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2018 11/30 『資生堂パーラー 特選飛騨牛カレー』

お値段は¥1200くらい。
まぁレトルトなので、ベースの大括りのカレー味はレトルトなんだけど、いやいやなかなか美味しい。
レトルトのお肉って、いかんせんほぼ美味しくないけど、大きくてやわらかい飛騨牛はそれよりもぐんと美味しくてびっくりした。
福神漬けの代わりに梅干しを。

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2018 11/26 『ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流』

13歳の頃、ボクら西台・高島平(徳丸ヶ原)のスケートボードのチームは、暗渠となった前谷津川(通称グリーンベルト)沿いの道がホームグラウンドだった。その道にジャンプランプを置いて、バンバン飛んでたくさんの技(トリック)を身につけていった。
そして、暗渠となって姿を消した前谷津川が、たまたましばらく工事をすることになって、(危なくて危険で絶対にダメなんですが...)ボクらはゆるゆるのセキュリティで工事入口がよく開いていたので、前谷津川へと降りて、探検なるものを何回もしていた。下水道ゆえに悪臭やひどいゴミが流れる前谷津川にゲラゲラ笑って喜んでいた。バカですね。。当時、グリーンベルトの下のこの下水道が、前谷津川と呼ばれていたことは、もちろん知る由もなく、9年くらい前に初めて知ったのだが。
・・・どんどん上達していくボクらにとっては、前谷津川沿いの道は手狭になって、スケートボードにジャンプランプを載せて、高島平団地内にある大きな広場へと遠征に行っていた。
↓↓【過去記事】
我ら徳丸ヶ原のスケートチーム
スケートボードのホームグラウンド
ボクらのホームグラウンド、前谷津川

一番上の地図、左下の下赤塚という文字の横に青丸部分、これが前谷津川の支流の源流だという。
写真1枚目、目の前を川越街道が通っているので、ちょうどここらへんが源流で、本流は地図の+マークの左側上をから赤塚という文字の場所を流れていた。

写真2枚目3枚目、高低差があり、ここを流れていたと想像が出来るだろう。写真4枚目は高低差を振り返ったもの。

写真5枚目、くねくねと流れていたのが分る。

写真6枚目7枚目、しばらく進むと東武東上線の線路の土手にぶつかる。一部分コンクリートの表情が違っていて、手前にマンホールがあるので、この部分を前谷津川の支流が流れていたのだろう。

写真8枚目9枚目、左右を見た写真で、ここが一番低くなっていることがわかる。
前谷津川の支流は線路を越えて、地図の徳丸(何丁目だろうか)という文字手前で、本流と合流する。
その後は高島平(徳丸ヶ原)を流れて新河岸川に注いでいる。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
のぞき坂
巣鴨遺跡
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
庚申塚 巣鴨遺跡
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
根ノ上遺跡
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
逆川(古石神井川の流路)
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台

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2018 11/22 『モンベルのトラベルウォレット』

パスポートケースとも言うのかな。
だいぶ昔に買って、数年前から日常的に使っている。
これ、とても便利なんですよね、小さいバッグ感覚で使えるから。
主に、家族の持ち物を入れて使っていて、主に使っている財布やお薬手帳、保険証や身分証明ができる手帳、手帳、筆記用具、自治体から郵送されてきた書類、金融機関のあれこれ色々、少しの現金などなど。
基本的に、あまりこのウォレットが登場しない方が、生活環境は良好だけれども、親も高齢になってくるといかんせんやることが増えて、自分の荷物以外がぐっと増える。
フーデットの中にたすき掛けすれば、これ安心。移動ランニングも出来るので、重宝している。
とにかく収納が多いので、旅行以外での使いが便利なので、おすすめです。

でもまぁ、持ち物や家の荷物など、少なければ少ないほど良いんですけどね。

もうなかなか寒くなってきました。
これから嫌いな冬。
季節の変わり目、ご自愛ください。

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2018 11/20 『財布』

今まで使っていた財布はコードバン。
けど、ランニングなどで汗をかいたりして、極力軽くしたいので、いつしか、革の財布は普段使うことはほぼ無くなっていった。
ランニングウエア上下はポッケがとても小さく、ほとんどの財布は入らないので、携帯することがむつかしい。
なので、ポーチなどを身につけて、財布とスマートフォンを収納して動くことになる。小銭と財布を持たない人は小さいポッケでも十分だけど。

なので、少し前まで手首に巻くタイプのとても小さなランニングウォレットを手首に巻かずに使っていたけど、いかんせんカードが数枚しか入らなく、1万円が崩れたら、千円札と五千円札と小銭とカードでパンパン状態になって、ファスナーがバカになり、代替財布を探していたところ、ハンズで良さげなのを見つけた。
今まで使っていたのよりも少し大きいけど、十分に小さく使い勝手が良くて、カードも10枚も入るし、お札も小銭、お薬など色々入って、今の自分の環境にとっては具合がとても良い。あ、認印も収納できるからさらに便利。

外側のスリットにはパスモやスイカが入れられて、落っこちないかなと思ったけど、大丈夫。逆にパンパンになった状態だから、抜けにくいけど、取り出しやすいので、チャージの時にうまいこと使える。
ランニングウエアのポッケの大きさにもよるけど、ランニング時も普段もオールマイティで使えるのがちょうど良し。
いい歳して、ビリビリ財布などのカジュアルな財布を使っている男には、女性はひくと聞いたことがある。でも。ポーターのカジュアルな財布などしっかりしてて、とても良いんですけどね。スーツには合わないか...
長財布を使っているとお金が入ってくるとか、黄色い財布も良いとか聞くけど、どうなんでしょうかね。

街歩きの携行に良いってコンセプトの通り、とても使いやすい財布です。
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2018 11/13 『板橋区赤塚 鎌倉古道』

地図より、東武東上線の下赤塚駅横を南北に赤塚中央通りが走っている。
少し北上して行くと、ドラッグストアの角に、鎌倉街道の碑(地図の白丸)が建っている。
ここを東西に走っているのが鎌倉街道(赤い線)だという。
碑には、至かまくら、至はやせ、と書いてある。
早瀬の渡しを越えると、現埼玉県に入ることができ、かつては交通の要衝だったところ。

板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡

鎌倉街道は文字どおり、幕府があった鎌倉へ通じる道で、かつては重要な街道だった。
消滅したり、未だに現存していたり、一部は新しい道に吸収されているが、身近にある生活道路になっていたりする。
西巣鴨から上池袋間の明治通りは鎌倉街道で、その間にかつて流れていた谷端川と明治通り(鎌倉街道)の交差している近くのバス停はかつて鎌倉橋という名称だったという。

板橋城跡 赤塚城跡
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋

【過去記事】
幕末を巡って
散歩JOG
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
吉祥寺 榎本武揚の墓
榎本武揚から緒方洪庵へ
高島流
大円寺 高島秋帆の墓
明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
千葉周作の墓 木戸孝允の駒込別邸
板橋城跡 赤塚城跡
遺されたものが語ること#2 石神井城跡
仙がい義梵
迷子センター
別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
縁切り榎 政略結婚と女性救済の場
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
目白台 台地の屋敷
近藤勇と新選組隊士供養塔
新選組 沖田総司 逝去の地
雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
案内標識と庚申塔
清戸道の名家
池袋 四面塔尊
新宿に縄文人現る
加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋
ハッピーロード大山商店街 横道に佇む“命”の碑
補助第26号 板橋区大山 山中通り商店街
江戸橋通り 出桁造り

板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡』案内板
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場
ふじ大山道
御鷹方御組屋敷道
上板橋宿と大山福地蔵尊
宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
田端 東覚寺 赤紙仁王
中山道 齋藤商店
現存する都内の一里塚
東京第一陸軍造兵廠 標石 陸軍用地
巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩
千石緑地
延命地蔵堂の石造物群
観明寺 左甚五郎作の龍
板橋遊郭 新藤楼
旧中山道はタネ屋街道
葛飾北斎墓
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
北区十条四軒道路にある出桁造り
日曜寺の扁額
目白通りにある出桁造り
渋谷川 庚申橋供養碑
JR貨物北王子線と廃線跡
陸軍板橋火薬製造所跡
加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜
加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
北区中十条3丁目の出桁造り
文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
旧中山道 縁切榎
根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
蓮根馬頭観音縁起
四ツ又馬頭観音
北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
北区王子3・4丁目の出桁造り
電話番号の表札
小松屋横町道
谷中、上野桜木の出桁造り
板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡
板橋区赤塚 鎌倉古道
北区西ヶ原の出桁造り
文京区根津の出桁造り
国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
板橋区高島平 六の橋のグラフィック

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2018 11/12 『いたばし大交通展』

久しぶりに時間が持てたので、郷土資料館へ。

江戸時代の街道から鉄道まで、という内容。
昔の交通手段は舟や馬、徒歩だったので、街道と近代の鉄道とをつないでいて、とてもおもしろかった。
知っている内容も多かったので、展示物の解説は流し読みで、実物の貴重な展示物を中心に観てまわった。
ちびっ子でも楽しめるけど、そこはやはり深い内容が中心なので、インフラ好きや歴史好きには、おもしろい内容だった。
これが無料なのがすごいのではないだろうか。史跡、遺跡が世田谷区についで多い板橋区ならではなのだろう。

P120の図録を購入。
写真上から7−8枚目、西台駅の隣、三田線の車庫のの上に人工地盤を造り、14階建ての集合住宅が4棟建っている。
子供の頃に、そのうちの一棟に住んでいて、窓からは富士山がよく見えていた。眺望は抜群。
14階建てだが、三田線の高架よりも高い人工地盤の上に建っているので、高層部分は、20階弱くらいの眺望なのではないだろうか。まぁタワマン気味なような感じだろうか。

三田線の券売機も懐かしい。
自分がチビの頃は、西台駅の改札はまだ切符を、職員が小気味よいリズムでパンチングしていたように思うが。
もちろん、車内はNOクーラーだったので、それはとても暑かったが、自分が高校にあがって、通学する頃には、冷房搭載車両も出てきて、板橋本町駅だっただろうか、ホームも一部冷房が付きはじめて、わぁ涼しいなとよく思ったもんで。
昔は飛ばす運転手も多かった。
石神井川の下を通る三田線は、坂になってるので、少し遅れて運行している場合は、その区間で飛ばすことも多かったと聞いたことがある。ちょっと速過ぎでドキドキしたことも多々ある。それもかつての時代ですね。

三田線の話ばかりになったけど、東武東上線沿いで育ったこともあり、東上線の昔の写真を見ると、子供の頃のあれこれを思いだす。
子供の頃は乗りたくて仕方がなかった鉄道、今では電車に乗るのは好きではないけど、鉄道っていいものです。
鉄道の運転手をしている友が3人いるからよりそう思うのです。

よく走れた週末だった。

写真はないが、下赤塚駅近くにある美味しいとよく聞く、パン工房 BOULANGERIE KEN(ブランジェリー ケン)で、家族にお土産のパンを購入。うん、とても美味しかった。web

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2018 11/9 『静と動』

読書もほとんど出来ていない日々が続いていたけど、少し時間が持てたので、ぜんぜん進んでいなかった少し前の本を....他にも山ほどあるけど。
久しぶりに美術館や博物館、資料館などにも足を運んでみたい。

で、勝手に計測してくれるスマートフォーンのアプリケーション....よく歩いたなと思うと、だいたい1万歩を越えている。
歩くのって、思ったほどカロリーは消費できないので、やはり息があがらないゆっくり目のジョグが良いけど、歩くのは血行が良くなるし、心肺への負担が少ないから良いですね。
75Lのバックパックの大荷物を背負って移動する日が多かったので、ジョグができなくて、歩いていたということもあって。
今だと、20kmは走れないかもなぁ....また戻していこう。

そんな動き続けた晩は、やはりラーメン屋に足が向く。
しかし、ラーメンばっかりだな。。

さっ、明日は23℃とのこと、行きたかった所へ向ってみよう。

季節の変わり目、ご自愛ください。

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2018 11/1 『板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡』

板橋区新河岸三丁目、東京都下水道局新河岸処理場からは、その建設に伴い弥生時代と平安時代の遺跡が発見され、早瀬前遺跡として発掘調査されました。
早瀬とは、水の早く流れる瀬の意味でしょう。
ここに江戸時代、早瀬の渡しがありました。対岸は埼玉県戸田市早瀬です。
ここを中世、鎌倉街道が通り、交通の要所だったところで、武蔵野台地と大宮台地との間を結んでいたと言われており、早瀬の渡しから赤塚城下を丘陵に沿って南下し、杉並の大宮八幡を経て鎌倉へ向かったという。
またこの古道は、永禄四年の越後の長尾景虎(のちの上杉謙信)による小田原城の北条攻 めの道とも伝えられている。via
鎌倉街道の一部は現存しており、道を辿っていける。via

地図の赤丸のところが早瀬前遺跡で、説明板も無いし、何と人っ子一人だれもいない公園で....
縄文時代、この地域は海(遠浅の海や干潟のようだったという)で、遺跡はないだろうと思われていたが、上記の通り、弥生時代の遺跡などが発掘されて、研究者は驚いたという。

板橋城跡 赤塚城跡
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋

【過去記事】
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吉祥寺 榎本武揚の墓
榎本武揚から緒方洪庵へ
高島流
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明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
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板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
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