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2020 9/15 『薬師の泉庭園 板橋区指定記念物』

一番上の地図、青丸部分に薬師の泉庭園がある。
この薬師の泉庭園は武蔵野台地の崖を背負っていて、かつてこの地には大善寺があったが、台地の総泉寺に合併吸収されて庭園は荒廃してしまい、その後、薬師の泉庭園として整備し開放された。

薬師の泉庭園 板橋区指定記念物から引用ーーーーーーーーーー

「境内山の腰より清泉湧出」と「江戸名所図会」(江戸時代の地誌)の挿絵に描かれた薬師の泉は、かつてこの地にあった大善寺という曹洞宗寺院の境内にありました。
江戸時代、八代将軍徳川吉宗が志村周辺で鷹狩りをした際、大善寺に立ち寄り、境内に湧き出す清水を誉めて、寺の本尊である薬師如来を「清水薬師」と命名したと伝わっています。
この他にも、江戸時代の文献などには、薬師の泉や周辺の清水に関する記載が多く見られ、この地が古くから良質の水を産する土地であったことを物語っています。
板橋区では、先の挿絵(下図)をもとに庭園整備を行い、平成元年一二月に「薬師の泉庭園」を開園いたしました。挿絵は、現在のあずまや付近から見下ろした境内の風景を描いています。画面左上に見える道は、中山道の清水坂です。泉の水は、中山道を通る旅人の喉も潤していたのでしょう。
教育委員会では、この整備をうけて、同二年度、当庭園を記念物に指定しました。

平成10年三月
板橋区 板橋区教育委員会 板橋区観光協会掲
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写真1〜4枚目、門をくぐると階段になっていて、台地の崖を下りて行くと湧水を使った池が現れる。

『江戸名所図会』と薬師の泉から引用ーーーーーーーーーー

『江戸名所図会』は神田雉子町の名主、斉藤幸雄、幸孝、幸成ら三代が四十年の歳月をかけて天保七年(一八三六)に完成した江戸風俗地誌。絵は長谷川雪旦の筆になり精確と評価されている。
図中、左上が中山道清水坂、階段を下り細流の橋を渡ると大善寺境内、右手のお堂が清水薬師で参拝者も描かれている。崖下にひろがる池泉近くに湧出する清泉がある。これを地域の人々は「薬師の泉」と呼んで親しんできた。

清水薬師
清水坂

境内山の腰より 清泉沸出す 故に清水の号あり 此辺夏蘿蔔(だいこん)を 名産とす 清水種とて 世に賞しはべり

板橋区
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写真7〜8枚目、庭園を見回しても湧水を見かけないが、おそらくこの写真の設備が湧水を導くものだと思われ、崖に挿入された樋が詰まっているように見えるが、石積み部分から湧きだしてくるのだろうか。板橋区のサイトには<渇水期には泉が湧いていない場合があります>と書かれている。

上記の『江戸名所図会』より、
<境内山の腰より 清泉沸出す 故に清水の号あり 此辺夏蘿蔔(だいこん)を 名産とす 清水種とて 世に賞しはべり>
とあるので、池の底ではなく、崖線からの湧水だとわかるので、やはりこの写真7〜8から僅かに湧きだすこともあるのだろう。

かつては志村三泉として、出井の泉・見次の泉・薬師の泉は有名だったそうだ。出井の泉は公園として整備され池は無いが現在でもわずかに湧水があることが分かっている。現在、湧水量が一番豊富なのは見次公園の湧水ということだろう。

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2020 9/14 『王子新道の由来と花月通<千川上水に架かる花月橋>』

一番上の地図、板橋宿の仲宿交差点を東へと向かう道がある。
それが王子新道と呼ばれ、板橋と王子を結ぶ重要な道として今でも交通量が多い。
赤丸部分に王子新道の碑が建っていて、裏に説明板が付いてる。

写真上から2枚目、王子方面をみる。
写真上から3枚目、仲宿方面を見る。

王子新道の碑から引用ーーーーーーーーーー
王子新道の由来

江戸時代中山道の宿駅として栄えたが、明治初頭に宿駅制度が見直され衰退の兆しが見えてきた。
明治十七年十一月には三百余軒が消失すると言う大惨事に見舞われこれに加えて、翌十八年三月には日本鉄道の板橋駅が宿駅から離れた位置に開設されるに及び板橋宿は更に荒廃の一途をたどるに至った。
花井源兵衛翁は兼ねてからこの窮地を脱し、宿駅の活性化をはかろうと工業地帯として発展しつつあった王子と当地域とを結ぶ新道の建設に心血を注ぎ終始努力を重ねた。有志による二千八百円の寄付金を基に東京府が事業を引継ぎ総額五千円を費やし多くの困難を乗り越え一千三百八十メートルの新道は発意以来ついに六年余の歳月を経て明治二十一年二月に完成を見た。
この道路はいましなお板橋・王子を結ぶ要路としてその使命を果している。
開通百年に当り先人の偉業をたたえ、ここに記念の標を建立する。

昭和六十二年十二月吉日
東京都板橋区
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2番目の古い地図、南北を通る道が中山道で、左から南に走る道が板橋宿(中宿)と雑司が谷と高田を結ぶ、高田道という古道。
右から東へ走る道がこの当時は未建設だった王子新道。(推定)

上記の引用にもあるが、花井源兵衛氏という方は初代板橋町長だった人。
いたばしの地名から引用ーーーーーーーーーー
花月通

板橋郵便局の東側道を南へ下り旧板橋貨物駅に至る道の名です。
初代板橋町長の花井源兵衛さんにあやかり「花月通り」にしようと提唱しましたが源兵衛さんは、それは余りにむき出しすぎると云って「花月」と風流な通り名になったと云われています。
花井氏は板橋町根村の小農に嘉永五年(一八五二)年に生まれ地方自治の政治家として八六歳まで生きられ、北豊島郡や東京府全体に貢献された人です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暗渠になった千川上水は今でもその跡を辿ることができる。
しかし、この花月道り部分の千川上水に架かっていた花月橋は、その痕跡すらない。どこかの境内に移設でもされていれば花井さんも喜んだのではないだろうか。

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 庚申塔 馬頭観音 地蔵尊 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・古道・坂・廃線跡・出桁造り・四方山話など>】のリストが展開します。
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2020 9/12 『板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2』

板橋区立小豆沢公園の主な施設は台地上にあり、崖下に湧水を使った池が整備されている。
前記事の池の他にまだ池がある。
こちらは少し小さいが、枯れることなく水が湧きだしてして、池の周囲はあちこち濡れている。

※小豆沢公園の湧水の映像をリンクさせている。
(720×1280 13.1MB mp4 こちら

崖下の小豆沢公園を東にしばらく進むと北区立袋小学校があり、崖からの湧水を使った池が校庭に整備されている。

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2020 9/9 『板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1』

板橋区立小豆沢公園の主な施設は台地上にあり、崖下に湧水を使った池が整備されている。
池の手前にパイプから水が流し込まれているので、湧水の他にも水を足しているのかもしれない。
楽しそうに水生昆虫採集に勤しんでいるちびっ子やお父さんの姿をみると、酷い暑さの真夏でも涼しい気分になる。

40年ほど前、町のあちこちに昆虫や金魚を扱うお店があった。
タイコウウチやゲンゴロウが500円くらい、タガメが3〜5000円くらいだったと記憶している。
お金持ちのうちの子は、タガメやヒラタクワガタを飼っていたり、遊びにいくとアイスを必ず出してくれた....うちは小クワガタだったけど....アイス目的でたまに遊びにいっていたなぁ。ガリガリ君だったような気がする。
ピンクレディだったかキャンディーズだったかがキャラクターにCMをしていた宝石箱っていう、色がついた氷をいれたバニラアイスもよく食べたなぁ。

話がそれたけど、夏はいいもんですね。

※小豆沢公園の湧水の映像をリンクさせている。
(720×1280 28.1MB mp4 こちら
(720×1280 30.8MB mp4 こちら

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2020 9/9 『板橋区 小豆沢公園の湧水』

板橋区立小豆沢公園の主な施設は台地上にあり、崖下に湧水を使った池が整備されている。
しかし、一部の湧水は手つかずのまま側溝に流れ落ちている。
常に濡れているような状態なのだろうと思う。

この台地上の小豆沢公園付近は、縄文海進時に縄文人が作った貝塚が発見されている。崖の下には海が広がっていた一等地で、とても住みやすい場所だったのだろう。
眼下を通る環八を西へ進むと首都高5号線の交差点になる。
その交差点付近に若木三丁目貝塚公園があり、文字どおりここには馬場先貝塚があった。今は暗渠になった蓮根川が海に注いでいる河口で、昔も今も水が豊富だった場所。

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