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2019 11/21 『姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水』

環七と本郷通りの交差点に姥ヶ橋延命地蔵尊がある。
地図の赤丸部分。
立派で大事にされているのがよく分りますね。

ーーーーーーーーーーーー案内板から引用

この地蔵尊は、袈裟をまとい、右手に錫杖を執り、左の掌に宝珠を載せ、正面を向いて蓮華座に立つ、安山岩系の石材を丸彫りした地蔵菩薩像です。
台座には「享保九年(一七二四)甲辰天十一月吉日 石橋供養」の銘文が刻まれています。
向って左側の堂内には石造りの子育地蔵尊がまつられています。
説明板の横には、道しるべでもある小型の文字庚申塔と地蔵尊の由来碑があります。
像は、「姥ヶ橋の地蔵様」と呼ばれて親しまれています。
姥ヶ橋とは、稲付川に架かっていた橋の名称です。
稲付川は石神井川の支流であり、根村用水とも北耕地川ともいって農業用水として利用されていました。
姥ヶ橋には、誤って川に子どもを落して死なせてしまった乳母が、自ら責めを負ってこの橋から身を投げて命を落したという伝説があります。そして地蔵尊の造立は、乳母の供養のためと伝えられていますが、銘文によれば川に架かる石橋の安全供養のためによるものです。
また、「出合地蔵」とも呼ばれています。橋のたもとは、川口への交通路としても利用された十条・板橋道と中山道から分れて王子稲成へ向う王子道とが合流する交通の要所だったのです。
現在は環状七号線の建設で川は暗渠となり、姥ヶ橋も姿を消しました。しかし、延命地蔵尊には参詣者の絶えることがなく、毎年八月二十四日の縁日には多くの人々で賑わいます。

平成八年三月
東京都北区教育委員会

ーーーーーーーーーーーー

かつての縁日では、露天がとても多く出店していたようだが、今では規模は縮小しているとのこと。
白黒の地図は1900年頃のもので、赤丸部分が姥ヶ橋延命地蔵尊で青い線が根村用水(中用水、北耕地川)で、現在は暗渠となっている。
暗渠跡が下から2枚目の写真で、手つかずのままとなっている。
この場所は小高い丘状になっているので、根村用水は丘を切り通して流している。
写真一番下が暗渠前の当時の写真で、明記されてはいないが、他の場所はこれほど高低差がないので、おそらく姥ヶ橋近辺の切り通し部分ではないかと思う。
下から2枚目の写真は環七の真下の写真で、奥は急な階段になっていて、高低差が結構ある。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
池袋の川 水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
秋葉原 神田柳森神社 力石
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
のぞき坂
宝竜寺坂と念仏坂
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
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法明寺 威光稲荷堂
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
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椿山荘 古香井
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田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
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赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
東京の坂道 網干坂
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北区十条仲原 游鯉園の坂
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赤羽台第3号古墳石室
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庚申塚 巣鴨遺跡
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出井の泉跡(出井川)
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赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
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消えた日暮里富士見坂
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戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)