池 染井吉野
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 三軒家 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区上十条にある出桁造りと再開発により撤退した創業110年の八百市 橋本青果店
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■3月10日東京大空襲 湘南二宮町のガラスのうさぎ像 3月11日東日本大震災
■東海道本線 特急型車両185系普通列車と仕事の思い出
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地
■豊島区西巣鴨 旧中山道沿い かつてあったパチンコ天国

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2015 8/6 『原爆投下70年』

猛暑日が7日連続という記録にないほどあぶない日が続いている。
この暑さゆえに、朝JOGもしない。
気持ちがいい暑さに早く落ちついて欲しいと願うばかり。
ベランダに温度計をちょっと置いてみたら45℃と表示。
屋外で動かれている方、火を扱う方は猛烈に体力を消耗していると思いますので、ご自愛ください。

71歳になる実母がまだ子供の頃の終戦後すぐ、祖母の背中で実母の弟が亡くなった。この写真を見るたびに、それを思いだす。
この少年はこのあとどう生きたのだろうか。

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2015 8/3 『旧鎌倉街道 中道編』

鎌倉街道とは....
<<古道としての「鎌倉街道」とは、鎌倉時代に幕府のある鎌倉と各地を結んだ道路網で、鎌倉幕府の御家人が有事の際に「いざ鎌倉」と鎌倉殿の元に馳せ参じた道であり、鎌倉時代の関東近郊の主要道の意として用いられている。>>

過去記事代官山の古墳と鎌倉街道 中道 でも触れているが、前から気になっていた鎌倉街道、代官山のハイスタンダードオクラなどがある昔から人通りが多い聖林公司ストリートが鎌倉街道だったことになるほどと思って、さらに調べてみた。
参考にしたのは「鎌倉街道旧鎌倉街道 探索の旅 中道編」で、これはずいぶんと昔の本で、図書館では閉架図書になっていた。
馴染みのある鎌倉、8年ほど前になるがしょっちゅう鎌倉に行っていたことがあり、鎌倉駅から現場まで便利な近道を探して通っていたのも鎌倉街道だったことも分った。市役所〜鎌倉駅〜御成小学校〜六地蔵(由比ヶ浜大通り)の道だ。

鎌倉市内と都内しか土地勘がないので、実際に読んだのはその地域だけ。
都内の中道は土地勘もあってよく分るので、実際に西巣鴨〜雑司ヶ谷〜西早稲田の一部を通ってみた。4−5kmほどだったと思う。それはまた今度掲載したいと思うが、謎に思ってたことや不思議に感じていたこと、町や都市の成り立ちが分って、とてもおもしろい。

都内をとおる鎌倉街道は2つのルートがある。
北区の岩淵(赤羽)から分れて、板橋〜中野〜世田谷〜二子に至るコースと岩淵〜王子〜雑司ヶ谷〜高田馬場〜五本木〜二子に至る都心を突っ切るコースだ。
実際に調べて通ってみると、もちろん消滅してしまった箇所もたくさんあるが、改正道路や比較的大きな道路と比べて不自然に細い道が突っ切っていたりするのが実は鎌倉街道だったことなども分った。
移転した豊島区役所の目の前の道が鎌倉街道だったことも分ったし、やはり過去の歴史に引っぱられるかのようだなと思った。

「好きな本は?」の問いに「俺は地図だな〜」と言う男が多かったりする。
そういう人はほぼ、車バイクや自転車が好きな人で、自分もそうだ。
都内や全国地図を隅々まで読みあさって、目的地までの道のりを頭の中に叩き込んで、エンジンをかけて出発....グーグルアース、グーグルマップの登場で当時は夢中であちこち見まくったのも懐かしい......今は画面で早く調べられるから、ぼろっぼろの地図の本を開くことはあまりない。
そして、都内をあちこちランニングしているとさらによく道が分ってきた。
健康管理からの副産物とでもいえるんだろう。

アップグレードしてより便利になる首都高や様々な問題を抱える特定整備路線....新しい道に道を譲った古道、インフラ好きにはおもしろい本で、とても貴重な本だと思う。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■印刷博物館<武士と印刷> 徳川慶喜終焉の地
■文京区春日二丁目(小石川小日向第六天町) 徳川慶喜邸と新坂(今井坂) “徳川おてんば姫” 井出久美子
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■“青天を衝け” 高島秋帆 松月院<高島秋帆先生紀功碑>と西洋砲術の演習地 徳丸ヶ原
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)
■上板橋役場跡と古道 台橋道(茂呂遺跡・栗原遺跡 お東山<板橋城跡>)
■板橋氏の板橋城はどこに築城されたのか お東山か御東山か<オヒガシヤマかオトウヤマか>
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■文京区目白台 腰掛稲荷神社
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板橋一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川・JR板橋駅前 新選組隊長 近藤勇が葬られた無縁塚(無縁塔)
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現 遊女の墓
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路(古道 根村道)にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍と加賀藩下屋敷の裏御門だった山門
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺の寛文の庚申塔 加賀藩前田家下屋敷の裏御門にあり移設された山門 平尾一里塚
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 徳川家康から朱印地が寄進された重蓮寺の参道跡
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■板橋区蓮沼町 古道 稲付道に立っている庚申塔
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 松平定信奉納の扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■中山道と川越街道起点の平尾追分 高田道と川越街道の四ツ又
■旧中山道 平尾宿(板橋宿<上宿・中宿・平尾宿>)創業107年の銭湯 花の湯
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第二陸軍造幣廠(板橋火薬製造所)と陸軍兵器補給廠を結ぶ軍用トロッコが環七(富士見通り)をくぐっていたトンネルの遺構
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳 火薬製造の圧輪を用いた<忠魂碑>と圧磨機圧輪記念碑
■陸上自衛隊 練馬駐屯地 連隊門哨所
■王子新道の由来と花月通<千川上水に架かる花月橋>
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■中山道 平尾一里塚(板橋一里塚) 一里塚まんじゅうと史跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■加賀藩江戸下屋敷 御表御門道(旧中山道入口)と宇喜多一族 小字(下板橋)浮田
■東光寺 加賀藩下屋敷跡 宇喜多秀家の子孫が供養の為に建立した秀家の墓(移設された供養塔) 宇喜多秀家とその一族
■東光寺 平尾一里塚上に造立された石造地蔵菩薩坐像
■文京区千駄木 大聖寺藩(加賀藩支藩)下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■板橋区志村 旧中山道 富士・大山道の道標と庚申塔
■板橋区志村2丁目(志村坂上)の住宅にある庚申塔
■体の中にいる虫 旧川越街道にある庚申塔・板橋宿観明寺の青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔・千川上水と中丸川の分水地点の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区田柄二丁目 (旧)川越街道と所沢道の追分に立つ庚申塚(庚申塔・道標) 鎌倉街道
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■新宿区 花園神社 内藤新宿<下宿茶屋中>の石碑
■新宿区 花園神社 復活した井戸
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道) 千川上水に架かる<かち橋>
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■鎌倉街道と新旧川越街道の交差点にある手押しポンプ(井戸水)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■鎌倉街道 中道 北区中十条
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂
■文京区小日向 切支丹坂に間違えられた庚申坂
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■板橋区弥生町 上板橋宿 豊敬稲荷神社の玉垣に刻まれた瀬戸川牧場
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■豊島区東池袋 六つ又 子育地蔵尊
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨薬園跡 <豊島市場>
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■巣鴨遺跡 巣鴨の町屋跡 既調査地点か
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■JR貨物北王子線の廃線跡 線路撤去工事
■東十条駅 下十条運転区検修庫解体
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札 ◯◯方・◯◯◯◯◯呼出 ◯◯ 電報
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区大門 都立赤塚公園 鎌倉街道 しったり坂
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■板橋区立郷土資料館 連携協定記念展 <渋沢栄一 高島秋帆> 最新志村案内図 渋沢別邸
■板橋区立郷土資料館 連携協定記念展 <渋沢栄一 高島秋帆> 上板橋宿 下頭橋六蔵祠の扁額<博愛> 子爵 渋沢栄一
■板橋区立郷土資料館 連携協定記念展 <渋沢栄一 高島秋帆> 養育院の始まりと渋沢栄一
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡 三代目理事長 渋沢栄一
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■豊島区駒込(染井) 西福寺への道標<大師道> 染井の泉と谷田川(谷戸川)の源泉の長池 染井吉野
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 三軒家 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区上十条にある出桁造りと再開発により撤退した創業110年の八百市 橋本青果店
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■3月10日東京大空襲 湘南二宮町のガラスのうさぎ像 3月11日東日本大震災
■東海道本線 特急型車両185系普通列車と仕事の思い出
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地
■豊島区西巣鴨 旧中山道沿い かつてあったパチンコ天国