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2016 4/26 『#14』

足首にこさえた低温やけど.....治るのに実に二ヶ月もかかった。
ま、男だから痕とかは気にならないが、まぁまぁのフィニッシュか??
たいした感じに見えないがもうこりごりの痛みと不自由だった。

テキスタイルやシューレースがキズ痕にアタックしてきても痛くないので、日曜日はみっちり1時間半一心不乱に練習。
町でたまにすれ違うオールドスクールなランナーと同じように、隣のパークで滑っている少年らには、お父さんと同世代のそんなクラシックなスケーターに見えていることだろう。
みっちり1時間半...大汗かいた。
ランニング用のTとウェア、スキニーパンツもびっしょり。
早期中年、プッシュして流してオーリーできれば十分だし、現状維持でいっぱいいっぱいなのに、うまくなりたいと思っている自分が見え隠れしている...あぶないな、、何がコワイって怪我、ヤメヤメ。

ある日、2駅先の地蔵菩薩のところで黒がこっちを見ていた。
「どうも」と目で挨拶を。
数日後駐車場にまたいて、「お、またいたか」と目で挨拶。
近づいてきて体と頭をこすってきた。
どうやら気に入られたようだ。

ある日、上が気になって見上げるとたくさんこちらを見ていた。
こわかったが、なんでだろうか。

スケートボードを再開して約1年で14回、だいたい1時間くらいしか体力が持たないので、それほど滑れていないが、現状維持はしたいとこ。

【過去記事】
■構成要素
■オールドスクール
■オールドスクール #2
■生まれる
■あぶないランプ
■クルーザー
■メイク
■思いでの撤去
■オールドスクール #3
■あぶないランプその2
■中年スケーター
■JT
■スケートボード道
■スケート祓い
■28年前のクルーザー
■レールバー
■やっと乗れてきた、サポートタイツ効果
■IXLオイルとガッツレーを流用
■クルーズにもいいデッキ
■中年スケーターのブルース
■もう一度
■#14
■HILAQUE
■VANS 50 YEARS Kickflip
■MoMA
■OJ2 HOSOI ROCKETS 95A
■AND SKATEBOARDING
■Zorlac Todd Prince 高い??
■梅雨の晴間の真夏日 5週間ぶりに
■UNIqueでスケートボードのレクチャーを
■スケートをする意味
■我ら徳丸ヶ原のスケートチーム
■また出会って、共に生きましょう
■自分のためにスケートを
■オヤジスケーター
■この1年半のスケートボードの練習まとめ
■SEIBU SPORTS SKATEBOARDING TEAM
■家でスケートを MADE IN VENICE
■やすらかに
■スケートボードのホームグラウンド
■GET RAD
■マドンナエア
■YouTube 作ってから1年半
■久しぶりのお墓参り
■第三回目
■TOKYO SKATEBOARD PICNIC CLUB

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2016 4/22 『1000km』

NIKE+runningアプリを使ってちょうど1年。
ルーチンで近所を走る時はほぼこれを使っている。
結局、携帯を持ち歩かないとならないからってのもあるけど。
ロングや遠出、皇居を走る時はGPSランニングウォッチを。
PUMAやADIDASやその他いくつかランニングアプリを使ってみたが、使いやすさではNIKEかなと。JOGNOTEアプリも使いやすい、そんな印象だ。
測れればそれだけでいいのでアプリのことはよく分らないが、1000kmを越えたらブルーレベルってのに昇格するみたい。
右上のアイコンをタッチすると安田美沙子がもっと走れ!みたいなこと言ってた。

そんなこんなで、使わないランニングアプリ3つはアンインストール。
そんなこんなで、ランニング歴はもうすぐで7年....測り始めてからのトータル距離数は9649km。
消費カロリーは詳しく分らないが、60kgの人(自分も60kg)が10km走ると約600kcalらしいので、計算すると消費カロリーは578940kcalとなる。
自分の体質は大きくなりやすいので、走っていなかったらたぶん70kgを行ったり来たりじゃないかなと思う。
ランニングを生活に取り入れる前、食生活も気を使いつつ運動ナシで若干ぽっちゃり気味の70kgだったから。

「ストイックに走ってさぁ」....ランニングをしている友もよく言われると言っていたが、ぜんぜんストイックに走っていない。
走る=つらい....そんなイメージからストイックという言葉が出てくるのかもしれないなぁ。
ただ気持ちがいいから、酒もご飯もおいしくなるから、ただそんだけなんだけど。
気持ちがいいトコに汗流しに行ったり飲みに行ったり遊びに行ったりするのと同じだと思う。真冬、こんなにク◯寒いのにバイクに乗るなんて考えられないよと昔よく言われたけど、それも同じで気持ちがいいからだと、まぁ寒いっちゃ寒いけど。

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2016 4/21 『熊本地震』

被害に遭われた方に心よりお見舞い申しあげます。

震源地のすぐ近くに住むいとこ一家が被災し、避難所にいます。
地震が起きた直後に連絡をして、家族皆なんとか無事だと。

大分のおば一家の方もかなり揺れて眠れない夜を過ごしていたと。

これ以上被害が拡大しないように祈るばかりです。

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2016 4/15 『アニマル・チン』

80'sスケーターにはとても懐かしいだろう。
パウエルペラルタというスケートブランドのチーム ボーンズブリゲイドのスケーターが伝説の人 アニマルチンを探しに行くというビデオは、その当時、一心不乱になって滑っていたスケーターはほぼみな見ているのではないだろうか。
雑誌や本でスケートのトリックを想像しながら習得していくのが普通だったところに、このスケートのビデオの登場によって、プロのスケートテクニックを何回も々見ることができた。
みんなボーンズブリゲイドごっこをしたハズだと思う。徒党を組んで町をプッシュして流し、縁石やベンチや壁などを使って技を決める....めちゃめちゃ楽しかったな。我ら徳丸ヶ原のスケートチームは10人弱、最高だった。
と、懐かしいデッキが発売されると。
思いで的な感覚で2つとも欲しいな。
via youtube

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2016 4/12 『おもしろかった本』

去年の夏から春前くらいに読んだ本の一部。

一番おもしろかったのが「春の小川はなぜ消えたか」
渋谷川系....穩田川(渋谷川)、宇田川、河骨川、都市河川の歴史を語っているのだが、興味がないひとには全くページは進まないような。
原宿にはかつて水車がいくつもあったことは、キャットストリートを歩いている子にはほとんど知られていないだろう。
小川が消滅して下水になる過程とか...まぁ、自分はかなりおもしろい本だったケド。

「東京の縄文学」...タイトルそのまんま、東京の地形と遺跡についてあれこれ書かれている。
「江戸東京 地形の謎」....これもかなりおもしろかった。歴史や地学やインフラ、町が好きな人だったら楽しくてしょうがない本だと思う。江戸の古地図と照らし合わせて解説している。オススメです。

「江戸の大名屋敷」...これもタイトルそのまんまの本。かつてあった大名屋敷跡の遺跡について書かれている。これも町と歴史が好きなひとには楽しい本だと思う。
染井村 津藩主 藤堂家(徳川家康の重臣 藤堂高虎)の下屋敷があった現在の駒込・巣鴨、プールや温泉や本郷高校や染井霊園があるあたりの下屋敷跡の遺跡について、とてもおもしろかった。屋敷跡に現在、松平家が何軒かある。

「人類大移動」....これも相当おもしろかった。
アフリカから生まれた私たち、どうやって南米まで辿り着いたかって内容。
オセアニア地域 ミクロネシア・ポリネシア・メラネシアに辿り着いた先輩の章がおもしろかった。
北のベーリング海峡を渡った先輩たちも、オセアニアを移動した先輩もみなすごい航海技術をもった船乗りだったことがわかった。
地域史を知っていわゆる歴史に興味を持つようになって、日本史を一から読みはじめて、どんどんエスカレートしてホモ・サピエンス誕生の歴史まで手を出したというわけだが。。使用量や掛け金が増えるのとおなじようなもんかもしれない。そのうちもっと古い時代にまでいきそうだ。

「徳川慶喜家にようこそ」....子孫の方が書かれた本。知れば知るほどすごい政治家だと思った最後の将軍の家の話。かなりおもしろかった。
印象的だったのは、この子孫の方は「献血」をすることを大切にされていることだった。

「宇喜多の捨て嫁」....権謀術数によって勢力拡大を図った戦国大名・ 宇喜多直家の人生の物語。直木賞候補、東野圭吾が高く評価していた作家。
自分はグイグイ来なかったけど、臨場感があっておもしろかった。
「人魚ノ肉」....幕末、坂本龍馬と中岡慎太郎、人魚ノ肉を食べて人が変わるという話。いつ斬られるか分らない殺気だった時代、狂気をホラー的な感じ物語にしている。おもしろかった。

「鍵のない夢を見る」....直木賞受賞作。ぜんぶ後味のワルい内容だけど、おもしろかった。さすがすごいテクニックだと思った。
「ツナグ」....死んだ人に合わせてくれるという内容。これもすごくおもしろかった。未読だったら、2作品ともオススメです。

「怒り」....これにはずるずる泣いた。とてもおもしろかった、未読だったらオススメです。世田谷一家殺人事件と英会話の先生を殺めて逃亡した事件を組み合わせた物語。

「破門」....直木賞受賞作、ちょうどある組織が割れた頃に詠んだ本。まぁまぁおもしろかった。

「ラプラスの魔女」....グイグイこなかったなぁ。特殊能力を持った子の話。

「東京島」....女ひとり、あと全部男が漂流してある島に辿り着いて、国のようなものを作って、結果脱出する話。まぁまぁおもしろかった。

「熔ける」....なにかとお騒がせしているギャンブル。何百万かが何時間かで20億くらいになったりするもんなんだと、びっくりした話。
ギャンブルはこわいこわいとしか思わなかった話。

流し読みというテクがついてきたので早く読めるようになった。
流していても不思議とキーワードになる字をグラブできているので、ちゃんと読解できている、こういうことかとなるほどと思った。
ぜんぜん、まったく読書感想になっていないことに気づいたけど、どれもおもしろかったです。
ほぼ新刊じゃないけど....

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2016 4/11 『さやうなら』

一番上、3/19に開花。
先週に満開。
およそ一ヶ月、花見を楽しむことができた。

散りゆく桜、花があつまって、さみしいけど綺麗な瞬間。

ソメイヨシノ、染井吉野の発祥の地は駒込(巣鴨)。
かつてこの地域は染井村といわれていたので、そこから名付けられた。
外様大名でありながら、徳川家康にもっとも信頼されていた重臣である藤堂高虎、藤堂家の下屋敷があったのがこの染井村。
家康の死後、藤堂高虎の上野の屋敷に、天海さんと共に上野東照宮を造営し家康を祀った。
高虎は染井村の下屋敷に移り住み、それに伴って藤堂家に出入りしていた植木職人の伊藤伊兵衛もこの地に移り、この染井吉野をつくり出したという。
全国にあるソメイヨシノは1本のソメイヨシノからつくられたクローン。
藤堂家のお墓がある染井霊園のソメイヨシノもお見事なんです。

上野の桜も先週でもうほぼ終わり。
ムリヤリ花見して、泥酔女子にホホもゆるむ。

一ヶ月も楽しめた花見JOG。
みんなでワイワイもいいしひとりでもいい。
ホントいいものです。

来年まで、さやうなら。

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2016 4/8 『切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂』

文京区小日向に切支丹屋敷跡があり、区の史跡になっている。
2014年の調査によって人骨が3体発見され、先日、その一体がイタリア人であると判明し、ほぼ間違いなく、というか断定だと思うが、江戸中期にやってきたイタリア人宣教師だとわかったという。
禁教令により、この屋敷で軟禁され、世話係の長助とはるは洗礼受けたことが発覚して、3人は地下牢に移されシドッティは1714年に亡くなったという。
300年の時を経てシドッティが発見されたわけだ。
なんか意味がありそうな...
歴史的発見というわけだ。
でもよく残っていたなと思う、運良くアルカリ性土壌だったのだろう。
長助さんとはるさんも良かったですね。

写真の右側が切支丹坂とよばれている。
深い谷が入り組んで高低差があって坂だらけの茗荷谷、移動するにはちょっと大変だけどいいところです。

今から50年ほど前の本から。
『生きている江戸の歴史 東京の坂道 石川悌二』より引用ーーー

切支丹坂(きりしたんざか)
小日向一丁目の坂。
営団地下鉄車庫のわきから西へ上る坂路を切支丹坂とよんでいるがそれは近来のことで、明治時代の切支丹坂はその坂下から小日向一丁目と春日二丁目の境を東北へ茗台中学わきの旧都電通りへ出る石段坂)で、道向いは吹上坂上になる。
しかし「新撰東京名所図会」はこの坂を「小日向第六天町の北、小石川同心町との界を東より西へ下る坂あり、切支丹坂といふ、今此坂を切支丹坂と云ふは誤れり、本名庚申坂、昔坂下に庚申の碑あり。
庚申坂の西小溝に架したる橋を渡りて、両側薮の間を茗荷谷町男爵津軽邸前へ上る坂あり、無名坂の如く称すれど、是れ真の切支丹坂なり。
坂の上に往時切支丹牢屋敷ありたり、故に此名に呼ぶなり。」と記している。
これを明治二十九年十月調査の小石川区全図で調べてみると、現今の地下鉄路線のところは小川になっており、庚申坂の下からこの小川を横切る道が西方茗荷谷町へ突き当たっている。
従ってこれが現在の地下鉄のトンネルをくぐって、西方小日向一丁目内にかかっているいまの切支丹坂に合致している。
つまり明治時代に誤まられた切支丹坂の名は、本来の坂路の方へつけ直されたわけだ。
ところで、戦争前この坂側にあったカソリック教会と、八兵衛の夜泣き石とよばれていた石はなくなってしまい、ただ坂上左側の個人の庭内に区史蹟切支丹屋敷の標木がたてられている。
切支丹屋敷すなわち切支丹牢獄は、はじめは宗門奉行井上筑後守の下屋敷であったが、正保三年に九州で捕われ江戸へ送られたキリシタンのジョセフ・カウロとその一味を収容するために牢舎を設けたもので、「小日向志」によれば「罪人籠獄は小日向と云ふ処に、石壁重畳(ちょうじょう)一丈二尺、四十三間四方に筑立(つきたて)、塀高さ一丈二尺の柱なり。忍返し釘八寸にして外より内へ刃を揃へて打ち、土手廻りにて築く。」という厳重なもので、その内で拷問や処刑が行なわれ多くの人々の血が流されたという。
享保年間にいたるとこの切支丹屋敷は廃止され、獄舎の位置も今は確かには分からなくなってしまったが、明治後期までは薮におおわれたさびしい谷地であったといい、永井荷風の「日和下駄」は次のようにのべている。
私の生れた小石川には崖が沢山あった。
第一に思出すのは茗荷谷の小径から仰ぎ見る左右の崖で、一方にはその名さへ気味の悪い切支丹坂が斜に開けそれと向ひ合っては名前を忘れてしまったが山道のやうな細い坂が小日向台町の裏へと攀登(よじのぼ)ってゐる。
今はこの左右の崖も大方は趣のない積み方をした当世風の石垣となり、竹藪も樹木も伐払はれて、全く以前の薄暗い物凄さを失ってしまった。
まだ私が七八ッの頃かと記憶してゐる。切支丹坂に添ふ崖の中腹に、大雨か何かの為めに突然真四角な大きな横穴が現はれ、何処まで深く続いてゐるのか行先が分らぬといふので、近所のものは大方切支丹屋敷のあった頃堀抜いた地中の抜道ではないかなぞと評判した。

切支丹坂 五首               金子薫園
殉教の信徒の血をば見るごとき赤きつばきの落つ切支丹坂
哀れなる伝へがたりのあるごとし雨雲くらき切支丹坂
とぼとぼと老宣教師のぼりくる春の暮れがたの切支丹坂
この坂を下れば見ゆる白壁の耶蘇教会の朝の鐘かな
椿ちる坂のなかばに今すぎし老宣教師おもひたたずむ

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【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板箸一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路(古道 根村道)にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍と加賀藩下屋敷の裏御門だった山門
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺の寛文の庚申塔 加賀藩前田家下屋敷の裏御門にあり移設された山門 平尾一里塚
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 徳川家康から朱印地が寄進された重蓮寺の参道跡
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■板橋区蓮沼町 古道 稲付道に立っている庚申塔
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■王子新道の由来と花月通
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■中山道 平尾一里塚(板橋一里塚) 一里塚まんじゅうと史跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■板橋区志村 旧中山道 富士・大山道の道標と庚申塔
■板橋区志村2丁目(志村坂上)の住宅にある庚申塔
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■鎌倉街道 中道 北区中十条
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■板橋区弥生町 上板橋宿 豊敬稲荷神社の玉垣に刻まれた瀬戸川牧場
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■豊島区東池袋 六つ又 子育地蔵尊
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡 三代目理事長 渋沢栄一
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 三軒家 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区上十条にある出桁造りと再開発により撤退した創業110年の八百市 橋本青果店
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地
■山手線唯一の踏切の廃止 踏切問題

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2016 4/4 『花見』

友の家で花見。

チビのうねうね2輪スケートボードに挑戦。
ちょっと危ないかなと思いつつ、練習。
5分くらいで乗れてターンもできた。
アラフォーでスケートボードや横乗りスポーツをしていなかったら、乗るだけでだいぶコワイかも。
なかなかぜぃぜぃはぁはぁ疲れるけど乗りこなせたらおもしろい。

花見は数時間だったけど、楽しかったな。
夜は寿司とレモンサワー。

もう少し桜を楽しめそうですかね。