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2022 8/26 『NIKE リニューラン2』

リニューランというシューズの二代目の2を少し前に買った。
見た目そのままで、ふっかふかで好みは分れるだろう。
厚底に慣れてしまったので、自分にはちょうどいい。
ランニングやジョグ、ウオーキングや普段履きでも良いモデルだと思う。

この4週間でのジョグは35kmくらい。
歩きとジョグを含めた歩数....これは多い方なのか少ないのか普通なのか分からないけど。

【関連記事】
■形から ランニングの場合
■走る理由 「母の分まで、母のために」 ランニングバッグは介護用に
■母を訪ねて1里28町 大分県豊後高田市呉崎から<すいか>の贈り物
■家族が好きなミートソース 母へ<ひじきと厚揚げの煮物>を
■喫煙ウォーキング、あたられる蛇口

■二年前の夏の君たちと今の僕たち

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2022 8/25 『一家に一台』

9.6V充電ドライバードリルとインパクトドライバーはどちらも25年ほど使っていたが、二年前くらいにドライバードリルの充電器とバッテリーがdeathに。9.6Vで大がかりな作業でなければ、ちょうどいいパワーで大工仕事やバイクのメンテなどで大変重宝していた。使う頻度が減ったので、コードの方で十分だけど、やはり充電式の便利さにはかなわないので、マキタやハイコーキのを買おうかと暫く悩んでいたが、いかんせん年に数回くらいしか使わないのにそんなに高いのもどうだろうかと思っていたところ、便利ですね...youtubeで様々な工具のレビューしている方のを見つけて、これだったらパワー的にも使用頻度も値段も良いかと思い、¥3900(Promasterという中華製品)くらいで安くなっている今、Amazonでポチッと。
いやぁ〜これそれ程大きくもないし重くないし、なかなかパワーがあるので職人ではない方なら十分の性能だと思う。フレキシブルなジョイントもついているので、あまりないけど手が届かない場所のビス締めにも使える。充電器が家電のようだけどそれも工具箱の場所をとらないので、自分には逆に便利。
だいぶ昔から使っているインパクトはバッテリーも充電器もまだ使える。先月も家族の引っ越しの際、造作した棚などの撤去で重宝したから、もう少し頑張ってもらいたいところ。

【関連記事】
■排水パイプなどに詰まった異物などを取り除く道具
■レールバー

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2022 8/24 『文京区大塚5丁目 坂下通りにある出桁造り』

地図の黒文字部分、東池袋と大塚をむすぶ坂下通りに出桁造りが一軒ある。サイディングが貼られているが、しっかりとした佇まい。大切にされているのが分かりますね。
坂下通りの東側には暗渠となった水窪川跡があり、深い谷を刻んでいて、長く高い階段が設けられている。

【関連記事】
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■水窪川の擁壁 小日向台の崖線から滲み出す水 八幡坂 江戸切絵図より
■水窪川が削った深い谷と階段 旧大塚坂下町(大塚五丁目)
■巣鴨プリズンの遺構 水窪川<排水口> イケ・サンパークに移設・復元)
■水窪川跡沿いにある家屋 日出優良商店会 <ミート&デリカ なりたや>の黒毛和牛入り一個五十円のメンチカツ
■水窪川 鳩山会館隣りの水路の遺構 今宮神社前に残る石橋(橋桁) 小日向台の崖からの湧き水
■豊島岡墓地(豊島岡御陵)の蛇池から護国寺の湧水池に注いでいた水窪川支流に架けられた橋
■護国寺 音羽富士塚(音羽富士)<富士浅間神社>

■文京区小日向 鼠坂<森鴎外の小説「鼠坂」の舞台となった坂> 鼠坂下は江戸有数の盛り場<岡場所(私娼窟)> 昔は一種の貧民窟(スラム街)

■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷

■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■北区十条四間道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区中十条3丁目 出桁造りを改装したセブンイレブン
■北区上十条2丁目の出桁造り 木田酒店
■北区上十条にある出桁造り<川端商店>と再開発により撤退した創業110年の<八百市 橋本青果店>
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■北区滝野川 三軒家 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■北区西ヶ原の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■谷中、上野桜木の出桁造り
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 庚申塔 馬頭観音 地蔵尊 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・古道・坂・廃線跡・出桁造り・四方山話など>】のリストが展開します。
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2022 8/23 『家族が好きなミートソース 母へ<ひじきと厚揚げの煮物>を』

都内の酷い暑さゆえにあまりランニングもあまりせずに過ごしてる夏。
31℃くらいだと涼しく感じるし、この頃はより涼しい日も増えてきて秋を感じる。
お盆は平常時と同じく仕事をこなし、夜は夜でお酒も進み胃の調子が。。。胃の調子もそれほど良くないので、軽くゆっくり走ってそんなに汗だくにもならずに、八百屋に寄って人参とセロリを。
帰宅直後にミートソース作りをスタートし、調理で汗だくに。それも良し。合い挽きとワインが無かったので、豚ひき肉にしたミートソースはこれはこれで良し。仕上げのバターとパルメザンチーズは多めで。
自分は普通盛りで家族は大盛りを。パスタを食べたそうだったので、喜んでいた。

独居で生活をしていた母へ、煮物をたくさんこしらえて何個もパッキングして、ランニングバッグに詰め込んで持って行っていたのも懐かしい....8〜4年前までのこと。有り難いとは難が有るとはよく言ったものですね。「俺で出来ることは何でもするから大丈夫だ。心配するな。」
・・・・とても大変だったけど、有り難かったし幸せで嬉しくもあった。

忙しかったり遠方に住んでいたりして、なかなか親に会えない人も多いけど、生きている間になるべく多くの時間を使って共に時を過すのも良いものですね。

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■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■電話番号の表札 ◯◯方・◯◯◯◯◯呼出 ◯◯ 電報
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 庚申塔 馬頭観音 地蔵尊 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・古道・坂・廃線跡・出桁造り・四方山話など>】のリストが展開します。
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2022 8/20 『文京区音羽一丁目 目白通り(清戸道) 目白坂(別名 不動坂)』

地図の赤文字部分、目白台へ上る急な坂を目白坂といい、別名は不動坂という。旧道らしくとても良い雰囲気の坂路。

案内板から引用ーーーーーーーー

目白坂
西方清戸(清瀬市内)から 練馬区経由で江戸川橋北詰にぬける道筋を「清戸道」といった。主として農作物を運ぶ清戸道は目白台地の背を通り,このあたりから音羽谷の底地へ急傾斜で下るようになる。
この坂の南面に,元和4年(1618)大和長谷寺の能化秀算僧正再興による新長谷寺があり本尊を目白不動尊と称した。そもそも3代将軍家光が特に「目白」の号を授けたことに由来するとある。
坂名はこれによって名付けられた。『御府内備考』には「目白不動の脇なれば名とす」とある。
かつては江戸時代「時の鐘」の寺として寛永寺の鐘とともに庶民に親しまれた寺も明治とともに衰微し,不動尊は豊島区金乗院にまつられている。

目白台の空を真北にわたる雁
稀に見る雁の四・五十羽かも
窪田空穂(1877-1967)

東京都文京区教育委員会
昭和63年3月
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『生きている江戸の歴史 東京の坂道 石川悌二』より引用ーーー

目白坂(めじろざか)
不動坂ともいい、文京区音羽一丁目二六と二八番の間を西へ上る急坂で、坂上の新長谷寺にはもと目白不動があったが、戦災で同寺が廃寺になったので、不動は現在宿坂金乗院に移されてある。
今の目白坂は坂下の方が高速道路をくぐっており、北側に浄土宗大泉寺や八幡神社があり、坂上南側(旧関口台町)に関口小学校があるが、新長谷寺は八幡社の向い側のやや坂上にあって、背後は江戸川の岸を見下す景勝の地であった。永井荷風の「礫川??記」は大正末のこの坂を次のように記している。
目白坂の峻坂を攀(よ)ぢて新長谷寺(しんちょうこくじ)の樹下に憩ふ。朱塗の不動堂は幸にして震災を免れしかど、境内の碑碣(ひけつ)は悉くいづこにか運び去られて、懸崖の上には三層の西洋づくり東豊山(とうほうざん)の眺望を遮断したり。
戦後の随筆としては、網野菊の「電車」が女学生時代を回想し次のように述べている。
日本女子大も建物が大きくなり、立派になって居るらしいが、一向に訪ねないので、そのあたりの街の変化も、たまにバスに乗って通る時うかがい知るだけというわけだが、今年に入ってまもなくの或る日、目白台アパートに仕事場を持つ円地文子さんに招かれて、大谷藤子、川上喜久子の両氏と共に其処に集った。其の時、私は久しぶりに、江戸川橋から昔よく通った坂をのぼった。坂の下には、川に沿って細長い江戸川公園がある。
樹木の多い此の公園は、昔、幾度も通ったものである。この川べりに早稲田寄りの途中に、たしか芭蕉の旧蹟があった筈だ。独乙協会学校のある坂の方が幅が広く、そこは今はバスが通って居るようだが私がのぼって行く坂は、江戸川橋寄りの道幅の狭いそして、より急な坂だ。この坂の北側にはお寺が多い。三寺は、たしかにあった。私が学生の頃、家を出て勉強室を持ちたい、などと親に云ったことがあり、父の旧主家では、この坂の途中の寺の一つが菩提寺だから、その寺の部屋を借りるように話してあげよう、と云ってくれたことがあった。目白台アパートへ行く途中、何十年も忘れて居た、昔のそんなことを思い出した。
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目白坂の上、目白台(関口台)に目白台ハウスが建っていて、上記の目白台アパートのこと。
25年くらい前だっただろうか、目白台ハウスに住んでいるアパレル業の先輩の自宅に伺ったことがあるが、ロビーから居室もとても素敵で、多くの文豪や著名人が住んでいたというのもよくわかる。今でいうところのヴィンテージマンション(高級集合住宅)ですね。

wikiより引用ーーーーーーーーーーーーーーー
清戸道(きよとみち)は、主に江戸時代に、江戸と武蔵国多摩郡清戸(現在の東京都清瀬市)との間を結んでいた古道である。
神田川に架かる江戸川橋(現・東京都文京区関口付近)を江戸側の起点とし、そこから北西へ約5〜6里(約20〜24km)の武蔵国多摩郡清戸(上清戸村、中清戸村、下清戸村、清戸下宿。現・東京都清瀬市上清戸、中清戸、下清戸、下宿付近)との間を結んでいたとされる。

成立の経緯
成立の経緯は明らかではない。江戸時代に尾張藩の鷹場が清戸にあり、そこへ鷹狩に向かう尾張藩主が通ったといわれているが、それよりも、農村であった清戸から、市場である江戸への農産物の輸送路としての役割が大きかった。
5〜6里という距離は当時徒歩で1日で往復できる範囲であり、清戸の農民は早暁、野菜等の農産物を背にかついだり荷車に積んだりして出発。江戸に着いたらそれらを市場や町家で売りさばき、また野菜栽培に欠かせない下肥を町家で汲み取り、それらを持って夕方には村へ帰ってこれたものと推測される。これに沿道の豊島郡練馬村(現・東京都練馬区)などから練馬大根をはじめとする農産物の輸送も加わり、そうした往来から自然発生的に道が成立したものと考えられている。

【関連記事】
■清戸道の名家

■目白台の湧水を生かした回遊式泉水庭園<肥後細川庭園>と胸突坂(別名 水神坂)
■肥後細川庭園と椿山荘の間 関口水門(大洗堰)の守護神<水神社> 細川家 永青文庫
■江戸川(現 神田川)の治水事業 江戸川公園<大井玄洞翁の胸像>
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■文京区小日向一・二丁目南遺跡 神田上水旧白堀跡 東京都水道歴史館に移築復原
■神田上水 関口大洗堰の由来碑の碑文
■神田上水石樋の碑
■関口の大洗堰(目白下大洗堰)<神田上水取水口の石柱>
■椿山荘 古香井

■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■文京区目白台 腰掛稲荷神社
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂

■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■印刷博物館<武士と印刷> 徳川慶喜終焉の地(文京区春日(小日向))
■文京区春日二丁目(小石川小日向第六天町) 徳川慶喜邸と新坂(今井坂) “徳川おてんば姫” 井出久美子
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代後期の巣鴨

■切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂 2022年1月31日写真追加・加筆
■文京区 小日向一丁目東遺跡(複合遺跡 切支丹御用屋敷跡等)
■文京区小日向 切支丹坂に間違えられた庚申坂
■文京区小日向 鼠坂<森鴎外の小説「鼠坂」の舞台となった坂> 鼠坂下は江戸有数の盛り場<岡場所(私娼窟)> 昔は一種の貧民窟(スラム街)
■文京区小日向一丁目23と25の間 蛙坂(復坂)

■豊島区 のぞき坂
■目白通りにある出桁造り

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 庚申塔 馬頭観音 地蔵尊 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・古道・坂・廃線跡・出桁造り・四方山話など>】のリストが展開します。
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2022 8/19 『江戸川(現 神田川)の治水事業 江戸川公園<大井玄洞翁の胸像>』

地図の青丸部分、神田川沿い江戸川公園があり園内に大井玄洞翁の胸像が建っている。
加賀藩の儒医の子として生まれた大井玄洞は、薬学者・政治家・陸軍軍人(薬剤官)だったという。

案内板から引用ーーーーーーーー
大井玄洞翁の胸像

生誕 安政元年(一八五五)
加賀藩 金沢に生まれる
明治三十三年より小石川区(現 文京区)在住
逝去 昭和五年八月十五日 伊豆にて没す(享年七十五才)

江戸川(現 神田川)の治水事業は沿岸の人々にとって、永年の願いであった。
明治四十三年の大洪水の後、玄洞翁は、人々の願いの実現に努力し、大正二年護岸改修に着工させ、同八年に完成させた。
人々は翁の功績をたたえ、永くその徳を伝えるために、昭和三年、江戸川公園内の当所に胸像を建てた。
昭和五十八年十二月
文京区役所
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明治43年の大水害は関東平野一面が水浸しになり被害は甚大で、この大水害により、北区の赤羽岩淵から中川河口まで荒川放水路が造られたことになった。

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■神田上水 関口大洗堰の由来碑の碑文
■神田上水石樋の碑
■関口の大洗堰(目白下大洗堰)<神田上水取水口の石柱>
■椿山荘 古香井

■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■文京区目白台 腰掛稲荷神社
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂

■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■印刷博物館<武士と印刷> 徳川慶喜終焉の地(文京区春日(小日向))
■文京区春日二丁目(小石川小日向第六天町) 徳川慶喜邸と新坂(今井坂) “徳川おてんば姫” 井出久美子
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代後期の巣鴨

■切支丹屋敷跡地からシドッティ 切支丹坂 2022年1月31日写真追加・加筆
■文京区 小日向一丁目東遺跡(複合遺跡 切支丹御用屋敷跡等)
■文京区小日向 切支丹坂に間違えられた庚申坂
■文京区小日向 鼠坂<森鴎外の小説「鼠坂」の舞台となった坂> 鼠坂下は江戸有数の盛り場<岡場所(私娼窟)> 昔は一種の貧民窟(スラム街)
■文京区小日向一丁目23と25の間 蛙坂(復坂)

■豊島区 のぞき坂
■目白通りにある出桁造り

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