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2004年3月〜
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2018 12/29 『良いお年をお迎えください』

様々なことを乗り越えて、一瞬目を瞑ったらもう一年が終わろうとしているような感覚。それが二年も続いて、少しは自分の時間が持てるようになってきたけど、これからも、し続けることには変わりはない。
歳を重ねるということは、こういうこと。
何のことを言っているのだろうかと思われるでしょうね。

さて、今日で仕事納め。
お世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。

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2018 12/27 『文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂』

----------------------------- 案内板からい引用
この坂上の高台は、徳川幕府の老中職をつとめた旧関宿藩主・久世大和守の下屋敷のあったところである。(関宿藩は現在の千葉県野田市で、利根川と江戸川の分岐点にあたり、利根川水運の要衝であることから、江戸幕府にとっては重要拠点だった。
そのため信頼の厚い譜代大名がその藩主に任じられた)そのため地元の人は「久世山」と呼んで今もなじんでいる。
この久世山も大正以降は住宅地となり、堀口大学(詩人・仏文学者 1892-1981)やその父で外交官の堀口九万一(号長城)も居住した。
この堀口大学や、近くに住んでいた詩人の三好達治、佐藤春夫らによって山城国の久世の鷺坂と結びつけた「鷺坂」という坂名が、自然な響きを持って世人に受け入れられてきた。
足元の石碑は、久世山会が昭和7年7月に建てたもので、揮毫は堀口九万一による。
一面には万葉集からの引用で、他面にはその読み下しで「山城の久世の鷺坂神代より春ハ張りつつ秋は散りけり」とある。
文学愛好者の発案になる「昭和の坂名」として異色な坂名といえる。

文京教育委員会 平成18年3月
----------------------------

江戸川橋や鳩山会館の近く、地図の黒丸に鷺坂がある。
鷺坂を下ったすぐ底は、東池袋の美久仁小路を源流として、今は暗渠となった水窪川が流れていた。
この小日向台地(小石川台地)は、今でも湧き水が崖線からちょろちょろと流れ出している。
【過去記事】
池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
今宮神社駐車場の湧水 (水窪川の崖)
文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
目白台 台地の屋敷
切支丹屋敷跡地からシドッティ

維新後のこの地は、徳川幕府最後の将軍 徳川慶喜や会津藩主 松平容保も晩年に屋敷を構えた由緒ある土地である。
隣の関口台地にも、熊本藩細川家下屋敷や久留里藩黒田氏下屋敷(その後、山県有朋の屋敷となり、現在は椿山荘)があり、神田上水の工事の際に、松尾芭蕉が住んでいたこともある。

そんな小日向のヘアピン急カーブの鷺坂を見ていると、うずうずして仕方がないのは性分....今は無き文京五中にもし通っていたら、スケートボードで滑走して、グラビティを危なく楽しんでゲラゲラ笑っていたことだろうなと、ふと思って。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋の橋桁
谷端川 大塚にある瀧不動
谷端川下水道幹線 SPR工法
谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
板橋区大山西町の用水路
石神井川 河川争奪
かつての石神井川
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
石神井川 板橋いこいの森
石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
石神井川 音無こぶし緑地の湧水
石神井川 正受院 不動の滝跡(瀧不動の碑)
石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
昭和の石神井川
板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
石神井川上流 下野谷遺跡
古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
弥生式土器の発見地
縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
板橋区 根ノ上遺跡
板橋区 稲荷台遺跡
王子七滝
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
北区 中里遺跡出土丸木舟
武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
赤羽自然観察公園の湧水
北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水
旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
台東区 須藤公園
田柄川の水源と茂呂遺跡
田柄川
石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
池袋の川 弦巻川
豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
豊島区の湧き水と池
池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
今宮神社駐車場の湧水 (水窪川の崖)
東池袋遺跡
ボクらのホームグラウンドの前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
板橋区 赤塚不動の滝と大根
板橋区 出井の泉跡(出井川)
板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
板橋区 中台馬場先貝塚
江古田川 不動橋と垢離取不動尊
江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
玉川上水
新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
鎌倉街道 中道 並木橋
猿楽古代住居跡(代官山)
渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
目黒元富士跡 上目黒1―8
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
池袋富士塚と池袋貝塚
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
豊島長崎の富士塚
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
駒込富士神社と古墳群
赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
北区赤羽北 稲成の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
秋葉原 神田柳森神社 力石
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
豊島区 のぞき坂
豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
豊島区 法明寺 威光稲荷堂
墨田区 都立横網町公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
北区赤羽西 真正寺坂
北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
文京区小日向 茗荷坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
板橋区・北区 御代の台
北区 中十条(東十条) 地蔵坂
北区 中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
北区 岸町 三平坂

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2018 12/26 『弥生式土器の発見地』

日本人はどこからやってきたのだろうか....人類史のアップデートが著しい今、DNAの解析から色々なことが分ってきたという。
特に、縄文人は謎だらけでほんとユニークな人類なようだ。
こうした太古の先輩の血が流れている日本人は、実にユニークで優秀だということは、日本人である私たちにとってとても誇らしいこと。

さて、文京区の東京大学付近、言門通りと本郷通りの交差点を上野方面に少し進んだところに、弥生式土器の発見地の案内板がある。
当たり前だけど、歩道に向けて立てられているので、車両で通りすぎると全くわからないのが、少し残念な気がする。
文字どおり、弥生式土器がこの地で発見されて、土地の名前である弥生町から弥生式土器、弥生時代と名付けられた。
しかし、発見場所が詳しく伝えられていないために、発見候補地が4つあるという。
坂を下ると不忍通りが通っていて、その一本裏にはかつて古石神井川が流れていて、不忍池をつくった。
昔の石神井川は、縄文時代に北区の飛鳥山を越えて、流れが一気に変わって(河川争奪と言い、一番下の地図の赤丸部分で台地を突き破っているのが分る。)、現在の流れになったが、巣鴨の染井霊園にかつてあった長池などの水は、河川争奪後も湧きだしていて、谷田川(下流では愛染川と言われていた)という川として不忍池に注いでいた。(一番下の地図の赤丸よりも下の方に、かつて流れていたのがわかる。国土地理院より)
かつての人々はこの本郷台地の上に住まい、土器をつくり、貝などを獲って生活をしていたということだ。いわゆる一等地とも言える場所だろう。
この国の史跡に指定されている弥生二丁目遺跡付近は江戸時代には、加賀藩の上屋敷として使われ、その後に東京大学のキャンパスとなり、太古の昔から現代でも変わらずに一等地でもあるわけだ。(一番下の地図の黒丸部分)

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋の橋桁
谷端川 大塚にある瀧不動
谷端川下水道幹線 SPR工法
谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
板橋区大山西町の用水路
石神井川 河川争奪
かつての石神井川
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 松橋弁財天洞窟跡
北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標
北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
石神井川 板橋いこいの森
石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
石神井川 音無こぶし緑地の湧水
石神井川 正受院 不動の滝跡(瀧不動の碑)
石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
昭和の石神井川
板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
石神井川上流 下野谷遺跡
古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
弥生式土器の発見地
縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
板橋区 根ノ上遺跡
板橋区 稲荷台遺跡
王子七滝
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
北区 中里遺跡出土丸木舟
武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
赤羽自然観察公園の湧水
北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水
旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
台東区 須藤公園
田柄川の水源と茂呂遺跡
田柄川
石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
池袋の川 弦巻川
豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
豊島区の湧き水と池
池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
今宮神社駐車場の湧水 (水窪川の崖)
東池袋遺跡
ボクらのホームグラウンドの前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
板橋区 赤塚不動の滝と大根
板橋区 出井の泉跡(出井川)
板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
板橋区 中台馬場先貝塚
江古田川 不動橋と垢離取不動尊
江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
玉川上水
新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
鎌倉街道 中道 並木橋
猿楽古代住居跡(代官山)
渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
目黒元富士跡 上目黒1―8
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
池袋富士塚と池袋貝塚
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
豊島長崎の富士塚
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
駒込富士神社と古墳群
赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
北区赤羽北 稲成の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
秋葉原 神田柳森神社 力石
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
豊島区 のぞき坂
豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
豊島区 法明寺 威光稲荷堂
墨田区 都立横網町公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
北区赤羽西 真正寺坂
北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
文京区小日向 茗荷坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
板橋区・北区 御代の台
北区 中十条(東十条) 地蔵坂
北区 中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
北区 岸町 三平坂

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2018 12/14 『ランニングウォッチ』

数ヶ月ぶりだっただろうか。
今週の日曜日に久しぶりに付けて、帰宅後にポロンとベルトがとれた。
一体形状なので、ベルトの交換だけは無理。
まだまだ使えると、しばらく放置してたところ、電源のONOFFなど問題ないのだけど、GPSの計測・履歴ボタンがdeath。
シリコンだから、耐用年数はそれほどでもないと思うけど、約4年半使うことができた。
やはり機械ものは少しいじらないと、だめになりますね。iPodもしかり。。

自分のようなファンラン(気ままに楽しく走るっていう意味だったかな)だと、高性能な機能も要らないし....さて、どこのメーカーのランニングウォッチが良いのだろうか。たくさんモデルがありすぎて、よく分らないので要吟味。
身体のコンディションが良いと、おもいっきり走りたくなるから、やはりランニングウォッチは欲しいところ。ガーミンかな。エプソンもいいけど、うちのプリンターはずっとエプソンで、優秀だし。
しばらくは、スマートフォンのNIKEのアプリケーションで良いか。

急激に寒くなってきました。ご自愛ください。