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2016 2/29 『中年スケーターのブルース』

こちらから引用...

いま「中年スケーターがウザい、ではなくて熱い!」。30代半ばオーバーのいわゆるオッサンスケーターたちが狂ったように滑り始めている、という目撃情報が各地で相次いでいるようです。
〜略〜
テールばしばし叩いてゴリゴリグラインドして、ガンガン跳ぶ!なんてスケートスタイルはあと何年やれるのだろうか…

・・・ヘアのお手入れをしてもらっているオーナーに聞くと、中年スケーターがあちこちで復活したり、ガンガン滑り初めていると聞いてたし、各地なんだ、やっぱりそうなんだ。

自分も同じような感じだろうか....去年の春にまたスケートボードを整備して、自分を試してみたかったというのが理由。
あと、昔に目標にしていたことを思いだしたのもあって。
中年になり、身体も動きが鈍くなり、どんだけまた滑れるよう、ガンガン跳ぶことができるだろうかと。
年齢を重ねてそしてこれからも重ねていって、まさかスケートボードができるおじさんとはと、そんな印象ってのもいいかなと思ったのもある。
まわりの先輩スケーターの方々はもう45−46歳でゴリゴリ滑れていて、すごいな、そのひと言。

練習すること11回、だいぶ乗れてきたけど、2週間しないとまた鈍くなっている、3歩あるいて2歩さがる、そんな感じだ。
基本、現状維持だけど、むかし28年前に出来ていたトリックKick flip(ジャンプしてデッキを短手方向に一回転させて乗る)にもまた挑戦しているけど、まぁ打撲はつきもので....手すりにつかまって2回ほど仮メイクできたのがうれしい。

あとどれだけ滑れるのか分らないが、身体が動くのはとても嬉しい。
しょっちゅうはできないけど、スケートはやっぱり心身共に本当にいいものですよ、そんな中年スケーターも知っているし多かったりするみたいだ。

スケート練習後は八百屋に直行して、パークで一杯呑んで歩いて帰宅。

*画像をクリックすると別ウインドウが立ち上がりVが流れます。

【過去記事】
■構成要素
■オールドスクール
■オールドスクール #2
■生まれる
■あぶないランプ
■クルーザー
■メイク
■思いでの撤去
■オールドスクール #3
■あぶないランプその2
■中年スケーター
■JT
■スケートボード道
■スケート祓い
■28年前のクルーザー
■レールバー
■やっと乗れてきた、サポートタイツ効果
■IXLオイルとガッツレーを流用
■クルーズにもいいデッキ
■中年スケーターのブルース
■もう一度
■#14
■HILAQUE
■VANS 50 YEARS Kickflip
■MoMA
■OJ2 HOSOI ROCKETS 95A
■AND SKATEBOARDING
■Zorlac Todd Prince 高い??
■梅雨の晴間の真夏日 5週間ぶりに
■UNIqueでスケートボードのレクチャーを
■スケートをする意味
■我ら徳丸ヶ原のスケートチーム
■また出会って、共に生きましょう
■自分のためにスケートを
■オヤジスケーター
■この1年半のスケートボードの練習まとめ
■SEIBU SPORTS SKATEBOARDING TEAM
■家でスケートを MADE IN VENICE
■やすらかに
■スケートボードのホームグラウンド
■GET RAD
■マドンナエア
■YouTube 作ってから1年半
■久しぶりのお墓参り
■第三回目
■TOKYO SKATEBOARD PICNIC CLUB

脳の萎縮予防、中年期の運動が決め手に...
ひとりでもできる運動が手っ取り早い。
歩くのも走るのもうざいという人も多い。
チャリンコはギア、モノとしての楽しさもあるしけっこういいもんだと思う。20km30km、40kmとあちこちこぐとなかなかいい運動になります。

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2016 2/22 『皇居』

日曜日の午後、また皇居へ。混んでた....
厚着の人もとても薄着の人も混在していた。
スピードをあげて走る人は薄着。
自分のような1kmあたり6分ペースがちょうどいいゆっくり目な者には2枚重ねて、ランニングベストでちょうどいいような気候。
先週は23℃でノースリーブとベストで大汗かいた...
ベストのいいところは、大きめのポッケがついているので、大きめの携帯やミニ財布に鍵などの貴重品、そしてティッシュなんかを収納できるからとても便利。
近くに感じるのと走った後に飲み食いしにいくこともないし、ランニングステーションを使う機会がないので知らないけど....重ね着してもう一枚羽織って、自転車を30分ゆっくりこいで行くことがほとんど。
冬場は帰りが少し寒いけど、ペダリングで平気。
夏場は手足の汗を流して、そのまんま帰るか、上だけ着替えるか。
信号がないのでスピードが出しやすいから皇居にたまに行くようなものだけど、帰りに銀座や神田、上野に寄ってついでにササッと買い物ができるのもいいもので。
平川門から台地へと上り坂が続くので、1kmあたり5分30秒くらいのペースでスタートして、1kmあたり5分前後で走り、1周終わってまた上り坂で1kmあたり5分30秒前後に落ちる。
平川門の平川とは大昔の神田川のことで、かつてのこの場所は入り江でちょうど平川(古神田川)が海に注いでいた。
上り坂の途中、北詰門の向こうには天守閣跡があり、旧本丸西貝塚遺跡がある。工事の際に土の中から貝が見つかり、どこから運んで来たか調べるとすぐそこだということで、調査したら貝塚が見つかったという。
上がりきるとそこは旗本や御家人の町、そして半蔵門、ご存知の徳川家康の重臣 服部半蔵が住んでいた場所だ。江戸城の裏門にあたって、有事の際には台地の上から甲州街道を使って脱出するために、その護衛として半蔵が住んでいた。台地の上、尾根に沿って街道が通っているので、水はけも良いから脱出しやすいという理由もあるかと思う。
忍者は武士、今でいうところの契約社員のような立場で、必要な時にその期間だけ情報操作などの生業をする。そのために他の職業も持って生活をしていたという。ある忍者は忍者兼和菓子屋として生活していて、天下泰平、時の流れで忍者という職業はなくなるも、子孫は今も和菓子を作っている。どこの和菓子屋だったか失念...手土産に良い。

目の前のランナー、ブッ!ブッ!と大きい屁をこく...
全身GYAKUSOUを身にまとったランナーもたまにみかけ...
asicsの女性コーチ、みかけるたびにお顔と脚のギャップに驚きつつ...

また台地をスピードにのって下っていると、まぁ交機に捕まる車が多いことなんの。何車線もあるから車線変更の違反かな。
下りきるとそこは桜田門、大老 井伊直弼が銃と刀で襲われて亡くなった場所。その銃は井伊直弼と対抗していた水戸徳川家 徳川斉昭が作らせたものではないかと言われている。
長い直線、観光客らをさけて、2kmほどひたすら走って平川門。

低地から台地への坂がなければ、10kmを50分切れていると思うが。

江戸城、家康が入る前は太田道灌が築城した平山城。
太田道灌はのどかな農村地帯だった豊島氏が支配していたトコロを荒らした武将、戦いに負けた豊島氏本宗家は滅亡してしまった。
豊島氏が支配していた地域に郷土愛がある方は太田道灌をよく思っていない人もいるそうだ。

そんな江戸城の歴史を伝えているインフォの足元には、これは南天だろうか.....赤い実がたくさんある。
難が転ずる。
ストレッチをして水分補強してすこし休憩、寒いのでとっととあとにして。
上野御徒町に寄るも激こみ、ほぼ中国語しか聞こえなかったような。
御徒町は江戸時代、馬に乗らない=歩く下級武士、御徒(徒士 かち)が住んでいた地域。
台地の上は旗本・御家人が住み、江戸城にも比較的近い低地の御徒町には下級武士が住んで、幕府に仕えていた。
その名残は今も続き、旗本・御家人の町は山ノ手の高級住宅街 麹町や番町、上野近辺は下級武士や町人の町、侠客が発展させた町。

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2016 2/19 『ストッパー』

長距離や大汗をかく時のランニングにはコンタクトレンズを使っている。
しかし、朝JOGや冬場などにはめんどうなのでメガネで走っている。
走っている時には頭はあまり動かないけど、うっすら汗をかくと、メガネもすこしズレてくる。
なので、メガネストッパーなるものをツルにはめている。
メガネバンドだと邪魔。。
これが実にフィットして動かなくなる。
やぶれてきたので、あちこり探していたけど、このツルにひっかけるタイプのストッパーがぜんぜんおいていなかったけど、やっと発見。
このタイプは色々種類があるけど、この角度とこの大きさがいい塩梅。
素材がかたいので熱湯につけてやわらかくして挿入するもかなりかたくて手こずったが....

ランニングサングラスではないウェリントンのサングラスでもかけて走っているのでつけてみよう。あとバイカーズシェードにも。
目の保護以外にも集中して走れるのがサングラスのいいところ。

ところで、“ランニングでがん細胞の増殖を抑制できるかもしれない”という記事をみた。via
すごいなぁ...ランニング。
週に2−3回、5km走るのでも十分かもしれない。
でも皮膚がんには注意。
ま、ランニングに限らないかもしれないが、日頃の運動は必要だ。

そういえば、ランニングをしはじめてもうすぐで7年になる。
早い....
走り始めた時は周りの人にビックリされたし、なんだかすごく心配されたのを思いだした。
ランナーっぽくも見られないし、スケーターっぽくも、ライダーっぽくも見られないのが自分らしいのかもしれない。
スケートボードの話をすると?のような顔されるし、スケートしているVを見てもらったらびっくりされる....
やったことがあるのとやってたのは雲泥の差...やってたのとやっているのも雲泥の差。
スケートボードって何かと低く見る人が多いのも事実。
簡単でしょとか軽く見られるけど、それは違う。
東京五輪で見方もかわるのだろうか。

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2016 2/15 『夏のような皇居』

日曜日の早朝は台風のような天候だったらしいが耳栓をして寝ているので、気づかなかった。
昼を過ぎる頃にはいい天気で室内よりも外の方が暖かというヘンな感じ...24℃にもなるらしいので、ひとっ走りしに久しぶりにチャリンコで皇居へ向った。
強い日射し、額に汗をかきながら到着。
ノースリーブ&ベストにして準備をしていると、向こうからTVクルーが....「あのぉすいません、マツコの月曜から夜ふかしという番組の者なのですが、ぜひインタビューさせてください」って。
どんな番組でどんな内容か聞くと、なんでも皇居ランナーは意識高い系の方が多いということで、インタビューをと。
意識高い系なのは、恵比寿の美容室 UNIqueでヘアのお手入れをしてもらっているのと、鎌倉のSHAFT SILVER WORKSのシルバーのネックレスとホワイトゴールド&ブラックダイヤモンドのリングをしてるくらいなもんなんで、逡巡したけど手を合わせて「ごめんなさい!」とリフューズ....残念がっていたけど、皇居ランナーマイノリティの意識低いぺらっぺらのを見つけたからだな〜。
くだらない内容だったら良かったのに...
まぁ皇居でもたまに人に話しかけられるし、どっかのだれかと間違われるしなぁなんだろか。。
2周、05'30''/kmからスタートして1kmごとにスピードあげて最後は04'50''/km、たまには心臓が口からでちゃうくらい自分にはキツいスピードもいいもんで。
で、もう1周は05'48''/kmのゆっくりペースで....チャリンコ 17.53km
全身ザラッザラの塩まみれで暑かったけどとても気持ちが良かった。
このシューズはスピードが出しやすいし信号もないし、たくさんランナーもいて刺激になった...たまには皇居もいいもんだやっぱり。
気持ちが良かったけどものすごくくたびれた。

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2016 2/12 『巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡』

巣鴨地蔵通り(旧中山道)の巣鴨とは逆の入口は折戸通りと旧中山道の「庚申塚」交差点で、現在巣鴨遺跡発掘調査中である。
この遺跡とは江戸名所図会 巣鴨庚申塚に描かれている茶店などの調査だという。柱の跡など、さまざまな遺跡が見つかってきていると。
この時はシートで覆われているが、先日通った時には調査中できれいに跡などを見ることができた。まだ発掘調査をしているかもしれないので、ラストの貴重な光景を観光ついでに。

江戸名所図会 巣鴨庚申塚....引用
江戸五街道の一つ、中山道の立場(休憩所)の光景である。板橋宿へはあと一息という場所である。庚申塔は江戸市中へ向う旅人の目印となっていたものである。
今、この立場(休憩所)の路上では喧嘩がおっぱじまっていて、左の方には息巻いている男、右には茶店の間でなだめられている男がいる。何が原因なのか。
二軒の茶店のうち、右の店では湯茶の他に団子を商い、左の茶店には西瓜が見える。
この店の主人は男をなだめている前垂れ姿の人がそうらしい。茶店の腰掛けの作りは大分そっかりしたもののように見える。
長い竹棒に虫取りの袋をつけた男の子やトンボつりの腹掛けの子が通る。これから蝉とりにでも行くつもりなのか。
左の店の片隅には石碑が立っている。「王子稲荷大明神」と読めるが、もう片面がはっきりしない。方角から考えると。飛鳥山方面へと行く道のようである。「右おうじ道」とも読めなくもない。
暑い夏の昼下がりである。

この交差点を大塚方面へ行くと、今は暗渠になって消滅した谷端川が流れていたので、図会に描かれている少年らは川にでも虫取りに行ったのかもしれない。
「庚申塚」、旧中山道を1.5kmほど行くと板橋宿に入り、石神井川を越えると朱引、江戸市外となる。
その少し手前ののどかな江戸のはずれ、今もどこかのどかな雰囲気がある巣鴨、このすぐ近くにある都立文京高校に通っていたこともあって、とてもいいところだなと今も昔もそう感じる。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■谷端川(千川・小石川・礫川) 猫又坂(猫貍坂、猫股坂)と猫又橋
■宮仲(巣鴨村) 谷端川 上池袋支流(瓢箪池支流)
■谷端川 雲雀ヶ谷支流(名も無き小川)とお多福弁天沼(お多福弁天様・橋かけ弁天様)
■谷端川と上池袋支流(瓢箪池支流)の落ち合い地点にある防災用ポンプ
■谷端川流域 大塚 折戸通り入口付近の湧き水と洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺(滝野川城)にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■王子七滝 松橋弁財天洞窟跡 桜並木 音無もみじ緑地の小さな滝
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 割烹音無川<音無川温泉> 音無さくら緑地
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の豊富な湧水 カラッカラ乾燥の都内
■石神井川 2021年3月末 音無こぶし緑地の豊富な湧水
■石神井川 染井吉野の桜並木と谷端川下水道幹線<千川上水の放流(停止)>の吐口
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 名主の滝公園 <今様文覚上人の群れ?ー名主の瀧でグロな刺ヨ競べ>
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)<十条台遺跡群>
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子七滝 見晴の滝跡の湧水と芝坂
■王子七滝 見晴の滝の名の由来
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝(十六滝)
■王子十五滝 新潟会館の段差のある滝(十七滝)
■板橋区加賀 旧理化学研究所板橋分所跡から石神井川に落ちる雨水
■2020年秋 コロナ禍の音無川(石神井川)音無渓谷
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ちんぼ)
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■田端 不動の瀧・不動坂 谷田川沿い水神稲荷神社
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 名主 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 田端八幡神社 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■石神井川 田柄川用水とも呼ばれた安養院境内に残る “あげ堀” 跡
■上板橋役場跡と古道 台橋道(茂呂遺跡・栗原遺跡 お東山<板橋城跡>)
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神(稲荷社 2021年4月7日加筆)
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬(2021年3月12日加筆)
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■豊島区駒込(染井) 西福寺への道標<大師道> 染井の泉と谷田川(谷戸川)の源泉の長池 染井吉野
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■北区西ヶ原 西ヶ原遺跡(西ヶ原<西ケ原>貝塚)
■北区西ヶ原 王子脳病院跡地の飛鳥中学校 西ヶ原遺跡群(西ヶ原貝塚) 住宅地にも広範囲に分布する縄文時代の貝殻
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■北区上十条 姥ヶ橋の延命地蔵尊に添えてある小さな角柱型文字庚申塔道標
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■北区岸町 上郷用水(石神井用水)に架かる岩槻街道の三本杉橋下から出土した縄文時代の丸木舟と中里遺跡出土丸木舟
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀跡(神谷堀) 上郷用水・上十条用水の排出 製紙産業と水運 ※河口側
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀跡(神谷堀) 上郷用水・上十条用水の排出 製紙産業と水運 ※東十条側 大坊橋(デッカンボウ<誤 -大防橋 だいぼうはし->)と上郷用水に架けられた<桜橋> 大蛇伝説
■北区王子五丁目(王子神谷) 甚兵衛堀の主<ヌシ>の大蛇がまつり込まれている庚申さま(<庚申塔>神谷橋庚申通り商店会) 古墳 観音塚
■北区神谷三丁目 自性院前の庚申塔(道標)
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区清水坂公園の湧水(井戸)
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■水窪川の擁壁 小日向台の崖線から滲み出す水 八幡坂 江戸切絵図より
■水窪川が削った深い谷と階段 旧大塚坂下町(大塚五丁目)
■巣鴨プリズンの遺構 水窪川<排水口> イケ・サンパークに移設・復元)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場崎貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑 千川上水の放流(谷端川下水道幹線)
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■明治神宮 穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘 かつて境内にあった池は穩田川(渋谷川)の源流のうちのひとつ
■新宿区 花園神社 復活した井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■北区王子 飛鳥山1号墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区中十条 日光御成道(鎌倉街道 中道 旧岩槻街道) 清水坂(清水坂遺跡)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■文京区小日向一・二丁目南遺跡 神田上水旧白堀跡 東京都水道歴史館に移築復原
■神田上水 関口大洗堰の由来碑の碑文
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 鎌倉道につながる熊野坂 豊島郡衙へ
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂 「しんしょう昇る」と庚申塔
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■蓮根川緑道 ヘビ公園
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条駅南口前) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔・道標<練馬道(豊島練馬道)>
■北区中十条3(東十条駅北口) 石神井坂
■北区岸町 三平坂

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2016 2/10 『newbalance VAZEE RUSH』

最近もっぱらこれ、VAZEEラインのRUSHをはいている。
つま先がかなり反り上がっているので、足さばきがよく走りやすい。
アスファルトに底が引っかかりにくく、スピードも出しやすい。
ただワイズがDのみで狭いのが残念。(一部EEサイズもある)
先日18kmほど走ってみたら、思ったよりも足が疲れなかった。久しぶりだったので脚全体は鈍く重くなったけど。
しっかりかたい作りではなく全体的にソフトなので、これから軽く走ってみようかなという人にもいいかも。

新しいモデルも出たが、直営限定カラーがなかなか好きな組み合せ。
かっこいい。
なかなかこのカラーの組み合せいいなと思うのが少なくて。
そういえば、ブーツ5足あるけど、今季は数回しか履いてないなぁ....

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2016 2/9 『春の訪れ』

ふと気づいた....日中が長くなって夕方が明るい。
そして河津桜が開花していた。
春が近づいている。
しかし、毎年こんなに朝寒かったけかな。。

日曜日は郷土資料館へ。
企画展 江戸時代の縁切事情 三行り半・駈け込み寺・縁切榎
旧中山道、石神井川を渡ってゆるやかな坂を上がって行くと、縁切り榎という史跡がある。
かつても今も縁切を願う人々のレジャー施設として賑わっている。
江戸も後期、徳川家茂に降嫁した皇女和宮一行は、旧中山道を外れて大きく迂回してこの縁切り榎を避けて板橋宿に入った。それだけ不吉なものとして重要視されていたのが分る。信心深い昔の人らしい行為だと思う。
和宮だけではく、他の姫らも避けて通ったという。なんでも、巣鴨に住む人が幕府に縁切り榎があり注意と教えたそうで、それから回避するようになったとか。
長い長い時を経て、縁切り榎は大火で焼けたり道の反対に移されたりと今は3代目(ひょっとしたら4代目という説もあるそうだ)として様々な縁切り祈願施設として今も人気がある。
焼けた縁切り榎の皮を売る縁切祈願頓服薬商法もあったと。
今では病との縁を切るなど、他の意味でも多くの人々が絵馬を奉納しているようだ。たいへんな夫が目の前から消えたとか心底イヤな上司が転勤になったとかで、溜飲を下げた人も多いのだろう。
実は榎ではなく欅(ケヤキ)だったのも初めて知った...同じようなものだが、材の強度がちがう。
夫が妻に渡す三行半、これも初めてみた。
駈け込み寺、たいへんな苦労をしてやっと離縁...
縁切祈願をができる神社や寺が全国にたくさんあるそうだ。

今回の企画展もたいへんなボリューム、見応えがあるものだった。
これで無料、歴史も学べるのだからとてもすばらしい。
ただ、駅からもちょっと遠いところにあるので行くのが大変。
自転車かランニングシューズか、行く時はどちらかで。

その地域史がよく分って、縁もゆかりもないところでも何だかその地域に愛着がわいたり、土地の価値を学べたり...23区の資料館めぐりもいいものです。

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2016 2/3 『ホワイト餃子アディクト』

ホワイト餃子という餃子はご存知だろうか?
名店でTVにもよく紹介されている。
自分がはじめて食べたのは今から25年前のことで、学校の帰り道に西巣鴨ファイト餃子があって、大食い早食い大会などをしてて、友達が参加して食べていたのでたまに土曜日に通うようになった。
カリッカリの熱々でやけどを必ずして、最初はなんとも不思議な味の餃子だなと思っていたが、いつしか虜になっていた。
酒が飲めるようになった頃にはビールと共にセットを頼んで腹いっぱいに。
今都内で食べられるのは高島平、巣鴨、小岩、亀有の四店舗となり、だいぶ食べやすくなったように思うが、前は西巣鴨店だけで、高島平店ができた時にはそこにもよく通った。
この餃子は熱湯で蒸して、仕上げに油で揚げるのでカリッカリになるのが特徴。
お店が混んでいるので、最近はもっぱら冷凍生餃子を買ってきて、家で焼いて食べている。仕上げに油で揚げない(ひたひたになる量の油が必要で処理がめんどうなので)、ふつうに焼いたものだが、もっちりしてて十分においしいし、揚げないので若干ヘルスともいえるだろうか。正確には、仕上げにごま油をさーっとかけて焼き揚げるんだが。
西巣鴨から巣鴨の市場近くへ移転し、またかなり行列ができているし、土曜日の14時くらいにはお土産冷凍生餃子は完売していたりするので、入手もちょっと大変かもしれない。営業一番のりで買いに行く方がいいだろう。

こんなにおいしくて、1個30円という破格の値段で40個で\1200なり。
お土産焼き餃子は焼きの手間が入るので少し値段があがる。

もう25年も食べ続けているが、末永く営業されてほしい逸品だ。
アディクト。
ホワイト餃子

【過去記事】
ホワイト餃子を家で焼く
ホワイト餃子アディクト
ホワイト餃子(ファイト餃子)と肉まん

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2016 2/1 『クルーズにもいいデッキ』

今乗っているデッキは元プロから戴いたものでだいぶ昔のもの。
自分には練習&クルーズにちょうどいいので未だに使っている。
去年の春くらいからまた乗りはじめて、いかんせんもうこんなスケートするのは27年ぶりのことなので身体と感さぐりさぐり状態。
デッキはどこか不明、太さはたぶん7.75。
トラックはINDEPENDENT。
ウィールはOJ2、硬度は92A。トリックもクルーズも出来るように仕様。
ベアリングはBONES。レールバーはBONESだろうか、不明。
昔滑ってたのに近いので、慣れない今はこれでちょうどいい。

*画像をクリックすると別ウインドウが立ち上がりVが流れます。
フロントサイド180オーリー、27年ぶりにやってみたしょぼいバックサイドパワースライド....転けて後頭部強打しそうで怖かった。ウィールもやわらかめだしそれほどスライドしないわな。
しかし四十肩で腕あげるとイタイイタイなのでトリックしにくかった。

【過去記事】
■構成要素
■オールドスクール
■オールドスクール #2
■生まれる
■あぶないランプ
■クルーザー
■メイク
■思いでの撤去
■オールドスクール #3
■あぶないランプその2
■中年スケーター
■JT
■スケートボード道
■スケート祓い
■28年前のクルーザー
■レールバー
■やっと乗れてきた、サポートタイツ効果
■IXLオイルとガッツレーを流用
■クルーズにもいいデッキ
■中年スケーターのブルース
■もう一度
■#14
■HILAQUE
■VANS 50 YEARS Kickflip
■MoMA
■OJ2 HOSOI ROCKETS 95A
■AND SKATEBOARDING
■Zorlac Todd Prince 高い??
■梅雨の晴間の真夏日 5週間ぶりに
■UNIqueでスケートボードのレクチャーを
■スケートをする意味
■我ら徳丸ヶ原のスケートチーム
■また出会って、共に生きましょう
■自分のためにスケートを
■オヤジスケーター
■この1年半のスケートボードの練習まとめ
■SEIBU SPORTS SKATEBOARDING TEAM
■家でスケートを MADE IN VENICE
■やすらかに
■スケートボードのホームグラウンド
■GET RAD
■マドンナエア
■YouTube 作ってから1年半
■久しぶりのお墓参り
■第三回目
■TOKYO SKATEBOARD PICNIC CLUB