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photo2013 7/30
『地形と歴史文化暮らし』

【古地図とめぐる東京歴史探訪】と【江戸東京の地名散歩】
【凹凸を楽しむ 東京スリバチ地形散歩】と【江戸・東京地形学散歩 災害史と防災の視点から】、【江戸名所図会を読む】
写真上2冊は江戸の地名の由来から見えてくる歴史や文化、庶民の暮らしなど。
写真下左と真ん中は地名の由来と歴史文化を谷や川などの地形から詳しく解いている。右は江戸の名所、江戸庶民の暮らしぶりなど....とてもおもしろい本です。

《道玄坂の地名は、盗賊にちなむ。鎌倉初期の武将和田義盛は源頼朝が挙兵したのち、つねに従い功を立てたが、1213年(健保元年)には、北条氏の挑発に乗って挙兵したところあえなく敗死。その後一族の大和田道玄が残党と共に逃れ、洞穴にひそみながら盗みを働いていた。道玄は坂の上にあった松の大木に登って物見をしていた。坂道をゆく旅人を見つけると、手下たちに合図して金品を奪わせたので、松の大木は道玄松、坂は道玄坂とよばれるようになった》....有名どこだとこんな内容、散歩がまたグッと楽しくなります。

photo2013 7/30
『NHKスペシャル』

生きたダイオウイカ、鮮明な映像に驚嘆したのはもう1年前。
潤沢な資金がなせる技だろうか、おどろき楽しませてもらった。
世界の不思議・伝説の本に載っていた巨大なタコやイカに襲われる帆船、
巨大なおっかない三白眼と金属ライクな光沢がある皮膚、実に気持ちが悪い...

今回、第一部は去年の内容を踏襲した構成、第二部は深海のサメの特集。
すんごい映像で食い入るようにみて楽しいけど深海サメ、気持ちわるい...
おとり餌であるマッコウクジラ、真っ先に発見するも一口食べていなくなる。するとまた現れてまた消える....
そうしていくと、ちぃこい魚やカニ何かが群がってきて食べる、
パトロールしてその様子を見守り、自分はまた少しだけ食べる、
食べやすいようにひとかじりして餌を食べ分け与えてる王者らしき姿に驚いた。
それは、ちぃこいのが育ってくれて自分も餌にありつけるという食物連鎖の頂点にいることの意味で。
まぼろしのサメ、メガマウス、深海にいるけど実は水深が浅いところまで上がってきて桜海老を食べているってこと、真っ暗な時間にそっと浮上しだれにもその姿を見せることなく。ぜんぜん鋭くない平たい歯、でっかい口で海老を飲みこみ、どこかぬけた愛くるしいフェイスで気性はおとなしいようだ。via

人は上には行けるけど、陸や海のずーっと深くまでは行けない。
深海とは水深200mより深い太陽光線も届かなく海流も違う海のこと。
直線で200m先は目の前という距離、隣の駅まで1000m走っていくと5分半。
たったそんな距離ほどの深さの深海のことはあまりわかっていない。
上もだけど何にもわかっていない深海や地殻、興味が尽きません。

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2013 7/29 『高島平の名の由来 高島流』

板橋区の北部に高島平という地域がある。(赤線で囲んだ地域)
その高島平はかつて徳丸ヶ原といわれていた湿地帯、氾濫する荒川によってしょっちゅうびっちょびちょだったよう。

長崎の町役人で砲術家だった高島秋帆(たかしましゅうはん)は
オランダ人らを通じて、洋式砲術を学んでいたので日本砲術と西洋砲術の格差を知っていた。
高島秋帆はアヘン戦争で大きな衝撃を受け、
日本を防衛するために洋式砲術を採用すべきだと国防の重要性を訴えた意見書を幕府に提出。
幕府の命令で江戸にやってきて、赤塚にある松月院に本陣をかまえ、眼下に広がる徳丸ヶ原(高島平)で歩砲2隊の演習と馬上発射と大砲の実弾射撃という洋式の砲術演習を行った。
幕府ははじめて洋式の火砲の威力におどろき、この演習は当時の国際情勢からも話題をよんで、幕府は多くの大名や鉄砲方にも見学をさせている。
勝海舟などもこの様子をコッソリ見たと記している。
これにより幕府の高島流砲術採用が決まり、
幕臣らに高島流砲術をおしえて長崎に帰ったと。

幕府から重用されてその功績を妬んだ幕府町奉行の鳥居耀蔵(とりいようぞう)は周りの人とグルになって、
高島秋帆は 「密貿易をしている」と謀反の罪を着させて、
幕府に訴え、逮捕・投獄されてしまう。
洋式の砲術の必要性を感じている人も多く、
幽閉先では諸藩は秘密裏に高島秋帆に接触し教わっていたという。

幽閉されること10年、ペリー来航による社会情勢の変化によって
赦免されて出獄し、高島秋帆はふたたび幕府に対して、
このままではアメリカとは戦えないと意見書を提出、
その後幕府の砲術訓練の指導に尽力した。

そんな高島秋帆の高島流砲術。
坂本龍馬が高島流の砲術家徳弘孝蔵への入門する時の起請文、
龍馬の血判が確認されたとの先日のニュース、
【竜馬の血判を発見=砲術入門時の起請文で−高知】
坂本竜馬の血判や直筆の署名などが記された、 高島流砲術家への起請文=24日午後、高知市の高知県立坂本竜馬記念館。
記念館は24日、竜馬の血判や直筆の署名などが記された文書が見つかったと発表した。
入門していた高島流の砲術家徳弘孝蔵への「起請文」で、記念館によると竜馬の血判が確認されたのは初めてという。
起請文は、行いにうそや偽りのないことを神仏に宣誓する文書。
この書で竜馬は、入門後に学んだことを外部に漏らさないことや、新しい流派をつくらないことを誓約している。
「高島流砲術入門誓書一巻」起請文は、竜馬が同砲術へ入門した安政6(1859)年9月のもので、直筆とみられる署名の上に血判が押されている。
巻物には竜馬の他、幕末に尊王攘夷運動を行った土佐勤王党の武市半平太や岡田以蔵ら、216人分の名前も記されている。

と、男の恨み妬み嫉みほど怖いものはないと美輪明宏が言ってたけども...

その演習で幕府は洋式の砲術におどろき採用したわけだが、
幕府が崩壊したあと明治新政府はそのまま踏襲し、
のちの日本陸軍創設の元となった。
本陣を構えていた松月院とこの徳丸ヶ原が日本陸軍発祥の地ともいわれている。

スケートボードにあけくれた10代前半を過ごしたこの徳丸ヶ原、
やんややんやと直管爆音を轟かせ、ゴッドファーザーをラッパで奏でて徳丸ヶ原を爆走する夜、室内から見る建物の間を流れてゆく単車たち、いつもの光景。
10代後半20代前半ブロックタイヤのバイクを楽しく乗り回した徳丸ヶ原、
米の産地として有名だったけど、 発展にともなって民家から流される汚水によって川が汚れ、農作物を作ることができなくなった徳丸ヶ原の農家の人々...
それに目をつけた大規模開発をすすめていた住宅公団に農家の人は水田を売却し、
昭和40年代に開発されていき、地下鉄も通り首都高も開通、かつて戸田筋として将軍の鷹狩りの場になり、演習の場になり、水田になり、古くから住んでいる高台の赤塚・西台村(徳丸)の下に開発整備によって新しい人々が流れ込み多種多様。
自分が通っていた徳丸ヶ原にあった学び舎は子供の減少にともなって廃校になってしまった。
そんな徳丸ヶ原、高島秋帆の名をとって高島平と名付けられて今にいたる。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■印刷博物館<武士と印刷> 徳川慶喜終焉の地
■文京区春日二丁目(小石川小日向第六天町) 徳川慶喜邸と新坂(今井坂) “徳川おてんば姫” 井出久美子
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■“青天を衝け” 高島秋帆 松月院<高島秋帆先生紀功碑>と西洋砲術の演習地 徳丸ヶ原
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)
■上板橋役場跡と古道 台橋道(茂呂遺跡・栗原遺跡 お東山<板橋城跡>)
■板橋氏の板橋城はどこに築城されたのか お東山か御東山か<オヒガシヤマかオトウヤマか>
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■文京区目白台 腰掛稲荷神社
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板箸一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路(古道 根村道)にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍と加賀藩下屋敷の裏御門だった山門
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺の寛文の庚申塔 加賀藩前田家下屋敷の裏御門にあり移設された山門 平尾一里塚
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 徳川家康から朱印地が寄進された重蓮寺の参道跡
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■板橋区蓮沼町 古道 稲付道に立っている庚申塔
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■中山道と川越街道起点の平尾追分 高田道と川越街道の四ツ又
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳 火薬製造の圧輪を用いた<忠魂碑>と圧磨機圧輪記念碑
■陸上自衛隊 練馬駐屯地 連隊門哨所
■王子新道の由来と花月通
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■中山道 平尾一里塚(板橋一里塚) 一里塚まんじゅうと史跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■板橋区志村 旧中山道 富士・大山道の道標と庚申塔
■板橋区志村2丁目(志村坂上)の住宅にある庚申塔
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区田柄二丁目 (旧)川越街道と所沢道の追分に立つ庚申塚(庚申塔・道標) 鎌倉街道
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■鎌倉街道と新旧川越街道の交差点にある手押しポンプ(井戸水)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■鎌倉街道 中道 北区中十条
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂
■文京区小日向 切支丹坂に間違えられた庚申坂
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■板橋区弥生町 上板橋宿 豊敬稲荷神社の玉垣に刻まれた瀬戸川牧場
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■豊島区東池袋 六つ又 子育地蔵尊
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨薬園跡 <豊島市場>
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■JR貨物北王子線の廃線跡 線路撤去工事
■東十条駅 下十条運転区検修庫解体
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡 三代目理事長 渋沢栄一
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■豊島区駒込(染井) 西福寺への道標<大師道> 染井の泉と谷田川(谷戸川)の源泉の長池 染井吉野
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 三軒家 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区上十条にある出桁造りと再開発により撤退した創業110年の八百市 橋本青果店
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■3月10日東京大空襲 湘南二宮町のガラスのうさぎ像 3月11日東日本大震災
■東海道本線 特急型車両185系普通列車と仕事の思い出
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

photo2013 7/26
『正しいペン字の書き方 #10』

Fの使い捨て万年筆¥210を買って、
練習すること3週間、こんなにはやくもうインクがなくなっちゃったので、
今度はカートリッジ式の03(細字)を購入、¥210+インク2本¥105。


03といってもしっかり線が描けるので書きやすい。
本格万年筆とうたっているだけあって、こだわりがあちこちに見られてすごい。
プラチナ万年筆 preppy、たったの¥210、これで十分使い続けられそうです。ウン十万の万年筆の良さも知りましたが、コレにはおどろきました。
All About ステーショナリー・文房具/長く使いたい万年筆 via

今まで何回も挫折し....ほんとに綺麗になんのか?と全く自信が持てずいて...
綺麗な字をかけるようにするんだと、あきらめないぞと是正しはじめて早6ヶ月。

もともと手紙を書くのが好きだったけども、
いかんせんゴシック体と明朝体のあいのこに製図文字が入ったクセ字...
このPCの時代、一筆きれいな字で心をこめた文をそえることの大切さ、
きれいに添えられるかもしれないと、少しずつだけど怖くなくなってきている。

いつも使っているシャーペン、パーカーのボールペン、やっすい万年筆、
ずいぶん前に買った¥370の本、ずいぶん前に買ったコピー用紙、
プロには習っていないけども、
たったこれだけど大変身とまではいかないけど、だいぶ良くなったように思う。
何年も続けて習得したいと思う、綺麗な字。

名を体を表す、字は体を表す...自信はなく上手ではなくともきれいに書こうとしている姿は通じると思う。


photo2013 7/24
『うなぎ』

鎌倉の小町にある名店浅羽屋さんが今年の初めに閉店したと最近知った。

友が言った、「普通のつまみ料理と飲み放題に5千円出すんだったら、
おいしい料理を食べた方がいいよね」って。
ま、コミュニケーションをとるための代金だけど、お料理としてだけだと、
そのとおりですかね。

A5ランクの分厚いステーキとうな重があったら、後者をいただく。
A5ランクの分厚いステーキと特選海鮮丼があったら、後者をいただく。

鶏蒲焼きひつまぶし、っていう新しいのを食べてみましたけど、
なかなかおいしい鶏料理でした、あなどれません。source
高騰ですけど、安くて美味しいうなぎ屋さん周りにまだまだたくさんあります。

photo2013 7/23
『足回り強化』

名作996が足回りを強化して新登場。

クラッシック、オーセンティックなデザインのままで、
ソール部分を走りにもう少し適応させたモデルが欲しいなと、
足回りをカスタムした旧車KawasakiZ1マッハのように、
そんなモデルでないかなと思ってて前にも書いたことがあるけど...

ミッドソールにREVLITEっていう従来よりも30%軽量で心地よいクッション性がよい素材とのこと。
今メインではいているシューズ(3枚目)にもREVLITEが使われています。

アッパーの形状は見直したみたいですが、踏襲したデザインと機能性を向上させたモデル、かっこいいな。

ガンガンに走ることには他のモデルに勝らないと思うけど、5kmをちょくちょく、10kmたまに走るくらいなら問題なしな感じでしょうか。

タウンユースからJOGちょいとまで、重宝しそうなアップデートでしょうか。

source

発売後、レビューみてみたい。


photo2013 7/22
『煩わしいけど』

選挙、投票率は52%だったらしいけど、
まったく信じられないのですが...
投票に行かない人、意味がわかりません。

ひどい暑さがわずかながら弱まってきて、
掃き出し窓全開、扇風機強風でぐっすり眠れるこのごろ、
朝方寒くて目がさめるのもよし。

以前からレーシックに関心があるけども、
家族からダメと言われて、いつかはと思っていたけども、
結局のところ、術後何年かたってまた低下したという人を
多くみかけるようになって...
かつては煮沸消毒が必要でしたが、使い捨てもあり、通常レンズでもお手入れの煩わしさあまりなくなってラクに、
やっぱりコンタクトレンズでいいわと思うように。
昔のレンズ、お手入れはホント毎日大変だった...

走る時もだいたいメガネを...冬はいいけども、
夏場は汗や水でレンズが汚れるけど、やっぱりメガネはラク。

キャリアの長いメガネさんがメガネをとると、だいたい目ぐりぐりしててするどいけど、メガネってフィルターを一枚かませると、眼光するどい人はやわらかい印象になりますからね。

目も歯も、健康であることは宝だとつくづく思います...

投票に行く前、ひとっ走り10km。
久しぶりに走ったあとメプシ、ノドを紙ヤスリ400番くらいでこすったかのような鋭い刺激、こんなにもさらにおいしくなるのだから、走られることは宝です。


photo2013 7/18
『夏のメシ』

焼きとうもろこし。
とうもろこし12本で200円、
1本16.7円、しょうゆ+ちょいバターで+0.8円、
燃料はのぞいて、1本あたり18円くらいでできあがり。

ぶっかけ冷やし讃岐うどん。
かきの木茸(エノキの原種だそうな。歯ごたえとぬめあり。)12円
オクラ24円
大根おろし6円
たまご10円
納豆19円
讃岐うどん53円
ネギわさび味のり揚げ玉半すりゴマ6円、出汁18円
燃料はのぞいて、一人前148円くらいでできあがり。

と、原価計算したらどうなんだろうと初めてやってみたところ、こんなかんじに。
超大盛りで激安のお店、荒川区の光栄軒とかどうなっているんでしょ...

食欲が減退気味だったのでモロコシもぶっかけもウマイ、やっぱり。
だれでも作れますね、ぶっかけは。

一人親だったので、チビん時から自分でよく料理を作っていたので、
というか、裁縫、大工仕事、野良作業とか自分でできることは
なんでもやらないとなんなかったので、それはいいことだったのだろう。

昨日なんてエアコンなしでちょっと寒いくらいに感じた夜、
この◯ソ暑い二週間、そしてこれからまだまだ、厨房は過酷ですね。
ご自愛下さい。


photo2013 7/17
『お帰りなさい、また逢う日までパーティー』

シカゴとニューヨークから友が研究と夏休みでやってきた。

場所はというと、新宿に2店舗を展開している友がつい最近、
浅草の浅草食通街に満を持して構えたお店“すみお”

浅漬けきゅうり一本串刺し、これでもうお腹いっぱいに...
んで、会津馬刺登場、赤身でおいしかった。
自分は牛と馬は好んで食べなくて、生肉はちょっと...
馬刺っていうと熊本だけど、
会津のはサシがないので食べやすかった。
刺身盛り合わせ、
続いて鮭と鯖の原始焼きに
出し巻き玉子 蟹あんかけ、
〆は寿司職人の店長が握るお鮨、
ネギトロ軍艦巻きとマグロ赤身とわすれたけど白身魚。
日本酒と共にがいいのだなと。

N.Y.C.からやってきた友のバイオリン、楽しくおもしろい演奏。

と、色々な友とも久しぶりにあったり、はじめましてでお話したりして、
とても楽しい晩となりました。
また逢う日まで。

都内に住んでいて浅草に行ったことがないという人、
意外と多いみたいですけど、とてもいいところです。

NOエンジン、自転車でもよしランニングでもよしウォーキングでもよし、上野のちょい先。

NOエンジンの楽しさがわかってきたら、エンジンの魅力にふたたび気づく、ホントそうだなって。
それの繰り返し、人生そうなんだと。source
なるほど。
体質改善からのきっかけで、NOエンジンの楽しさが結果的にわかったけども、
かわらずにずーっとONエンジン?の生活だったら、この魅力を逃してたところだった、それを得たのも収穫のひとつですかね。

だって、走るのも(チビん時は好きだったけど)自転車乗るのも、ウォーキング???歩くなんてもう論外というか絶対になし、
さらに電車やバスに乗るのも、ぜんぶキライだったから。

photo2013 7/16 #12
『徳川家宣』

連休最後の朝、ちょっぴり涼しさを感じたので、
速攻でランパン+ショートタイツとランニングシャツに着替えてひとっ走りに。

ぜんぜん走れていなくて、だるーくて元気もちょっと衰退する日々が続いていて...
胃もムカムカするし、腸も不調、食欲もちょい減退、呑み飲みすぎか...
夏バテなんだろうけど、ラクな間隔で朝に走れていれば、
ぜんぜんそんなことはないのは分っているのだけど、こんなク◯暑いとあぶないし、そもそも走りたいとそんな気にもならなく。。
走るワケは日々の身体の調子をよくしたいのとおいしくメシと呑みたいからで、
走らないと逆に不調になってくるのが自分でもよくわかる、
って、走れないくなったら心身共に大丈夫なのかと不安にもなるけども...

と、朝は高度が低いので都心ではビルディングに遮られて、昇ってきてもけっこう日影があるんで、日影ちゅう日影をなるべく通って走ります。
この朝もほぼ日影を通ってゆっくりペース6分〜6分30秒/kmで根津神社へ。
氏神様の神社では夏越の大祓をして頂きましたが、
根津神社には茅の輪が設えてありましたので、くぐりお参り。
なじみがない方にはなんのこっちゃですが、夏と冬の半年ごとに、知らず々に犯した罪や心身のけがれをはらい清めて正しい本来の姿に戻るための行いです。

徳川の屋敷跡に根津神社を造営して今にいたるとのこと。
なので、徳川家宣はここで誕生したので胞衣塚があります。
エナは生児の分身と考えられ、大切に扱われたと。
健やかに立派に育って欲しいという民俗ということなのですね。

水分補給、水で少し汗流して...帰路はなかなか暑くなってきたけども、
どんどん体調が良くなってくるのがわかる、体も脚も軽くなってくるし。
途中、朝マック買って、10km
出る時はちょっとだるいな〜だったけど、
帰宅後、水シャワーして、amもpmもずーっと胃腸の調子も良く元気。
元気になったので夕刻前に、3つ先にある図書館へ。
近場の図書館にはなかった区の郷土史の本を5冊借りて、お土産のアイスをどっさり買ってちょっぱやペダリング、そっこうで溶けちゃうからね。
涼しくなった夜は呑みながら郷土史を学んで、就寝。

遺跡や遺構めぐり、神社仏閣お参り、
区の郷土史が気になって々、さまざま調べ続けて2年は経つだろうか、
点と点が線になってつながっていって、それらや気になっていたことが自分の住まいにつながってていたり、母が東京に出てきて初めてお世話になった町の氏神様、地蔵菩薩に、今はご縁があって自分が居住しお参りしている、その理由も分りつつあって、知らなかったことがたくさん様々つながっているんだなと実感し、あらためて感謝せよと、不思議なものだなと思っている。
自分でページを開けてみないと分らなかったことだから...
興味がわいて調べまくっている、それには意味があったということだろう。

ランニングもそう、全く興味がなかった事が面白くて仕方がない、それも一興。

photo2013 7/16 #1
『ヌルヌル』

ネコに小判...
無知でよく知らずですが、
すんごい万年筆で暑中試し書きをさせて頂きました。
クリップに蛇と宝石が留められていましたが。
インクがヌルヌル出てきてそれを楽しむのだそうだ。
少しだけわかったような...
実にたのしい。

と、
すれ違う人々、
短パンに半ズボンの男、
軽くて薄い生地でなんとなく着ているような格好の女、
なら、うんざり火照ってまだ溶けそうな感じではないけども、
Yシャツにビジネスバッグ、長ズボンにシャツ、つらそうな姿に
お疲れさまですと労いの思いもでます。

暑い朝に走ると具合わるくなりそうだなと一週間、
ク◯暑い一週間勃発で、走る気も完全に消滅、
食欲もちょびっと減退...
今月はまだ7kmだけ。

4年前、炎天下のもと、ワルい方の汗が尋常じゃないくらいふきだして、
体ヌルヌル....2km、3kmと嘔吐しそうになりながらも、
距離をのばして走れるようになっていったこの季節。
走りはじめてすぐの4年前の今頃、7.3kmは90分で、
今はいつものペースで走って42分くらい。

木々が生い茂って緑がたくさんあるところを走れたら、
朝暑くても気持ちいいんだろうな、いいなと毎年つくづく思う夏。

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2013 7/10
『板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)』

1−2−3枚目、板橋城跡と伝承されているうちのひとつである長命寺。
環七と川越街道の交差点にあって、住所は東山。
地名のとおりなだらかなであるが台地になっていて、
そばには石神井川が流れている。
板橋区の名になった板橋氏は豊島氏の庶流で、
板橋城は板橋氏の居城、川越街道を押さえる要衝として築かれたそうな。
地形を生かし、石神井川は水堀として機能していた。
太田道灌vs豊島氏で豊島氏が衰退滅亡したあとも存続し、
その後板橋氏は後北条氏(小田原北条氏)に仕え、
後北条氏の有力な家臣として活躍した赤塚城の武蔵千葉氏に属した。

4−5−6枚目、赤塚城跡。
築城主は千葉自胤(ちば よりたね)でその家系を武蔵千葉氏という。
よりたねは武蔵へ逃れて太田道灌を頼った。
それから太田道灌の支援をうけて勢力を拡大し、武蔵千葉氏の地盤を確立した。
その後太田道灌が暗殺され、後北条氏が武蔵へ勢力を伸ばすと、
よりたね(武蔵千葉氏)は後北条氏(小田原北条氏)に属した。
小高い丘に本丸があり、下にため池があって内堀として機能していたと、こちらも地形を生かしている。
二の丸跡には東京大仏で有名な乗蓮寺がある。
余談だが、この乗蓮寺は現板橋区役所の向かい側(仲宿)にあったのだけども、
国道17号線中山道拡張、首都高5号線開通のために、
40年近く前に移転を余儀なくされて赤塚へと移られました。
乗蓮寺は徳川家康から10石の朱印地を拝領し、
徳川吉宗が鷹狩りにの際にはご飯の休憩所として使われていた
徳川ゆかりの由緒正しきお寺です。
今から約40年前、赤塚城はほぼ手つかずで空堀なんかの遺構が残っていたそうだけども、いわゆる高島平団地の宅地開発、公園化の際にほとんどがなくなってしまったそうで。
開発という錦の御旗でもって赤塚城の遺構は反故にされてしまったのだろう。
現在の赤塚城本丸跡は野原になっていて、向こうにはかつての徳丸ヶ原が広がり、手前には首都高5号線が、さらに向こうには都営三田線の高架が突っ切っている。

上でもふれたが、赤塚城主の武蔵千葉氏は
後北条氏の有力な家臣として活躍していたが、
1590年の豊臣秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅亡すると、
後北条氏に仕えていた武蔵千葉氏も所領を没収されて落城となり、
その流れで武蔵千葉氏に属していた板橋城も落城となった。

板橋城も赤塚城も北条氏と運命を共にし、落城し滅亡した。

 

都内の古城址について

子供の頃何回かお城のプラモデルをつくったな、そういえば。
組立ても着色もむつかしかったような記憶があるけども。
完成させて、眺めてよろこんで、
でも、あたりまえだけど動かないから、
すぐに飽きちゃって落城させちゃう運命だったなと。

潜水艦、戦艦、戦車、戦闘機、車、バイク、ロボダッジ、ガンプラ、電車、
動くの中心でプラモデルはまぁよく作ったな。
セロテープのみでガンプラ作ってたぶきっちょな同級生、
可動部はうごかないガッチガチの拘束ボディに大爆笑したものだ。

今、城のプラモデル作ったら邪魔ですよそれ、と言われるだろうな。

ひどい暑さにげんなりされている方も多いかと思います。
ご自愛下さい。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■印刷博物館<武士と印刷> 徳川慶喜終焉の地
■文京区春日二丁目(小石川小日向第六天町) 徳川慶喜邸と新坂(今井坂) “徳川おてんば姫” 井出久美子
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■“青天を衝け” 高島秋帆 松月院<高島秋帆先生紀功碑>と西洋砲術の演習地 徳丸ヶ原
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)
■上板橋役場跡と古道 台橋道(茂呂遺跡・栗原遺跡 お東山<板橋城跡>)
■板橋氏の板橋城はどこに築城されたのか お東山か御東山か<オヒガシヤマかオトウヤマか>
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■文京区目白台 腰掛稲荷神社
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板箸一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路(古道 根村道)にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍と加賀藩下屋敷の裏御門だった山門
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺の寛文の庚申塔 加賀藩前田家下屋敷の裏御門にあり移設された山門 平尾一里塚
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 徳川家康から朱印地が寄進された重蓮寺の参道跡
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■板橋区蓮沼町 古道 稲付道に立っている庚申塔
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■中山道と川越街道起点の平尾追分 高田道と川越街道の四ツ又
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳 火薬製造の圧輪を用いた<忠魂碑>と圧磨機圧輪記念碑
■陸上自衛隊 練馬駐屯地 連隊門哨所
■王子新道の由来と花月通
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■中山道 平尾一里塚(板橋一里塚) 一里塚まんじゅうと史跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■板橋区志村 旧中山道 富士・大山道の道標と庚申塔
■板橋区志村2丁目(志村坂上)の住宅にある庚申塔
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区田柄二丁目 (旧)川越街道と所沢道の追分に立つ庚申塚(庚申塔・道標) 鎌倉街道
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■鎌倉街道と新旧川越街道の交差点にある手押しポンプ(井戸水)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■鎌倉街道 中道 北区中十条
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂
■文京区小日向 切支丹坂に間違えられた庚申坂
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■板橋区弥生町 上板橋宿 豊敬稲荷神社の玉垣に刻まれた瀬戸川牧場
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■豊島区東池袋 六つ又 子育地蔵尊
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨薬園跡 <豊島市場>
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■JR貨物北王子線の廃線跡 線路撤去工事
■東十条駅 下十条運転区検修庫解体
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡 三代目理事長 渋沢栄一
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■豊島区駒込(染井) 西福寺への道標<大師道> 染井の泉と谷田川(谷戸川)の源泉の長池 染井吉野
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 三軒家 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区上十条にある出桁造りと再開発により撤退した創業110年の八百市 橋本青果店
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■3月10日東京大空襲 湘南二宮町のガラスのうさぎ像 3月11日東日本大震災
■東海道本線 特急型車両185系普通列車と仕事の思い出
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

photo2013 7/9
『守るに易く攻めるに難い』

去年映画化された“のぼうの城”、
戦国時代の小説を初めて読んでいるけど、おもしろい。
物語となるのは関東七名城に数えられる忍城。
周囲が湿地帯という立地から「守りやすく攻めにくい城」という。

城跡を巡って、その土地も含めた歴史を知るのはとても楽しい。

自然の地形を利用し、敵が容易に近寄れなくする...
中世までの戦は弓と矢で、守るに易く攻めるに難い土地を選んで城を築いていた。
一族が立てこもれる母屋、食料庫、武器庫、見物やぐら、空堀に土塁、周囲に柵を設けただけの質素な城だった。
城というイメージは白い壁の楼閣、石垣、水がある壕という城郭だけども、
それは外国からやってきた圧倒的な武器である大砲や鉄砲から守るために生まれた知恵ということ、大砲や鉄砲にはごっつくて堅固なつくり、施設が当然必要になってきたから...だから、えっ?これが城と思うのもムリはないですね。
石神井城のCG

渋谷城があったとされる金王八幡宮、六本木通りと明治通りの交差点付近で、
六本木通りは坂で下っていて、明治通りからは坂をのぼるという地形的には台地の突端のような場所。
お客さんのお店と会社があったのでこの場所(金王八幡宮付近)はよく通っていました。

今まで巡った都内の城は、
渋谷区:渋谷城|千代田区;江戸城|練馬区:練馬城、石神井城
板橋:赤塚城、志村城、板橋城(お寺)|北区:平塚城
世田谷区の世田谷城と奥沢城、こんど寄ってみようと思う。

photo2013 7/8
『炎』

土曜日の朝、ひどい暑さ....
でも、風がまだあったからよかった、
10kmウォーキング。
買出し中に梅雨明け。
平年よりも15日くらい早いようだけど、水ガメは大丈夫なのだろうか??

日曜日、夕方からの宴会前にちょっと一っ走り、
7km。
暑くてあぶないので日影を走って、
休憩もいれて、
お参りもして。

人の欠点ならちょっとしたものでもみえるが、
自分の欠点は、大きなものでも自分にはみえないものだ、
という意。

 

と、夏、
えだまめ一袋75円!
ストアで買うと300円くらいかな。
ビタミンCを多く含んでいて、
肝臓の働きを助ける優秀な野菜。
プリン体も豊富、
痛風には気をつけて、食べすぎはよくない。source

 

やっぱり、
普段から暑さに慣れておくことは
身体に優しい。
ランニング、ウォーキング効果はすばらしいと思う。
走ったあとにシャワーしてエアコンつけないでいると、
ぜんぜん汗ひかないけど。。

ひどく、
きびしい日が
3ヶ月くらい続きますが、
ご自愛下さい。

 

使い捨ての万年筆¥210にて、
暑中お見舞い申し上げます。

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2013 7/5 『板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄』

練馬区と板橋区、両区にまたがる広大な公園、都立城北公園。
高校生の頃にスポーツ大会で恒例の800m競争というのがあって、
この公園に遠征に行ったことがあった。
この800mという距離が身体に一番負荷がかかってこたえるらしく、
酸欠で撃沈者が続出するというあぶない大会だと、
「そんなのやめればいいじゃない」と先生に言ったけど、ムリすんなよって。
心肺が強ければ、足の速さが普通でも速い人に追いつけるとかなんだったか。

そのとおり、顔面蒼白、まったく動けない人が続出。
思い出しただけでも◯ロでそうです...

と、そんな公園はスポーツマンスポーツウーマン、老若男女、
みな元気に体を動かし、ピクニック的にもなっていたり、とてもいい公園。
かつて立教学院の総合グラウンドとして東京都から貸し出されていた時期があって、セコムしてますか長嶋茂雄さんもここに通って汗を流していたそうな。

園内の一角に栗原遺跡がある。
整備していた時に竪穴式住居跡が発見されたそうな。
地面を50cmほど掘って、それを壁にして、丸太を建ててその上に梁としてまた丸太を渡して組んで茅をふいて屋根に。掘っているから水の侵入とか大変だったのだろうなと思うけど。
見た目は茅のテントみたいだけど、そういう構造になっています。

この公園は台地になっていて、台地をはさむように、
今は暗渠になって消滅した川、田柄川が流れ、一方には石神井川が流れ、
生活にかかせない水が豊富だったことがわかる。
土地の地形や川を知ると大昔の大昔の歴史がみえてきます。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■谷端川(千川・小石川・礫川) 猫又坂(猫貍坂、猫股坂)と猫又橋
■宮仲(巣鴨村) 谷端川 上池袋支流(瓢箪池支流)
■谷端川 雲雀ヶ谷支流(名も無き小川)とお多福弁天沼(お多福弁天様・橋かけ弁天様)
■谷端川と上池袋支流(瓢箪池支流)の落ち合い地点にある防災用ポンプ
■谷端川流域 大塚 折戸通り入口付近の湧き水と洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺(滝野川城)にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■王子七滝 松橋弁財天洞窟跡 桜並木 音無もみじ緑地の小さな滝
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 割烹音無川<音無川温泉> 音無さくら緑地
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の豊富な湧水 カラッカラ乾燥の都内
■石神井川 2021年3月末 音無こぶし緑地の豊富な湧水
■石神井川 染井吉野の桜並木と谷端川下水道幹線<千川上水の放流(停止)>の吐口
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 名主の滝公園 <今様文覚上人の群れ?ー名主の瀧でグロな刺ヨ競べ>
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)<十条台遺跡群>
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子七滝 見晴の滝跡の湧水と芝坂
■王子七滝 見晴の滝の名の由来
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝(十六滝)
■王子十五滝 新潟会館の段差のある滝(十七滝)
■板橋区加賀 旧理化学研究所板橋分所跡から石神井川に落ちる雨水
■2020年秋 コロナ禍の音無川(石神井川)音無渓谷
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ちんぼ)
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■田端 不動の瀧・不動坂 谷田川沿い水神稲荷神社
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 田端八幡神社 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■石神井川 田柄川用水とも呼ばれた安養院境内に残る “あげ堀” 跡
■上板橋役場跡と古道 台橋道(茂呂遺跡・栗原遺跡 お東山<板橋城跡>)
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神(稲荷社 2021年4月7日加筆)
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬(2021年3月12日加筆)
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■豊島区駒込(染井) 西福寺への道標<大師道> 染井の泉と谷田川(谷戸川)の源泉の長池 染井吉野
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■北区西ヶ原 西ヶ原遺跡(西ヶ原<西ケ原>貝塚)
■北区西ヶ原 王子脳病院跡地の飛鳥中学校 西ヶ原遺跡群(西ヶ原貝塚) 住宅地にも広範囲に分布する縄文時代の貝殻
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■北区上十条 姥ヶ橋の延命地蔵尊に添えてある小さな角柱型文字庚申塔道標
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■北区岸町 上郷用水(石神井用水)に架かる岩槻街道の三本杉橋下から出土した縄文時代の丸木舟と中里遺跡出土丸木舟
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀跡(神谷堀) 上郷用水・上十条用水の排出 製紙産業と水運 ※河口側
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀跡(神谷堀) 上郷用水・上十条用水の排出 製紙産業と水運 ※東十条側 大坊橋(デッカンボウ<誤 -大防橋 だいぼうはし->)と上郷用水に架けられた<桜橋> 大蛇伝説
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀の主<ヌシ>の大蛇がまつり込まれている庚申さま(<庚申塔>神谷橋庚申通り商店会) 古墳 観音塚
■北区神谷三丁目 自性院前の庚申塔(道標)
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区清水坂公園の湧水(井戸)
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■水窪川の擁壁 小日向台の崖線から滲み出す水 八幡坂 江戸切絵図より
■水窪川が削った深い谷と階段 旧大塚坂下町(大塚五丁目)
■巣鴨プリズンの遺構 水窪川<排水口> イケ・サンパークに移設・復元)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場崎貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑 千川上水の放流(谷端川下水道幹線)
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■明治神宮 穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■新宿区 花園神社 復活した井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■北区王子 飛鳥山1号墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区中十条 日光御成道(鎌倉街道 中道 旧岩槻街道) 清水坂(清水坂遺跡)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■文京区小日向一・二丁目南遺跡 神田上水旧白堀跡 東京都水道歴史館に移築復原
■神田上水 関口大洗堰の由来碑の碑文
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 鎌倉道につながる熊野坂 豊島郡衙へ
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂 「しんしょう昇る」と庚申塔
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■蓮根川緑道 ヘビ公園
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区中十条3(東十条駅北口) 石神井坂
■北区岸町 三平坂

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『赤羽線』

S50年代中頃、池袋のホーム端っこに、ローカル線のように佇む黄色の赤羽線。
いつも止まっていて、扉が閉まるとどこか遠くに行っちゃう感じがしていた。
もちろんクーラーなんぞはついていない車輛、屋根には桶のような丸いのが規則正しくならんでいて、それがクーラーなしの扇風機車輛のアイコンだった。
当時、山手線は前後3両ずつはクーラー車で中間の4両は扇風機車輛という編成が多かったと記憶している。
東武東上線には秩父からセメントをごっそり積んでやってくるちっこい茶色の機関車が日に何回か通り、通学に使っていた都営三田線は当然扇風機のみで激暑地下鉄だった。
豊島園へと運んでくれる西武鉄道は年に数回の夢の列車として、ハレの日には先頭を陣取ってゆっくりながれゆく前方の景色を楽しんだものだ。
と、気づくと浮間舟渡〜赤羽近辺は高架工事がはじまっていて、赤羽線が埼玉までずーっと延びるんだよと教えてもらった、それが今の埼京線だ。
池袋〜板橋〜十条〜赤羽という4つしかなくて短距離だったが、その赤羽駅も立体高架になって、線路も延びてニュースにもなった。と同時に東北上越新幹線が大宮まで暫定で開通し、上野と大宮の間には新幹線リレー号だっただろうか、そんな電車がゴーっと大きな音をたてて突っ走っていた。
そんな埼京線、揺れてうるさく加齢臭かのようにちょっとくさい車輛が新しく快適な車輛に置き換わっていく。
あっちをみてもこっちをみてもどの車輛も帯の色ちがいで同じ表情ばっかりになってしまって、もれなく埼京線も新宿湘南ラインや東北・東海道線とおんなじ?ようになってゆく。
快適になってゆくのはいいが、金太郎飴的デザインには寂しさを感じる。

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『正しいペン字の書き方 #9』

しつこいですね、おペン字。

空白に言葉を書いてみて、思ったよりも書けたので、
次は白紙に文章を書いてみようと、ステップアップ。

一番上、これが今まで普通に書いていた文字。
年賀状に一筆添える時は間違えないようにと緊張して、
なるべくきれいに書こうとしても、この字にヒゲがついた汚い明朝体というレベルです。
手帳や方眼紙に書いた打合せのメモ書きなんかは他者には読なんとなく読めるかなというレベル。

美輪明宏名言botから引用...
どーだろう、書けるかな...と、
数行書いてみて、
あれっ、書けている、しかも斜めってない...と。
とってもおどろいて。
シコシコシコと続けて書いてみて、
A4一枚終了、
あ”、おっ...ウソっ...
行間、なるべく真っすぐだし、わるくないんじゃない?、と。
まったく自信がなかったゆえに、汚すぎゆえに自身がおどろいて。

白紙に文字を書くということが一気にたのしくなってきました。

原稿用紙のきちっとしたグリッドにシコシコ書いて練習してたのが、
良かったのか。

ま、きれいな言葉は書いてて気持ちがいいものです。
怖い文字や恐れるような文字はやはり書いててイヤなもんです。
だいぶ前に、自分のムスコに悪魔という名をつけようとした、
クルクルパーな父がおって世間を驚かせたことがありましたが、
名が発するわるい感じ、雰囲気に染められて人格が悪に形成されるだろうと、
世間の皆、分別のある人は思いましたよね。

字が元々もっていて発するパワー、それを丁寧に扱うかえるかどうかで、
心も様々な姿勢もかわるものですね、と、
書道の時間が苦手でしょーもなかったけど、
大人になってそう今学んでいます。

苦手でどうにもこうにもきらいだった読書と字、
読書は6年かけて、ペン字は五ヶ月かけて、
今ではどちらも大好きになりました。

大げさなペン字訓練はつづく。

photo2013 7/1
『パン一(パンイチ:パンツ一枚)で食べるとさらにおいしい焼きそば』

夏場の父はランニングシャツが似合うのは、
昭和も平成も同じ、だと思う。
というか、ランニングシャツを着ていればまだいい方だとも言える。
暑がりさんだけど、エアコンが好きではない父らは、
いわゆるパン一(パンイチ:パンツ一枚)でzzzしているご家庭も多いかと。

夏至もすぎて梅雨も終盤?
あとは酷い熱さの夏が攻めてくる。
なるべくきれいな汗をかいて、その時に備えて。
昭和50年代よりも確実に暑くなってきている、確かに。

普段、公道をランニングしている人にとってはパークランも魅力のひとつ。
その中でも、なんとなく許されているような環境だったら、
いわゆるパン一(パンイチ:パンツ一枚)でジリジリと日射しにさされて、汗だくになって走ってみたいもの。
と、思いつつ、発見したグラウンド...
ベテランのランナーのおじさん方があちこちパン一で休憩・お昼寝を、
コースにはパン一で走っている方も、
倣ってパン一で走ってみた、ってもタイツをはいていたので、
ランニングシャツだけ着ていないだけなんだけども、
これは気持ちいい。
というかゆるいだけでダメなのだろか?
緑もあるし照り返しも少ないので意外と暑く感じないし
と 、たまに来てみようと思いつつ。

この日は14kmくらいでおわり。

...自分が子供の頃はパン一おじさん、町にごっそり居たけどね。
今はまず見ないのは時代の流れか。
というか、父らはほぼステテコだったような時代ですしね。

パン一はおいといて、
スナップエンドウ一山どっさりで¥100というびっくり入手。
小さくみえるけど、写真はラーメンどんぶり。
ガリガリバリバリという音が響くリビング、いいものです。

運動をさけたいなら食べる順番で...
まず野菜から食べる、そしてご飯はちょっとにして、まちょっとガマンすれば、
徐々に体重は減っていきます。

そして、
みっちゃん総本店の焼そばを、
野菜も多めにいれて。
これは美味しかった。

一番下の新天地のみっちゃんのお好み焼き。
量が多かったけど、おいしかったな。

みんな好きでしょ、焼きそば。
ハレの日、お祭り縁日でも地べたに座って食べて、
花火大会で観ながら食べたり、海で食べたり、遊園地動物園で
ケの日、父が休みの日につくったり、お弁当にもなったり。

みんなが好きな大衆料理の幹部。
夏。