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2017 6/29 『本』

この半年くらいで読んだ本の一部。
読んだ本を写真に撮って備忘録的なものとしている。
家には読んでいない本が30冊以上あるが....

暗渠マニアック!
文字どおりの内容で、消えちゃった身近にあった川のことなどが、深く掘り下げられている。都内、今ではほとんど無くなった湧き水を調査している章がおもしろかった。
入門編というよりも応用編というような感じだろうか。via

悪意とこだわりの演出術
水曜日のダウンタウンのプロデューサーの方の本。
人気番組を数々作ってきた方....人物像もよく分っておもしろかった。
“演出”は日常生活でも役にたつ。

山口組 顧問弁護士
長年名だたる組員の顧問弁護をしてきたそうで、あの事件の背景にはこういうことがあったのかとかが分った。顧問料はたしか20万/月だったかな....失念。組員への愛情が強くなっていったように感じた。少し前に、元弁護士となったという。おもしろかった。

BORN TO RUN
前々から読もう読もうと思っていて、ようやく手にしたが、まぁ〜翻訳が読みにくくて、人類の進化や研究のところ以外はほぼすっ飛ばした。洋書って独特の言い回しや文体があるから、先になかなか進まなかった。
猿にはアキレス腱がなく、ホモサピエンスにはアキレス腱があって進化して生き残ってきたと。良いランニングシューズは脚にとってはいいことなしだったり、人は裸足で走るようにできているというが...
走る人にはおもしろい内容。

私の恋人
又吉さんかだれかがおもしろいと言っていたので手にとってみた。
好き嫌いが分れるような内容....壮大なスケール、時間軸で振り回されておもしろかった。
『遥か10万年前、クロマニョン人だった私は、並外れた想像力でその後の世界情勢や人類の営みを予見し、洞窟の壁に書きつけながら、いつしか未来に息づくひとりの女性を思い描いていた。その後、第二次世界大戦前のベルリンに生まれ変わった私は、ユダヤ人であるがゆえに時代の波にのまれ、ナチスの強制収容所の独房で、太古からの記憶を反芻し、今でもここでもない場所から私の身を案じている、たまらなく可愛い私の恋人のことを想い続ける。そして、現代日本にふたたび生を受けた私、井上由祐の前にひとりの女性が現れた―。はるかなる人類史と、その先に待つ未来と驚きあうかつてなく壮大でどこまでも親密なラブストーリー。第28回三島賞受賞作。』

昭和からの伝言
著者は昭和一けた世代。当時を知る人もこれからどんどん少なくなるから、当時はどんな出来事や景色が広がっていたのか知りたくて手にとった。
小説家の古老のお話、おもしろかった。
『昭和の高度成長期にだけ焦点を当て、日本の素晴らしさを強調する論調が増えている。昭和1ケタ生まれの著者は、それが戦前戦中に自分が教え込まれたものと似通っていることを危惧し、自分が体験してきた昭和の姿を書き残しておくことを決意した。本書は、次世代に向けて、自らの人生と昭和史を重ね合わせながらつづった実感的昭和史だ。  昭和5年に東京で生まれた著者は、高田馬場でモダンガールだった母親に自由主義教育を受けて育った。7歳で中国と、11歳で米国との戦争へと進んでいくなか、学校も軍事色に染まっていく。その後、終戦を境に手のひらを返したように世の中が変わる。空腹のなかの東大受験、学園紛争、金融業界に就職して組織の功罪に直面し、脱サラの道を探り作家へと転身した著者の人生は、昭和の歴史そのものを映しだす。  最終章「日本の自壊を食い止めるために」では、これからの日本人に向けての具体策を提言。若者に向けてエールを送っている。』via

これでいいのか板橋区
%とかの数字とかは知らなく、7割くらい知っている内容だったけど、おもしろかった。

しかし、まったく読書感想文にはなっていないが、手にとった本は興味があるということだから、そらほぼおもしろい。。

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2017 6/28 『adizero Boston boost 2』

少し前に買ってみたランニングシューズ。

boostという素材は....引用
“クッション性と反発性を両立した革新的ミッドソールテクノロジー。バネのような新感覚クッションで、少ない力でどんどん前へ進みます”

感覚的にはスーパーボールのように跳ねる、そんな弾力だろうか。
初めて履いて走ってみた時にビックリした.....こんなに弾むんだと。
トントンと前に進む感覚で、気づくとスピードが出ている、そんな感じ。
普段は1kmあたり6分前後でゆっくり走っていて、それくらいが心肺にもちょうどいいけど、比較的ラクに1kmあたり5分前後で走れていた。
足にもよくフィットするし、とてもいいシューズなんですね、boostって。
普段履きしている人が多いのも納得。

そういえば、日常生活にランニングをとりいれて8年が経った。
早い。

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2017 6/22 『田端 東覚寺 赤紙仁王』

偶然通りがかった人は一瞬びっくりするかもしれない。
何年も前だが、自分も「ん?なんだこの赤い紙の塊は??」と、目を奪われたことがあり、案内板を読んでお参りをした。
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参詣客が赤色の紙を貼るため “赤紙仁王” の名で呼ばれるようになった。
東覚寺の金剛力士立像は、吽形像の背中になる銘文から、寛永18年(1641)8月21日、東覚寺住職賢盛の時代に、宗海という僧侶が願主となって造立されたことが分ります。
一説によれば、当時は江戸市中で疫病が流行しており、宗海は、これを鎮めるために造立したのだそうです。
参詣客が赤紙を貼る理由は、そのようにして祈願すれば病気が治ると信じられてたからで、具合の悪い部位と同じ箇所に赤紙を貼るのが慣わしです。
また、祈願成就の際には草蛙を奉納すべしとされています。
ただし、赤紙仁王に固有のこうした習俗が発達したのは明治時代のことで、その背後には、仁王像を健脚や健康をかなえる尊格とみなす庶民独自の信仰があったと考えられます。
なぜなら、かつて日本各地には病気平癒を祈願して行う類似の習俗があったからです。
そのために、赤紙仁王は、文化形成における庶民の主体性や独自性を強く表現した作品でもあるのです。
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このお寺さんと、隣にある八幡神社には何回かお参りに行っているが、赤紙仁王には人が絶えない。
たくさんの人の想いが赤い紙の積層となってこうして目に見えるように、人が絶えずお参りをしている地蔵菩薩など、目には見えないが、たくさんの人々の想いが、この赤い紙と同じように幾重にも重なっているのだろうと、この金剛力士像を見て、改めてそう思った。
良くなるように、思いが届くように。

ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 庚申塔 馬頭観音 地蔵尊 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・古道・坂・廃線跡・出桁造り・四方山話など>】のリストが展開します。
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2017 6/19 『日暮里富士見坂』

何年か前、通りかかった時に運良く富士山を見ることができて、たまに見に行っていた日暮里富士見坂。
地上から富士山の姿を綺麗に見ることができる坂として有名だったのだが、 数年前に集合住宅が建って富士山を見ることが出来なくなった。
名所故に、かつては人がたくさんいたのだが、今ではもうほとんどいない。
景勝地、道灌山から望む富士山....ビルディングが建替えの時にまた姿をみることができるか、どうか。
かつて住んでいた集合住宅は13階で、さらに高い場所に建っていたので、天気の良い日には自分の部屋から富士山が普通に見えていた。
朝や夕刻に富士山を見るのが日課で、元気をもらっていたような感覚だった。
引っ越すことが決まって、富士山が見える日に写真を撮り、今でも大切に保管している。
懐かしい“写るんです”カラーの写真、時代を感じる。

ここをクリックすると下に【過去記事1<河川・湧水・池・滝・堀・上水・暗渠・橋・宿場・史跡遺跡(貝塚 古墳 塚 庚申塔 道標)・文化財・古道・坂など>】のリストが展開します。
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2017 6/15 『逆川(古石神井川の流路)』

現在の石神井川は武蔵野台地を削って(河川争奪)、隅田川へと流れているが、古石神井川は不忍池に注いでいた。
1枚目の画像、デジタル標高地形図画像データを見てもらえると分るかと思う。
左上の青い線が石神井川で、台地を切って低地へと流れていることが分る。
そして、かつての流路は薄い緑色から濃い緑色なって、その先には不忍池がある。
流れを変えた石神井川だが、旧流路に残った川が一部注いでいたのだという。
それが逆川といって、赤い線部分で、高低差の関係から本来は低い不忍池方向へと流れていなければならないのだが、この川は逆方向へと流れていたことから逆川と呼ばれている。
なんらかの現象で高低差が微妙に変わったからなのだろうか。

地図2枚目、赤い線が逆川の流路跡で、その下の写真をみてもらうとクネクネしていることが分る。

地図3枚目、明治通りを越えるとさらにクネクネと蛇行していることが分る。場所によっては急激に180度も流れを変えているが、ほんの僅かな高低差だったためなのだろう。

川跡は見事な蛇道として存在しているが、いつだったか....高校生の頃だったか大学生の頃だったか、なんでこんなに蛇行している道があるんだろうかと、車両で通った時に、カーブを攻めて楽しかったのを憶えている。
長い時を経て、この道が暗渠となり消滅した逆川だと知った時に、なるほどと思ったもので。
久しぶりに通ったけども、やはりおもしろい道、暗渠だった。

*国土地理院ホームページ掲載のデジタル標高地形図画像データ(図名等)を使用

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2017 6/13 『地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)』

地図の赤丸、代官山の交番の隣に地蔵・道しるべがある。

-----------------------案内板から
地蔵尊が現世と来世の間に出現して死者の霊を救済するという信仰は、民衆の間に広く信じられてきました。
また、小児の霊の冥福を祈る意味でも地蔵尊が造立されました。
道の辻などに建てられた場合には、道路の安全を祈ることのほかに、道しるべになることもあります。
この地蔵尊は、文政元(一八一八)年の造立で、台座正面には、「右大山道、南無阿弥陀仏、左祐天寺道」と刻んであります。
地蔵堂の背後の坂道は、見切坂または暗やみ坂といい、この坂を下って目黒川を渡ったあと、南へ進むと祐天寺方面に達し、北へ進むと大山道(国道二四六号線)に達します。また、堂前を東へ進むと並木橋に達します。
江戸時代には、人家もまばらな、さびしい道で、旅人はこの道しるべを見て安心したことでしょう。
-----------------------

地蔵道しるべの隣にはかつて富士塚があったそうだが現存せず、そしてかつては三田用水も流れていた場所だ。
渋谷川と目黒川に挟まれた尾根であるために、当時はとても見晴らしが良かった場所に佇む地蔵道しるべだけに、案内板にも書いてあるように、旅人はこの道しるべを見て安心したんだろうなと思う。
地図の緑色の線が鎌倉街道で、ヒルサイドテラス内の古墳である猿楽神社と向かい合ったもうひとつの古墳との間を鎌倉街道は通っていたそうで、この目切坂で合流する。真っすぐ行けば、大山道(246号 池尻大橋付近)、目黒川を渡れば、そのまま鎌倉街道となる。
今でも近くの住人の方に大切に祀られている。
ショップ巡りも楽しいが、町に点在する史跡を巡るのもいいものです。

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2017 6/9 『豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵』

東武東上線のマイナーな北池袋駅からすぐ近く、地図の旧癌研通り沿いの赤い◯印のところに宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵がある。上池袋交番のすぐそば。
宝永というと、宝永地震と富士山の宝永大噴火を思いだしますね。
宝永の庚申塔は区の有形文化財に登録されているそうだ。
お茶あがれ地蔵は、結婚に反対されて病を患った女性がこの付近で倒れ、それ以降人々がこの地を通ると、この女性の霊が現れて、「お茶あがれ〜、お茶あがれ〜」と呼びかけるようになったそうで、鎮魂の意を込めて、昭和になってから村の人々によって、このお茶あがれ地蔵を建立したという。
お茶碗を持っているそうだが、隠れていて見えず。
何とももの悲しい物語と地蔵尊だが、女性は浄化したことだろう、たぶん。
そんなことから、心霊スポットなる名を付けられているようだが....かわいそうに。
便利なものに囲まれていない昔は、祈りが治すことだったり、いわゆる勘が鋭い人が多かっただろうから、こういう声が聞こえてしまったり、遭遇してしまったりしたのだろうと、そんな風に思うのだが。

ところで、このお茶あがれ地蔵と宝永の庚申塔があるところは、五叉路になっていて、いわゆる古道で、かつては交通の要衝だったところ。
板橋宿〜滝野川〜池袋村(池袋本町)〜新田堀之内村(上池袋)を結ぶ道で、地図の黄色い線。青い線は暗渠となり消滅した谷端川。
ここでもそうだが、やはり、こんなところに交番がという場所に接する道は古道だったりする。
今でも生活道路として機能していて、人の往来が多い道だ。
かつてはこの庚申塔に人々が集り、そして道標の役割を担っていたのだろう。
お茶あがれ地蔵が面する幅員がわりとある道は、今は移転したが、かつては癌研病院があったことから(たしか....今、スーパーとフィットネス、マンションが建っているあたり)ガン研通りと呼ばれていた。
この道もアップデートを続けていて、お茶あがれ地蔵があるあたりから、幅員が狭くなっているのだが(ここまでは開通しているということ)、今後は黒い二本の線のように道は拡幅されて、池袋本町の住宅街を突き抜け、金井窪あたりで山手通りに接続する予定になっている。

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2017 6/7 『Tommy Guerrero×UT』

ユニクロからトミーゲレロのTが出た。
いろいろと話題になるものを出してきますね。

トミーゲレロってだれ?....
スケーターで今はミュージシャンでいろいろやっている人。
80年代、少年たちの心を鷲掴みにしたスケーターのうちのひとり。
スケートスタイルが軽くて格好良かった。

写真3枚目、ぼくら西台・高島平のスケートチームも、彼をマネして、壁にジャンプランプを置いて、高い高いウォールウォーク(当時はそう呼んでいた)を競いあって楽しんでいた。
写真4枚目、トミーゲレロモデルのデッキ。ぼくらのチームは8人くらいいたけど、皆それぞれかぶらないように、それぞれ違うスケーターのモデルをチョイスしていた。

そんなゲレロさんももう50歳。
今でもサンフランシスコの坂をスケートしている。
そして今のスケートスタイルを見ても、やはり渋い。

旧車(二輪、四輪)が中年男性に流行っていて、楽しんでいるのと同じような感覚で自分はスケートをしているんだけど.....50歳になっても、自分もスケートが出来ているようにしたいなぁと。
半年ほどスケートが出来ていなくて、先日スケートしてみたら、一年半コツコツと練習してきたけど、動きがもう振り出しに戻っちゃってたのには、やれやれと思った。まぁ当然なんだけど。
先輩スケーターに聞いたら、自分のようの人が増えているんだよと言っていた。(80年代、猛烈にスケートしてて、しばらくしておらず、中年になってまた復活したスケーター)
歳を重ねて、体力の低下に気づき、アレレ?と思うようになって、じゃぁよっしゃと、また真剣にやってみるかという感覚になって、実際にスケートをやりはじめたら、当たり前だけど、まぁ身体が動かなくて、当時できていたトリックもできず、悔しくて一年半黙々と練習したら、また当時の動きに近いところまでもってこれたのが楽しくて.....と言った具合。

【過去記事】
■構成要素
■オールドスクール
■オールドスクール #2
■生まれる
■あぶないランプ
■クルーザー
■メイク
■思いでの撤去
■オールドスクール #3
■あぶないランプその2
■中年スケーター
■JT
■スケートボード道
■スケート祓い
■28年前のクルーザー
■レールバー
■やっと乗れてきた、サポートタイツ効果
■IXLオイルとガッツレーを流用
■クルーズにもいいデッキ
■中年スケーターのブルース
■もう一度
■#14
■HILAQUE
■VANS 50 YEARS Kickflip
■MoMA
■OJ2 HOSOI ROCKETS 95A
■AND SKATEBOARDING
■Zorlac Todd Prince 高い??
■梅雨の晴間の真夏日 5週間ぶりに
■UNIqueでスケートボードのレクチャーを
■スケートをする意味
■我ら徳丸ヶ原のスケートチーム
■また出会って、共に生きましょう
■自分のためにスケートを
■オヤジスケーター
■この1年半のスケートボードの練習まとめ
■SEIBU SPORTS SKATEBOARDING TEAM
■家でスケートを MADE IN VENICE
■やすらかに
■スケートボードのホームグラウンド 前谷津川緑道(グリーンベルト<西台・高島平> 一時姿を現す消えた川
■GET RAD
■マドンナエア
■YouTube 作ってから1年半
■久しぶりのお墓参り
■第三回目
■TOKYO SKATEBOARD PICNIC CLUB
■東京オリンピック 新種目スケートボードと日本人のDNA
■池袋スケートパーク 試験運用

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2017 6/5 『星座百景』

昨日は神田にあるライブハウスへ、懇意にしている娘が所属しているアイドルのライブとパフォーマンスを観に行った。
その名も“初代IWGPブロンズ級選手権”というものだ。

この日の為にみっちり練習を積んでファンの皆様を迎え、勝者が決まった。
しかし、チャンピオンになれなかったメンバーも素晴らしいパフォーマンスだった。
皆で切磋琢磨して、一目をおかれるグループになって欲しい。

via星座百景

初代IWGPブロンズ級チャンピオン(yahooニュース)

次回は8/5、後楽園のラクーアでのステージとのこと。
チャンピオンベルトは志し高くあれ!ということで、謎の2人組に奪取されてしまったので、次の目標は200人動員だそうだ。
何はともあれ、いろいろと楽しいこの年齢、楽しくがんばってほしい。
自分が彼女らの年齢の頃は、とにかくア◯なことばかりして、スケートボードと勉学に勤しんでいたなぁ。