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2014 5/29 #2
『おりません』

ちょい前に突然ごきげんナナメになった。
7km往復の14km走って....7km走っていったんとめてまた計測。
行きの7kmは履歴に保存されておらず、帰りの7kmもずいぶん少なく5.4kmを計測し、履歴をみると2kmしか走っておらずにラップは8つ(1ラップは1km)あって、狂っててもDist(距離)は8kmを表示していなきゃならないけど、もうめちゃくちゃな計測に不信感を抱くのと同時になおれ!と思いつつ。

それから数日後に7kmをまた2回走って、計測はされるも履歴に保存されず....
そんな時はリセットせよなので、翌日リセットして8km走ってもまた履歴に保存されず.....再リセットして少し走っても履歴は保存されず...
同じことをもう一回走ってやったら 、計測終了したら画面フリーズしてだんまりきめこんだので、リセットしたら履歴がぜーんぶ消えて。。
いいかげんイヤになって、って...イヤになるでしょ誰でも...いったん家に戻って工場出荷前状態の初期化を、また家を出て近所をぐるっと1km走って、計測はされるが履歴に保存されず....もう走るのイヤでしょ、んなもん、倍に暑く感じるし。
便利なGPSゆえにいちいち動かないと、最低でも1kmは計測しないと動作確認できないから。。チャリでもいいんだけど、諸々設定して走るのがこんなにもわずらわしいとは。

リセットや初期化をしても“履歴だけは消えない”と説明書にあるので、もうこれは重症でダメだなぁ〜とTEL、修理か交換かとあいなりましてドナドナに。
4回位しか充電しておらず水にも濡らしていないし。
あれこれ書類かいて症状の報告書を写真付きで作って梱包して、もう最高にめんどくて...

暫くは22年前の丈夫でアナログのようなデジタルランニングウォッチと共...
“おりません”は丁寧で冷たい。

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2014 5/29 #1
『豊島区 のぞき坂』

池袋のちょい先、雑司ヶ谷のお隣の町、高田にのぞき坂がある。
高台にある目白通りから低地を流れる神田川にかけては崖が続いているので、あちこちに急な坂がある。
その中でも、こののぞき坂の傾斜はなかなかで23%(13度)もある。
他にも急な坂はたくさんありますが、この坂はすごく急に見える。
二車線で幅員があるから坂が大きく感じることもあるんだろうけど。

写真ではスケールが伝わりにくいですが、坂の上から下をのぞいてみるとわかりやすいかなと思います。
坂の上からみると道がばっさりと切れてなくなってみえます。
なので、激しい坂、のぞくように見るからのぞき坂というそうな。
上る時は胸をつくくらい急なので胸突坂ともいうんだそうで。

スーパーカブは1速で唸りを上げてのぼって、
坂を下る女性はゆっくりとブレーキングしながら...
自転車を押して上るお父さんはゼェゼェ言っている...
自分のふくらはぎは張ってくる...

車両によってはエンジンも止まるというのも分るけど、
アシストチャリだったらお母さんでも上れるんだからすごいものです。

場所は、明治通りと都電が平行するところのマンション裏手。map

ロードバイクに乗る方々には有名なようで、たくさんの人がアタックしているんだそうな。みな、激坂にうずくんでしょうね。
自分はなるべく坂がないラクなところを選んで走ったりこいだりしているので、当然降りて押します。

体力があまりなかった5年前だったら、夏で上ったら脂汗に顔面蒼白だっただろうなと、坂の上から下をのぞいてみました。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)<十条台遺跡群>
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子七滝 見晴の滝跡の湧水と芝坂
■王子七滝 見晴の滝の名の由来
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝
■板橋区加賀 旧理化学研究所板橋分所跡から石神井川に落ちる雨水
■2020年秋 コロナ禍の音無川(石神井川)音無渓谷
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ちんぼ)
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬(2020年10月26日加筆)
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■北区上十条 姥ヶ橋の延命地蔵尊に添えてある小さな角柱型文字庚申塔道標
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■北区岸町 上郷用水(石神井用水)に架かる岩槻街道の三本杉橋下から出土した縄文時代の丸木舟と中里遺跡出土丸木舟
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場先貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■北区王子 飛鳥山1号墳
■北区中十条 日光御成道(鎌倉街道 中道 旧岩槻街道) 清水坂(清水坂遺跡)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 熊野坂
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区岸町 三平坂

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2014 5/27
『トムヤムクンヌードル』

日清のはまだ店頭でみたことがないんだけど、売れまくっているのかな。
ニューフレーバーをよく限定で販売するけど、やはりシーフードとカレーにはかなわない。
そんなトムヤムクン味、ダメな人はだめですね。
ちょくちょく書いているけど、たまに食べるYumYumヌードル、これにパクチーどっさりと卵いれるとかなりおいしい。冷凍のシーフード(えび、イカ、アサリ)を入れたらよりうまい。
味がこくてかなり辛いので、辛くて一度でも咳き込んだらまぁ大変止まらない...ちょっと危険なヌードル。
いつだったか、フジテレビのミタアナがこれまでに2回しかカップヌードルを食べたことがないといってたけど、いったいどんな時に食べたのかな。

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2014 5/26 #2
『江戸・東京の川と水辺の事典』

地学・考古学の視点から都市の歴史を論じる歴史学研究家、鈴木理生氏の事典。
この本はほぼ禁帯出として貸出しは不可能、館内で読んでねという本で、数区を捜してたまたま一冊貸出しOKを発見、予約。貴重な定価¥12000の事典です。
B5サイズで3.5cmもある厚さとその重さに読むのが大変だけど...おもしろい。
さまざまな視点から江戸と東京の川と都市の成り立ちの歴史が学べます。
“水をおさめる者は国をおさめる、天下をおさめる”ということ。
徳川家康が江戸にきて川の大工事をしたことで今の東京での我々の生活がある。
...都内では豪雨で処理しきれなかった汚水が河川や海に流れ、大腸菌が発生。
目黒川がすんごい色で臭うようになるこの先の季節、梅雨、夏はもうすぐそこ。

蛇口から供給される今の水道水はほんとうに安心安全なのだろうか。
...未来では水を奪い合う戦争が起きることも懸念されている。水を大切に。

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2014 5/26 #1
『ミラー マッスル』

ミラーのタンクトップは胸元がざっくり大きいのでチ◯ビが出やすい。
10年以上着ているミラーのノースリーブのマッスルTはなかなか着心地がよくて、6枚もってた。ワキをあけていると夏場はすずしいので、タンクトップよりもそれほど肌が出ていないし機能的だと思う。
真夏、一時期ずーっとこればっかり着ていた。

着まくりで脱色、生地は元気なので染めたりしてたけど、臭そうな色みになっちゃったので、汗かく作業時のTシャへと...1枚¥2000近くしたような気がするので。

久しぶりに黒と白を買ってみようかな、この夏。

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2014 5/24
『音色』

「貸してぇ〜」と言われて、なんとなく奪取されたiPod...
ちょびっと領域を確保していたところに、“龍馬伝”のサントラや“クラシック全般”、懐メロソングス、ブルーハーツやビースティボーイズなんかは...
「もういいんじゃない?」という言葉に抗えなくて全消去....晴れて自分のものではなくなったような。
良い曲が多いらしい嵐とミスターチルドレンを聞いてランニングはしにくい...いや、聞きながら走るということは最近はなくて。
今は街の音を聞いている方が楽しいし、イヤホン邪魔くさいし。
と、iTunesにはたくさん入っているけど、その時々によって全く聞かなくなるからどんどん削除して外付けHDへと移行、一応残してね、気持ちいい。

やっぱり名曲はいいもんだなと...
SAY YES、はじまりはいつも雨、なんかをちょい前に入れたところだった。
.....奥様が助けてくれたのでしょうか、愛ですよね、そうなのではと。

と、開いた領域にはAdiemus - Songs of Sanctuary を突っ込んで。youtube

先輩の友が言ってた、「オレらどんだけ音楽に助けられたか...」と。
自分はあまり意識したことがなかったけど、そう言われてこういうことかと...確かに救われた、そうだと。

賛美歌、グレゴリオ聖歌などの宗教音楽、パイプオルガンをきくと幼い頃からなぜか目が潤むのは1歳の時の自分の魂が記憶していたのだろうと、今そう思う。
小学生の頃に通っていた塾はカトリック教会の2階で開かれていた。
初めて教会の扉を開けた時にすごくあたたかくて懐かしいような寂しいような怖いような、そんな感情がわいてきて、なんだろう思った。
ドリルと格闘中に時折聞こえる音楽が、パイプオルガンの音色...心にスーっと入って染みわたって、塾に行く日が楽しみになっていった。
中学だったか高校生かなってだったか、
母から、「ごめんね、赤ん坊の頃にシスターのところにしばらく預かってもらってて」と...
母と姉が迎えにきて救ってくれた時、僕は家族のことを忘れてしまっていたようだ....けれども、お姉ちゃんがお母さんに伝えた、
「このこ、鈴の音がすきだったからならしてみようよ、お母さん」
....チリンチリン
鈴の音色に気付いて、うわんうわん泣いて母の胸に飛込んできたと。
「ごねんね、ごめんね....よかった、この子は私を忘れていなかった。もう二度と離れないからね、ごめんねごめんね」

その時に“音”が刻まれたのだろうか。

身に着けるネックレスは音が出るものをつけている。
そして母と姉にすぐに繋がる電話には鈴をつけている。

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2014 5/22
『20年』

演者よりもおもしろいということで、世界のヘイポー傑作集1−5巻同時発売だという。via
視聴率は決して良くはないがマニアな人には大変人気があるというヘイポー企画。
もれなく自分も好きで腹がよじれるくらい笑うのはすべらないはなしの数話と彼以外にはあまりない。
HDに入っているほぼ揃っているプログラムにはもう何回お世話になったことかわからない。

そんなヘイポーは今60歳だという。
20年前の40歳の頃はまったくヘタレておらず、歳を重ねるごとにビビリ度も激増ししていったようで、あれは正真正銘のビビリなのが心の底からおもしろいのです。
20年前の松ちゃんは痩せてひょろっとしているけど、50歳の今はすごいボディになっている。ベンチプレス、100kgは上げられるんだというが...

忙しいとなかなかウエイトトレーニングも運動もしにくいけど、なるべくその時間をとって地道に動かしたほうが身体にいいわけだ。
土曜の朝、ストアで買い物をしてレジ待ちしている時に、前に並んでいるあんちゃんが、ぎっしり詰まったカゴを使って上腕二頭筋の筋トレをしていて、こういうのって無意識に本能でやってたりするんだよな...と、ふと思って。
ま、手っ取り早いのが面倒な歩くことと自転車ですね。
呑みながら歩いたっていいじゃないかと思うし、ダメか。

と、耳年齢がわかるモスキート音。
こちらで試すことができる。
やってみてぜんぜん聞こえないからびびったけど、自分はレベル3だと分った。
耳が多少よくとも他で相殺か、いや、マイナスか。

ヘイポーが「心臓が痛い、心臓が痛いんだよほんとだよこれ、医者に止められているんだよ」とお化け屋敷入場拒否、遊園地の乗り物拒否でウソをつくのが実におもしろい。
...心臓、心筋細胞は細胞分裂をしないからガンが発生しづらいと聞いたことがある。心臓が痛いならなかなか危険だろうに。

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2014 5/21
『警戒して』

コンプレッションウェア、タイツ...
タイツ一丁で走る欧米人男女ランナーは多い。恥ずかしいというのは無くむしろ綺麗な身体のラインでしょってセクシーさを見せている、そういう文化だろう。
健全なので目のやり場にはまったく困らないけど、とにかくクッキリ透け透けの女性ランナーを見かけるとすごいなといつも思うのです...ノーパッドの人も多いし。
日本の男性ランナーでもモッコリさせている人は結構います。いかなくていいのについ目がいく...
と、タイツの上にショーツを重ねるスタイルは“Japanese runners style”というのだそうな。via だからか...

コンプレッションウェアのタイツは消耗品。
一番伸び縮みが激しい部分はヒザとふくらはぎだろうか...特にヒザ部分はウレタンの繊維が切れて生地がスッケスケになってお役御免となる。
CW-Xのは意外と長持ちしてて4年位、ヒザはOKでふくらはぎがほんのわずかに切れはじめている。3/4丈のPUMAのはまだ1年の暖かい時季だけで余裕。
普段一番はいているのがBODYMAKERので、2年ずつ保っていたけど2本ともヒザの生地は終了。2〜4000円位でわりと安いので週3日の朝JOGの時に重宝。
最近買ったのはさずがのグンゼの。Mサイズだけどかなりキツイ...派手なカラーは好きではないんだけど、黄色は好きなカラーなので惹かれて購入。

と、他のウエアはほぼ黒だけど、ショーツとランニングシャツを重ねてみたら警戒色だと気付いて...スズメバチのお尻とか踏切とかあの組み合せ。
毒はないけど、あるぞぉ!あぶないぞって擬似っているアブのようでもある。

そんなアブみたいな警戒色で走っていたら、3ピースに革靴イガグリ頭パワーストーンのブレスのあんちゃんに道を訊ねられて...他にもたくさん人がいたけどなんで自分なのかと思うんだけども...
すいませ〜ん、警察はどこですか?
このマンションの裏の方ですけど、こっちですこっち
そうですか、あのぉ◯◯交差点はどこですか?
すぐそこですよあの信号のところ
あのぁ○○駅にも行きたいんですけど
じゃぁこの道を真っ直ぐ行くと商店街になって駅に着くから
いやぁ商店街を抜けるのはちょっと嫌で
じゃぁこっちの道で、でも商店街を抜けないと駅に着かないから行けないよ
はぁ本当は◯◯道りに出たくて
そしたらこの道を真っ直ぐだけど結局商店街を抜けないと分りにくいよ
じゃぁ◯◯通りに出るにはどうやって
そしたらあの見える道だから
はぁ実はこの場所に行きたいんですけど
えぇ?!駅とは真逆の方向だけど、結局どこに行きたいの??地図はこう天地を逆にして見ないと!
いやぁあちこちこの地域を回りたいんですけど、最終的には◯◯駅に
へぇ?そしたらここ行ってまた戻ってこっち行かないと、またこの場所へ行く道が分りにくいんだよね、電車使った方がいいですよ
いやぁ電車は使いたくなくて、1時間もかからないですよね?
すごい距離だよ5kmどころじゃないし、もっとかかるハズ、乗ればいいのに
いやぁお金使いたくなくて
じゃぁとにかくここを左!ずーっと行ってまた戻って線路沿いをひたすら歩けばいいよ遠いよ
また◯◯駅に着いたら人に聞きますんで、どうもです。
どのみち◯◯駅も◯◯駅も行くには商店街を通らないとならないですよ

と、話しかけられたり、道を訊ねられるのはしょっちゅうだけど、何だかこんなにもちんちくりんな人に道を訊かれたのは初めてだし、その道はちょっと嫌だといわれたのも初めて。
その間5分位かな、自分が持って広げてた地図が強風吹きまくってバッサバサで全然使いものにならなくて、両手を腰にあてて人任せで一切手伝わなかった彼...

警戒しない彼、まぁワケありなんだろうなぁ。
アブはハエの仲間、刺されるぞ  ブゥ〜ン

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2014 5/20
『ボクらのホームグラウンドの前谷津川』

中学の3年間は毎日日が暮れるまでスケートをしていた。
ちょい乗りはできる人に限ってスケートボードはスポーツじゃないと思っている。
それはちょい滑れるのはほぼ誰にでもできるから。
特に柔軟性と平衡感覚の鋭さ、下肢をうまく使えるかどうか、そして恐れないある種のア◯な根性が必要で。
ちがうスポーツだけどそれは今のスノーボードシーンからも垣間見られるだろう。
軽くて身体能力の高い友はそれはそれは良いエア(ジャンプ)をしてた。

...そんな僕らのホームグラウンドは前谷津川(まえやつがわ)という今は暗渠になって消滅した川だった。
先日、赤塚に行った帰りに懐かしのホームグラウンドを走ってみて、いろんないたずらやバ◯遊びを思いだしたり、スケート以外ほぼおもしろくなかった中学生生活、よく高校いけたなと。
つねに一眼レフカメラを首から下げて、女子生徒を授業中でも部活でも撮りに撮りまくってたエ◯先生。
とにかく殴る殴るの暴力先生達。
母子家庭の自分に気をつかってか、「おぉ、腕相撲しようぜ!」とよく父親っぽいことをしてくれた小柄で腕力があった美術の担任。
「ぶっちゃん、頑張ってるか!ぶっちゃん、そんなに鞄はぺったんこにしちゃだめだよ、放課後なおそう!」と金属の芯を抜いて熱湯かけたりして、せっかくうすうすにしたのを幅15cmくらいのベニアを鞄の底にセットして復元してちんちくりんしてくれた父のように接してくれていた大好きだった技術の学年主任。「この幅が分厚い方がいいって、教科書色々入るし格好いいよ〜」と優しい笑顔で言う先生の顔は今でもはっきり憶えている。
ムカつくとすぐに背負い投げで投げに投げまくる超神経質な数学の先生に呼び出されて「俺さぁなんでここにいるんだろうな...はぁ」と吐露し、
「先生が分らないとこを教えてくれるからこんなに成績あがってきたんですよ、オレ高校行きたいし。」と。
かつてはいろんな先生がいてそれはそれでおもしろかったなと思いだしてテクテク川跡を走って。

そんな前谷津川は赤塚新町から沸き出して、赤塚・四葉・徳丸・高島平を経て新河岸川に注いでいる。
この時、川跡を進んでいると地下からゴーツと水が結構な勢いで流れている音が聞こえていた。
今から27年前、工事をしていて中を覗くことができたことがあったけど、その時も意外と水が流れていて小川のようだった、下水だけど。
昭和59年に暗渠となったと書いてあるように、約30年前のことだからつい最近のことに感じる。

池袋でスケートして、台地の上にある東武練馬から谷を下る時に、スケートボードに寝そべって暗闇を何台ものスケート少年が爆滑走してくるのだから、通りがかった住人はびっくりしていた。今思うと半端なく危険でダメなのだが、当時はそれが週末の楽しみでもあった。
消滅した前谷津川がホームグラウンドだったけど、ジャンプランプの騒音で苦情が殺到し、大きな音が出ても大丈夫な高島平団地群の大きな広場へと拠点を移し、ボクらの第2のホームグラウンドは徳丸ヶ原となった。

前からよく言っているけども、気づくと消滅した川跡のところをよく通っている...
小石川、出井川、水窪川、弦巻川、谷端川、蟹川、千川上水とか。
チビの時に住んでいた家の真裏は用水路だった..
今も川沿いをよく走っているけど、何だか“水”にご縁があんのかなと。

画像はこちらからお借りました。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)<十条台遺跡群>
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子七滝 見晴の滝跡の湧水と芝坂
■王子七滝 見晴の滝の名の由来
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝
■板橋区加賀 旧理化学研究所板橋分所跡から石神井川に落ちる雨水
■2020年秋 コロナ禍の音無川(石神井川)音無渓谷
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ちんぼ)
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬(2020年10月26日加筆)
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■北区上十条 姥ヶ橋の延命地蔵尊に添えてある小さな角柱型文字庚申塔道標
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■北区岸町 上郷用水(石神井用水)に架かる岩槻街道の三本杉橋下から出土した縄文時代の丸木舟と中里遺跡出土丸木舟
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場先貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■北区王子 飛鳥山1号墳
■北区中十条 日光御成道(鎌倉街道 中道 旧岩槻街道) 清水坂(清水坂遺跡)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 熊野坂
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区岸町 三平坂

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2014 5/19
『三社祭』

日曜日の朝、三社様のところへひとっ走り。
途中で寒くならないようにランニングシャツ(タンクトップ)にベストを着て、腕とワキを出して、ジッパーで調節と。

日射しも強いのでゆっくりと。
50分くらいで到着。
大通りの方からではなく、言問通りの裏から行くので、まずは浅間神社へ。
さっそくお馬さんとお神輿が。
大げんかしてて、その集団がこっちへ向ってきて、突き飛ばされそうになったので、たまたまあった屋外機の隅に退避。
脚をケガしたりメガネこわれちゃったらほんとうに嫌なので...あぶないところでした。
馬のかっこいい脚の筋肉にすんごい筋肉のでん部に、やっぱり“走る”動物はすごいやぁと改めて。人もそう、シリアスランナーの脚みてもホントすごいなと思う。
担ぎ手は半纏を着ないとならないように規制されたので、みごとな刺青の方々は練り歩いておりました。

浅草神社(三社様)へようやく到着。
長蛇の列に並びお参りをして、そしてお稲荷様にも。
人でごった返す境内をテクテクと歩いて...
焼きそば¥500、焼き鳥¥200、唐揚げ¥500、鮎の塩焼き¥500、チョコバナナ¥300。
もう街のあちこちでケンカだらけ...

帰りは上野経由で。
お参りランニング 18.2km 1:47'09''
15km地点で両足首に少し痛みがでてと頭痛もしてきて、なかなかの暑さにバテバテ。
水分補給はしっかりとって、アメも食べているけども、身体はまだ暑さに慣れていないからねと。
しかし暑かったなぁ...顔面も肩も焼けてイタイ。

と、雷おこしのようなテクスチャーのかわいい家守をひさしぶりに発見して...
カナヘビやイモリなんかたくさん飼ってたなと思いだして。
縁起がいいし、かわいいので持って帰ろうかと一瞬思うも絶叫されるハズ、ちょっといじってみて。

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2014 5/15
『走る理由』

皇居ランナーは年収が高いという記事
引用....ランニングを習慣的にこなすことで、「主体性」「自己マネジメント能力」「人間関係を良好にする力」などのビジネススキルが身につき、年収アップにつながる。...どうなんでしょうね、人それぞれですね。

と、最近読んでおもしろかった雑誌2冊。
FRaU、紙面に出ている女優でモデルの方々は表紙のとおり美しい、しかもはんぱなく。走るひと、これも読み応えがあっておもしろかった。

習慣になるか否かはやっぱり4kmという距離だと思う。
やる気だすのにギアも重要だけど、4kmを息があがらないペースで走れたら、あれよあれよともっと走れるようになるんですよねほんと、自分がそうだったし。
どうでもいい普段着で突然走りはじめて、速攻でウェアを買い出して、今も新しいのを買うとめちゃくちゃうれしいし。
そんなギア、ランニングバッグは介護用ランニングバッグに兼用へとなった。
少し離れて住む実母、手が痛く歩けなくてご飯が作れない時は、早朝にこしらえて背負って持って行っている。これで数日分になる。
この日はゴーヤチャンプルと大根おろし、湯がいたほうれん草、キャベツ。
いつもは具沢山の味付け薄め煮物。主食は煮物と魚なので、煮物は野菜ばっかりのサラダ感覚で。5Lのバッグがパンパンなので重い、ズンズンって感じ。
往復で約7kmの約40分、最大高低差約28m、高低差20mを2回と15mを2回上って下るので平坦な7kmよりもずっとキツイのだ。病は治ることはないけど、自分の料理が薬にもなるんだと心をこめて作っている。この7kmはしょっちゅうだとなかなかだけど、常に前向きに考えている。それが救いになるから。
いつもの朝JOGコースを変えて、いつもの走る朝と飯作り&配送をいつものように兼ねて一石二鳥。経られる前に経ろ! 兼ねられる前に兼ねろ!
先日は突然の豪雨でビッチョビチョに、寒いわ暑いわで大変、それも一興。
...身体も辛かったし、自分と家族の為に体質改善をとランニングを始めて5年になる今、本当によかったと思っている。
走る理由、それは人それぞれ。

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2014 5/14
『旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路』

旧中山道には有名な縁切榎という樹がある。
街道の目印として植えられていた樹齢数百年という榎(えのき)の大木で、
街道を覆うように張っていたという。

この榎の下を嫁入り・婿入りの行列が通ると必ず不縁となると信じられた不吉の名所であった。

その当時、自らは離縁することも許されなかった封建時代の女性にとっては頼るべきよすがであり、陰に陽に信仰を集めた。
木肌に触れたり、樹皮を茶や酒に混ぜて飲んだりすると、願いが叶えられる信じられていたという。
そばには茶屋もあったりと、夫への不満をつのらせた女性が方々からあつまり、グチの会合、皆が皆を慰めていたのだろう。
そういう意味でも女性救済、解放の史跡だと風土記で言っている。
毒じゃないけど恨みの想念がぎっしり詰まった樹皮を夫のお茶や料理に盛る...
あぁ”〜こわいですねぇ。。
家庭を大切にしない夫への食事になんかゴミやクズ的な変なのを入れてストレス解消している妻もちょくちょくいるとかいないとか、ヤフーの知恵袋かなんかで読んだような気が...

東京DEEP案内 東京にもある「縁切り神社」板橋宿・縁切榎
病気や仕事に関する悪縁も断ち切れますようにと、今では人間関係だけではないようだ。via

その縁切榎、徳川家に降嫁する五十宮(いそのみや)、楽宮(ささのみや)、および、和宮(かずのみや、親子内親王)の一行は、いずれもここを避けて通り、板橋本陣に入ったという。

写真2枚目、和宮一行が通る際の周辺の警備は厳重で、行列は50kmにもなったという。
京都をたって、一日約五里(一里は約4km)ゆっくり進み、
江戸まで約500km(125里)を25日くらいかかったという。

和宮の場合、文久元年(1861年)4月、幕府の公武合体政策の一環として将軍家茂に輿入れすることとなり、関東下向路として中山道を通過。
盛大な行列の東下に賑わいを見せるのであるが、板橋本陣(飯田家)に入る際は不吉とされる縁切榎を嫌い、前もって普請されていた迂回路を使って通過したとのことである。
なお、和宮の一行が菰(こも)で木を包んで真下を通ったとの話があるが、迂回路を造ってそちらを通ったことが史料で確認されている。 wikiより

その迂回路、いわゆるバイパスですね...が、今でも現存しているとインフォサインに書いてあったので地図とにらめっこ、グルっとまわってみた。
写真の番号と地図の番号を追ってもらえると分ります。
赤い矢印は迂回路で、青い矢印は中山道です。

1の写真、中山道が環七と交差するあたりでエスビー通り(富士見街道)へ抜ける道となるとおそらくこの小道だと思う。

環七とヱスビー通りの交差点に出て、日曜寺の前を通って石神井川手前をまがり、旧中山道にまた入るという道筋。

画像真ん中らへん、日曜寺の現在と明治期を載せています。
徳川慶喜が巣鴨の屋敷から日曜寺付近の写真を撮りに来ていた。
のどかな農村地帯で、大根を収穫している写真もある。
写真には山門前に道が通っているのが写っているので、その道が和宮一行が迂回したバイパスだろうと思われる。←2014.0703加筆、山門前の道ではなく、寺の裏の道を通ったと資料に書いてありましたので修正。

石神井川の手前で中山道に戻り、すぐに橋をわたってすぐに脇本陣に到着するという、そして、石神井川のこのあたりは今では直線化工事が行われているが、その当時は大きくうねうねとしてたので、うまいこと縁切榎を迂回したのだなと地図をみて思いました。

...そういえばいつだったか、元?狂言師の奥様が初詣に縁切榎にお参りしましたと言って笑いをとっていた。

小さい頃から和宮には有栖川宮たる仁親王という許婚がいて、
お互いにその気になっていたので、将軍に嫁がせようっても断固として嫌がったという。
「東の代官へ行くのはいやや」
「尼となるとも関東へは参るまじ」
と言って、兄の孝明天皇を困らせたそうな。
天下泰平のために誠に嫌々でもうたまらない関東へ、仕方なく徳川家茂のところへ行った和宮は、結果的には家茂とじつにうまくいったと、仲むつまじかったと言われています。

東海道を使わずに中山道を使った姫達、
そんな姫街道といわれた中山道、
4がつく縁日の日はおじいちゃんおばあちゃんでごった返す巣鴨、
巣鴨から板橋本町まで見どころ満載の地域です。
【過去記事】
皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板箸一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 寛文の庚申塔と山門
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 徳川家康から朱印地が寄進された重蓮寺の参道跡
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■王子新道の由来と花月通
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■板橋区仲町 轡神社近く 鎌倉街道沿いの庚申塔
■板橋区仲町(旧 山中) 鎌倉街道沿い 徳川家康の乗馬のくつわを祀ったともいわれる轡神社
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■鎌倉街道 中道 北区中十条
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■豊島区東池袋 六つ又 子育地蔵尊
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■北区王子 飛鳥山 渋沢栄一邸庭園 曖依村荘跡
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区上十条にある出桁造りと再開発により撤退した創業110年の八百市 橋本青果店
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

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2014 5/13
『幕末史』

本棚をざーっと見ていると目に飛び込んでくる背表紙がある。
なので、二人で激安ブックオフに寄ると、欲してた本の多くは自分が発見する。

と、一冊の本をみっけて、なんだかおもしろそうなので買ってみた“幕末史”

ベストセラー、ついに文庫化! 黒船来航から西郷の死まで激動の25年間を語る。嘉永六年(一八五三)六月、ペリー率いる米艦隊が浦賀沖に出現。
役人たちは周章狼狽する。
やがて京の都はテロに震えだし、坂本龍馬も非業の死を遂げる。
将軍慶喜は朝敵となり、江戸城は開城、戊辰戦争が起こる。
新政府が樹立され、下野した西郷隆盛は西南戦争で城山の地に没す──。
波乱に満ち溢れた二十五年間と歴史を動かした様々な男たちを、著者独自の切り口で、語り尽くす。

読みはじめるとまぁおもしろいのでびっくりしたけど、
やはりベストセラーになっていたのですね。
本も作家も知らなかったけど、昭和史もなかなか読み応えがあるようで。
500Pもある大作で、すらすらとは読めないけど...
でも、口語というか、講義を聴いているような語り口なので楽しく読みやすい。
原稿がカルチャーセンターの講演だったようで、それで読みやすいのかと。

和宮が降嫁する時に避けて通った板橋宿に今でもある不吉な縁切り榎にもふれている。
通る際、火を焚いちゃぁいけないとか、動物もしっかり紐で結んどけとか、街道筋の住民は大変だったようで。
今度その縁切り榎と避けて通った現存するバイパスを紹介します。

さまざまなエピソードを差し込んでくれているので、今まで読んだ歴史の本よりもおもしろいです。

いい本に出逢えました。

....って、幕末に生まれなくて良かったなと思う。
今の時代も、いや、それぞれの時代もみな大変だっただろうけど。
先祖が遺したたくさんの名刀はおじいちゃんの飲み代に消えたけど、もし今うちにあったら自分も寄贈か売っていたことだろう。
自分の家には人を斬る道具はいらないから。
心だけでいい。

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2014 5/12
『こんにちは母の日』

土曜日は実母の母の日...
好きなお好み焼きを2枚焼いて、ランニングバッグに詰めこんでテクテク歩いて。
朝は買出しで3.2km歩いて、午後は7kmだからtotalで10kmを歩いていることに。

「いやぁ、そんなに遠くないよ、ホラホラもう半分すぎてもう目の前だし。こっちの方が最短距離だよ。」
「あぁそのお店は護国寺らへんだから池袋から近いよ」「・・・ぇぇ...なんだぁぁなんか遠く感じたけど、神楽坂じゃんもうここ、なんか騙された感があるよ」「いやぁほら護国寺見えるでしょホラそこそこ」....てな具合に言葉をよく分からない感じで巧みに使って、今ではふつうに10kmは歩けるようにと段取った、算段でもって知らず知らずに走れる脚、耐えられる脚を獲得してたわけだ。
「歩くのは時間がかかるし脚も重くなるから走っちゃった方がぜんぜん早いし疲れにくいよ」と誘導。事実早いしそんな感じがするんだけども...
なので心肺がキツくならないマイペースならばもうすぐにでもJOGできるちゅうわけだ。で、身体もよく動く暖かい午後が狙い目。

と、いつもは電車で行くお家へ走ってトライ、約9km。
「なんか走れる、今日♪」と狙い通りの言葉を放つわかりやすい彼女。
キツイ時は歩いて、約9km.....7〜8kmはゆっくりペースで走れたと思うけど、ずいぶんと走れるようになった母の日2連続の日曜日。
その晩は天ぷらでおいしく晩酌、ホタルイカの天ぷらはかなり美味だった。

走ったあとはサワーがうまいのでグビグビ、なるべくたくさん食べようと思うも、すぐに腹一杯になってあまり食べられないから、翌日の朝か昼になるべく。
と、強風荒れ狂う今朝も気持ちよく軽く走って、安くなっていたのり弁を。
のり弁はジャンクか?...栄養バランスほっといてのジャンク袋ラーメンもつけて...こういう組み合せはイイわやっぱりうまいの1000kcal。

今ではもうあまり歩けない実母...
その姿をみて、今こうして歩けること走れることはあたり前ではなく奇蹟だと改めて思う。
そう思う母の日でした。

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2014 5/9
『さよなら渓谷』

受賞作品....
吉田作品、気になっていて原作を。
ほぼ一気読み。
代表作でもある“悪人”を思いだしてしまう雰囲気で。

なんだかむなしいような、すごくさみしい気持ちになるけどおもしろかった。
最後のシーンもなんとも言えず....
映画も観てみよう。

真木よう子、ぴったりの役だと思った。
空虚なのかそれとも重いものに支配されたその姿、
予告の抱き合う真木よう子が脳裏からはなれない。

何もないような、逆になんか宿っているような雰囲気...
“ゆれる”、“そして父になる”でもそうだけど、忘れられない女優です。
あ、でっかい乳房も...
んっ、裸が似合います。

話題になっていた“怒り”もはやく読みたい。

そういえば、渓谷の“渓”って淫乱“淫”に似ているからなのかな、
なんだかそういう裸なイメージが最初に出てくるのは気のせいか。?
渓谷にある混浴の露天風呂とか、渓谷で裸の女性の死体がとか、自然たっぷりの渓谷で露出して写真を撮って楽しむ変わった性癖を持つ夫婦とか、そんなイメージもするんだけども。。

よく分らない感想になってきたので、さよなら。

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2014 5/8
『プロテクション』

バイクに乗る時にはラフな格好でな人も多いけど、
あたま以外は身体丸出しなので、事故のことを考えるとやはり最低限エンジニアブーツは履いておいた方がいいと自分は思っている。
20年以上バイクに乗っているけど、今まで4回ほど事故にあっている。
幸いにも軽症だったけど、Gパンのケツとモモがざっくりビリビリに裂けたり、エンジニアブーツにザックリ傷が....ワークブーツがザッと切れていたりと、もしブーツじゃなかったらかなりのケガになっていたなこりゃと経験した。
夜もふけた時間、転回専用の場所で曲がる時に中央分離帯と自分の車体のありえな間を抜けようとしたライダーに激突されて飛ばされた。前方不注意だと。
反対車線から右折横断してきた車の前方不注意で飛ばされた。
うしろの車、文庫本を読みながらの運転で激突してきて、踏んばってこけなかったけどこれがよくなくて背骨を痛めた。
峠の道でスピードのですぎでスッ転んで駐車してた原付に激突、自業自得。

ヒヤッとする瞬間....バイクに乗るだれにでもたまにあることだと思う。
自転車もそうだし、特にモーターサイクルはスピードも出る分、事故にあったらケガのリスクが高いですからね。すり抜けせずムリせず運転で。
過去記事 『バイクの夢』

...と、今朝ジョグしていたら、左の小道からえらいスピードでこっちの歩道に飛び出してきたチャリ♀と激突しそうに...口から心臓でるかと、とっさに腕だしてチャリのカゴをブロックして。ノーブレーキで見えないところから歩道にって、そんなスピードで、あり得ないわ。
何回も平謝りして彼女は去っていったけど、それ、相手が相手だったら吹っ飛んで死ぬよと思った。歩くのに毛のはえた程度のJOGでもたまにあるので、今日のは酷かったけど、より気をつけてだわ〜、スマホしながら運転の子も多いし。。

と、機能はぜんぜんちがうエンジニアブーツは脚のスネ保護にぴったしの長さですごく歩きにくいけど、ちょっと転けてもなんか大丈夫な感じがします。
ランニングシューズは走れるようになるにしたがって軽く薄く保護する機能が最低限になってゆく。保護と迫害、ちがうか。

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2014 5/7 #2
『キロ5分ぎり』

朝は1kmあたり6分前後でゆっくり走っている。
というか朝は身体が重いのでぜぇぜぇするし。

町をあちこちJOGする時は05'50''/km〜05'40''/km でちょうどいい。

信号がなくて走りやすい皇居だと05'30''/km前後で20kmはなかなか走れたなーもうムリって感じで、
05'10''/km前後で10km走るともうヘロッヘロの限界でもう一切走れずで、このペースはダッシュしているような感覚にちかい。

Finishまで最後の1kmをキロ5分台を切ることは出来ていたけど、1km以上は出来ないなぁと思ってて....でも、昨日切れました、フーデットの腹ポッケにウインナーフライ2本入れてて。
走っていると何だか脚もよく動くし身体が調子もいいので、ペースをグッと上げてみたところ、04'30''/km前後で走れていることに気づき、どこまでペースを保てるかやってみたら6kmも走れておどろき....8.23kmを平均で04'55''/kmだった。目標設定をしないのも時には多いに良い。
あと2kmはいけるかな?って、もうずっとダッシュしているような感じ。
今のところ最速ペースは04'20''/km、1kmだけ。
最長は途中で休憩して31kmを3:03'17''(05'57''/km)、休憩なしで30kmを3:34'13''(07'08''/km)が今のところの記録。
Timeを気にしていたら自分の場合は故障しちゃうだろうから、まっマイペースでこれからも、心臓が口からでないように...ポックリいかないように。

しかしまぁ、改札へ少しダッシュしただけで脂汗の顔面蒼白ゼィゼィはぁはぁに吐き気ももよおして....そんな5年前からは信じられないほど動けるようになった。
体質改善ってできるものだなぁと改めて思います、よかった。
日曜生活にJOGを取り入れて失ったものはないけど、得たものは膨大です。
えっ自分がこれを?っていうこと、真逆なことをするのもアリで、実はどんぴしゃだったりする。そう思えたのもいいこと。

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2014 5/7 #1
『ALS』

筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気です。
しかし、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害をうけ、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていきます。
その一方で、体の感覚や知能、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通です。

GW、飯能へ。
池袋から急行で50分のちょい長旅なので、気持ちがいい先頭車両へ。
っって、ここだけ大人達で混んでいる....
練馬くらいまでは住宅街の中をぬって走るので飛ばさないけど、
高架になって郊外へとむかうごとにちょっ速になっていく。

入間や飯能、名栗村、大滝や奥秩父へは昔からバイクでよく行っていたので、久しぶりにツーリングしたいなと思いつつ車窓を眺める。
と、飯能に到着。
先頭車両、真ん中を陣取っていたおじさんは50分ずーっと立って眺めていた。
途中チビらが入れかわり立ちかわりやってきて眺めるも微動だにせず...脚も強い。

朝ラーして教会へと徒歩で向う。
自然たっぷりゆえにブラックボディーの蚊のようななんかのキャラみたいなのが浮遊しまくっている。
いつも10kmとかふつうに歩いているので1kmの郊外の道はなんでもないけど、道は歩く人のための設計にはなっていないので歩きにくい。

しっかりといいお別れができました。

その後は名栗温泉 大松閣へお食事兼ねて親睦会を。
おいしいお料理を頂いて会話もはずみ、
たくさんの固形燃料らと熱気で汗だっくだく...
気づくと真っ暗になりお開き。
飯能駅までは山道で30分はゆうにかかる。

駅では原付ノーヘル3人乗りと彼氏彼女ノーヘル2人乗りが、
かわいくコールして暴走している....もうあまり見かけないもんなぁと。

帰りは準急、意外とこれもかっ飛ばすので早く感じるけど60分くらいかかって池袋に到着。下りは武蔵野台地をのぼっていって、上りは台地をくだっていくのが乗っててわかる。上りは省エネなのだろうか。

将来的に、ALSを根本的に治療する薬の開発につながる可能性があるタンパク質を発見したというニュースは先日のこと。

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2014 5/2
『千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔』

説明板より...
かつてここを流れていた千川上水は江戸六上水の一つで、1696年に幕府の命により河村瑞賢が設計したといわれ、千川太兵衛・徳兵衛の請負によって造られたものである。
全長は約28kmに及び、保谷村で玉川上水から分流し、石神井村〜下練馬村〜長崎村などを経て、板橋町〜巣鴨町より下谷、浅草に達していた。
この上水は、湯島聖堂、上野東叡山、小石川白山御殿、浅草寺御殿などに給水することを目的とし、余水は流域の武家・寺社・町家の飲料水として使われた。
1707年には、流域の村々の嘆願により、農業用水としての利用が認められるようになり、区内では長崎・池袋・巣鴨の各村がその恩恵を受けた。
千川上水は1722年に江戸への給水が中止され、1779年に再開されたが、1786年には上水としての利用は廃止された。
その間、流域の灌漑用水としての利用は続き、明治期以降は工場の産業用水としても利用された。
また、入水の堤には千数百本の桜が植えられ、花見の名所としてにぎわっていたが、戦後の都市化の進行とともに、区内では昭和28年から34年にかけて暗渠化工事が行われ、桜のほとんどが伐採され、流域の景観は一変した。
1989年、上水跡に区立千川親水公園が開設され、近隣住民の憩いの場となっている。

暗渠前の写真、水量もだいぶ豊富だったことがわかる。
下流域は千川上水の面影はほぼないけど、この地域は面影を少し残している。
整備された上水跡、野球少年らの声が響く活気のある場所として人々のために生きている。

説明板より...
この庚申塔は千川上水ができた時代より保存されておりましたが、昭和43年頃まで屋根付きの堂に五基安置され地元住民の素朴な信仰の対象となって親しまれたものですが、時代の流れに従って現在では昔の面影はなく、上水も暗渠になり庚申塔付近一帯が宅地開発となり、その時に姿を消失しました。
地域住民は庚申塔の行方を捜索しておりました昭和52年3月、練馬区の奥地北大泉の山林中に捨てられてあるのを練馬区民が発見し調査の結果、区役所の係官が重要文化財であることを確認し、地元に連絡され地元有志及び町会長が引き取り、御堂を建立し、文化財保護と供養に専念しております。

宅地開発にともなって邪魔と判断した愚かな会社や人々が住民の目を盗んでそっと運びだして山林に投棄したのでしょうか。
人々の想いが宿っているものを粗末にあつかった彼らの行末は想像に難くない。

桜の名所だった千川上水、その付近にあるその一部かもしれない桜が今年もきれいに咲き乱れておりました。
桜がみごとだった我が母校のひとつは、新しい年度を迎えることをなく閉校した。
今でもはっきり憶えている入学式、ソメイヨシノの咲き乱れる佳日。
遠くの親戚より近くの他人という、そのとおりの乳児幼少期だった自分。
1歳の頃にシスターに預けられその後施設に入り、他者に育てられたようなものだった...この付近の人々には心から感謝している。
家族と他者の愛情を深くる感じ大好きな地域です。

こうしてかつてお世話になった地域をぷらっとランニングしてまわってお参りもしたり、そして新たな発見をしたり、地域史を知ったりして土地や町の成り立ちがよくわかる。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)<十条台遺跡群>
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子七滝 見晴の滝跡の湧水と芝坂
■王子七滝 見晴の滝の名の由来
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝
■板橋区加賀 旧理化学研究所板橋分所跡から石神井川に落ちる雨水
■2020年秋 コロナ禍の音無川(石神井川)音無渓谷
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■王子神社のイチョウと王子大坂のおっぺし(立ちんぼ)
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■上板橋宿にあるかつての“板橋”の親柱と距離の札
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬(2020年10月26日加筆)
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■北区上十条 姥ヶ橋の延命地蔵尊に添えてある小さな角柱型文字庚申塔道標
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■北区岸町 上郷用水(石神井用水)に架かる岩槻街道の三本杉橋下から出土した縄文時代の丸木舟と中里遺跡出土丸木舟
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場先貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更) その後7月・10月と“おふじ道”
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■北区王子 飛鳥山1号墳
■北区中十条 日光御成道(鎌倉街道 中道 旧岩槻街道) 清水坂(清水坂遺跡)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 熊野坂
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区岸町 三平坂

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2014 5/1
『道』

先日、豊島区郷土資料館に行ったきた。
館内にある昔の池袋のジオラマは老朽化によっていい味を出していて。
その時にもらってきた冊子“かたりべ”はなかなか読み応えがあるすばらしい資料です。

その“かたりべ”で豊島区を通る鎌倉街道中道の特集があった。

「鎌倉街道」という言葉は江戸時代の文化・文政年間に江戸幕府により編纂された江戸および周辺地の地誌に頻用されており、江戸時代に江戸周辺の住民が「鎌倉街道」と口伝する道があったことが分かっている。wiki

ずーっと進んでいくと鎌倉、鎌倉幕府に行けるという道ですね。
今から800年も前の道なので現存していない道も多いけど、今の国道だったり都道だったりとかぶって現存している部分もあります。
で、再開発などで地面をほじくってみると出現することもある。

現在、豊島区の雑司ヶ谷、南池袋地域は再開発が行われていて、地面をほじって豊島区を通る鎌倉街道を調査をしたという。
調査結果で、道幅は拡幅されたことがわかったという。

この開発行為、区役所とタワーマンションが合体した建物が注目されて、タワマンは速攻で完売したそうな。下から2枚目の写真。
その現場の囲いにも鎌倉街道が説明されていた。
こちらもなかなか読み応えがあっておもしろい。
開発のメインでもある環状第5の1号線という道を整備している。一番下の画
目白通りの千登世橋から都電の線路・土地を拝借して明治通りの流れを変えるというえらい工事....いわゆるバイパスですね。
この明治通りのバイパスによって、池袋駅東口に用事がない車両は流入しなくなり混雑緩和になるという。
東口の真ん中、島には喫煙スペースが駅前歩道から移転してきたけど、将来的には撤去されるだろう。

...明治通り、五叉路の大きな交差点の手前にかつて踏切があった。
その名も第一鎌倉踏切といって、明治通りは鎌倉街道でもあった。
その踏切には貨物がとおり、一旦閉まると5−10分くらいだったか?
なかなか開かず、朝や夕方だったら大渋滞してみなイライラして待っていたのを憶えている。
池袋の予備校に行くのに、踏切のことがあって遅れたらいやなので、わざわざ迂回ルートを通ってバイク通学をしていたのも懐かしい。
その頃にはまだ、でかいオート三輪が中山道を走っていて、たまに見かけると興奮したものです。

飲食業界の若き経営者らが何年も前に南池袋に出店して、今も話題になっている。
熱い池袋、住みたい街ランキング3位にもなってこれからも注目されるのでしょうか。

現在の区役所はいち早く耐震?改修工事をしたと記憶しているけど、移転してこんな立派なのに建替えるとは...人命にかかわることだからムダではないけど、どうなのでしょうね。

地図好きな人には興味深い開発行為です。

古道、新しい道、道はおもしろい。