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2021 3/18 『谷端川流域 大塚 折戸通り入口付近の湧き水と洗い場 石材店のきれいな泉(湧き水)』

地図の青い線が暗渠となって消滅した谷端川跡。

豊島区郷土資料館紀要
<豊島区の湧き水をたずねて>から引用ーーーーー
谷端川流域には各所に清水が湧いていた。
北大塚2ー28に湧き水があり、王電(現・都電荒川線)との間に洗い場があった。
また巣鴨新田停留所近くにも洗い場があった。
折戸通り(旧王子道)入口の石材店にはきれいな泉が湧き出て、通行人の喉を潤したという。
なお、北大塚2−14付近の川沿いに石造不動明王立像(滝不動)が祀られ、地元の信仰を集めていた(像は戦災に遭い、昭和30年頃再建)。
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掲載した写真に青丸を付けたのが折戸通り入口にあった石材店のきれいな泉跡で、青い四角で囲った写真が湧き水と洗い場跡。
どちらも全く痕跡は無いが、青丸部分の北大塚2ー28の湧き水と洗い場跡には、面白いことに人が集う飲み屋(飲食店)が集っている。
かつては湧き出す水に人々が集り談笑もしたことだろうし、時を経て今はアルコールと美味しい食べ物に人々が集り談笑をしている。
歴史は続いているということでしょうね。

全然関係がないが、30年前、この近くに喜楽という中華屋があって、(今もあるのかな?)メニューの貼り紙がフアンタやコカコラーという、クラシックな表記で楽しかったのを憶えている。自分が通っていた文京高校、生徒には馴染みの街中華屋だった。
自分の母も、ポッカリスエットやデエイズニーランドなど、言いにくい固有名詞に四苦八苦していたな、そんなことも思い出した。
近年、巣鴨へ移転したファイト餃子や庚申塚駅横の弁当のつるやも生徒お馴染みの名店で、現在も地域の人々から愛されている。

その都立文京高等学校は、養育院分院跡地だった。
40年前、板橋区の大山にあった施設で育った自分、母の親友は大山にあった養育院で働いていて、大山の住人にとっては渋沢栄一が尽力した養育院は地域にとってはなくてはならない施設だった。様々な理由で病院という姿に変えたが、渋沢栄一の像は今も力強く大山に残っている。
こういう流れ、歴史もご縁なのでしょうか、ふとそう思うのです。

【関連記事】
■谷端川 大塚にある瀧不動

■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群

■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り

■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡 三代目理事長 渋沢栄一

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2021 3/16 『水窪川が削った深い谷と階段 旧大塚坂下町(大塚五丁目)』

地図の青い線が暗渠となって消滅した水窪川跡。
東急ハンズ近くにある、闇市からの名残である美久仁小路という飲屋街にかつて水源があったという。
地図の水窪川の真ん中あたりから下流にかけてを掲載した。
一番下の写真は地図の<坂下通り入口>という交差点の少し上の階段で、深い谷になっていることが分かるだろう。
都電荒川線を水窪川が越えるあたりから上流にかけては僅かに土地が窪んでいることがわかるくらいで、大塚六丁目交差点あたりから深い谷になっていく。
上から5枚目の写真は大谷石を積んだ護岸の上に住宅が建っていて、小さな階段が良い雰囲気。かつてはこの階段で水窪川に下りて行っていたのだろう。

※上流域にかつてあった巣鴨プリズン、造幣局跡に出来たイケ・サンパーク(IKE・SUNPARK)に、水窪川に排水を流していた巣鴨プリズンの排水口の遺構が移設・保存されているという。要石を抱えていて小さいけど立派な姿なんですよね。
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【関連記事】
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池 <弦巻川の水源である丸池跡の元池袋公園の思い出>
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線) 
■水窪川の擁壁 小日向台の崖線から滲み出す水 八幡坂 江戸切絵図

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2021 3/12 『東海道本線 特急型185系普通列車と仕事の思い出』

国鉄時代の最後?の車両として人気があるという185系が、定期運転から外れるというニュースを去年から頻繁に目にするようになった。

12年くらい前、東海道線はよく使っていて、特急踊り子号と言ったらこの車両(他の運用もあるだろうが知りません)が爆音で通過するのをよく観ていた。その当時、戸塚駅で乗り換えで待っていると普通運用でこの車両がやってきて少し嬉しかったのを憶えている....国鉄やJRの特急にはあまり乗ったことがなかったから。通学の学生が通路やデッキで混んでいたのが印象的だった。東海道本線の朝の通勤通学で利用する方々には、この普通運転は珍しいことではないようだが。
自分が子供の頃は、この185系車両といえば新幹線リレー号という認識で、なんとも独特なデザインの奇妙な車両だという印象だった。その当時、東北新幹線は大宮までしか開通しておらず、この車両に乗って都内から大宮駅まで行くという運用で、埼京線の浮間舟渡駅なども絶賛工事中で、新しい時代(インフラ開通)を生きているんだなと、高架沿いを遊んで通っていた。
そしてその頃、つくば万博も開催されて、土浦に住んでいる親戚の家によく遊びに行っていて、多種多様な車両が都内と筑波をせっせとリレーしていたのも憶えている。

この185系車内の写真は、朝都内から湘南の二宮へ現場調査に行く時にたまたま乗った時に撮ったもので、写真には写っていないが、隣りに座って共に仕事をしていた友は2019年8月に急逝した。
初めて乗った(と思う)国鉄型特急車両185系は、友との仕事の楽しい思い出が詰まっていて、なんだか嬉しさと少し寂しい気持ちがこみ上げてくる。
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【関連記事】
■3月10日東京大空襲 湘南二宮町のガラスのうさぎ像 3月11日東日本大震災

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