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2018 12/29 『良いお年をお迎えください』

様々なことを乗り越えて、一瞬目を瞑ったらもう一年が終わろうとしているような感覚。それが二年も続いて、少しは自分の時間が持てるようになってきたけど、これからも、し続けることには変わりはない。
歳を重ねるということは、こういうこと。
何のことを言っているのだろうかと思われるでしょうね。

さて、今日で仕事納め。
お世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。

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2018 12/27 『文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂』

----------------------------- 案内板からい引用
この坂上の高台は、徳川幕府の老中職をつとめた旧関宿藩主・久世大和守の下屋敷のあったところである。(関宿藩は現在の千葉県野田市で、利根川と江戸川の分岐点にあたり、利根川水運の要衝であることから、江戸幕府にとっては重要拠点だった。
そのため信頼の厚い譜代大名がその藩主に任じられた)そのため地元の人は「久世山」と呼んで今もなじんでいる。
この久世山も大正以降は住宅地となり、堀口大学(詩人・仏文学者 1892-1981)やその父で外交官の堀口九万一(号長城)も居住した。
この堀口大学や、近くに住んでいた詩人の三好達治、佐藤春夫らによって山城国の久世の鷺坂と結びつけた「鷺坂」という坂名が、自然な響きを持って世人に受け入れられてきた。
足元の石碑は、久世山会が昭和7年7月に建てたもので、揮毫は堀口九万一による。
一面には万葉集からの引用で、他面にはその読み下しで「山城の久世の鷺坂神代より春ハ張りつつ秋は散りけり」とある。
文学愛好者の発案になる「昭和の坂名」として異色な坂名といえる。

文京教育委員会 平成18年3月
----------------------------

江戸川橋や鳩山会館の近く、地図の黒丸に鷺坂がある。
鷺坂を下ったすぐ底は、東池袋の美久仁小路を源流として、今は暗渠となった水窪川が流れていた。
この小日向台地(小石川台地)は、今でも湧き水が崖線からちょろちょろと流れ出している。
【過去記事】
水窪川
今宮神社駐車場の湧水
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
目白台 台地の屋敷
切支丹屋敷跡地からシドッティ

維新後のこの地は、徳川幕府最後の将軍 徳川慶喜や会津藩主 松平容保も晩年に屋敷を構えた由緒ある土地である。
隣の関口台地にも、熊本藩細川家下屋敷や久留里藩黒田氏下屋敷(その後、山県有朋の屋敷となり、現在は椿山荘)があり、神田上水の工事の際に、松尾芭蕉が住んでいたこともある。

そんな小日向のヘアピン急カーブの鷺坂を見ていると、うずうずして仕方がないのは性分....今は無き文京五中にもし通っていたら、スケートボードで滑走して、グラビティを危なく楽しんでゲラゲラ笑っていたことだろうなと、ふと思って。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
のぞき坂
巣鴨遺跡
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
庚申塚 巣鴨遺跡
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
根ノ上遺跡
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
逆川(古石神井川の流路)
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台

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2018 12/26 『弥生式土器の発見地』

日本人はどこからやってきたのだろうか....人類史のアップデートが著しい今、DNAの解析から色々なことが分ってきたという。
特に、縄文人は謎だらけでほんとユニークな人類なようだ。
こうした太古の先輩の血が流れている日本人は、実にユニークで優秀だということは、日本人である私たちにとってとても誇らしいこと。

さて、文京区の東京大学付近、言門通りと本郷通りの交差点を上野方面に少し進んだところに、弥生式土器の発見地の案内板がある。
当たり前だけど、歩道に向けて立てられているので、車両で通りすぎると全くわからないのが、少し残念な気がする。
文字どおり、弥生式土器がこの地で発見されて、土地の名前である弥生町から弥生式土器、弥生時代と名付けられた。
しかし、発見場所が詳しく伝えられていないために、発見候補地が4つあるという。
坂を下ると不忍通りが通っていて、その一本裏にはかつて古石神井川が流れていて、不忍池をつくった。
昔の石神井川は、縄文時代に北区の飛鳥山を越えて、流れが一気に変わって(河川争奪と言い、一番下の地図の赤丸部分で台地を突き破っているのが分る。)、現在の流れになったが、巣鴨の染井霊園にかつてあった長池などの水は、河川争奪後も湧きだしていて、谷田川(下流では愛染川と言われていた)という川として不忍池に注いでいた。(一番下の地図の赤丸よりも下の方に、かつて流れていたのがわかる。国土地理院より)
かつての人々はこの本郷台地の上に住まい、土器をつくり、貝などを獲って生活をしていたということだ。いわゆる一等地とも言える場所だろう。
この国の史跡に指定されている弥生二丁目遺跡付近は江戸時代には、加賀藩の上屋敷として使われ、その後に東京大学のキャンパスとなり、太古の昔から現代でも変わらずに一等地でもあるわけだ。(一番下の地図の黒丸部分)

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
のぞき坂
巣鴨遺跡
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
庚申塚 巣鴨遺跡
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
根ノ上遺跡
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
逆川(古石神井川の流路)
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台

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2018 12/14 『ランニングウォッチ』

数ヶ月ぶりだっただろうか。
今週の日曜日に久しぶりに付けて、帰宅後にポロンとベルトがとれた。
一体形状なので、ベルトの交換だけは無理。
まだまだ使えると、しばらく放置してたところ、電源のONOFFなど問題ないのだけど、GPSの計測・履歴ボタンがdeath。
シリコンだから、耐用年数はそれほどでもないと思うけど、約4年半使うことができた。
やはり機械ものは少しいじらないと、だめになりますね。iPodもしかり。。

自分のようなファンラン(気ままに楽しく走るっていう意味だったかな)だと、高性能な機能も要らないし....さて、どこのメーカーのランニングウォッチが良いのだろうか。たくさんモデルがありすぎて、よく分らないので要吟味。
身体のコンディションが良いと、おもいっきり走りたくなるから、やはりランニングウォッチは欲しいところ。ガーミンかな。エプソンもいいけど、うちのプリンターはずっとエプソンで、優秀だし。
しばらくは、スマートフォンのNIKEのアプリケーションで良いか。

急激に寒くなってきました。ご自愛ください。