Content
line
2020年1月2月|3月 12|4月 123
|5月 123|6月 1237月8月
9月10月11月12月

line
2019年1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月
line
2018年1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月
line
2017年1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月

line
2016年1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月

line
2015年1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月

line
2014年1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月

line
2013年1月-2月3月-4月5月6月
7月8月9月10月11月12月

line
2012年1月-2月3月-5月6月-7月
8月-9月10月11月12月

line
2011年1月-2月3月-4月5月-6月
7月-8月9月-10月11月-12月

line
2010年1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月

line
2009年1月-3月3月-5月6月-7月
8月-9月9月-10月10月-11月12月

line
2008年1月-3月4月-5月6月-9月
9月-10月11月-12月

line
2004年3月〜
  • ABOUT
  • INFORMATION
  • COLUMN
  • WORK
  • CONTACT
  • logo4
photo

2015 4/28
『美学』

店主の計らいでとにかく大盛りを提供してくれるお店は数知れず。
腹いっぱいにさせてあげたくて....その想いは尊いものです。
先日亡くなった大勝軒の山岸さんもそう、ふつうの腹容量の人では食べきれないほどの麺を盛っていた。

そんな大盛り満腹屋、豊島区や文京区や板橋区で展開している“つるや”さんも名店だ。
つるやさんの近くの高校に通っていたので、母が忙しくてお弁当が作れない時にはよく買いに行った。

閉じない気マンマンの海苔唐弁当に一瞬躊躇する。
すごいビジュアルだ。
「閉じませんからねうちは」、美学だ。
普通盛りでも1合くらいありそうだ。
大盛りなんぞは食べきれない。
ムネ肉の唐揚げが3−4個、ちくわとがんもの煮物、漬け物。
これで値上がりしても¥320。
大手のお弁当屋ではなくこちらへ通う人が多いし、自転車や車で買いにくる方も多い。

とにかく素敵なお弁当屋さんです。

photo

2015 4/24
『歌川広重 名所江戸百景』

古本市で入手。
格安な印刷ものだけど、特に好きな川が描かれていて、今は無き名所なのでとてもうれしい。
B4サイズ(約36cm×26cm)なのでなかなか大きい。
さて、どこに飾ろうか...

スケートボードのグラフィックしかり、絵画...自分で描く絵もそう...
絵は観るのも描くのも心を豊かにしてくれる。

photo

2015 4/21
『ジム的な』

自分はジム的な施設に通ったことがない。
ベンチプレスなどの器械を使ったことは記憶には数回だろうか。
高校の部室かなんかにあったベンチプレスと区の施設でやったくらいだ。
そもそもジム的な施設に通うということを考えたこともない。

運動不足もいいところだし、さてどうしようか??、まずは手軽な自転車に乗ってちょっと遠いところまで行ってみようかなとか、ちょっとジョグしてみるかとかそんな、屋外で縛りがない、したい時にするのが合っているのだろう。
ただ、ジムなどに入会して目標たてたらせっせと黙々と通ってすごく楽しむと思う。今日はトレッドミルで、明日はスイムにしよう....様々な運動ができるし、天候も関係ないし。

何年か前にFeelcycleなるものを知って、おもしろいなと。
クラブのような音響に照明、ノリノリのインストラクターについていって、音楽とエクササイズを楽しむ....スポーツドリンクでなくて、むしろコロナぐびぐび飲んで運動したいような。
フィールサイクルに通っているという人の話によると、ノリノリのインストラクターがおもしろくて、声も出せて汗かいて楽しいのだそう。
人によるらしいけど、45分で400kcal〜800kcalを消費するのだから、日常生活ゼイゼイハァハァしても回復ががはやい人でもそうとうキツイんだろうなと思う。これも人によるけど、2時間ランニングしたのと同じレベルの消費量だという。
自分の体重は60kgの中肉中背で平均的な体型、50分ほど自分にとっては速いペースでゼィゼィ走って、だいたい600kcalの消費だからフィールサイクルを45分やった感じだろうか?
60kgが2時間、20kmをちょいヘトになるまでランニングして1100kcal。
45kg〜50kgの女性が2時間ランニングしたら800kcal〜900kcalになるという。
ま、消費カロリーは目安だけど...
フィールサイクルを45分、ニアリーイコール、ランニングを120分ということは効率がとてもいいということだ。
しかしまぁ、摂取するのは簡単だけど、消費するのはとても大変。
今でしょ林先生は肥満遺伝子を持っていることがDNA検査で分っているので、いつもの10kmランニングをやめて、人並みの食生活にするとあっという間に100kgを越えるという。診た医師が先生の体型をみて、相当な苦労と努力がわかる、とてもすごいことだと言っていた。

ハイタッチですら得意ではない自分には、このフィールサイクルができるのだろうか、フォ〜ッ!。意外とぶっ飛んで知らない自分がでてくるかもしれない。
....野田にあるアスレチックなんかは大興奮でノレるけど。

photo

2015 4/20
『日曜朝一の皇居ランと月曜日のランチ』

日曜日の朝、とっておいたミニチキンカツ親子丼を食べようかと思って冷蔵庫をあけたら神隠し。
仕方がないのでバナナと麦茶と飴玉を食べて、静かな家をあとにして皇居へ走ってむかった。

暖かい朝、気持ちがいいのでゆっくりと。
ショートのタイツとショーツがとても気持ちがいい。
到着。
ゆっくり走り始めて、徐々にスピードを上げていく。
最後の一周は1km 04'42''まであげて。
自分の場合は1km 04'30''くらいが限界なのでムリはしない。
汗を流して、帰路へ...
神保町、脚を崩してニッコリ笑顔の表紙、熟女コーナーに群がる元気なおじさんらを横目に....
秋葉原、行列の野郎ラーメン、気の弱そうな男子を捕まえて絵を売る笑顔のかわいいエウリアンを横目に....
アメ横、16年間本当にありがとうございました!今日で閉店ですと毎日連呼する強靭なバッグ屋、ケバブ横丁か、外国人に大人気の立ち食いたこ焼きショップを横目に、走るのめんどくさくなって西日暮里で乗車。
ひたすら走る人だらけの皇居から、それぞれの町の表情を感じてとてもおもしろいんです。
腹ペコなので、マックでハンバーガーとストアでレモンサワーを買ってジャンク昼飯を。

20.0 km 1時間55分21秒 10.4 km/h (05'46 /km)

月曜日のランチはたまたま寄れたので、国立スポーツ科学センター近くにある名店の弁当屋 “大黒屋”へ。
エリートやトップアスリートなんかも食べているのだろうか??わずか¥480でハンパない量の唐揚げ弁当が大人気、しかもムネでなくモモだ。
へっぴり腰なので¥410海苔唐弁当を、これでもすんごいボリュームだ。
頭隠して尻隠さず、見え隠れするビジュアルが何とも愛らしい。
おいしいけど、アゴ痛い......

巨大な唐揚げ弁当を提供する都内のお店が徐々に減りつつある。
豊島区要町にあったほっかほか弁当 かなめちゃんも数年前に閉店。
月島のレタスショップ・パステルも。
豊島区や板橋区で有名なのは“つるや”さん。高校生の頃からよく食べた満腹弁当の名店だ。ここの唐揚げ弁当もすごいのです。 
大黒屋さんもつるやさんも、いつまでも元気に営業されて欲しいですね。

photo

2015 4/14
『本妙寺 千葉周作の墓 木戸孝允の駒込別邸』

北辰一刀流の創始者 千葉周作の墓は巣鴨市場そばの本妙寺にある。
新選組の山南敬助や山岡鉄舟、坂本龍馬なども北辰一刀流を学んだという。
...数年前の大河ドラマ 龍馬伝の千葉さなを思いだす。婚約したけど龍馬とは結ばれなかったんでしたね。
道場は現在の神田岩本町にあったという。
かつてこの場所には於玉ヶ池(おたまがいけ)があり、不忍池ほどの大きさで、景勝地だったというが江戸後期には埋め立てられたと。
北辰一刀流の道場は池のそばに構えていたから、千葉周作は「お玉ヶ池の先生」と呼ばれたんだという。

巣鴨から駒込へ。

駒込駅近くに長州藩士 桂小五郎こと木戸孝允の別邸があったという。
明治新政府にあっては、版籍奉還・廃藩置県などを実施し、それはそれは大変なご苦労があったと。
跡地には明治天皇行幸所木戸旧邸の碑が建っている。
これは木戸が晩年に患った病気で療養している時に明治天皇がお見舞いに来られたからだそうだ。
引用
晩年、木戸は現在の東京都文京区本駒込5丁目、豊島区駒込1丁目の別宅で親しい友人を招き過ごしたと言われる。
当時の庭園が維持されていたが、2014年現在はほぼ庭園部分は造成され、湧水量の多い池のみが保存されている(但し隣接マンションに囲まれているため事実上見学不可となっている)。
JR山手線駒込駅から別邸までの間に木戸坂と命名された坂が残されている。

現在はマンションになっているが、地形はその当時の面影を残すように崖、窪地になっていて、水が湧きだして池になっていたようだ。
流れ出した水は今は消滅した谷田川に注いでいたのだろう。
自然の湧水池を持つことはステイタス。
日光御成街道からは少し低いところになるが、谷と池を持った土地、すぐそばには谷田川が流れていて、江戸から離れた場所、別邸としてはとても居心地が良かったのだろう。
わずか140年前、木戸孝允は43歳で亡くなり、西郷隆盛は49歳....早い死です。

太平洋戦争、東京の空襲で屋敷は燃えてなくなったそうだ。
当時の駒込の写真をみたことがあるが、一面焼け野原だった。
ソメイヨシノ発祥の地、良い所です。

【過去記事】
幕末を巡って
復活 上野清水観音 堂月の松
上野東照宮
散歩JOG
身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
高島平の名の由来 高島流
文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡
遺されたものが語ること#2 石神井城跡
仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
上野公園 時忘れじの塔
浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
墨田区 都立横網町公園
豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
目白台 台地の屋敷
近藤勇と新選組隊士供養塔
板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
板橋区仲宿 文殊院 子の権現
板橋遊郭 新藤楼
旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍
旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 寛文の庚申塔と山門
旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 重蓮寺跡 参道
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
旧中山道はタネ屋(種屋)街道
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額
旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
中仙道か中山道か
神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
東京第二陸軍造兵廠の石碑
東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
加賀藩と黒作り
加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
加賀藩前田家の駕篭
加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚跡
新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
庚申信仰 体の中にいる虫
練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
練馬区 ふじ大山道
清戸道の名家
池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
新宿に縄文人現る
日本人のルーツ
縄文人の核DNA解析
縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋
板橋区赤塚 鎌倉古道
豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
上板橋宿と大山福地蔵尊
町民を癒し見守る大山福地蔵尊
豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
田端 東覚寺 赤紙仁王
本郷肴町 棒兼
池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
現存する都内の一里塚
散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
北区十条四軒道路にある出桁造り
北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
北区王子3・4丁目の出桁造り
北区王子本町の出桁造り
目白通りにある出桁造り
渋谷川 庚申橋供養碑
王子稲成神社 御石様
王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
JR貨物北王子線と廃線跡
JR貨物北王子線と廃線跡と映像
文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
北区中十条3丁目の出桁造り
文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
本郷追分と追分一里塚跡
根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
電話番号の表札
谷中、上野桜木の出桁造り
板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
北区西ヶ原の出桁造り
文京区根津の出桁造り
国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
滝乃川学園跡
西池袋 自由学園明日館
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
板橋区高島平 六の橋のグラフィック
江戸城 松の大廊下跡
醤油電車(東武東上線)
下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
同潤会 上野下アパート
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
北区滝野川 御代の台仲通り商店街の出桁造り
駒込名主屋敷
谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
護国寺惣門
北区 中十条(東十条) 地蔵坂
北区 中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
北区上十条2丁目の出桁造り
北区滝野川八幡通りにある出桁造り
東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

photo

2015 4/13
『神楽坂ラン 赤城坂』

前の記事で書いたハイパークールを試し履きして寄ったのは神楽坂。
メインストリートから横に入ると花街特有の路地の面影を残している。
だいぶ前だけど、にじり口のような低い戸をくぐると若いママがやっている飲み屋に行ったことがある。
昼の神楽坂も夜の神楽坂もどちらもいいものです。

さて、坂上に去年オープンしたla kaguへ。
長い屋外デッキ階段をのぼって、2Fへ。
こだわりのメンズの商品がならぶ。
とても好みの品揃えだった。

1Fはレディースとカフェが併設されている。
とても長いダイニングテーブルのカフェが目を引いた。
まだ乳飲み子を乳母車に乗せて、ビンビールで昼飲みする父....昼は酔う。
ゆったりとして開放感のある贅沢な空間の使い方が良かった。

坂を下までくだっていくとそこはもう飯田橋。
人が多くなって賑やかになっていく。
坂の途中で、左にそれる。
その先には赤城坂という有名な坂がある。
なかなか急なのだ。
インフォサインから...
『赤城神社の側にあるのでこの名があります。「新撰東京名所図会」によれば「…峻悪にして車通るべからず…」とあり、 かなりきつい坂だった当時の様子がしのばれる。平成十三年三月。新宿区教育委員会。』
未舗装だった頃は上り下りは大変だったのだろうと容易に想像ができる。
建物があまりない頃は景色のいい坂だったのだろう。

下って、水道町の地蔵通り商店街へ。
この商店街もなかなかいい雰囲気です。
江戸川橋へ向って護国寺へ。
雑司ヶ谷から神田川へ激坂を下って早稲田へ、夏目漱石がかつて住んでいた屋敷を通って弁天町へ、そして神楽坂から護国寺。
このコースがなかなか良いんですよね。
ただ、高低差が激しいのでたいへんだけど。

汗だくで入店したコンビニエンスストア、レモンサワーを1本....レジのお母さんが2度見して「おいしいでしょうねー!」って。
笑顔で小声に「おいしい〜よ〜」と。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋の橋桁
谷端川 大塚にある瀧不動
谷端川下水道幹線 SPR工法
谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
板橋区大山西町の用水路
石神井川 河川争奪
かつての石神井川
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
石神井川 板橋いこいの森
石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
石神井川 音無こぶし緑地の湧水
石神井川 正受院 不動の滝跡(瀧不動の碑)
石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
昭和の石神井川
板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
石神井川上流 下野谷遺跡
古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
弥生式土器の発見地
縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
板橋区 根ノ上遺跡
板橋区 稲荷台遺跡
王子七滝
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
北区 中里遺跡出土丸木舟
武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
赤羽自然観察公園の湧水
北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水
旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
台東区 須藤公園
田柄川の水源と茂呂遺跡
田柄川
石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
池袋の川 弦巻川
豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
豊島区の湧き水と池
池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
今宮神社駐車場の湧水 (水窪川の崖)
東池袋遺跡
ボクらのホームグラウンドの前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
板橋区 赤塚不動の滝と大根
板橋区 出井の泉跡(出井川)
板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
板橋区 中台馬場先貝塚
江古田川 不動橋と垢離取不動尊
江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
玉川上水
新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
鎌倉街道 中道 並木橋
猿楽古代住居跡(代官山)
渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
目黒元富士跡 上目黒1―8
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
池袋富士塚と池袋貝塚
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
豊島長崎の富士塚
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
駒込富士神社と古墳群
赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
北区赤羽北 稲成の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
秋葉原 神田柳森神社 力石
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
豊島区 のぞき坂
豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
豊島区 法明寺 威光稲荷堂
墨田区 都立横網町公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
北区赤羽西 真正寺坂
北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
文京区小日向 茗荷坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
板橋区・北区 御代の台
北区 中十条(東十条) 地蔵坂
北区 中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
北区 岸町 三平坂

photo

2015 4/13
『ナイキプロコンバット』

評判がいいので、どうなんだろうな試してみたいなと思ってた製品。
これはハイパークールというもので、夏場のク◯暑い日々にはいいかもなと。
股やサイドがメッシュなっていて、ドライフィットしてコンプレッション、動きを最適に促して、疲労をうまく取り除くのだと。
日曜日の昼、日射しもあって18℃、ショーツの下にはいて14km走ってみた。
ショーツが短いから5cmくらい鮮やかカラーが見える。
ロングタイツから久しぶりのショートで脚も軽い。
豚に真珠なので、コンプレッション効果的なのはあまりよく分らないけど、中々の圧迫感でぴったりフィット、脚の肌がでている部分はかるく塩田状態、大汗かいてもつねにドライでとても快適だった。とても良い製品ですね。
上野で定価の1/6のなんと1080円で入手できてなおよし。

photo

2015 4/9
『タバコはやめないほうがいい』

早死にしたくなければと、中部大学の武田邦彦先生が言っている。
喫煙者で禁煙したいなとか、しようと思ったことがある人も多いのかな?
18年間たばこを吸ってて、手放してから6年になるが、吸っていた当時、自分は一回も一切そう思ったことはなかった。 禁煙?減煙?何ソレ?状態だ。
吸った方が長生きできるし、人生が豊かになると...ちなみに、先生は先生は吸っていない。たばこによる健康の害は科学的事実とはちがうのだそうだ。
吸う人は4000人に1人の割合で肺がんになり、吸わない人は3000人に1人の割合だそうでほぼ一緒、多少発がん性物質があるからちがいがでるのだと。
たばこのパッケージには“肺がん”の文字は消えて“肺気腫”に変わってきたのが、それが事実とは異なるからだという。そのとおりですね。

2枚目のデータのグラフ、40年前の男性の80%が吸ってて、今は40%に減りつつも肺がんで亡くなる人が増えていることを現している。
しかしこれはたばこの害だけではないのではと。高度成長期、工場や車のガスで空気が汚れたり、アスベストなどの化学物質の影響も多いのでは?と思う。

脳内でセロトニンやドーパミンを調整しにくい人がニコチンによって整理されて脳がスッキリするからやめられない、そういう人が吸い続けるので、やめられないということは必要だということだと。
ただ害になる限度があるので、一日30本を30年間だったら病気にならないと。
1日の本数×年数=700以上だと慢性気管支炎や肺気腫になりやすいと、これははっきりしていると。これは有名ですね。
自分の場合は、20本×18年=360、ま、最低20本で、1箱半の30本が多かったので多めに見積もって、30本×18年=540になり、リミットに近づいている感じだ。仮にまだ手放していなかったら、30本×24年=720になり、オーバーする。肺の病気にかかりやすいということだ。
腹八分目にすると寿命が1.5倍にのびるのは事実で、たばこを吸うと食欲を抑えられるというか、本来の食欲に制限されるから吸うと寿命がのびるのだと。

自分の場合は手放して、のどがからむことや胸が痛む発作のようなものがなくなり、おもいっきり空気を吸ってもむせることがなくなった。同時にランニングを始めたので、身体がよく動かせるようになり、結果的に体重も体型も変わった。
やめて良かったことは、結果的に身体がラクになったと思えることなので、先生の考えに基づくならば、やめて良かったとうことだろうし、ひょっとするとセロトニンやドーパミンをランニングで放出させて補って脳を整理しているのか?ニコチンの代替がランニングということだろうか?
ああいえばこういう的なこともあるが、そうだと思うことが多い内容だった。
Bazooka(youtube

photo

2015 4/8
『板橋区大山西町の用水路』

今から35年前に住んでいた家の裏には小さな用水路が流れていたけど、あれって小さい小さい小川だったのかな?と調べてみたら....web

写真1−2枚目、かつての住まいはもう取り壊されて更地になっていた。
現在では蓋が架けられて暗渠になっているが、当時は開渠で水がちょろちょろ流れていて、とにかくじめじめしていた。
この水路に濡れないように飛び越えて、目の前に立ちはだかるコンクリートの壁と冊を乗り越えて、隣の施設を突っ切るといういたずらのような冒険のようなことをよくして遊んでいた。
水路にはトノサマガエルにヒキガエル、野良猫が闊歩して、うちよりももっと先まで行ったり来たりして探検を楽しんでいたが、密集地帯ゆえに、まぁ当時は窓も開けっ放しの家庭も多くて、母からは隣に迷惑だからと行くなとよくいわれた。
その当時の遊びは台所の三角コーナーのゴミ袋に穴を4つ開けて顔に被って、悪役覆面レスラーを買って出て、わざと破られたり、ゴミ袋を被ってリング外である家の外へ飛び出して転げ回ってどろんこになって、実にアホらしくも楽しい肉弾戦だった。ぴっちぴちのゴミ袋、ひとつ間違えば窒息だ。
上記のサイトでは、昭和30年代の昔の絵図には千川上水からの「どぶ川(下水)」としての水路と描かれていたとのこと。
その当時、ちょろちょろ流れていた水は雑排水の生臭い匂いはするが、ひどく汚れた水のようではなかった。
千川上水が現役のもっと昔はきれいな用水路、小川だったのではないかと思う。
のどかな草原の小さい谷の底を流れる川、そんな風景を思い浮かべることができる。

図3−4枚目、この水路が流れていた場所は、地図の右上から左下にかけて、川越街道から下って、一番底に水路があって、都営住宅に向けて上る谷状の地形になっている。
この水路の下流はどこにつながっていたのかは不明だが、千川上水から分水してた中丸町に流れていた中丸川が谷端川に合流していたようなので、赤い点線のように、中丸川 に合流していたのかもしれない。

今は暗渠でどうなっているのかは分らないが、35年前はまだ現役でかつての姿を少し残していたのだろうと思う。
どぶ川かもしれないがそれは水路、自分にとって身近にある思いでたっぷりのちょいと臭う小川であったことは確かだ。
川沿いに住む地域の方々には大変お世話になって、今の自分達がいる。
昔も今も心から感謝している。

(2020年6月16日:流路を修正)

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋の橋桁
谷端川 大塚にある瀧不動
谷端川下水道幹線 SPR工法
谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
板橋区大山西町の用水路
石神井川 河川争奪
かつての石神井川
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
石神井川 板橋いこいの森
石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
石神井川 音無こぶし緑地の湧水
石神井川 正受院 不動の滝跡(瀧不動の碑)
石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
昭和の石神井川
板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
石神井川上流 下野谷遺跡
古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
弥生式土器の発見地
縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
板橋区 根ノ上遺跡
板橋区 稲荷台遺跡
王子七滝
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
北区 中里遺跡出土丸木舟
武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
赤羽自然観察公園の湧水
北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水
旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
台東区 須藤公園
田柄川の水源と茂呂遺跡
田柄川
石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
池袋の川 弦巻川
豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
豊島区の湧き水と池
池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
今宮神社駐車場の湧水 (水窪川の崖)
東池袋遺跡
ボクらのホームグラウンドの前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
板橋区 赤塚不動の滝と大根
板橋区 出井の泉跡(出井川)
板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
板橋区 中台馬場先貝塚
江古田川 不動橋と垢離取不動尊
江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
玉川上水
新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
鎌倉街道 中道 並木橋
猿楽古代住居跡(代官山)
渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
目黒元富士跡 上目黒1―8
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
池袋富士塚と池袋貝塚
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
豊島長崎の富士塚
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
駒込富士神社と古墳群
赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
北区赤羽北 稲成の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
秋葉原 神田柳森神社 力石
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
豊島区 のぞき坂
豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
豊島区 法明寺 威光稲荷堂
墨田区 都立横網町公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
北区赤羽西 真正寺坂
北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
文京区小日向 茗荷坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
板橋区・北区 御代の台
北区 中十条(東十条) 地蔵坂
北区 中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
北区 岸町 三平坂

photo

2015 4/7
『ニューバランス フレッシュフォーム』

去年発売開始された新しい素材のランニングシューズ。
異なる性質の素材を組み合わせることによって最適なパフォーマンスを引き出す従来の製品とは大きく異なるモデルだという。
見てのとおり、ソールが同じ素材で一体になっている。
とても評判がいいみたいだ。
ソールがハニカム構造なので安定感がいいようで、力がダイレクトに地面に伝わると。
こんどこのモデルにしたいところだけど、ワイズの展開がD(狭い)のみなので、ワイズが3Eの自分には合わないかな....これだけサイズがちがうときつく感じる。
ちなみに、D<E<EE<4E の順で幅が広くなる。
日本人男子の標準だとEEくらい。
このモデルは欧米人向けのものなのだろう。
早くEEサイズの展開をと...

歩きくらいだったらまだはけてなかなか捨てにくいけど、ランニングシューズも処分していかないとな。

photo

2015 4/6
『オールド』

1番上のオールドポルシェ、すごくカッコいい。
艶消しにこの渋いカラーに黒いホイール、たまらない。

2番目のオールドポルシェ、中身は新しい良いのに換えていると。
かっこいいな。

高校生の頃は黒ゴキブリに見えてしかたがなかったゲンバラポルシェの写真集を夜な夜な眺めていた。web

3番目のワーゲン、ぶっといタイヤ、これもたまらない。
ホットロッドだ。

FIA T500C、これもいいなぁ。

....今の車両って、なんだか家電のように見えてしまうなぁ。

photo

2015 4/3
『つけめんの父』

豚骨のこってこてが好きだったので、初めて大勝軒を食べた時、こんなに美味しかったんだとびっくりした。

大勝軒の山岸さんが亡くなった。
再開発のために移転した東池袋大勝軒、軒先にまん丸な山岸さんが笑顔でたまにいらっしゃったのを憶えている。
いつだったか、隣にはまん丸の彦麻呂さんが、汗びっちょびちょで食べてて、圧迫感が半端なかったな。
腹一杯になって目の前真っ白になる大勝軒。
A5ランクよりもバースデイ大勝軒、安上がりで良いわと言われ。
年越しそばで大盛りもりそばを食べて、すぐに寝ちゃって初めての胃もたれ寝正月を経験させてくれた大勝軒。
もりそばをたのむ人が多いけど、大勝軒はやっぱり中華そばがとてもおいしい。

自分の味を惜しげもなく弟子に教えることで、直営、のれん分け、あちこちで大勝軒を食べることができる。味を守るということはそういうことですね。
そして、どれだけの人々を救ったのだろうか。

食べてこよう。

photo

2015 4/1
『オールドスクール #3 』

垂木(たるき:角材のこと)やコンパネ(ベニヤ板)を拾ってきて、コンパネにこんなRで良いかな?と感で下書きをして、ノコギリでカットして1枚切り出して、もう一枚のコンパネにトレースしてカットして同じRのコンパネ2枚完成。
そのコンパネに垂木を何本も釘で打ちつけて、R部分にベニヤ板を貼ってジャンプランプ完成。何台作っただろうか...

ジャンプランプを道端や広場に置いてバンバン飛ぶ、これが28年前の最高の遊びでクラブ活動だった。
かなりの高さまで飛んで着地するのだから衝撃が強い。
自分はなかったけど、板を折ることもよくあるほどだ。
そんな衝撃を分散吸収するアイテムがプラスティックのセルブロックというもので、写真に写る黒いのがそうだ。
鉄のトラックと木の板の間にかませることによって着地の衝撃が分散吸収できて、プッシュする時にもガタガタ振動を吸収して乗り心地がマイルドになる。
セルブロックによって車高の調節もできるので、ウイールと板が干渉するのを防ぐこともできる。
セルブロックは車両でいうところのサスペンションのようなものだ。

先日クルーザーとして組んだ時には入れていなかったけども、板とウイールが干渉してしまうので、なんならとその当時に使っていたものを入れてみた。
そして当時使っていたスポットビルトのシューズも手入れして、オールドスクールの完成、まっ二輪四輪の旧車のようなものだ。

俺のCBX400F、いや、四輪だからハコスカか、あとはベアリングを24個換えればよりスムースで、3台も完成だ。

【過去記事】
構成要素
オールドスクール
オールドスクール #2
生まれる
あぶないランプ
クルーザー
メイク
思いでの撤去
オールドスクール #3
あぶないランプその2
中年スケーター
JT
スケートボード道
スケート祓い
28年前のクルーザー
レールバー
やっと乗れてきた、サポートタイツ効果
IXLオイルとガッツレーを流用
クルーズにもいいデッキ
中年スケーターのブルース
もう一度
#14
HILAQUE
VANS 50 YEARS Kickflip
MoMA
OJ2 HOSOI ROCKETS 95A
AND SKATEBOARDING
Zorlac Todd Prince 高い??
梅雨の晴間の真夏日 5週間ぶりに
UNIqueでスケートボードのレクチャーを
スケートをする意味
我ら徳丸ヶ原のスケートチーム
また出会って、共に生きましょう
自分のためにスケートを
オヤジスケーター
この1年半のスケートボードの練習まとめ
SEIBU SPORTS SKATEBOARDING TEAM
家でスケートを MADE IN VENICE
やすらかに
スケートボードのホームグラウンド
GET RAD
マドンナエア
YouTube 作ってから1年半
久しぶりのお墓参り
第三回目
TOKYO SKATEBOARD PICNIC CLUB