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2024 3/14 『歌川広重 [江戸高名会亭尽(えどこうめいかいていづくし) 雑司ケ谷之図 茗荷屋] 豊島区雑司が谷 鬼子母神参道 欅並木<雑司ケ谷之図 茗荷屋 考>』

雑司が谷鬼子母神の参道に『江戸高名会亭尽 茗荷屋 考』が掲示されていた。
昭和15年天然記念物指定前の欅並木の配置図も記録されている。
※拡大写真はこちら
鬼子母神の境内には最古の駄菓子屋と言われている上川口屋が今も営業されている。

wikiより引用ーーーーーーーーー
江戸では明暦の大火以後、大衆食堂のような料理屋が浅草や両国付近に登場し、さらに宝暦年間には手の込んだ料理を提供し座敷や庭のある高級料理茶屋が現れた。
料理茶屋は参拝客や行楽客を見込んで名所の周辺に建てられ、書画会や句会なども開かれていた。地方の人間にとってこうした料理茶屋は一種の江戸名所となっており、これを題材とした見立番付や絵双六、そして錦絵が複数登場した。
歌川国貞『当時高名会席尽』、渓斎英泉『当世会席尽』、三代豊国・広重合作『東都高名会席尽』、そして明治に入ってからも豊原国周『東京三十六会席』『開化三十六会席』などがあるが、なかでも有名なのが藤岡屋彦太郎を版元とする歌川広重の『江戸高名会亭尽』である。
料理屋の座敷の様子だけでなく、建物の外観や庭園などが様々な季節の風景とともに表され、風景画の名手としての広重ならではの描写となっている。各図の扇形のなかには、それぞれの料理屋にちなんだ狂句が記されて興趣を添えている。題材には書画会や句会を行う人々の姿が複数登場しており、当時の料理屋が文人たちの交流の場としても活用されていたことをよく伝えている。取り上げた料理茶屋は八百善、平清といった高級どころから、白山の万金や浅草雷門前の亀屋のような即席料理を供する店までバランスよく含まれている。
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下から3枚目の写真は奥が参道入口で、茗荷屋は中ほどの右手にあった。
下から4枚目が境内にある東京都指定天然記念物の大公孫樹。
その上が上川口屋さんで、夏はラムネも売られている。鬼子母神に限らず、境内の一部を借りて商売を営まれているのをたまに見かける。アートイベントウィークだったか忘れたが、その時季がくると手仕事のアートクラフト屋が境内に立ち並ぶことでも有名。画家のアトリエが立ち並ぶ谷端川流域の池袋モンパルナスからマンガ家達がたくさん住んだ東長崎のトキワ荘から女子がたくさん集まるアニメイトにコスプレイヤーなどの流れで豊島区は力を入れているのだろう。

個人的に思うことだが、雑司が谷に住む、住んでいた多くの同級生はどことなく、板橋(自分は元は大山町の人間)の人々とも似ているところがあると、気が合って仲良くなるとよく思っていたのだが、地域史を調べていると古道 高田雑司ヶ谷道(途中で小石川春日方面へ分岐する道も続く)が板橋宿と雑司が谷高田地域をむすんでいて、かつては板橋宿へと遊びにくる人の往来も多かったという。その名残りもあるようなないような気が....雑司が谷の友らとは35年経った今でも仲良く変わらずに遊び続けている。それとも限らず、育った生活環境が似ているというのもあるのだろうか。また、小石川春日方面の文京地区の友らとも同じようにとても仲が良い。

参考 <想像に及ばない 〜『鬼子母神』参道門前茶屋の繁盛ぶり!

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■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
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■雑司が谷 大鳥神社 <江戸・東京の農業 雑司ヶ谷ナス[山茄子]>と<旧中山道はタネ屋(種屋・種子屋 種苗)街道>
■TOKYO MX<江戸東京野菜の雑司ヶ谷ナスと雑司が谷の関係は?> 江戸東京野菜と種屋
■文京区目白台2 清土村 暗渠となった弦巻川にある自噴井戸
■清土鬼子母神堂 出現した鬼子母神像を洗い浄めたという三角形の井戸<星の清水(星の井)>
■池袋の川 弦巻川
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■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養 池袋村 高田道<四ツ辻付近の追はぎや辻斬> 【2023年3月10日 加筆:<「何か◯◯したのですか?」と、奇妙なことを尋ねる日傘の女性>】
■中山道と川越街道起点の平尾追分 高田道と川越街道の四ツ又
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■板橋区板橋2丁目高田道沿い 子易神社<胸突地蔵 別名身代わり地蔵> <狐山>と<高稲荷山>に住む狐と金井窪のきつね色の水
■板橋区板橋2丁目・大山金井町 高田道 金井窪の峠(高稲荷山の切通し)■谷端川 高田道沿い<子易神社境内 田楽橋の橋桁(板橋区板橋2丁目)>
■昭和29年の雑司が谷隧道(東京都豊島区西池袋一丁目 現 ウイ・ロード) 古道<高田・雑司ヶ谷道>
■池袋一丁目(旧 西巣鴨町池袋) 平和通り商店街<古道 高田・雑司谷道>沿いにある池袋の森(島田牧場跡地) ユリノキとトンボ池(湧水)/谷端川 島田牧場支流・島田屋敷支流

■江戸高名会亭尽(えどこうめいかいていづくし) <王子 扇屋「狂句合 扇屋へ馴染になつた三の午」> 歌川広重

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 石仏 社寺 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・旧道/古道・坂道・廃線跡・都市計画・出桁造り・ルポなど>】のリストが展開します。
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2024 3/11 『7〜8年ぶりのかつての日常』

この一年ちょいで身の回りが落ち着き、かつての日常のペースに戻りつつあるので、また走れているし、少しずつ寝られるようになってきている。
加齢につき眠りが短くなっているのもあるだろうけども、独居生活での「助けて」という緊急TEL、医療・介護関係各所機関からの連絡や緊急連絡、面談々々などの連絡が無いということが眠りへと誘うということなのだろうか。十何年と自分が救急隊員のような役割で日々の生活を過ごしてきていたから.....そうかな、たぶんそうだと思う。
何がどうとどうあれ、難があることがありがたく、とても幸せなことなのだと思う。自分が今いるということは親がいる(いた)ということだから、どの人も、様々なことがある介護を経験するべきではないかと思う。人を想う、思いやることの大切さを改めて深く感じるし、それを他者へと返していけると思う。自分勝手な人が少なくなるのではないかとも思う。
団塊ジュニア世代、このマスがごっそりと高齢者になるこれからの時代は今よりも大変な状況になるのだろうし。

さて、加齢に伴い免疫力の低下かそれともランニング効果による影響かはわからないが、花粉症の症状は20〜から30歳台の時よりも今はだいぶ軽くなった。薬も飲まないし。日常のくしゃみの回数よりも多めで鼻水も多めだけど、辛いことはない。年齢を重ねると免疫力も低下するから花粉症の症状も軽くなるんだとか。高齢者で鼻水涙ぐずぐずにくしゃみも酷い方はあまり見かけないですよね。医師がそういうことだと言っていたのを聞いた。
寒さも強風も一段落して、これから暖かい日が増えてくる。そして今月末には花見か....花見ジョグもとても良いものです。

 

・・・13年前、大きく揺れた直後に母を助けにダッシュで階段を駆け下り、バイクに飛び乗って向かったことも鮮明に憶えている。

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■王子七滝 松橋弁財天洞窟跡 桜並木 音無もみじ緑地の小さな滝
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■「お腹いっぱいにしてあげる」 ボリュームがこだわりの名店の唐揚げ弁当

■走る理由 「母の分まで、母のために」 ランニングバッグは介護用に
■母を訪ねて1里28町 大分県豊後高田市呉崎から<すいか>の贈り物
■文房具マニアではないが文房具が好き <高齢の親の為の介護日記手帳>
■幸せな園でのボクの楽しいお絵描き ありとあらゆるモノを残しておいてくれた母 「お母さん、ありがとうね」
■履き潰したランニングシューズの処分 <介護を担う靴になったランニングシューズ>
■盆踊りや花火大会 3〜4年ぶりに開催 <積年の様々な荷がおりた日々>

■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■3月10日東京大空襲 湘南二宮町のガラスのうさぎ像 3月11日東日本大震災
■東日本大震災から11年 当時のこと今のこと

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2024 3/8 『バブル期のチューンドカー・チューンナップカー<ケーニッヒ KOENIG SPECIALS>』

池袋本町の住宅街に長年放置されていると思われるスーパーカーがある。
車好きやバブル期世代の方々には懐かしいのではないだろうか。
ケーニッヒがカスタムしたサイドのエアインテーク?エアダクト?というのだろうか、それと極太タイヤが特徴的なポルシェ928。これもFUJIMIのプラモデルを作った記憶がある。あと911とテスタロッサも。
そして、お隣のはカバーがかかっているから車種は不明だけど、ロータスエスプリ?かな?

これらは直して乗るのだろうか。だとしたら大変そうですね。

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2024 3/5 『池袋二丁目(池袋二・池袋三業地<百軒店>) 御嶽神社前 谷端川 境井田支流(御嶽支流) 上流』

池袋の劇場通り(旧 あけぼの通り)から少し西へ入った所に暗渠がある。この付近はかつて池袋三業地としてとても賑わったところで、川越街道と接続させるために、池袋三業地・百軒店は消滅したが、町内会名や通りの名にその存在を知ることが出来る。
この川は正式な名はないように思われるので、境井田という名をつけて紹介している方が多い。
古地図などからも分かるように、ごく短い川で、すぐ近くのみたけ通りや池袋三業通りとほぼ平行して流れ、谷端川に合流するあたりには御嶽神社からとった御嶽橋がかつて架かっていた。川幅は人ひとりが通れるくらい狭い。 合流地点には古道 長崎道が通り、中丸村・長崎村・池袋村に接するその辻を大辻と呼んだ。
かつてこの付近にいくつかあった牧場の経営者にとっても貴重な湧水だったのではないだろうか。

【関連記事】
■池袋一丁目(旧 西巣鴨町池袋) 平和通り商店街<古道 高田・雑司谷道>沿いにある池袋の森(島田牧場跡地) ユリノキとトンボ池(湧水)/谷端川 島田牧場支流・島田屋敷支流

■豊島区南大塚一丁目<東福寺 疫牛供養塔> 巣鴨の牧場(豊島区の牧場)
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養 池袋村 高田道<四ツ辻付近の追はぎや辻斬> 【2023年3月10日 加筆:<「何か◯◯したのですか?」と、奇妙なことを尋ねる日傘の女性>】
■昭和29年の雑司が谷隧道(東京都豊島区西池袋一丁目 現 ウイ・ロード) 古道<高田・雑司ヶ谷道>
■古道<長崎道> 豊島区 えびす通り<庚申通り商店会>“高松一丁目〜板橋区南町 出桁造りと南町の庚申塔(大辻の庚申塔)”

■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■<昭和二十年 東京地図> <続・昭和二十年 東京地図 周縁のこと> ー終戦後40年前の東京 そして今から40年前の東京ー 王子スラム(王子バラック)や池袋二丁目 三業町<百軒店>(三業地)など

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ここをクリックすると下に【過去記事1<河川・湧水・池・滝・堀・上水・暗渠・橋・宿場・史跡遺跡(貝塚 古墳 塚 庚申塔 道標)・文化財・古道・坂など>】のリストが展開します。
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2024 3/1 『1991年 Daytona 創刊号 当時の雑誌と車の値段 安く買えたもの』

今から33年前の夏前に出版された所ジョージさん監修の車雑誌。
時はバブル経済崩壊直後だったと思う。しかし、紙面はまだ人も車も賑やかで楽しそうな光景ばかりで、車類もとても豊富でしかも今と比べてみてもたぶん安い値段で売買されているように見受けられる、今となっては車産業の貴重な遺産とも言えるようなモデルもあるのではないかと思う。
学校の帰路だったか、楽しみに書店へ向かい隅から隅まで楽しく読んだと記憶している。この当時のTV、車やダンス(ヒップホップ、ブレイキン)の番組もとても楽しかった。夜更け、晩酌している時に観るYoutubeのその当時のコーラのCM<I feel Coke>もとても懐かしいし、皆元気でとても気持ちが良い。その当時のことも鮮明に思い出すことができる。そう考えると、コロナで不自由な学生生活を送った若い子が、しょうがないけどかわいそうだとよく思う。

さて、所さんのこのトラック好きだった。他にも色々あるけど、特に印象的なカスタムカー。
そして、この家業手伝いのコルベット乗りの綺麗な女性も今でもよく憶えている。

しかし、この当時の雑誌は今と比べても安いですね。時代もあるけど、流通量、コストの違いもあるのでしょうね。小説の単行本の値段も上がっていますしね。
値上がりのことを言ってもしょうがないけど、変わらずに使っている香水やデオドラント製品も約2倍...服やバッグなどのアパレル製品も5−6年前や数年前に買ったものも倍近く...というのが多いけど、運動ウエアなどはセールでかなり安く買える物もたくさんあって買えているのでトントンなんでしょう。

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■「お腹いっぱいにしてあげる」 ボリュームがこだわりの名店の唐揚げ弁当

■池袋駅 東口五叉路(グリーン大通り)<キリン堂薬局>

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