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2018 8/31 『MacBook Pro 2017 Wi-Fiがつながらない症状』

先日、ルーターをsoftbankのルーターにして、セットアップをした。
MacBook ProのWi-Fiだが、最初はつながってホッとしていたけど、すぐにページの読み込み速度がえらい低下して、一切読み込まなくなった。
で、再起動かけたり、ワイヤレス診断をしたり、あれこれやってみたけど、ダメで、画像一枚目のように、「Wi-Fiはオンになっていますが、ネットワークには接続されていません。 」となった。
で、検索しまくってあれこれあれこれ、外付けHDが悪さするとか、USB-3.0が悪さするとか、いろいろやってみたけど、一切うんともすんともつながらなくなった。OSは最新のアップデートをする時間がとれないので、最終的にはこれをやってみようと後回し。
で、携帯はふつうにつながっているので、ルーターの問題ではなく、mac本体の問題だろうと、またあれこれしてみたけど、結局だめで、まぁ有線でも良いかとあきらめかけていたところ、 Type-cのハブを根元から引っこ抜いてみて、設定してみたら、すんなりとWi-Fiにつながって、安定した。
2日かかったけど、MacBook ProはこのType-c、USB3.0をつなぐと電波と干渉することが分った。
基本、マウスを使って仕事をするので、ハブを外してネットをみる意外は、結局有線にしないとならないということだけど。
でもまぁ繋がって良かった。
同じような症状の人は、ハブを引っこ抜くと良いかと思う。
ちなみに、Bluetoothはハブをつないでいても干渉しない。

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2018 8/27 『庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号』

庚申信仰は、江戸時代に盛んに行われ、多くの講(グループ)が作られました。
それにともない、たくさんの庚申供養塔があちこちの路傍に建てられたのです。
その信仰とは、六十日ごとに巡ってくる庚申の夜、うっかり寝てしまうとそのまま死んでしまうことがあると信じられていました。
庚申の日は、一晩中飲んだり食べたりしながら語り明かして、眠らないようにして過ごしたのです。
その仲間を庚申講と呼びました。
ここには五基の庚申塔と馬頭観音が一基あります。
囲いのなか向かって右側より、寛文八年(一六六八)、延宝四年(一六七六)、延宝二年(一六七四)、寛文四年(一六六四)の庚申塔があり、明治三十八年(一九〇五)の庚申塔は馬頭観音と共に囲いの外に建っています。
渋谷区教育委員会

地図の赤丸、住宅街に大谷石で囲まれた丘(塚、古墳だろうか?)に、この庚申塔が立っている。
お供え物のお酒などがあって、今でも近隣住民に大切にされているのがわかる。
1896-1909年の地図を見てみると、村と村を結ぶ重要な道であることもわかる。
上記に「六十日ごとに巡ってくる庚申の夜、うっかり寝てしまうとそのまま死んでしまうことがあると信じられていました。」と説明書きがあるが、詳しくは、人の身体の中には三匹の虫が居て、庚申の日だけ、寝ている間に身体から出るこができ、天に昇り、寿命を司る神に悪行を報告すると、神は人の寿命を縮めてしまうのだそうだ。
腹の虫がおさまらないとか虫の居所が悪いと言ったりするが、この虫のことだという。【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
池袋の川 水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
秋葉原 神田柳森神社 力石
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
のぞき坂
宝竜寺坂と念仏坂
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
法明寺 威光稲荷堂
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
横網公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
根ノ上遺跡
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地)
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)

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2018 8/16 『穩田川(渋谷川)の支流』

30年以上前、小学生の頃から原宿にはたまに遊びに行っていた。
素敵なファッションのお兄さん方を観に行っていた。
高校生の時に、初めて明治神宮にお参りデートした....ディナーは決まってじゃんがららーめんだった。
さて、明治神宮には湧水であるかの有名な清正の井があり、いくつか池をつくっている。
溢れ出した水は竹下通りの一本裏、プラームスの小径と言われている細いストリートの下を暗渠で流れて、明治通りを越えて、穩田川(渋谷川)へと注いでいる。地図二枚目。
穩田川(渋谷川)は現在のキャットストリートで、渋谷駅付近で宇田川が合流して、その先は開渠として、恵比寿方面へと流れている。
原宿の竹下口が坂の底、谷底になっていることが分るが、この支流が削った地形。
代々木駅で降りて、北参道から明治神宮へ入るコースが気持ちがいい。【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
池袋の川 水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
秋葉原 神田柳森神社 力石
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
のぞき坂
宝竜寺坂と念仏坂
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
法明寺 威光稲荷堂
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
横網公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
根ノ上遺跡
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地)
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)

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2018 8/14 『水無橋 神南2丁目1番先』

表参道駅方面から神宮前5丁目〜神宮前6丁目を横断し、ここに至る道路は歴史が古く、江戸時代からあったものです。
青山から代々木村に達するただ一つの幹線道路でした。
明治16年(1883)に日本鉄道の品川・赤羽線(現在の山手線の前身)の建設が計画されました。
その線路を敷くために、新たな切り通しがここに作られました。
そのため、今まで使っていた大切な道路が切られてしまうということで、線路の上に架けられたのがこの水無橋です。
陸橋として作られたものでは、東京でも古い方でした。
その後、今の橋に架け替えられています。
渋谷教育委員会

地図一番上、原宿駅のすぐ近くの赤丸で囲ったところに架かっていいるのが水無橋で、今も生活道路として近隣の住民や近くに勤めている方々には重宝がられている。
かつて20年と少し前だが、原宿のプロペラがあった通り(現 ネイバーフッドがある通りで、エイプやアンダーカバー、古着のヴィンテージキングやバナナボート、ヘクティック、ダウンオンザコーナー、スニーカー屋blues、お米屋さんが営んでいる生姜焼きが激ウマだった有名な定食屋などがあった通り。30年ちょい前には悪役商会があった通り。)に友がお店を構えていて、 混んでいる表通りを避けて、よく裏道を使って移動していて、その時にその友に教えてもらった裏道がこの水無橋が架かっている道だった。
渋滞している交差点を避けて、メインストリートに抜けることが出来るためにとても便利な古道だ。
下から2枚目の地図は1896年〜1909年にかけてのもので、赤丸で囲ったところが水無橋で、代々木村へと続いているのがわかる。現在の表参道から続く代々木公園のメインストリートに吸収されているのが、この水無橋に架かる古道。

余談だが、明治通りと表参道の交差点は、常に渋滞をしていて、青山方面から明治通りへと下り、右折するレーンはとにかく時間がかかる。それ故に違反をしない二輪ライダーも四輪も、一端直進して、交差点すぐの左へと入れる一方通行の道を使い、明治通りに出て直進をすると早い。これは原宿を拠点とするドライバーらには昔から広く知れていて、自分もかつてはよく使っていた。少し前に、松本人志の◯◯な話で『捨て左折』という企画で放送していたことがある。
ショップ巡りも良いけど、気付かない歴史がたくさんあるのがともておもしろい町です。【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
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谷端川 田楽橋
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石神井川
かつての石神井川
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石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
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石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
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稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
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中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
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長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
池袋の川 水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
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根ノ上遺跡
田柄川の水源と茂呂遺跡
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稲荷台遺跡
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巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
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文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
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健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)

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2018 8/8 『温度差』

昨日は23℃で3日前は37℃.....えらい差だけど、身体には優しい気温。
ロングスリーブとランパンでゆっくり目のジョグを。
少し寒さも感じるのは、日中は扇風機のみで、エアコンはつけていないから。キツイなと思えば少しつけるだけで、寝る時は寝室が暑いのでつけっぱなしにしている。
こんな風になったのも、かれこれ15年は経つ。体質改善をしないと、日常生活があれこれ辛くなってきたからで.....置き型の扇風機よりも壁掛け式の扇風機の方がグンと涼しいのでおすすめです...うちには二台掛けてある。
さて、そんな涼しい日にはもってこいの夜ジョグを....涼しいけど、走り終わったら全身塩まみれ。赤だしの豚汁がおいしい晩だった。
話が飛ぶが、歴史が好きになってかなり経つけど、遡っていくとやっぱり縄文時代や古墳時代もかなりおもしろいし、どんどんエスカレートしていって、人類のルーツにまでいくことになる。それがまたおもしろい。
日本独特のヒトである縄文人ってとても奥が深いんですよね。
気付いていないだけで、身近にたくさんの遺跡があるので、巡ってみるのもとてもおもしろいものです。
東京都遺跡地図情報

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2018 8/2 『電話番号の表札』

町を歩いていると、たまに見かけるずいぶんと昔の電話番号の表札。
家庭に電話がまだぜんぜん普及していなかった時代のものだろう。
ご近所さんにもこの番号で繋げていたのだろうか。

時代は変わるが、自分が小学校低中学年の頃は、今みたいに一家に一台電話があるという時代ではない...というか、そういう地域だったのだろうか、学級の連絡網には“◯◯方(呼び出し...だったかな?)・・・・”という家庭の子が何人もいた。
自分が小学校にあがる頃に、ちょうど電話が我が家にやってきたように思うが、定かではない 。
小学校に上がる前は、施設に住んでいたので、その頃は“◯◯◯◯◯呼出 ◯◯”だっただろう。
自分が二十歳になった年の成人式の当日朝に、その施設で大変お世話になった先生から、お祝いの電報が届き、母と共にぽろぽろと泣いた。先生、憶えていてくれたんだと....心から嬉しかったのを憶えている。
先生は今生きているか分らないが、生きていてもお亡くなりになっていても、毎朝必ず先生と家族の健康と幸せを祈っている。

話がずれたが・・・
そして、クラスには大家族のために、毎日銭湯にも行けずに、身体が臭う子も何人もいた。
毎日汗だくで、どろんこになるまで汚れて、それで何日も風呂に入れないのだから仕方がないはずで。
逆に、裕福な家庭の子も何人もいたけども。
様々な家庭の子と遊び学び、その子らのたくさんの親にも接して、差別をしない心の機微に触れて安堵したり、見下されてぞんざいに扱われたり、悪態をつかれたり、とか、大人ってこう言う態度をとるんだなぁ....俺はこういう大人には負けないためにも一所懸命勉強して遊んでやるとホントよく思ったものです。

写真、上から2・3・4枚が、その当時(小学校にあがる前まで)住んでいた施設。
木の長い床....好きだったなぁ。
この当時、母はカメラを持っていなかったはずなので、先生か施設関係者が撮ってくれたものだろうと思う。しかもカラーだ。

現在、この施設は廃止され、保育園のみ現存する。
感謝しかありません。

....しかしまぁ〜この当時は、あちこちに散らばるブラウンの地雷との闘いだった。
みんなで銭湯に行く途中で、シューズの裏を包み込むほどの巨大なブラウンの地雷を踏んづけてべっこべこに凹んだり。
砂場で遊びゃぁ、ブラウンの地雷をグラブして、嫌〜な気持ちになったり。
とにかく、ブラウンの地雷を踏まないように気をつけてたなぁ。
今と昔では食べ物が違うからなのだろうか、昔のブラウンの地雷はまぁ〜本当にめちゃくちゃ臭かった。
何回負傷したことだろうか。
そんなの憶えていないくらいだ。
一番臭っていたクラスメイトは、自分だったりして。
ふと、そう思った。
・・・ でも、歴史ある良い町で育った。

当時、母が持っていた電話の権利は、何年か前に、もうお返ししたと言っていた。
携帯電話の普及や、ネットの発達などで、電話の価値が当時と様変わり。
時代の流れですね。

<2018 8/2 加筆>
お世話になった施設の先生から戴いたお祝いの電報....実家を整理していたら出てきたので掲載。

【過去記事】
幕末を巡って
復活 上野清水観音 堂月の松
散歩JOG
身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
吉祥寺 榎本武揚の墓
榎本武揚から緒方洪庵へ
高島流
大円寺 高島秋帆の墓
明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
千葉周作の墓 木戸孝允の駒込別邸
板橋城跡 赤塚城跡
遺されたものが語ること#2 石神井城跡
仙がい義梵
赤穂浪士ゆかりの寺
迷子センター
別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
時忘れじの塔
浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
縁切り榎 政略結婚と女性救済の場
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
目白台 台地の屋敷
近藤勇と新選組隊士供養塔
板橋宿平尾脇本陣豊田家
新選組 沖田総司 逝去の地
雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
清戸道の名家
池袋 四面塔尊
新宿に縄文人現る
日本人のルーツ
縄文人の核DNA解析
加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋
ハッピーロード大山商店街 横道に佇む“命”の碑
補助第26号 板橋区大山 山中通り商店街
江戸橋通り 出桁造り

板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡』案内板
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場
ふじ大山道
雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
上板橋宿と大山福地蔵尊
町民を癒し見守る大山福地蔵尊
宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
田端 東覚寺 赤紙仁王
中山道 齋藤商店
本郷肴町 棒兼
池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
現存する都内の一里塚
散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
東京第一陸軍造兵廠 標石 陸軍用地
巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩
千石緑地
延命地蔵堂の石造物群
観明寺 左甚五郎作の龍
板橋遊郭 新藤楼
旧中山道はタネ屋街道
葛飾北斎墓
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
北区十条四軒道路にある出桁造り
日曜寺の扁額
目白通りにある出桁造り
渋谷川 庚申橋供養碑
王子稲成神社 御石様
JR貨物北王子線と廃線跡
醤油電車(東武東上線)
陸軍板橋火薬製造所跡
加賀藩と黒作り
加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
加賀藩前田家の駕篭
加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜
加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
北区中十条3丁目の出桁造り
文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
旧中山道 縁切榎
根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
蓮根馬頭観音縁起
四ツ又馬頭観音
北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
北区王子3・4丁目の出桁造り
電話番号の表札
小松屋横町道
谷中、上野桜木の出桁造り
板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡
板橋区赤塚 鎌倉古道
北区西ヶ原の出桁造り
文京区根津の出桁造り
国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
西池袋 自由学園明日館
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
板橋区高島平 六の橋のグラフィック
江戸城 松の大廊下跡
中仙道か中山道か
醤油電車(東武東上線)
下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
同潤会 上野下アパート
姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水
北区滝野川 御代の台仲通り商店街の出桁造り