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2014 8/28
『鍋焼きの季節に感じる』

昨日からなんだか寒っなところに、たまにやるリビングソファ寝...しかも網戸+掃出し窓全開で。
チリコンカンご飯一膳食べて、晩酌して、身体熱くなってそのままテレビうっすら見て寝ちゃって、冷えきった身体に手足つめたくなって、あまりの寒さに朝目覚めて、微妙な高さのソファの肘掛けでもって首と肩だるくて痛いし。
昨日今日と長袖着ている...そんな今日は温かいたぬきそばを食べてぽっかぽか、汗もかかないし。
臓器は弱いわりには熱もでないし風邪もまったくってほどひかないのはなんでだろうか。大病に注意だなとつくずく思う、注意しないと...
しかし、何日か前まで35℃とかあったのに20℃しかないってどうなってんだろう。。。みなさま、ご自愛ください。

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2014 8/27
『新宿区 赤城元町の崖』

前の急傾斜地の記事でも触れた神楽坂にある崖、急傾斜地崩壊危険区域。
飯田橋方面から神楽坂を上っていくと右手に赤城神社があってそのあたり。
神社の横には低地からつづく急で長い坂があって、赤城坂という。
難所としてもかつてから有名だったようで。
赤城坂を下っていって見上げると、2枚目の写真、厳しい崖だとわかりますね...

広島の土砂災害、広島県広島市安佐南区八木3丁目、昔は八木蛇落地悪谷という地名だったという。via
宅地開発や町の合併などによって、先人が教えてくれていた記録である町の名前が変わっていって、その土地がもっている危険性も消えてしまう。
県営住宅は土砂の流れの道を避けて建てられているように思うが...市町村は土地の質を把握しているのでそうしたのだろうか。via

人は30年ほどで、過去の危険を忘れてしまうという。
50年に一度の....などの言葉をよく聞くが、もうこのようなことはあたり前のことになりつつあるのだろう。
防災意識の高まりと共に、土地が記憶している歴史も知ることが大切ですね。
今では昔の地図もネットでみることが出来るので、自分の住まいや家族の住まいを調べてみるのも。
今昔マップ on the web
goo 古地図
Googleマップ 写真 1970s
昭和の地図

そして、体力も。
忌野清志郎 「いざというときに自分の子どもを助けられる体力を持たねば」via

ここをクリックすると下に【過去記事1<河川・湧水・池・滝・堀・上水・暗渠・橋・宿場・史跡遺跡(貝塚 古墳 塚 庚申塔 道標)・文化財・古道・坂など>】のリストが展開します。
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2014 8/26
『霜降銀座 古石神井川と谷田川 田端八幡神社 谷田川に架かっていた石橋』

駒込駅の近くに霜降銀座という商店街があります。
たびたびテレビにも出るので知っている人も多いでしょうか。

この商店街は、今は消滅した谷田川(谷戸川とも言う。台東区に入ると藍染川とよばれた)という川の両岸に商店が集り作られました。
谷田川(やたがわ)は巣鴨の市場近く、染井霊園にかつてあった大きな長池を源泉として、不忍池へと注いでいました。
ずっと昔の石神井川は今の流れとは違って、この霜降銀座を流れていました。
ある時に河川争奪という現象が起こり、石神井川は王子飛鳥山で武蔵野台地を崩して、飛鳥山の下の低地へと流れを変えました。
しかし、染井霊園にある長池やその他の湧水が豊富だったために、石神井川の流れが変わっても川が残り(川が切り離された)、それが谷田川となりました。
谷田川はたびたび氾濫を起こし、湧水の減少や時代の流れとともに昭和初期に暗渠化されて消滅しました。
田端八幡神社の参道に谷田川の橋が記念に残されています。

もしも一級河川である石神井川が王子で流れを変えずに上野(不忍池)へと流れていたら、今もこの商店街付近を流れて、王子〜滝野川〜駒込〜谷中の街や上野の街は今とは全く違っていたことでしょう。

霜降銀座には古石神井川が流れていたとはぜんぜん想像できませんね。
...ってそんなことを思ってよく通ります。

ここをクリックすると下に【過去記事1<河川・湧水・池・滝・堀・上水・暗渠・橋・宿場・史跡遺跡(貝塚 古墳 塚 庚申塔 道標)・文化財・古道・坂など>】のリストが展開します。
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2014 8/25
『ありがとう』

よく行く町にある名店の鮮魚店の中トロ上で中トロ丼を。
写真の一人前わずか¥300というのにすごく美味しい。
中落ちもたっぷり入って300gくらいで¥500という安さでこれまたおいしい。
万札をにぎったお客さまも多くて、ごっそり買って行くのもわかります。

日中は全身からかなり塩を出していたので、しょうゆはちょっと多めに。
そしてわさびも多めに、キューんと。
なんだか秋っぽくなってきて、夜風にあたりながら、サワー呑んで丼食べて、なんでもない日常の夜....でも、すごく幸せを感じます。

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2014 8/22
『大勝軒』

好きなラーメン屋は大勝軒と千石自慢ラーメン、これはもうずっと変わらない。
ア◯のように食べてた赤坂ラーメンとホープ軒もたまに食べたくなるけど。
どこのラーメン屋さんのを食べてもほぼ美味しいと感じるし、まずいとは思ったことは記憶にないかな...
最近、どこのラーメン屋のもしょっぱく感じるのであまり食べてないけど...
セブンイレブンのつけ麺もなかなかおいしいけど、大勝軒のつけ麺を見つけたので早速....ふつうにおいしかったかな。。お店で食べるふつうのラーメンが一番。
つけ汁は説明書きどおりだとかなりしょっぱく感じるので、倍くらいに薄めてちょうどよし。
学生の頃は、あっさりもしているようなギトギト背脂の千石自慢ラーメンのつゆまでしっかり飲んでちょうどよしだったけど、いま考えると信じられないな。。
歳を重ねるとしょっぱく感じてくるのはなんでだろう、ふと思ったけど。

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2014 8/20
『急傾斜地』

今朝、広島で大きな土砂崩れが発生した。
水を含んで飽和状態になった山が崩れてしまう。
山や崖を後ろに背負っている土地や、盛った土地、山を拓いた土地に建物を建てる時にはあたり前だけど十分な調査や注意を払って。

都内には崖が数多く存在する。
危険ではないのもあるし、最も危険な崖もある。
急傾斜は30度以上の傾斜。
特に板橋区と北区は武蔵野台地の際にあるので崖が多い。
その中でも、急傾斜地崩壊危険区域と急傾斜地崩壊危険箇所があり、前者の区域はレッドカードを渡されたようなもので、十分に注意が必要で、後者の箇所はイエローカードのような崖。

一番上の標高がわかる地図、板橋区と北区にわたって長くつづく武蔵野台地の崖で、すぱっと切ったように真っ直ぐにそびえている。

2−3枚目の写真、赤丸で囲った部分で、小豆沢(あずさわ)という地域。
背後に大きな険しい武蔵野台地の崖を背負っている住宅がある。
高低差は10−15mはあると思われるが、みごとな崖です。
低地から台地の上に上るにはそれは大変で、長い階段が続いている。
この小豆沢という地名はガケがなまった言葉からつけられたともいわれ、かつてこの地域で小豆を載せた舟が往来して、荷揚げなどを行っていたからだとも言われている。
建物が建っていたりして見えない崖も多いが、このように露出していると自然のすごさを感じることができる。

5−7枚目、
都内にもレッドカードの崖が7つ存在しているという。
そのうちの5つがなんと北区に集中していて、特に赤羽西のこの地域は大きな山のような形状になっていて、あぶない崖を持っている。
実際に通ったことがあるが、高低差があってあちこちに坂と崖があるので住まわれている高齢者は赤羽の低地にあるストアに行くには大変だろうと思った。
あとは新宿区の神楽坂の方にあるが、この地域も通ったことがあって坂が大変だった。
町をあちこちランニングしているから、通ったことがあるんですけどね。

縄文開進(縄文時代は温暖で今よりも海水面が約3−5m高くて、内陸部まで海が入り込んでいた)で海や湧きだした水が台地をけずり、崖や坂、高低差作った。
地震などによって起伏もできる。
ふだん何気なく通っているトコロにもさまざまな出来事があってソコが成り立っている。
阪神淡路から東日本の震災でも意識がかわったように、値段や周囲の環境も大切だけれども、一戸建てでもマンションでも、そこの土地の歴史をよく知ってから選ぶことが大切ですね。
自治体が配布しているハザードマップも参考に、洪水危険箇所は消滅した川跡をなぞっていて、その姿をあらわしたりします。

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2014 8/18
『植物性タンパク質』

子供の頃から鍋焼きうどんとたぬきうどんに目がなかったけど、それはずっと続くもの。
一年にいったい何杯のたぬきうどんを食べているのか、ふと気になった。多い時は週に3回は...
関西と関東のたぬきときつねは違うのは有名な話、どこで化けたのでしょうか。

北区赤羽にある名店“まるます家”のたぬき豆腐をまねて作ってみました。
写真のとおり、簡単すぎるほど簡単。
カニかまときゅうりはないけど、冷え冷えでいい前菜的な、つまみになります。
あげ玉は総菜屋さんや天ぷら屋さんのおいしいのをいつも買っているので、よりうまい....豆腐半丁だけど一丁でもいいかも。

豆腐や納豆はよく食べろと聞いたことがあるので、ほぼ毎日食べている。
納豆ご飯とたぬきうどんの組み合せもいいものです。
お土産で戴いたそぼろ納豆、これもおいしい。食べごたえがあるからご飯にどっさりのっけるとお腹いっぱいになる。
そぼろ納豆をぶっかけた冷やしうどんもいいかもですね。
結局、というか、グルテンと揚げ物好きなだけだけど。

手の込んだのとかは全く作れないけど、一通りだいたい一般的な料理はできるようになったと思う。
手が痛くてご飯が作れない日々もある実母。
母のためにせっせと飯作って持って行って、「今食べていますよ、ほんとおいしいね」とメールが入った時、後日会った時にうれしそうな顔をして「おいしかった」と言ってくれると、感謝と同時に、愛情という想念が入ったメシは薬にもなるとつくずく思う。
結婚するまで卵のパックすら開けたことがなかったくらいだけど、ちっと料理が出来るようになるとこれは何かと様々助けてもくれますね、ラクになりました。
出会った料理人の方々や飲食店を経営するお客さまや友から学んだ“食”、とてもムツカシくてそして楽しいものです。

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2014 8/15
『69回目の終戦記念日、お盆』

毎朝、先祖と荒神様に一番水を供え、手を合わせている。
いなかのお墓は遠い地にあって行きたくともあまりお墓参りに行くことが出来ないから、毎日想って手を合わせている。
一年に一回思いだしてお墓参りに行く人もいるし、ぜんぜん行かない人もいるし、もうしょっちゅう行かれる人もいるけど、“気持ち”や“想い”がない人もいるだろうし...自分のようなのもいる。
要は“感謝の気持ち”、人それぞれですよね。

敗戦後、祖父祖母と赤ん坊だった母は満州国から引き上げて帰ってきた。
かつて、大変だったとよく話を聞いた。
自分が子供の頃は傷痍軍人を町で見かけることも多々あった。
中にはそうではない人もいたことだろう。

フジテレビ ザ・ノンフィクション “黒島を忘れない 2014”が先日放送された。
小林監督が隣のデスクで、夜遅くまで動画の編集をしていたのを、今でもついこの間のことのように思いだされます。
かつて零戦に乗っていた、高齢でも現役のカメラマンともお仕事をさせていただいたことがある。
監督やカメラマンとの出会いで、様々考える機会を頂けました。

....日本のリーダーらはどこに向っていこうとしているのだろうか。

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2014 8/13
『鉄くず』

首都高5号線の急カーブで有名な山手通りと川越街道の交差点、熊野町のドンキホーテ裏あたりに鎮座していた“赤い電車”...うぉっ!と脚を止める。
そうか、鉄道の学校があるからだね、と。

子供の頃の丸ノ内線といったらコレ。
6両編成だったと思うけど、一両々6つ全てがが先頭車両だったような気が...金太郎アメな感じだったような。。。
チビの頃、池袋の地下構内で聞いた発車音のプゥワァ〜ンというブザー音と、この車両独特の香りは非日常のハレの場所である後楽園へと連れて行ってくれる、頼もしい赤い電車だった。
堂々とゆっくりと小日向台と本郷台を地下から地上へと姿をあらわし、なんだか地下鉄じゃないなとよく思ったものです。
しょっちゅう消えて真っ暗になる車内灯にも、これはえらい電車に乗っちゃったもんだと思ったもので。

東上線&埼京線の線路の向こう側は上池袋。
古道から横道に入った公園の脇にトライアルバイクGASGASが放置されていた。
もったいないなと思うけど、メンテナンスが大変な車両だったのだろうと思う。
技量さえあればどこでも進んで行ける頼もしく、ムダがないきれいな車両だから、トライアルバイクは一番好きな二輪です。

....池袋本町の赤い車両も、上池袋の車両もどちらも動かない鉄くずだけど、好きな車両。

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2014 8/12
『神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸』

場所は水道橋、外堀通りと白山通りの交差点すぐのところ。
かつてこの辺りは市兵衛河岸と言われていたという。
舟で人や物資を運んで、ここら辺で荷揚げ荷下ろしなどをしていたのだろう。
江戸時代は運河があちこちに作られて、物流を担っていた。

その市兵衛河岸、現在でも防災船着場として利用されているとのことで、階段が作られている。
谷端川(小石川)が注いでいたここは、今ではすっかり注ぎ口が蓋をされていて、違う方へと流されているという。
一番下の写真がかつて注いでいた口。
案内板にはそのことにはふれていてもいいような感じもするけども。

谷端川とは、豊島区に要町付近にある粟島神社境内の弁天池が水源の川。
南下した流れは豊島区の椎名町で一転して北に向きを変えて、板橋区、豊島区、文京区に渡って、水戸徳川家の屋敷(現 東京ドーム、後楽園)にも流れ、この神田川へと合流していました。
暗渠となり消滅した川だけど、豊島区や板橋区では現在でも橋と欄干が残っていて、その面影をまだとどめています。

ちょっと遠回りでも川沿いや元川沿いを通っていくと、比較的勾配が緩やかなことも多いので、自転車だと便利です。

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2014 8/8
『加賀藩前田家の駕篭』

かご...加賀藩前田家の駕篭、江戸時代後期のものだそうだ。
写真ではスケール感が伝わらないけど、すごくちっちゃいです...見た時、「ちっちゃっ!」とつぶやいたし。
170cmの男が入ったらギッチギチだろうなって空間です。
閉所、圧迫系の恐怖症の人はムリです、引戸締められたらゲ◯吐くと思う、たぶん...って、貴重な資料ですね。
あれかな、徳川に嫁いだ藩の姫らも乗ったのかな??

お寺さんやあちこちに貴重な昔の資料がたくさん保管されていたけど、太平洋戦争の空襲で焼かれて失われたそうだ。
歴史を調べていて、方々で「空襲で失った..」という言葉を読むと、実に残念だと思う。商店街で有名だけど谷中に行くと、空襲でも焼けずに残った地域だから歴史のおもしろさもよく分ります。

ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 庚申塔 馬頭観音 地蔵尊 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・古道・坂・廃線跡・出桁造り・四方山話など>】のリストが展開します。
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2014 8/7
『サバイバル』

日本史の謎は「地形」で解ける、3部作。

それほど本屋に行かないから知らなかったけど、
移動ジョグの時に目的地に本屋があったので身体を冷やすために入店。
いい位置にあったのですごく売れているんですね、これ。
アマゾンのなか見!でちょい読んだけどおもしろい。
この数年で気になって仕方がなくて、地形と歴史を気になる地域と歴史から片っ端から調べてきたけど、まさにこの本の内容のように紐解いてみておもしろくて。
中心の京都や名古屋から遠く離れたド田舎の江戸を拓いたのか...
川をいじりまくったり...

地形でいろんなことが分る。
まさにそのとおりではないかと。

図書館にもあるようなので予約しよう、ネット予約クリッククリック。
読みたいのが結構図書館にあるので、手元に置いておきたい本以外、あまり買わないのはそんな理由。
んで、新刊も近い人からよくまわって来てくれるのも嬉しいかぎり。
小説の本を友と貸し借りはほんとよくするけど、地理に関する本の貸し借りはそういう友が皆無なのでざんねん。

あ、明智さんの子孫という著 明智憲三郎「本能寺の変 431年目の真実」も気になるので読もう。

いつの時代もサバイバル。
...大河、秀吉が嫌な感じに変わってきつつある。

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2014 8/4
『花火大会』

おいしい大きなトマトがどっさり手に入ったので、実母へ届けに。
トマトが赤くなると医者が青くなるというくらいに、まぁ薬的に食べればいいじゃない、たくさん食べてねと。
介護的ランニングバッグにトマト入れて、クラッシュしちゃわないようにゆっくり走って歩いて、3km。
商店街でみかけた寿司屋、安くなってたのでおもわず購入。
で、どこで食べるか......まぁ公園のベンチしかないな。
冷えた寿司で身体も冷える。
上物じゃないけど、十分おいしい。
分厚いステーキよりも寿司がいい。
走っている途中で腹ごしらえ...少しの食べ物がすごくおいしい。
この3kmは電車だととてもアクセスしにくくて、結局1km歩くし、バスだとぐるっと大回りで乗り換え2回、かなり時間がかかる。
なら、じゃぁ走っちゃえとなる。走れば15-20分だし。

で、その脚でそこから次の場所へは8km、これまた電車だとアクセスが悪くて...あっちまでいってまた戻ってさらに乗り換えて...約40分、相当めんどうで。
バスだと乗り換え2回に、大回りでトータルで40-50分くらいかかる。
なら、走っちゃえとなる。走れば45分だし。
平坦な道をえらんで、日影を通って50分くらい。
でも、暑くとも気持ちがいいもんです。
電車嫌いだから?こんなとこにもあらわれるのか...
ま、電車が通ってて便利なら走らないけど。

シャワーして宴会、そしていたばし花火大会をみて、また宴会。
話ばかりしててほぼ花火をみていないけど...
今年で三十度目の花火、きれいでした。