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2018 3/29 『電話番号の表札 ◯◯方・◯◯◯◯◯呼出 ◯◯ 電報』

町を歩いていると、たまに見かけるずいぶんと昔の電話番号の表札。
家庭に電話がまだぜんぜん普及していなかった時代のものだろう。
ご近所さんにもこの番号で繋げていたのだろうか。

時代は変わるが、自分が小学校低中学年の頃は、今みたいに一家に一台電話があるという時代ではない...というか、そういう地域だったのだろうか、学級の連絡網には“◯◯方(呼び出し...だったかな?)・・・・”という家庭の子が何人もいた。
自分が小学校にあがる頃に、ちょうど電話が我が家にやってきたように思うが、定かではない 。
小学校に上がる前は、施設に住んでいたので、その頃は“◯◯◯◯◯呼出 ◯◯”だっただろう。
自分が二十歳になった年の成人式の当日朝に、その施設で大変お世話になった先生から、お祝いの電報が届き、母と共にぽろぽろと泣いた。先生、憶えていてくれたんだと....心から嬉しかったのを憶えている。
先生は今生きているか分らないが、生きていてもお亡くなりになっていても、毎朝必ず先生と家族の健康と幸せを祈っている。

話がずれたが・・・
そして、クラスには大家族のために、毎日銭湯にも行けずに、身体が臭う子も何人もいた。
毎日汗だくで、どろんこになるまで汚れて、それで何日も風呂に入れないのだから仕方がないはずで。
逆に、裕福な家庭の子も何人もいたけども。
様々な家庭の子と遊び学び、その子らのたくさんの親にも接して、差別をしない心の機微に触れて安堵したり、見下されてぞんざいに扱われたり、悪態をつかれたり、とか、大人ってこう言う態度をとるんだなぁ....俺はこういう大人には負けないためにも一所懸命勉強して遊んでやるとホントよく思ったものです。

写真、上から2・3・4枚が、その当時(小学校にあがる前まで)住んでいた施設。
木の長い床....好きだったなぁ。
この当時、母はカメラを持っていなかったはずなので、先生か施設関係者が撮ってくれたものだろうと思う。しかもカラーだ。

現在、この施設は廃止され、保育園のみ現存する。
感謝しかありません。

....しかしまぁ〜この当時は、あちこちに散らばるブラウンの地雷との闘いだった。
みんなで銭湯に行く途中で、シューズの裏を包み込むほどの巨大なブラウンの地雷を踏んづけてべっこべこに凹んだり。
砂場で遊びゃぁ、ブラウンの地雷をグラブして、嫌〜な気持ちになったり。
とにかく、ブラウンの地雷を踏まないように気をつけてたなぁ。
今と昔では食べ物が違うからなのだろうか、昔のブラウンの地雷はまぁ〜本当にめちゃくちゃ臭かった。
何回負傷したことだろうか。
そんなの憶えていないくらいだ。
一番臭っていたクラスメイトは、自分だったりして。
ふと、そう思った。
・・・ でも、歴史ある良い町で育った。

当時、母が持っていた電話の権利は、何年か前に、もうお返ししたと言っていた。
携帯電話の普及や、ネットの発達などで、電話の価値が当時と様変わり。
時代の流れですね。

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 石仏 社寺 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・旧道/古道・坂道・廃線跡・都市計画・出桁造り・ルポなど>】のリストが展開します。
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2018 3/27 『桜開花と展示会』

3月のジョグは今のところ17km....ほぼ走れていない状態が続いている。
少し落ちつかないとしばらくは走れないだろうなぁ....前は平均100km/月だったり、調子が良い時には、約200km/月走れていたんんだが。

まぁそれはおいといて...
開花したと思ったら、雪が降ったり、で一気に暖かくなって満開になったりと、何かとビジーな染井吉野。
ソメイヨシノの名の由来は、駒込の染井村が発祥の地だからだ。
染井村はJR巣鴨駅の裏あたりにあり(駒込駅と巣鴨駅の間らへんとも言うべきか)、染井霊園があるあたりも名のとおり染井村で、かつてここに藤堂家の屋敷があり(松平家もある)、庭を手入れする職人さんがたくさん居たと言う。
で、その職人さん達がソメイヨシノを生み出したんだと言う。
今週末くらいまで楽しめそうだろうか、どうだろうか。

少し落ちついたら行こうと思っている展示会“江戸幕府最後の闘い”
----------------- パンフレットから引用
平成30年(2018年)は明治元年(1868年)から満150年を迎える年に当ります。
春の特別展では、明治前夜、幕末期の江戸幕府に焦点を当て、当館所蔵の江戸幕府公文書ではる「多聞櫓文書」を中心に、幕末期の江戸幕府の「文武」改革について取り上げます。
こうした改革が可能になった背景や、維新後に新政府で活躍する幕臣たちのその後も合わせて展示し、明治の近代国家建設の端緒を江戸幕府の側からご紹介いたします。
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おもしろそうな展示会。

で、やらなければならないことが多過ぎて疲れに疲れていたために、行くことができなかった、水のゆくえ〜荒川の歴史〜.....とても楽しみにしていたから残念だけど、図録もあるので、そっちを読もうと。

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2018 3/19 『北区王子3・4丁目の出桁造り』

北区王子3・4丁目、北本通りの一本裏手にのびる道に出桁造りがある。
古地図1−2枚目の緑丸付近に建っているのだが、1909年以前と1917年以降を見比べてみると、南北に走る道がないので、いまから100年前には、現在地図の赤丸と赤枠で囲った写真の出桁造りは建っていなかったことが分る。
青丸と青枠で囲んだ出桁造りは、それ以前から建っていたかもしれないが、造りが似ているので同時期の建築かもしれない。地場の同じ大工さん(建設会社)かなとも思うが。
隣と続きになっていて、改修されているが、かつては出桁造りだったように思う。

古地図からは、この一帯は田であったと分る。この地域は低地で、かつては海だったところ。

青枠写真の出桁造りの隣は、ワンコインでCP高過ぎで有名な“麺屋 坂本01”のようで。via

上を見上げて探してみると、出桁造りはまだありますが、準絶滅危惧建物であることにはかわりはないかなと。
今となっては寒かったり、住みにくいかもしれないけど、出桁造りはいものです。

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2018 3/15 『北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り』

埼京線の十条駅から京浜東北線の東十条駅へと至る道、東京で最も古い歴史だという篠原演芸場のすぐそばに、出桁造りがある。(地図の赤丸付近)
サイドや一部は手が加えられているが、なかなか立派な佇まい。
篠原演芸場やこの出桁造りが面する道はどうやら古そう。
演芸場で販売されている、アルミホイルに包まれた“おむすび”が、とてもとてもおいしそうだ。ただ、観劇する人の特権なので、食べるには入場する必要があるんだけども。via
大衆演劇って観たことがないので、おむすびを食べて、観てみるのも良いかもしれないですね。

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2018 3/8 『古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)』

--------------------案内板から引用

四ツ又馬頭観音は、享保十九年(1734年)十月十九日に造られ、当初より四ツ又にありましたが、近代以降に板橋区板橋二丁目五十八番の地に安置されました。
ここは、江戸時代に中山道の宿場町であった板橋宿平尾から分岐した川越街道と、板橋宿中宿から池袋方面へと伸びる高田道が交差する地点にあたります。
四ツ又は、交通の要衝であり、この馬頭観音も、道しるべとして知られていました。
馬頭観音とは七観音の一つで、頭上に馬頭をいただいています。
供養の目的は像容からみてわかるように、牛馬の供養と結びつき造立されました。
江戸時代における馬は、交通手段として重要であったために、人間と同様に大切に供養されました。
この石造を建てたのは、六十六部とあり、そのあと何文字かは判読できませんが、願主順貞と続きます。
おそらく順貞は、この地に関係した人物であると考えられます。
その後、現代にいたるまで地域の人々によって大切に守られてきました。
四ツ又馬頭観音は、安山岩製で高さ六十五センチほどです。

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旧川越街道(地図の赤い線)と中山道が分れる場所(追分)は、いつだっただろうか、首都高が開通した。
地図の黒丸付近に四ツ又馬頭観音がある。
案内板にも書いてあるが、かつては(旧)川越街道と高田道(高田雑司ヶ谷道)が交差する四ツ又にあったそうだ。
地図の青い線の高田道は板橋宿と現 豊島区高田・雑司ヶ谷を結ぶ重要な古道である。また、現 小石川方面にも伸びていたというが、新 川越街道と春日通りに吸収されている。
新 川越街道開通によって高田道は分断されてしまったが、さらに特定整備路線にもかかっている為に、今後一部が吸収されてしまう。
高田道は新 川越街道を越えると、平和通りと呼ばれ、名とは逆に風俗店やホテル、キャッチなどがあり、人によっては夜は少し怖いかもしれない。
古道といえば、交番があることが多いが、平和通り(高田道)にも交番がある。

話が反れたが、今から4年くらい前だっただろうか、マンション建設のために四ツ又馬頭観音は隅に追いやられていたが、3年ほど前に今の場所に移設され、小さいながらも綺麗なお堂におさめられていた。(写真1・2・3・4枚目)

写真5枚目、四ツ又交差点の旧川越街道から撮影したもので、高田道が横を走っている。右へ行くと、板橋区役所や旧中山道の仲宿交差点に続き、左へ行くと池袋本町へと続き、池袋本町の氷川神社横にこれまた交番がある。

モノクロ写真、これはいたばしの古道という本から引用させていただいた。
撮影は昭和58年だと書いてあって、自分が知っている旧川越街道はこの姿だ。
その当時、高島平から大山へと半年ほど電車通学をしていたので、この四ツ又交差点などを憶えている。
都営三田線の西台駅〜板橋区役所前駅、そして駅から小学校までは徒歩で往復3km、旧川越街道をテクテクと歩いて通学していた。なかなか大変だったのをよく憶えている。

一番下の地図(昭和初期の町並みだそうだ)、クリックすると別ウインドウで拡大画像が立ち上がります。
消防署もあまり変わらない位置にあり続けていて、四ツ又交差点に馬頭観音も描かれている。
火の見やぐらやどぶ川も流れていたようですね。

旧川越街道 板橋四ツ又商店街 web

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2018 3/6 『耳栓歴』

就寝時や集中時の耳栓歴はもう30年近くになる。
集中力を鍛えるのなら、あえてファストフードやカフェなど、人がいてある程度賑やかな中で勉強や仕事などをすることが良いと聞いたことがある。
雑踏なんかものともしないほどの精神力の強さを得られる、らしいが...
ぶっといぶっとい図太い精神力を持つ人が、耳栓を使うと逆に自分の鼓動などで、集中力が途切れるとも聞いたことがある。
あまり人が起きていない夜中の3時とか、し〜んと静まり返っている居室で音楽もつけずに仕事をしていることも好きだし、仕事集中時や勉強集中時、そして就寝時には耳栓はかかせない生活なのだが....とは言っても、話し声やら何やら聞こえるから、果たして集中力を得るための効果はあるのだろうかと、ふと思う。ま、騒音軽減という効果はあるが。
いつも使っている耳栓は現場用で、キノコ型かこのひょうたん型か。
どちらも機能的で気持ちがいいものなのです。