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2020 11/25 『深まる秋』

良く憶えているんだけども.....2月2日に恵比寿西(駅でいうと代官山駅と恵比寿駅中間くらい)で、もう20年以上カットしてもらっているUNIqueへ。
新型コロナウイルス感染症がグッと増えはじめた頃で、まだ人ごとのような感じの人々が多かった。自分には病をいくつも抱えている高齢の親がいるので、とてもナーバスになっていた。
「これは社会が大変なことになる」と思って、1月にはあれこれ準備をしていた。
春になり、夏前になり、もうしばらくは外食もカットなども行けなくなる....もし感染してしまったら親の面倒をみるのはほぼ自分しかいないので、行動範囲も狭くなっていった。そういう方々も多かったことでしょうし、今でもそういう人も大勢居ますよね。

8月の終わり頃にはやっと行けるなと思ったら、親に様々な出来事がおこり、さらにロングヘアになっていった。
環境の悪化が少しだけスロウになったので、いざGO。
明治神宮や代官山周辺をジョグしながら、久しぶりに気持ちがいいなと感じて、日頃の大変なことから少し忘れることが出来た。
明治神宮には湧水が豊富なので、見ていると落ちつきます。

頭が床にあるみたいでグロいですが、こんもりとカット。白いものがいくつも混じっているが、表面にはあまり出てないので白髪染めなどはしていない。男性としては綺麗な髪質だともよく言われる。まだ大丈夫なようだが、禿げてきたら頭を丸めると思う。

帰り道は渋谷の宮下パークのスケートパークにも寄って。
上級者向けのようですね。
一階の横町も昼から人気でぐびぐび煽っている人もいたし、昔からの横町からの動線も良いのではないかと思った。
楽しい散策ジョグは11kmで終了。

ところで先日、1週間くらいだっただろうか、アンダーカバーがセールをしていて、なかなか安くなっていた。このTシャツは¥7000くらいなのが、¥2300ほどで買えた。
袖をカットしてランニングシャツの上に着ようかと...ゆるくジョグするときは、ランニングウエアと普段着を合わせるのも結構楽しいんですよね。

秋は汁物もさらにおいしい。
余った豚しゃぶと白菜1/4、ぶなしめじに豆腐と卵まるごとインして。これと白ご飯に納豆がまたおいしいのなんの。
で、具だくさんのトマトスープ(ポトフ)も簡単なのでよく作る。朝食べるのがまたおいしく感じる。

現在、第3波がやってきているとのこと。
ようやく外食も頻繁にするようになってきたところですが。。
時短要請....みな大変です。
早いもので、あと一ヶ月ちょいで今年も終わり。
この先どのような社会にさらに変わってなっていくのでしょうか。

免疫をつけて、密を避けて。
寒さも増してきました。ご自愛ください。

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2020 11/18 『北区上十条にある出桁造り<川端商店>と再開発により撤退した創業110年の<八百市 橋本青果店>』

日光御成街道(岩槻街道)から分かれた道、この道は本郷通りの延長とも言える。
地図の黒丸部分、十条駅の手前にクラシカルな看板と佇まいが目を引く。
川端商店は営業されているのか不明だが雑貨とたばこ取り扱っているようだ。
建物は出桁造りで、二階部分の壁には袖壁というものが取付けられていて、これは隣地の建物へ、火災の延焼を防ぐ目的だろう。
かつてはこのような出桁造りの商店がずらっと街道に並んでいたことだろう。

そして、その先には八百市 橋本青果店がある。
十条駅の再開発と、前面道路の拡幅工事の為にやむなく撤退したと思われる。しかし、素敵な看板、姿だ。
こちらも目を引く看板と平屋で、通るたびに素敵なだなと思っていた。
都内ではこのような歴史のある商店がだいぶ減ってきているので、残念でしかたがない。
その先には ■北区上十条2丁目の出桁造り 酒屋があるがこちらも撤退することになると思われる。

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2020 11/17 『2020年秋 コロナ禍の音無川(石神井川)音無渓谷』

去年の12月に酷く咳き込んで高熱をだして何日も寝込む人が周りに多かった。
診察を受けるもインフルエンザではない....という診断だったり。
医師も、インフルエンザではないけどこのような症状の患者が多いと言ってと。
個人的な見解だが、もうその時期には国内に新型コロナウイルス感染症が入ってきて広がりつつあったのではないだろうかと。
そして、1〜2月には一気に蔓延していった。
その前に、高齢の親にはアルコールの手拭きと99%ウイルスをカットできるマスクを用意していたのが幸いした。

街から人が消え、まだ浅い時間の夜間の町でも、本当に人がいなくなった。
マスクをしていない若い子が何人かで集っていると、少し怖いと感じるようになって、なるべく避けるようになった。
そしてノーマスクの激しい呼吸のランナーとすれ違う時にも息を止めるようになった。

そんな大変な状況下で、いつもは人が多い音無渓谷(王子 石神井川<音無川>)だが、人もまばら。夏は水遊びを楽しむ親子も多かったが、今は第3波襲来という状況ゆえの人出なのだろう。
この時は、紅葉を背にして、橋の上で七五三姿のちびっ子を撮影しているご家族になんだか気が和んだ。

今後も免疫を強くしてディフェンスを。

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2020 11/16 『東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)』

地図の赤丸付近の集合住宅の敷地に陸軍用地の境界石がある。
一見たんなる石柱にしかみえないのは、道路に対して彫刻文字側が背を向けているから。何か理由があるのだろうか。
※スマホのレンズの向きを変えて手をのばして撮影。

この付近には今でも至るところに陸軍の痕跡があるので、たまに出くわすと楽しいんです。

【関連記事】
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋<バラック跡>)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)

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2020 11/13 『王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ちんぼ)』

王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ん棒)

王子神社(地図:復元 江戸情報地図の赤丸部分)には立派な大銀杏がそびえ立っている。
このイチョウの横の道は参道になっていて、音無川(石神井川)から王子神社へ入ることができる。

案内板から引用ーーーーーーーーーー
東京都指定天然記念物
王子神社のイチョウ
所在地 北区王子本町一の一の一二
指定 昭和一四年三月

音無川(石神井川)左岸崖線の肩の部分に一際高くそびえ立つ大イチョウです。
幹囲五・二m、樹幹の先端部は欠損していますが、高さは二四・二mあり、全体的にはほぼ自然樹形を保っています。
王子神社の創初については、飛鳥山公園内にある「飛鳥山碑」(都指定有形文化財・古文書)に書かれています。
それによれば、元亨(げんこう)年間(一三二一〜二四)に豊島氏が勧請したことが始まりとされていますので、その頃にこのイチョウが植えられたとすると、六〇〇年近い樹齢と考えられます。
戦災によって王子神社の社殿や太田道灌が雨宿りをしたという伝説を持つシイの大木など多くのものが失われた中で、このイチョウは生き延び、今も高台から東京の街の移り変わりを静かに見つめています。

平成二三年三月 建設
東京都教育委員会
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大イチョウは表参道の右手にある社務所の奥にそびえているので、見逃す参拝者も多いかもしれない。

ところで、幕臣である勝海舟が境内で剣の練習をしたと、どこかで目にしたことがあるが不明。
しかし、紀州藩出身である徳川吉宗は、この故郷紀州にゆかりが深い地名をとても気に入り、徳川家康が祀られている日光東照宮へ参詣する際に立ち寄ったり、鷹狩りにもしばしは通ったというので、勝海舟もこの地をよく訪れていたことも十分に考えられる。
※豊島氏は熱心に熊野信仰をし、紀州熊野から熊野権現(若一王子神社)を勧請したことで、王子という地名になった。

さて、音無川の王子大堰から分水した上郷用水が王子権現社(王子神社)の下をぐるっと、崖線に沿って北へと流れていき、上郷用水の右岸(地図の青矢印部分)には“此辺茶屋多シ”と書かれている。
この付近の黒丸部分、日光御成道を通すため、上郷用水に三本杉橋が架けられていて、(写真下から2枚目)その先は王子大坂となる。
この三本杉橋付近には飯屋があり、王子神社下には団子屋があったという。
これはその当時、王子大坂や飛鳥大坂を重い荷を大八車などで人力で登るために、飯屋で食事をとったり、団子屋で赤飯や団子を食べて、力をつけてから登ったという。
勾配がきつい坂につきものの商売である、荷揚げや大八車を後ろから押す、おっぺし(押し屋)が居たという。客待ちをしていたので、立ち棒とも呼ばれていた。
今でも違法な立ちんぼという商売がありますね。
※九段坂や湯島切通坂、中山道の難所である板橋志村の清水坂にも、この押し屋という商売が成り立っていた。

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■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■北区岸町 上郷用水(石神井用水)に架かる岩槻街道の三本杉橋下から出土した縄文時代の丸木舟と中里遺跡出土丸木舟

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