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2014 10/29
『超うなぎ』

化学調味料の粉こと“ふりかけ”....
いちばん美味しいと思うのは“瀬戸風味”、ご飯一膳いける、いかないけど。
あとは定番の“ゆかり”、納豆おむすびの外ツラにゆかりをまぶすと激ウマイという。
仁木の菓子で本日の目玉商品50%OFFの初めて見る“うなぎ” があったので、さてどうかと。
サクサクしてない方がうなぎっぽいと思うけど、なんとな〜くうなぎな感じだけど...山椒をふったらグッとおいしくなるかと。お茶かけちゃってずるずるいくのもいいかもな。

晩酌をあまりしないようにするとチョコや白飯が俄然食べたくなるのは、本来の正しい自分が露出ってことなのだろう....年老いてあまりふるな“ふりかけ”よ。

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2014 10/28
『心臓に毛』

最大心拍数=220ひくことの実年齢、だという。
中年層でふだんから走っている人ならば、180〜160拍が最大ですね。
自分のGPS時計では心拍数は測れないから、辛いと思わないペースで走っている。
辛いは日によってぜんぜん違う...心臓がそう言っているということだ。

自分の安静時の心拍数は55−62あたり。
加齢もあってか、日々のランニングでもってか分らないが、じゃっかん低い範囲に入っている。
スポーツ心臓の人は心拍数は40台、中には30台だという。
走り始めて5年半くらいだが、かつての心臓鼓動よりも今の方がゆっくりと静かになっていると思う。

ふだん走らない人が走ると一気に心臓がバクバク動くから、ゆっくりとが基本で、息があがらないペースで走らないとあぶない....びっくりするくらいゆっくりのペース、足踏み状態から前傾で進んでいるようなペースだろうか。
心拍数に関係があるのかどうか分らないが、自分は走り始めは飛ばすことができなくて、徐々に調子よくなってペースをあげて速く走れている。徐々にペースを上げるビルドアップ走を無意識にやっていたりする。

心拍数が高い低いよりも正常な範囲で。
それよりも心臓に毛も欲しい。。
頭の毛を診てもらっている先輩の美容師さんにはまだ大丈夫だよ、中に白髪が多いけどと言われているが、そのうち心臓よりも頭に毛が欲しいというのは、そのうちでもなくもうすぐかな。

心拍数はどうでもいい人も多いし、ふだん心拍数を測ることはあまりない人も多いと思いますが...
心臓は正直の塊ですね。
おじさんになればなるほど大切ですかね。

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2014 10/27
『加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門』

だれでも知っているだろう赤門。
記念撮影をする人でごった返しているのもふつうの光景。
こんなに環境のいいキャンパスで学生生活をおくることができるのはすばらしい。
16歳の頃、本郷に住んでいる友が「おれは東大に行きたいんだよね、近いしさぁすげー環境もいいからさ〜」と言ってて、それはびっくりしたもんだ。
ボクはどこでもいいから大学に入れればいい、かなり欲を言えば世田谷もしくは神田にあるあの大学だ、って夢のまた夢状態、というか一日12時間勉強してなんとか高校進学できたような状態だったし。。
初めてキャンパスを訪れたのは彼のアテンドだったのだけど、こんなにもいい空間が広がっているいるんだなー、すごいな文京区、東大!と感心したもんで。
アテンド後、ボクはたまたまチャリで遠征してきたので、地元の板橋区の端っこ高島平まで日光御成街道を延々と西が丘方面へとペダリング....ぜぇぜぇはぁはぁえらく辛かったのを憶えている....しかもごっつごつのタイヤのMTBだったし寒いは遠いは暗いは重いはで。

赤門の前は本郷通り、国道17号線中山道と重複している本郷通りは別名 日光御成街道ともいわれている。
徳川の将軍らが江戸城を出発し、日光東照宮へとお参りに行くためにとおる道だからそう言われている。
この時季、交差点対角線にそそり立つ雌の銀杏がはんぱない臭いを放つ本郷追分、そこで本郷通りと中山道が分岐する、今でも要衝だ。

赤門がある東大の敷地は加賀藩前田家上屋敷だった。
徳川の姫が前田家に嫁いだ際に建立された御守殿門、それが赤門。
キャンパスとその歴史を説明するガイドさんがいて、盗み聞きを...
門の瓦の一部には“学”の旧漢字が刻印されたものがあると。
東大が設立されるよりも50年も前、この門ができた時に作られたのだから不思議なのですと....東大のおちゃめな人が変えたのかもしれないとも言ってた。
旧国宝から重要文化財に格下げされたからゆえに、たくさんの人々がくぐることができて、身近な建造物となっている。

まぁ学内関係者以外は立ち入り禁止のキャンパスですけど...
本郷キャンパスはほんとうに良い環境だと、彼が言ってたことがよく分かった。
こんなところで勉強できたらなと仕事ができたらなと、今そう思ったりして。

家族や友らと運動を兼ねて史跡探索と、よく動いたあとのぐびぐびビールもいいものです。
最近はレモンサワー呑みながらの1−2時間ウォーキングが気持ちよくてね。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡(築城主は千葉自胤)
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板箸一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路(古道 根村道)にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍と加賀藩下屋敷の裏御門だった山門
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺の寛文の庚申塔 加賀藩前田家下屋敷の裏御門にあり移設された山門 平尾一里塚
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 徳川家康から朱印地が寄進された重蓮寺の参道跡
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■板橋区蓮沼町 古道 稲付道に立っている庚申塔
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■王子新道の由来と花月通
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■板橋区志村 旧中山道 富士・大山道の道標と庚申塔
■板橋区志村2丁目(志村坂上)の住宅にある庚申塔
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■鎌倉街道 中道 北区中十条
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■豊島区東池袋 六つ又 子育地蔵尊
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡 三代目理事長 渋沢栄一
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 三軒家 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区上十条にある出桁造りと再開発により撤退した創業110年の八百市 橋本青果店
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地
■山手線唯一の踏切の廃止 踏切問題

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2014 10/24
『石神井川上流 下野谷遺跡』

石神井川の上流、三宝寺池のちょい先の武蔵関公園(富士見池)の隣、石神井川沿いに小高い丘がある。
それがかつて縄文時代中期にめちゃめちゃ栄えていた村である下野谷遺跡だという。最近、公園として整備されたようだ。

小高い丘に環状に1000軒ほどの住居が住居が立ちならんで、中心にはお墓があったと。
イノシシや野うさぎなんかを狩って、木の実(どんぐりなど)をお皿のくぼみにのっけて、すり石でゴリゴリとすって砕いて食べていて(お皿の擦られた部分がツルツルになっていた)、丘を下りると目の前には石神井川が流れて、小魚なんぞを獲っていたと、カエルにヤゴいろいろ食べてたんだろう。
今でいうとここはもう都市のようなもので、その規模や内容は関東地方でも屈指のものだという。

この遺跡公園の地面を1m掘ると4枚目のように、土器がどっさり出てきたと。
埋蔵文化センターの先生が「これはタイムカプセルです。遺跡を調査するということは破壊するということから始まるのです。」と言ってたのが印象的だった。
幼い頃にワクワク感動し、考古学者を志したと仰ってた。
ここぞとばかりにたくさんの質問をし、丁寧に教えて下さいました。

5−6−7枚目、おさわりしてもよろしいというので、たくさん触れました。
この遺跡の居住者は、長野や群馬の方まで遠征して、そちらの地方の人々と情報交換や物々交換などをしていたのだという。
その証拠は土器の取手に現れているのだという....その地方で発見された土器の特徴がこちらの遺跡で発見された土器にも表現があされている。つまり、この土器を作った人はその地方に行って見たことに他ならないからだと。
ガラス質でできた石は黒曜石といって、砕くと鋭い破片に割れるのでナイフのように使っていたという。主な原産地は内陸にもあるけども、小笠原だったか、はるか沖合の島まで舟を漕いで獲りにいっていたと。
正に命がけ、、それほど生活には欠かせない道具で命と同等だったわけだ。
中流域の城北公園にある栗原遺跡や茂呂遺跡で発見された黒曜石製のナイフ形石器もおなじく、はるか遠くまで人々が移動していたから、あるはずのないところで発見されたと。
比較的時間がゆっくり流れていた縄文時代、土器はたんなる道具ではなくてさまざまな意味があって、土器には凝った派手な装飾が施されているけれども、弥生時代になってからは土器は生活に必要な道具となって、凝った装飾はほとんどなくなったと。

垂れ飾り(ネックレス)や耳飾りは地位が高い人でないとつけられなかったという。
耳飾りは耳たぶに穴をあけて、差し込んでいたと....もれなくどんどんエスカレートしてピアスと穴は大きくなったいったと。
ランニングしている時も邪魔にならない程度のネックレスやブレスレットはつけていて、この時も付けていて、先生は説明しながらぼくの胸元の銀製ベルネックレスをちらっとみたのを見逃さなかった....高地位じゃないですけどね。

縄文人はすごい。
人はすごい、アフリカで生まれて世界に散らばって行ったのだから。
チビの時から知っていたけどもさほど興味もなく...今になってなるほどなぁと、改めてそう思って。

たまたまイベントを見つけてぶらっと寄っただけだけど、とてもおもしろかった。
考古学者の話を聞ける機会はふだんないですからね。

西東京市東伏見、もうちょい先は小平.....いつのまにか往復できるようになってたとは、不意のはじめての42.3kmだった。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■谷端川(千川・小石川・礫川) 猫又坂(猫貍坂、猫股坂)と猫又橋
■宮仲(巣鴨村) 谷端川 上池袋支流(瓢箪池支流)
■谷端川 雲雀ヶ谷支流(名も無き小川)とお多福弁天沼(お多福弁天様・橋かけ弁天様)
■谷端川と上池袋支流(瓢箪池支流)の落ち合い地点にある防災用ポンプ
■谷端川流域 大塚 折戸通り入口付近の湧き水と洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺(滝野川城)にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■王子七滝 松橋弁財天洞窟跡 桜並木 音無もみじ緑地の小さな滝
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 割烹音無川<音無川温泉> 音無さくら緑地
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の豊富な湧水 カラッカラ乾燥の都内
■石神井川 2021年3月末 音無こぶし緑地の豊富な湧水
■石神井川 染井吉野の桜並木と谷端川下水道幹線<千川上水の放流(停止)>の吐口
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 名主の滝公園 <今様文覚上人の群れ?ー名主の瀧でグロな刺ヨ競べ>
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)<十条台遺跡群>
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子七滝 見晴の滝跡の湧水と芝坂
■王子七滝 見晴の滝の名の由来
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝(十六滝)
■王子十五滝 新潟会館の段差のある滝(十七滝)
■板橋区加賀 旧理化学研究所板橋分所跡から石神井川に落ちる雨水
■2020年秋 コロナ禍の音無川(石神井川)音無渓谷
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ちんぼ)
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■田端 不動の瀧・不動坂 谷田川沿い水神稲荷神社
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 田端八幡神社 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■石神井川 田柄川用水とも呼ばれた安養院境内に残る “あげ堀” 跡
■上板橋役場跡と古道 台橋道(茂呂遺跡・栗原遺跡 お東山<板橋城跡>)
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神(稲荷社 2021年4月7日加筆)
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬(2021年3月12日加筆)
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■豊島区駒込(染井) 西福寺への道標<大師道> 染井の泉と谷田川(谷戸川)の源泉の長池 染井吉野
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■北区西ヶ原 西ヶ原遺跡(西ヶ原<西ケ原>貝塚)
■北区西ヶ原 王子脳病院跡地の飛鳥中学校 西ヶ原遺跡群(西ヶ原貝塚) 住宅地にも広範囲に分布する縄文時代の貝殻
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■北区上十条 姥ヶ橋の延命地蔵尊に添えてある小さな角柱型文字庚申塔道標
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■北区岸町 上郷用水(石神井用水)に架かる岩槻街道の三本杉橋下から出土した縄文時代の丸木舟と中里遺跡出土丸木舟
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀跡(神谷堀) 上郷用水・上十条用水の排出 製紙産業と水運 ※河口側
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀跡(神谷堀) 上郷用水・上十条用水の排出 製紙産業と水運 ※東十条側 大坊橋(デッカンボウ<誤 -大防橋 だいぼうはし->)と上郷用水に架けられた<桜橋> 大蛇伝説
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀の主<ヌシ>の大蛇がまつり込まれている庚申さま(<庚申塔>神谷橋庚申通り商店会) 古墳 観音塚
■北区神谷三丁目 自性院前の庚申塔(道標)
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区清水坂公園の湧水(井戸)
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■水窪川の擁壁 小日向台の崖線から滲み出す水 八幡坂 江戸切絵図より
■水窪川が削った深い谷と階段 旧大塚坂下町(大塚五丁目)
■巣鴨プリズンの遺構 水窪川<排水口> イケ・サンパークに移設・復元)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場崎貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑 千川上水の放流(谷端川下水道幹線)
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■明治神宮 穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■新宿区 花園神社 復活した井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■北区王子 飛鳥山1号墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区中十条 日光御成道(鎌倉街道 中道 旧岩槻街道) 清水坂(清水坂遺跡)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■文京区小日向一・二丁目南遺跡 神田上水旧白堀跡 東京都水道歴史館に移築復原
■神田上水 関口大洗堰の由来碑の碑文
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 鎌倉道につながる熊野坂 豊島郡衙へ
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂 「しんしょう昇る」と庚申塔
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■蓮根川緑道 ヘビ公園
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区中十条3(東十条駅北口) 石神井坂
■北区岸町 三平坂

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2014 10/21
『おかず』

ほうれん草1朿をレンチン2分くらい、(ちょい湯がきでもいいけど)よく洗ってしぼって。両手に山盛りの量、味の素をパラっとやって醤油をたらっとかけてかつお節どっさりと....これが唐揚げと同じくらいにおかずになるほど好きなほうれん草...おひたしとはいわないけど。いくら食べても飽きることはなし。
1週間に一回の買出しでちょくちょく入手できる激安野菜たち....ほうれん草3朿で¥100、小松菜は4朿で¥100だったりする、びっくり価格の八百屋。
夏場はおいしいトマトが一個¥15とか、信じられないですね。
....幼い頃のすり込みは引きずるものなんだろう、とりあえず野菜はほうれん草を食べておけみたいな感じだったような母、ポパイが缶詰のほうれん草を食べて鬼強になってぶっ倒すその様から好きになったんだと思う。

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2014 10/20
『新宿』

いちばん苦手な街、新宿。
いつまでたっても慣れない新宿駅構内、人の多さとなんかこわい歌舞伎町。
中心から外れるとすごく良いんだけど。。
この街にも歌舞伎座をもってこよう!と奮闘してダメだったけど街の名前はもうつけてしまったから、そんな理由だったように思う。

歌舞伎町にはかつて広大な沼があって弁天様が祀られていたという。
あふれた水は川となって神田川へと注いでいた....歌舞伎町にくねくねとした一方通行の道が走っているが、それがかつて流れていた蟹川だという。

歌舞伎町のバッティングセンター、大繁盛卸し鮮魚店、稲荷神社、昼間の先っちょとんがり靴につんつんヘアの青年、超ミニの女性、昼なのにぐでんぐでんのおじさん、真っ黒な顔をしてガード下に寝転んでいる人、完全包囲でシャーシ裏まで調べられている高級車と青年...
昔は夜駅方面へ通ると、脳みそが溶けちゃう薬品を売る人々が歩道から身を出して口に手を当てて合図をおくっていた。
まっすぐに歩けないほどキャバクラのキャッチも多かったし、居酒屋の客引きも半ぱなかった...副都心の中でもほんと様々姿をみることができる。

・・・友のお店かH&Mかだなぁ、新宿に行くのは。
セール最終日とのこと、叩き売り状態だろうと、脚を向ける。
あっというまに到着。
アルタ前の樹には一匹のセミが....今年で最後の鳴き声だろう。

池の周囲をぐるっと料亭が集っていた荒木町、高須四兄弟の特別展がやっていると知って、今度行ってみよう。
幕末維新の徳川家のことがまたよく分るだろう。via

ピンクとオレンジのランニングウェアと襟付のロングスリーブを入手、お土産。
¥4000相当が¥900って、オイ、うれしいけど。
明るい色だから中に着てすこしみえる感じでちょうどいいだろうか。

さてと帰り道、手に持っては走りにくいのでショーツの腰にはさんで。
北新宿をテクテクと。
総武線中央線の高架横を山手通りへとすすむ。
神田川と高架のどん突きに小さな“柏木不動尊”が祀られていた。
一瞬パッと見ただけだけど、周辺の人々が大切にされているのがすごく伝わって....足を止めてお参りを。
看板をみると、少し前に行方不明になったとかいてある。
おそらく仏像などの窃盗団、場合によっては高く売れるのだろう....日本人か外国人か知らないが、売って自分のご飯にするのだろう。
不動の心、人々の想念が宿っているお不動様、盗んだ輩の行末は想像に容易い。

神田川を越えて日本閣横を通って山手通りへ。
だいぶ経つけど、新しくなった日本閣はとてもきれいで。

ここからがアップダウンで大変な道....
なかなか疲れて寄り道を...名物でおいしいという焼きそばもお土産に。
お土産が増えて、走るにはなかなかの荷物になっちゃったけど。

いい買い物ができました。

新宿は駅中心よりもその外に名所があります。
かなりおもしろい新宿区、またあちこち寄ってみよう。

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2014 10/15
『ものすごい嫌いなのに...』

いわずもがな、小説家でありランナーの角田さん。
直木賞受賞作家によるランニングコラム、おもしろい。

<< 「人って、こんなに楽しくないことをできるんだ」と(笑)。走ることさえなければ、その時間でどれだけ色々なことをできるのかな、と思うけど、それでも続けているのは「できる」ことが年齢を重ねるなかで減っていくのに、走れる距離が伸びることに自分でも「すごい」と思えるからかもしれません。 >>

<< 走ることで自分が変わったことはあまりないんですけど、フルマラソンに出ようという話が持ち上がったときに、1日で1箱半くらい吸っていたタバコをやめました。でも、速くもならないし、呼吸が楽になることもない。ご飯が美味しくなったということもなくて。
医者にもカルビよりも、ササミを食べたくなると言われたんですけど、まったくそんなことはないですね(笑)。 >>  引用、こちらから。

<< 最初に断言するが、私は走ることが好きではない。友人が会長を務めるランニングチームに属してはいるが、彼らのラン後飲み会に混じりたくて入ったにすぎない。そもそもこのチームの主な活動は飲み会である。 >>
<< そんなにいやなことを毎週毎週、5年間も続けていると言うと、人は衝撃を受けるようである。そんなにいやなことがなぜ続けられるのか、と。走るのは好きではないが、しかし、ひとつだけ、びっくりしていることがある。それは「できるようになる」ということ。走りはじめた5年前、私は3kmまで走るのが限界だった。けれど今では20kmを走ることができる。続けられるのは、この驚きの故だろうと思う。 >> 引用、こちらから。

“できるようになる”、走れるようになる...気づくと、えっ?って。
走るのが何よりも大嫌いだというスポ魂妻、「走ってみようかな」のひとことで、あれこれ段取って、あっという間に9kmも走れるようになりました。
「あれぇもう着いちゃった」.....良い言葉です、その時のことはこちら

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2014 10/14
『結果、42.3km』

真っ暗な日曜日の早朝、朝ごはんは4時に食べて読書を。
台風がくるというも思ったよりも晴れているので、朝RUN。
GPSをONして、さてとひさしぶりに石神井公園へと進む。
なかなか遠いので、帰りは電車でもいいかなと、ゆっくりと走る。
ちょうどいい気候だし、超寝不足が6日も続いていたけど、酒飲まずだったので身体も調子よくて脚もよく動く。
練馬城跡の豊島園をぐるっと迂回して、あっという間に石神井公園に到着。
練馬の名木メタセコイヤの林、すごくいい場所です。
野鳥にカメラをむける人も多く、どうやら鷹が飛来してきてるという。
肉眼ではまったく見えないけど、モニター越しには眼光するどい大鷹が写っていた。どうやらこの大鷹はこの樹木のここが定位置だという....エサを狙っているのだろうか。
アイコンタクトで寄ってくる一匹、、飲んで飲まれたかのような目ヤニ満載の薄汚れた元純白の彼女が、指先臭っ!! ってるような薄い目をして速攻で尻をむけて。

さてと帰るかと思うも、まだ行ったことがない上流へ足をのばそうと。帰りはめんどうなのでなるべく線路からはずれないように。
武蔵関公園を通って、太鼓の音が響きわたっていて....下野谷遺跡公園で縄文時代のイベントだと、ちょい覗いて。
都立埋蔵文化センターの先生がいらっしゃったので、ここぞとばかりに質問して話しこんで色々学んでとても楽しかった。
アンケートに様々書き込んで、縄文式土器ポストカードと巾着袋を戴いて。
さてと、帰るか....
ここは西東京市どうやって帰るか...20kmくらい走ってたけどもまだ脚が重くないし、帰路はもうちょい走ってみるかと。
辛くなったら電車に乗ればいいし...かつてってどのくらい前だろうか15年いやそれ以上か、ここを通ったことがあるのは。
脳裏に地図を広げて、あっちの方向だろうと感で知らない新しい道を進んでゆく。

なんだかよく動くので、見えた西武線からは大きく外れないようにテクテクと進んで。
予定はしてなかったけど....35km以上は走れなかったので、急きょチャレンジしてみることに。
時計が1kmごとにピピッとペースを教えてくれる。
脚は辛くなくて、小気味良いリズムで脚が出て進む。
自然とペースがあがっていくも、大丈夫で自分でもおどろき。
気づくと今まで走った最長距離の32kmを過ぎて、35kmまであとちょい...時計をみると42kmを走れたらサブ4(42.195kmを4時間切って走ること)もいけそうな感じで。となると、どんどんペースをあげていって、35kmを過ぎても少し脚が重くなってくるも、テンポ良く進めて。
バッテリーのメモリはひとつ“もうほとんどありません”を示していて、途中でバッテリー切れで計測不可になったら超ざんねんになるから、それも相まってペースも上げざるを得なくて。
35km〜40kmは歩道が広い道を選んで、残り2kmはさらにペースをあげて、42.3kmでおわり。
なんだか拍子抜けなほど、痛みもあまりなくてさほど重くもなくて変な感じ。
脚をとめることなくずっと走ってたら、そうはいかないのだろうけど。
まぁ、ずっと目標にしていた35kmもクリアできて、42kmを走れて大満足。
...42kmをビルドアップ走したような感じになって、大きく自信を持てました。

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30km〜42kmまで、自分にとってはかなり速いペースだけど走れてびっくりで。
レースでもなく、40km走ろう!って目標かかげても、途中でめんどうになっちゃうでしょたぶん、目標を持たずにが結果良かったのだろうと思って。
遺跡で戴いたグッズが参加賞のよう。。
サブ4も射程圏内になりそうなのはうれしい。
まぁ今後もマイペースで。

500mのジョグや電車が着てダッシュして顔面蒼白脂汗だったかつては、いったいなんだったのだろうかと、、心肺機能もずいぶんとよくなってきたと、この時に改めて思った。

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2014 10/9
『唐揚げ中毒コレクション 』

構想すること何年でしょうか....
SHAFT SILVER WORKSからフライドチキンジャンキーTシャツが満を持して発売となる。まずはイベントでの先行発売とのこと、今後はサイトをちょくちょくチェックを。web
みんな大好きフライドチキン、唐揚げが好きではない人には会ったことがないという人がほとんどだろう?か。
F.C.J.入会資格は“唐揚げが好きな人”、買ったその日から会員です。

たまにお昼はハンバーグ弁当をチョイス、それもいいもんだけども...唐揚げチョイスの人をチラ見。
牛カルビ的なのとか幕の内なのも眼中にナシ、唐揚げ一本という猛者もたくさんいるだろう。

まぁあちこちの唐揚げを食べてきたけど、やはり¥100/100gらへんの安い値段でおいしいのが好み。
アゴを痛めるくらいデカイのもよし、胸肉でかたいけど大盛りで白飯1合もあるのもいい。

わざわざ唐揚げ(弁当)を買いに行くほどのショップがあるんだよね〜ってのもいいものですね。

ぜんぜん関係ないけど、100円ローソンのホット総菜コーナーの¥50円メンチカツがなにげにかなりおいしいです。
レンジチン時にはキッチンペーパーで包んで....なんとなく食を意識して気持〜ち脱脂してお召し上がりを。

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2014 10/8
『GYAKUSOU 』

AWコレクション、ミニマルですごく好み...カラーもしかりカット、デザインも格好いいです。
今回のコレクションで際立つのはタイツ。
今回のタイツはポケットを付けたデザインで、一見ショーツを履いているように見える。これなら抵抗も少なくタイツ一丁で走れますね。
自分はタイツ一丁で走ったことはないけども、それは恥ずかしいから。
タイツにショーツをレイヤードは独特で日本スタイルとも言われているとか。
身体のラインを強調するタイツ一丁スタイルのぷりんぷりん欧米人女性、日本人だとシリアスな人か抵抗がない人、自信がある人ですかね、、そうでないとなかなかのチャレンジでしょうね。トップスでお尻が隠れれば抵抗ないですね。via
....GYAKUSOU、次回もとても楽しみです。

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2014 10/7
『環状第5の1号線 新宿御苑』

明治通りをよく使われる方には馴染みのある渋滞箇所、新宿タカシマヤ付近。
副都心線の工事でもって長いことずーっと渋滞をしてた記憶もあるけど、この本線であるバイパスの工事の影響もあったのだろうか。
新宿御苑が鎮座するのでどうやっても渋滞を回避して抜けることはできないとイラついていた人も多いだろうか。
池袋から行くと、花園神社あたりで明治通りが左と右に分れて、左を行くと新宿御苑にぶつかりばっさりと大きな道は終わる。赤丸のところ。
計画から長い年月をかけてようやく開通するけども、貴重な自然や湧水を破壊することなく慎重に協議を進めてきたことと、混雑するけども明治通りの支線が開通しているから優先順位が低かったことがその遅れた要因だという。
商業施設などが林立し、人の往来も多い交差点を通らないように通すので、新宿駅方面に用事がない通過車にとってはありがたいバイパスとなる。

平面構造の4車線としていた当初計画では30m以上あった道路の幅が、半分以下の14mに縮小させ、池袋方面に向かう北行きの2車線を一部トンネルにして地下化。渋谷方面に向かう南行きの2車線をトンネルの上に重ねる2層構造に変えたことによって、新宿御苑の敷地への影響もなくなったという。

赤丸部分、フェンスをそっと覗くとトンネルの口が開いている。
もうすぐいよいよというところですかね。

もう何年も前だけど、環8の井荻付近のトンネルや、その先も開通して富士見台、練馬春日町、板橋若木地区をつらぬいて笹目通りを通らなくて良くなったのも、なんて便利になったのかと驚いたものです。

古道も新道も、インフラ好きにはこの道は楽しみです。

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2014 10/6 #2
『暴風雨にはブーツ』

急速に晴れ上がって暑い一日でした。
幸いにしてこちらは昨日からあまり変わらずに結構静かな通過だった。

そんな暴風雨時にはやはり頼りがいのあるDANNERのWOODSMAN HORWEENっていうブーツを....モカシンやらスニーカーがラクで久しぶりに履いた。
10年くらい履いているけど、飽きることはなくいいモデルです。

<戦後、「造船業の靴」として人気を博したロガーブーツ・ウッズマン。過去の名作・エルクハンターから引き継がれるワークブーツで、名前や細部は変化しながら作り続けられている時代の流れをつなぐモデルです。
今回のモデルはアッパーに、100年以上の歴史を持つアメリカの名門タンナリーのHORWEEN(ホーウィン)社のレザーを使用。アウトソールには、マウンテントレイルにも搭載されていたビブラム社のモンターニャソールを使用し、クラシックなスタイルに仕上がっております。>

重いブーツよりもスニーカーを自然と選ぶようになったのは震災があってから。
普段からよく歩くようになったってのもあるし。
チペワのロング 17インチのエンジニアブーツなんかはこの3年では数えるほどしか履いていない。

台風一過、今晩のランニングは風が強くとも心地よく。
日曜日に走れなかったし、すれ違うランナーがまぁ多かった。

ニューバランスのランニングシューズも無骨なブーツも、どちらも好きなのは高校生の頃から変わらない。

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2014 10/6 #1
『ずっと雨の日曜日』

早朝からずっと降っている雨...
東京アメッシュをガン見だけど、やむことはない日曜日。
日曜日に雨が降るのってすごく久しぶりな気がするのは、朝や昼にはランニングしに出ているから。
朝夕と規則正しい時間帯に首都高を爆走する旧車二輪のコールが居室に響き渡らずにとても静かなのは何とも心地よい、ってこれが今までの日曜日なだけなんだけども....数年前かなエスカレートしてきたのって。

静かな日中、もう晩飯のことを考えて仕込みを....豚小間をチャーシューに、そしてチャーシューのタレに玉子を漬けこんでしばし待つ。
うちの日曜日の晩飯、というか夕ご飯はなかなか早くて、もう5−6時に。
味玉もチャーシューもいい感でおいしい豚骨ラーメンができました。
チェーン店の豚骨を使わない豚骨ラーメンとあまり変わらないような気がしないでもない。

台風通過中の東京、もうすぐ昼だけど、明るくなってきて風もやみ、雨もわずか....どうやら大きな被害もなく過ぎ去ろうとしている。
これから一気に晴れて暑くなるのだろう。

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2014 10/3
『カモ柄』

値段もメーカーもさまざまなタイツ...C3fitからカモ柄が出ている。
左のがオリジナルで、右のがオッシュマンズ別注のもの。
ちょっと派手だけど、どちらもいいな。
今日は台風の影響で朝から暑くて、昼すぎにはかなり暑いし夏のような空が広がっているけど、もうすぐグッと寒くなっていく。
短パンとショートタイツのチビのような格好、軽快でかなりラクだけどもうすぐ終わり....防寒でロングに衣替えとなる。枚数がふえて着替えるのがめんどうな時季になるということ。。
週に3−5回くらい朝近所を走るので、色目はなるべく抑えめに。 そして消耗品でもあるので値段も抑えたいところ。
値段がいいものはもちろん機能と生地がいいけど、毎日に近いように走るとなるとちょいと.....ん、いいなカモ殻、軍パンどっさり前持ってたし。パッと見、バイカーのような感じにウエアを合わせることも出来そうで、それもおもしろい。

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2014 10/2
『木村信也 × 稲葉浩志 / カスタムバイク対談 in LA』

現在はロスに拠点を構えるバイクビルダーの木村さんとB'zの稲葉さんによる対談。
バイクをオーダーして納車されるまで、そしてそれからのこと....お2人が話されている内容はその当時、話に登場する“銀細工の友達”の方から、もうなんど聞いたことがあるだろうか.....お2人の語彙やその内容から語り口そのまんまだったからさらに面白かった。

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....うなぎ食べたくなった。

西巣鴨のチョップスティックチョッパーズのカズさんが自費出版した木村さん作のハーレーの写真集が自分のデスクのすぐ隣にある。
バイクってほんといいな〜と思える一冊です。