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2015 1/30
『メイク』

7年前....
「オレさぁ、プラモデル完成させたことないんだよねっ!飽きちゃってさぁ〜 グワッハッハー」と言ってた大先輩に、非常にびっくりしたことがあった。
「プラモデルの意味が、概念が分らんね〜」とも言ってたなぁ....

今から30何年か前...
ガンプラの初期が発売されて、大人気となった。
どこそこに◯◯があるよーという情報が飛び交っていた。
学校から速攻で帰って鬼ダッシュでおもちゃ屋に駆けこんだ。
レア度が高いのが積まれていたらもう大興奮して胸に抱えてレジへ。
不人気キャラのホワイトベースとかボールとかはしばらくの間売れ残って、なんだか可哀想くらいに思ってた。

友らの家に遊びに行くと必ずガンプラが机に飾ってあった。
きれいなものや素っ頓狂的なのとかそれはそれはさまざまだった。
「作ったよー」と友が持って来たガンプラ、チューブのセメダインで組立てて全ての接合部がどろっどろにはみ出した奇々怪々の微妙に柔い戦士にどういうことだよと思って笑えなかった。
ある猛者は接合部をすべてセロハンテープでコンストラクトしたカッチカチのセロハンの塊ボンテージ戦士に大爆笑したことがある。
薄め液の使い方に大失敗してレインボーカラーになった見たことがない戦士に変身させた彼に、図太いな〜と思ったことがある。
ちがうキャラに成り上がったモデルらはボクらの宝物。
プラモ作りは個性が露呈するガキ時期のいい学びだ。

....時代遅れのフォルム、カンナでシェイプして、なんていうことでしょうか!化したスケートのデッキ、今でもベランダストッカーに眠っている。
プラモデルをちまちまねちねちメイクするのも、スケートでケガだらけで全身を使ってメイクするのもどちらもいいもんです。

【過去記事】
■構成要素
■オールドスクール
■オールドスクール #2
■生まれる
■あぶないランプ
■クルーザー
■メイク
■思いでの撤去
■オールドスクール #3
■あぶないランプその2
■中年スケーター
■JT
■スケートボード道
■スケート祓い
■28年前のクルーザー
■レールバー
■やっと乗れてきた、サポートタイツ効果
■IXLオイルとガッツレーを流用
■クルーズにもいいデッキ
■中年スケーターのブルース
■もう一度
■#14
■HILAQUE
■VANS 50 YEARS Kickflip
■MoMA
■OJ2 HOSOI ROCKETS 95A
■AND SKATEBOARDING
■Zorlac Todd Prince 高い??
■梅雨の晴間の真夏日 5週間ぶりに
■UNIqueでスケートボードのレクチャーを
■スケートをする意味
■我ら徳丸ヶ原のスケートチーム
■また出会って、共に生きましょう
■自分のためにスケートを
■オヤジスケーター
■この1年半のスケートボードの練習まとめ
■SEIBU SPORTS SKATEBOARDING TEAM
■家でスケートを MADE IN VENICE
■やすらかに
■スケートボードのホームグラウンド
■GET RAD
■マドンナエア
■YouTube 作ってから1年半
■久しぶりのお墓参り
■第三回目
■TOKYO SKATEBOARD PICNIC CLUB

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2015 1/28
『スゴイ カラダ』

ズラの脳科学者 中野信子さんの話を聞いてたら脳みそと身体のしくみはおもしろいなと思った。
彼女は学生の頃は、教科書と黒板を見て理解したらぜんぶ憶えていたと。
教科書のあのページのあそこに書いてあったことだなと、その部分をまるで写真として撮った画像を脳みそから検索してアウトプットするのだという。
そんなスーパー高処理能力とメモリゆえにとうぜんテストは100点だったという。 授業で学んだことをお友達がなぜ忘れるのかまったく理解ができなかった、そんなことを言ったら誰にも相手にされなくなったと。
そんな特殊な能力、どうしたら生きやすくなるのかと、それで脳みその研究をしてみようと思ったと。
脳みそのしくみを知れば“生きやすく”なる。
人それぞれ、まさしくそうだなと思った。

心臓は全身に血液を送っているもの。
膀胱は尿がたまるところ。
腎臓?肝臓?がろ過装置。
大腸?小腸?は便がたまるところ。
肺は空気を取りいれるところ。
身体のことってそのくらいなもんで、ほぼ知らなかった。
特に健康な男なんてそういう人も多いのではないだろうか。
なもんで、わかりやすい“脳とカラダの不思議”とこの本を読んでみている。
しくみ、理屈がわかればなるほどと、おもしろい。
いつも元気で健康的に暮らせるのはあたり前のことではないと改めてそう思って。

街中でもトラックが走って宣伝している痩身ジム ライズアップ。
びっくりするくらい体が変わりますね。
55歳、赤井さんなんかスゴイ。web
すごい体づくりはできないけど、なるべく健康的でいたい。
基礎代謝もぐっと落ちてくるし、でも飲んで食べたいし....たいへんですよね。
努力は長続き、継続するのはたいへんだからいかに習慣にさせるか、脳みそを切りかえてそう思わせてしまうかがラクへの近道になるのだろうか。

時代によって考えも変わるし、新しい発見もある。

詳しくは知らないが、トランス脂肪酸やショートニングはえらく体に良くないと聞く。
なんか自分がチビの頃は、マーガリンはバターよりもさっぱりしてて、なんなら身体に良いものだと聞いた記憶がある。
チビの頃、マーガリンをたっぷり塗布した朝ご飯のパン、おいしかったなぁ。
いつしかマーガリンは冷蔵庫の奥に放置されて、たまに開けるとイエローに変身してて、まるで牛豚肉の脂のようだとよく思ったもんだ。
バゲットはおいしい、コーンソフトバター入りを今朝もちっと塗った。
この製品はぐっと少ないものだという。via
さまざまな加工食品に含まれていると聞くトランス脂肪酸、気にしすぎたらたいへんかもしれない。
大企業も含有量が少ない製品を積極的に開発販売したり、今はもう揚げ油は含有量はないのを使っていいるとかしていると聞くので、多く摂ることは身体にはよくないのだろう。

縁日のじゃがバター、塗り放題と書いてあるそれはマーガリンだったりすることもたまに見かける、じゃがマーガリン。
異物混入、イヤなものだけど、気にしすぎたらそもそも外でご飯なんか食べられませんね。ただ、まだ目に見える物(異物)だけに、まだましだと思う。

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2015 1/27
『反発と吸収』

緊張と緩和...反発と吸収...相反する物、振り幅がある、ギャップがあるとか。
人はギャップに惹かれるとよく聞くが....いい意味での人格のギャップしかり、クマのプーさんのようだけどザックリ人を咬むとか、こんなに清楚な綺麗な女性がとか、高学歴なのにとか、地位や権力があるのにとか、絶対に服を着ていなければならない場所なのに脱いじゃうとか、特に犯罪や性的なシーンが浮かぶ。
前頭連合野と視床下部の情報伝達のエラーなのか?

いわゆるスニーカーや低価格のJOGシューズしか履いたことがなかった当時、初めてランニングシューズを履いた時、「ぅぁ〜すごいな、ソールが全然ちがう」ととても驚いたものです。
ちょい前にadidasから新素材を搭載したモデルが発売されて話題になった。
BOOSTフォームは衝撃吸収性と反発性を併せ持ち抜群の履き心地のよさが魅力で、跳ねるように?前に走ることができると...従来のシューズのクッションよりも倍ほど跳ねているのがわかる。youtube
今回新しく販売されたウルトラブーストは普段履きもできる大人しい色合い。
白いミッドソールがBOOSTフォームでメインだけど、白以外があればいいな。
立ち仕事の人にも優しいモデルだし、座り仕事の人にも....見えないところや、見えにくいところにも気をつかって身体への負担を軽減。
これ、2万円くらいです。なかなかいいお値段。
NIKEからもエアマックス、フライニット...話題になっている製品が多く発売されていますが、どれもこれも試してみたいところ。

買い物で長い時間を歩いたりする人、家族と旅行やランドに遊びに行くにもランニングシューズはとてもいいですね。

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2015 1/26
『駒込富士神社と古墳群』

文京区、東京大学のちょいと先の本駒込に富士神社がある。

拝殿は富士塚の上にあり、江戸時代後期には「江戸八百八講、講中八万人(えどはっぴゃくやこう、こうちゅうはちまんにん)」といわれるほど流行した富士講のなかでも、ここは最も古い組織の一つがあり町火消の間で深く信仰された。
火消頭の組長などから奉納された町火消のシンボルマークを彫った石碑が数多く飾られている。
しかし、石碑の彫刻文字の色入れに大失敗してこわくなっている...
しかもあちこちほぼ大失敗している。
拝殿へはかなり急な階段を登らなくてはならなく、下りがなかなかあぶない。
初夢で有名な「一富士、二鷹、三茄子」は、周辺に鷹匠屋敷があった事、駒込茄子が名産物であった事に由来する。「駒込は一富士二鷹三茄子」と当時の縁起物として川柳に詠まれた。
一番下の江戸名所図会にも冨士構が描かれている。

拝殿のある富士塚は、3世紀半ばから7世紀の古墳時代に造られた前方後円墳を元にして、その上に造られたと言われている。
この地を治ていた権力者の聖なる場所として後世に伝えられて、1000年後の江戸時代に神社として造営されたのだろうか。

この富士神社がある本郷通り(日光御成街道)を少し北上して行くと、飛鳥山古墳群、十条台古墳群、赤羽台古墳群などがある。
そして、現 西ヶ原に武蔵国豊島郡家、いわゆる役所が創設されて、豊島氏が豊島群を支配した。(御殿前遺跡)
縄文時代〜弥生時代〜古墳時代(350年〜700年)から発展してきて、1477年に太田道灌に豊島氏は滅ぼされるまで、この地域は都市の中心だったわけだ。
穏やかな田舎だった豊島群に太田道灌親子が攻め入ってきて、人々の暮らしを破壊し、めちゃくちゃにしたわけだ。それが支配、治めるということだろうが、いい迷惑としか言いようがないとも言える。

古墳はあちこちにあるが、都内で有名なのは増上寺のお隣、芝公園にある大きな芝丸山古墳だろう。
古墳時代、西部は多摩川沿い、南部の中心は芝、北部の中心は駒込・西ヶ原・飛鳥山・十条・赤羽だったのだろうか。

遺跡といっても、
旧石器時代〜縄文時代〜弥生時代
古墳時代〜飛鳥時代〜奈良・平安時代
中世の鎌倉時代〜室町時代
江戸時代遺跡
明治時代からの近現代遺跡
と、とても幅が広く、それぞれの時代を知って行くと町や土地の見方が大きく変わってくる。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・木タキ
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬
■王子七滝 名主の滝
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子十六滝 現存するのは名主の滝のみ
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■逆川(古石神井川の流路)
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■赤羽自然観察公園の湧水
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川の崖)
■東池袋遺跡
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場先貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢家
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲成の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 熊野坂
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区岸町 三平坂

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2015 1/23 #2
『正しいペン字の書き方』

汚文字を修正しはじめて丸2年が経った。
たまに書いてみようという間隔だから月に2−3回くらいだろうか。
ちょろちょろ書き続けている。
きれいに書こうと意識しないと、残念なほど見事になーんにも変わらず酷い文字だけど、意識すれば少し速めに書けるようにはなってきた。

←自分ではスラスラ書いた感じがコレ。

がんばればクリアできることを学んでいるのだろう。
恥ずかしい思いをしにくくなってきてる。

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2015 1/23 #1
『ジェノサイド』

おもしろい!止まらない!一気読みだ....とあちこちで聞いていたジェノサイド。
すごい賞を4つ受賞。
急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが...。父の遺志を継ぐ大学院生と、一人息子のために戦い続ける傭兵。交わるはずのない二人の人生が交錯する時、驚愕の事実が明らかになる。それは、アメリカの情報機関が察知した、人類絶滅の危機。
・・・数ページでわかる、うん、おもしろい。

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2015 1/21
『踏切』

地上を走っていた電車は次々と高架化されたり地下化されている。
踏切はあぶないから徐々に廃止していこうと決まっていたという、確か...
都内、住宅街をぬって走る車両はこの20年くらいでばんばん消えていっているだろうか。
バイクであちこち待った踏切、ぜんぜん開かなくてイライラしたたっけな。

山手線に乗っていると踏切がないことに気づく人は多いのだろうか。
山手線は切り通しや高架を通しているので、踏切がない。
短い間隔で運行されているし、大動脈だから事故があって止まったりしないようにとか、開かずの踏切になってしまうからだろうか....?
正確には今、ひとつだけ踏切が駒込〜田端の間にある。
生活道路で交通量が少ないから廃止にはしていないという。
貴重な踏切。

池袋〜目白にあった踏切は、ちょい前に廃止された。
山手線と貨物線(埼京線)の4つの線路があるので、開かずとして有名だったという。
踏切が廃止されて、その代わりにEVがついた跨線橋が架けられた。
一回使ったことがあって便利だなと思ったけど、踏切がないとちょっと雰囲気はさみしくなりますね。
踏切の事故はほんと多いので安全になっていくのはいいけども。
都電が幹線道路を渡って行く光景なんかとてもいいものですよ。

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2015 1/19
『雑司が谷霊園 ジョン万次郎』

雑司が谷霊園、谷中霊園、染井霊園、青山霊園、ぱっと思いつく霊園だろうか。

園内にはほとんど立ち寄らないけども、正月に宿酔いさましにrunningで雑司が谷霊園に寄った。
ちょっと見つけにくいのと寒いので、夏目漱石と中濱(ジョン)万次郎を。
みなさん、名前はご存知ですね。
ぼっちゃん、数ページで本を閉じました。。
我が輩は猫である、パラパラ読んだ記憶が。。

ジョン万次郎は幕末のもうひとりの重要人物でもありますね。
鎖国をしていた動乱期、そんな時に10年間もアメリカでさまざまなことを学びそして列強の、世界の大きさを目の当たりにして、日本にようやく帰れたが....
スパイとかもう化け物のような存在だったのだろうか。
まわりの武士たちは恐れたはずだし、一方では西洋の知識を吸収しようとした幕末の志士らには多大な影響をあたえた。
けれども、末恐ろしい“男の嫉妬”でもって活躍の場を奪われてしまったことも多々あったといいますね。
たまたま助かった命、そしてジョン万次郎をアメリカ本土へ連れて行き、ともに生活をして、彼に世界を学ぶ機会を与えた一人のアメリカ人、いつどこでどういうことが起きるか、出会いがあるか分らないものですね。

....ランニングシューズにたっぷりドロを食い込ませて、霊園をあとに。

その足で、護国寺へ。
表からではなく裏から境内に入ると著名人の墓石があります。
大隈重信墓所、一番下の写真。
写真には写っていないが、墓所の手前に鳥居があります。
これは神仏混淆の名残であるという。
気づかない人も多いかもしれない。

染井霊園も著名人が多く眠っていますし、
谷中霊園はなんといっても徳川最後の将軍の墓石があります。
戦いの最中、家臣らを置いて逃げてしまったことは最大の汚点だが、徳川を守る為に致し方なかったのだろう。しかし、偉大な戦略家とも言えるだろうか。
青山霊園、夜の街に遊びに行くのにうるさいマフラーのバイクでまぁよく通ったけど、魔界の入口があるとかないとか聞いた記憶があるが、そんなものははたして実際にあるのだろうか?
霊道、オバケが通る道だと聞いたことがあるが、そんな道もあるのだろうか?
まっ、夜に自分の家や他者のお墓参りに行こうとはほとんどの人が思わないですよね。変なオバケを連れてきちゃうとか、取り憑かれるとか聞くが、そういうことは実際にあるのだろうか?
「そこに私はいません、眠ってなんかいません」とかよく聞きました。
大切なのは感謝の気持ち、精一杯生きることでしょうね。

晴れた昼間の墓所の散歩、たまには良いものです。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■近藤勇と新選組隊士供養塔
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 寛文の庚申塔と山門
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 重蓮寺跡 参道
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚跡
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

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2015 1/16
『雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道』

江戸時代から続く歴史と文化に包まれたまち
雑司が谷
未来遺産 決定。

...とのこと。

「未来遺産運動」は、長い歴史を超えて人々が紡ぎ続けて生きた文化遺産や、自然とともに生きる知恵や工夫の中でつくりあげてきた自然遺産という豊かな贈り物に光を当て、100年後の子どもたちに長い歴史と伝統のもとで豊かに培われてきた地域の文化・自然遺産を伝えるための運動です。

雑司が谷という町は池袋駅のすぐお隣です。
池袋駅が雑司が谷村の外れに開業したと言うべきか。
鬼子母神(鬼の’点がないの本来の表記)への参道の両側にはとても大きなケヤキが続いてて、そのぶっとさと迫力に感動する。
樹齢はなんと400年以上だ。
江戸名所図会にも描かれている。
そして今はなき弦巻川(現在は下水道)も描かれている。
弦巻川を後世に伝える為に、かつて流れていた川跡近くに水車のある休憩所がある。
境内にも大きな銀杏があるが、これもすごい、圧巻です。
境内には日本最古の駄菓子屋さんがあって、懐かしむ大人や楽しそうにお菓子を選ぶちびっ子らにほほもゆるむ。

雑司が谷はずっと昔から栄えてきた町。
雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ古道(高田道、高田雑司ヶ谷道、高田雑司が谷道)が今も残っていて、村と村をむすぶ重要な道だったという。
雑司が谷村の村人らは板橋の宿場町に買い物や遊びにでもきていたのだろう。
自分が高校生の頃から感じていたのだが、板橋宿付近(上宿・仲宿・平尾宿)と雑司が谷の人々はどことなしに雰囲気や気質などが似ているんです。実際に仲が良いし。
雑司が谷と池袋本町の中間の何もない田んぼを開拓して池袋駅が開業し、元々池袋の中心だった池袋本町は衰退していき、娯楽の街繁華街だった大塚も衰退していき、現在の池袋が出来上がっていった。
太平洋戦争の時には高田にB29が墜落したという。

雑司が谷、都電の線路部分を拝借して、現在明治通りのバイパスが作られている。
地下道路の工事がいよいよ本格的に始まった。
のどかな雰囲気と近代が混じりあう町、雑司が谷・南池袋、お寺も多いので、あちこち参拝して歩く人の姿をよく見かける。

一年でどんだけ行っているんだろうか、雑司が谷。
隣の池袋の喧噪とはうって変わって、とても落ちつくほんと素敵な町です。

【過去記事】
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■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 重蓮寺跡 参道
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■中仙道か中山道か
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■東京第二陸軍造兵廠の石碑
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■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚跡
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■縄文人の核DNA解析
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■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
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■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
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■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
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■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
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■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
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■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

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2015 1/14
『ファッション』

デザイナー トム・ブラウンのランニングウェアはシャツにカーディガンという機能性を無視したものだ。
みかけたら、えっ??と思うようなスタイル。
彼だからこそアリだけど、一般人がこのように主張が強い格好でランニングをしていたらギョッとしますね。
圧倒的だし、彼だからこその奥が深いファッションで。
Vの方のウェアだとなんだかすごく合っていて格好良くみえてくるなぁ。
こちらから引用させていただきました。

いつだったか、皇居を走っている時に、警備員の制服のような格好で走っている人がいて、??と思ったことがあった。
スーツが脱ぎ捨てられた状態で歩道に置いてあったことも....路上でスーツからランニングウェアに着替えて周回しているのだろうか、と。

ファッションは人それぞれ。
ランニングウェアではないトップスやショーツ、ハットキャップワッチ、サングラスなんかをあわせて走っているランナーもとても多いですね。
機能的なインナーを下に着て、上には好きなブランドのTシャツという人もいますし。
ゴリゴリ本気なウェアもよし、ラフなのもよし。
セクシー過ぎるくらいのウェアでも良いし、男は目のやり場に困らないから。
この人カッコいいなって思ったら、男でも女でもチラチラみてしまうし。
派手派手が好きな人も多いし、自分みたいに地味なウェアが好きな人も少なくなかったり。

良い機能を求めると当然価格が高くなってくる。
日々走る人、自分なんかには消耗品的意識が多いので、そこそこの機能で十分だったりする。
ウェア、ファッションも含めてランニングは楽しいですね。

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2015 1/13
『耐久』

不具合やすぐ壊れたと聞く某モデルのカラダスキャン。
3年くらいは普通に使えていたような気がするけど、ほぼ使ってなかったな。
よく使いだしたのは5年くらい前からで、体質改善をし始めた頃。
体脂肪率や体年齢とかいろいろ測ってくれるので楽しかったのを憶えている。
とは言っても、多くて週に1回くらいなもんで、だいたい一ヶ月に2回ぐらい乗る感じだった。電池交換は5回か3回くらいだ。
たまにへんな表示になってたけど、久しぶりに乗ったらかんぜんにダメになった。
うちでは8年くらい持ったけども...あまりいい製品ではないみたいですね、コレ。口コミweb

電子機器らは便利だけど、丁寧に使ってても壊れるのが早いかなと。
先日夜のストアでおじさんが頼まれた感じで買い物中に、手から滑ったスマホがクラッシュして見事にバラッバラになっちゃって、悲しんで床に座り込んでいたなぁ...
一回壊れて修理に出したGPSランニングウォッチ、計測されるけど履歴に保存されなかったり、距離が暴走したりする症状がまた再発。
ログ機能はOFFにして軽いデータ測定のみ計測して保存してたけど、いきなりまた保存されなくなったので、履歴をどばどば削除したら直った。
コレはどうやメモリー機能のエラーなのだろう。で、そのまま使っていて、リセットや初期化をしたら基板がクラッシュする症状が出たりするのだろう。
PCの環境で専用のアプリが使えないから、エラー出てクラッシュする前に本体画面にこれ以上書き込めないんだけどってメッセージがでてくれたらいいのに。

正月は暴飲暴食も甚だしかったので、2kg増。

成人の日の午後、チャリって皇居へ。
フレームにウインドブレーカーや飲み物をくくり付けて。
時間がなかったので2周の10kmを自分には少し速いペースで。
風が強くて歩道も補修工事をしてて走りにくかったけど、腕ふりから骨盤へそして脚へと力がうまく流れて伝わっていくのを感じられてグッと前へ進む、走りやすかった。1kmあたり5分ちょいから、4分48秒まであげられた。
走らない人には分かりにくけど、明治通りの原宿竹下口から渋谷宮下公園入口までが約1km。地下鉄なんかの駅1つ分が約1km。
それを5分で走るという速さ、わかりにくいですね。。
信号でつかまらない場所だからこそのタイムとうまく走れたなという感覚。

いい汗かいて、帰路へ。

晩飯はトランス脂肪酸が多い唐揚げのせカレーで。

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2015 1/12
『ロング』

ランニングソックスのロングを買ってみた。
膝や股関節の動きを妨げずに、ふくらはぎの血流をサポートするものだと。
動きにくいからとタイツをはかない人や、膝などに故障を抱えていない人にはいいのだろう。
見た目が30何年も前の千歳飴を持ってた子供の頃のようになるけど、なかなかのぎゅっとした着圧なので、なるほどと思った。
猫に小判状態なのでその効果は果たして感じられるのだろうか...CW-Xもいまだによく分らないし。
調子よかったら医療レベルまで到達した優れた着圧機能 CEPなんかも試してみよう。

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2015 1/9
『リミテッド』

今でこそ担々麺とかちゃんぽんとかあるけど、5つ入った袋ラーメンはしょうゆ、塩、味噌、豚骨がメイン。
味噌味ではないような味噌、豚骨味ではないような豚骨...
うちではほぼ塩を。
シーフードあったら売れるのになぁとずっと前から思っていた。
そんな折り、大晦日にダイエーで発見。
正月料理にも飽きてきたので早速実食。
にんにく刻んで、きゃべつニンジンもやしを炒めて、ちょい味付けして、デフォルトだと味が濃く感じるので+100CC多めの熱湯を投入して出来上がり。
もちもちした麺で味も○、なかなか良い製品だけど期間限定だと。
なんでだろうかリミテッド、定番で売れると思うのに。
家でゆっくり飲んで、飲んだ後に暴食にも最適。
キャンプなんかにもいいんではないかと。

20年前、友らと九州や四国をツーリング、サンフラワー号で食べたシーフード。
あのカップヌードルシーフードうまかったなぁ。
もう8年ほど音信不通だけど、お互い健康で元気にやっていこうな...
ふと思いだした。

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2015 1/8
『近藤勇と新選組隊士供養塔』

池袋の隣、JR板橋駅前に近藤勇、土方歳三と新選組隊士供養塔が建立されている。
なぜこの地にあるかというと、近藤勇が千葉の流山で自首し捕らえられ、板橋宿(平尾宿)で幽閉されて、この供養塔付近で首を切られて生涯を終えたから。

大事件である池田屋事件、これによって歴史が大きく動いた。
20数名の尊攘派に対し当初踏み込んだのは近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助、よくもこんな少人数で入ったものだ。

袂を連ねた近藤勇と永倉新八、考え方のちがいから最後には袂を分かつことになった。同じ組織、当然考え方が違う者も現れてくるし、時には仲間を斬ることもある。
新選組は内ゲバも多々あったと。もちろんこの時代は同士でも不要になった者はすぐに殺されるが、坂本龍馬が消されたのもそうであるように。

明治初期、幕府の医者で新選組隊士らのことも診ていた松本良順と永倉は、戦友である近藤勇と新選組隊士のために供養塔を建てようと奔走する。時代の変化がそういう思いにさせたのだろうか。
松本良順がかいた書を手にして、名を馳せた武士である永倉がだ、方々に頭を下げて売り歩いて資金を工面したという。
熱い想いがこみ上げてくる。

供養塔にはびっしりと百十名の新選組隊士の名が刻まれている。
永倉は隊士一人一人のことを調べて、彼らがどういう死を迎えたかを残している。
供養のため、その想い、執念ともいうものだろうか。
彼らも救われたのだろう。
刻まれた隊士の名を読んでいると、日本の今後を想った彼らの想いが伝わってくる。
こう書いていると感応して悲しくもないが鼓動が早くなり少し疲れてしまう、なんでだろう...新選組が好きということでもないが。

動乱の時代から明治維新へ、そして大衆文化が花開いた大正時代、早く逝った隊士らが「自分の分まで生きてほしい。たくさんのことを経験してほしい。」と、そう言っているかのように、その想いが伝わったかのように、永倉は大正時代、80歳近くまで永らえたという。絵が動く映画、永倉は晩年孫とよく映画館に通ったと。

一番下の写真は明治時代、建立された当時の写真。
何もない田畑にそびえる塔、隊士が町をみているかのようだ。

官軍が江戸城へと中山道を進軍して、江戸城まであと2里(8km)の板橋宿ちかくまで来た時に歩みを止めた。
その間に西郷隆盛と勝海舟らによる交渉が行われて、無血開城となったと。
街道にはたくさんの歴史が詰まっている。楽しいものです。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■近藤勇と新選組隊士供養塔
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 寛文の庚申塔と山門
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 重蓮寺跡 参道
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚跡
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

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2015 1/6
『清須会議 交渉術』

足軽から織田家の重臣になった秀吉。
アルバイトから役員になったようなものだと言っている。
本能寺の変で織田信長が亡くなって、今後の織田家をどうやっていこうかという重要な会議だけど、マニアックとまでは言わないが、なかなかのものなので歴史を知らなければ取っ付きにくいような内容かもしれない。
清須会議は小説、映画と読んで観ておもしろくて。
で、NHKの“英雄たちの選択”という番組で取り上げられていた。(youtubeにあがっている)
この番組は歴史学者や脳科学者や心理学者などが、あれこれその分野の視点から、その時の本人の心境やあれこれ読み解いていくという番組で非常におもしろい。
徳川慶喜 戦いか平和か...この回をみて、慶喜のことがまたよく分ったし、見方も変わってすごくおもしろかった。

おもしろい番組はNHKやBSなどが多いなぁ。

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2015 1/5
『新年』

新年おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

...飲みに飲んだで歩きに歩いて走った年末年始でした。
歩いて宴会場に行くのもいいものです。
キンキンに冷えた手と鼻先...12kmくらいあったからちょっと遠かったな。。
L.A.から帰国している友ともヘルスや仕事、ライフスタイルなどを話し込んで楽しかった。彼はサーフィンとヨガをやっている。食べ物のことやもちろんたばこや酒なども気をつかっている、というかそれがあたり前だと。健康な身体があってこその仕事であり家族でありって。
あの世にはお金は持っていいけない、経験だけだと。その通りですね。
珈琲焼酎というのを初めて飲んだけど、なかなか美味しくてストレートでガブガブのんだな〜楽しいいつもの忘年会だった。

大晦日と元旦はあちこち実家に行って飲んで食べて楽しみました。
ちょい宿酔いで、良いのか、たぶん悪いんだろうけど、ヘパーリーゼ2錠飲んでリフレッシュの為にランニングを10km。
すっかり調子よくなって。

昨日は昼に皇居まで行って。
メディスンのおかげで暴飲暴食も何のその、調子がよかったので、ゆっくりペースから4分30秒/kmまで上げて....これ以上あげると自分の身体では心臓出ちゃいそうなので、危ない。
人も多かったですね。
...暴飲暴食には有酸素運動ですかね。

仕事納めは大晦日、今日から仕事始め。
皆様にとっても良い年でありますように。