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2017 12/29 『良いお年をお迎えください』

今まで生きてきて、この1年は1−2を争うくらい早く感じ、1週間々がとても大変だった。
まぁ人生の中でそれも一興なのだろう。
12月はスケートしようと思っていたが、ムリそうなので、大晦日の昼に天気が良かったらランニングをしよう。

良いお年をお迎えください。

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2017 12/26 『旧中山道 縁切榎』

旧中山道、環七と石神井川の中間あたりに史跡の縁切榎がある。地図の赤丸のところが縁切榎。
かつては中山道をはさんだ向いに縁切榎があったそうだが、移設されて現在の位置にあるという。
縁切榎の向いにそば屋があって、そこで絵馬を購入することができ、奉納をすることができる。
写真を撮ったのは朝だが、女性2人が悪縁を断ち切りたい絵馬を熱心に読んでいた。
個人情報なので触れることは出来ないが、絵馬には悪縁を切りたい人の生年月日や氏名が書かれ、◯◯◯◯は何年何月までに死しますように....など、どきっとする言葉が綴られている。本当に辛いことを経験されて、どうしても許せないのだろう、そういう念が伝わってくる。絵馬を奉納する多くの方は女性だという印象を受ける。
とにもかくにも、絵馬を読むと、当たり前だが、人を(人の思い)大切にして生きたいものだと改めて思う、そんなことを考えさせる縁切榎(神社)である。
人を大切に....その他にも、男の嫉妬ほど怖いものはないとも聞いたことがある。
今では難病との縁切や良縁を結ぶという信仰が生まれているとのこと。自分にとって様々な悪縁を切る、時代の変化にともなっているんですね。

----------------------- 案内板から引用
江戸時代には、この場所の道をはさんだ向かい側に旗本近藤登之助の抱屋敷がありました。
その垣根の際には榎と槻(つき)の古木があり、そのうちの榎がいつの頃から縁切榎と呼ばれるようになりました。
そして、嫁入りの際には、縁が短くなることをおそれ、その下を通らなかったといいます。
板橋宿中宿の名主であった飯田家の古文書によると、文久元年(1861)の和宮下向の際には、五十宮などの姫君下向の例にならい、榎をさけるための迂回路がつくられています。
そのルートは、中山道が現在の環状七号線と交差する辺りから練馬道(富士見街道)、日曜寺門前、愛染通りを経て、板橋宿上宿へ至る約1キロメートルの道のりでした。
なお、この時に榎を菰(こも)で覆ったとする伝承は、その際に出された、不浄なものを筵(むしろ)で覆うことと命じた触書(ふれがき)の内容が伝わったものと考えられます。
男女の悪縁を切りたい時や断酒を願う時に、この榎の樹皮を削ぎとり煎じ、ひそかに飲ませるとその願いが成就するとされ、霊験あらかたな神木として庶民の信仰を集めました。
また、近代以降は難病との縁切りや良縁を結ぶという信仰も広がり、現在も板橋宿の名所として親しまれています。
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縁切り榎 政略結婚と女性救済の場

【過去記事】
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加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
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古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋
ハッピーロード大山商店街 横道に佇む“命”の碑
補助第26号 板橋区大山 山中通り商店街
江戸橋通り 出桁造り

板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡』案内板
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場
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雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
上板橋宿と大山福地蔵尊
町民を癒し見守る大山福地蔵尊
宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
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池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
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東京第一陸軍造兵廠 標石 陸軍用地
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観明寺 左甚五郎作の龍
板橋遊郭 新藤楼
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葛飾北斎墓
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
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加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
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文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
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文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
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国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
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板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
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十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
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山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
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2017 12/19 『文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚』

------------------------ 案内板から引用
ほうろく地蔵
“八百屋お七” にちなむ地蔵尊。
天和二年(1682)におきた天和の大火の後、恋仲になった寺小性恋しさに放火の大罪を犯し、火あぶりの刑を受けた“お七”を供養するために建立されたお地蔵様である。
寺の由来書によると、お七の罪業を救うために、熟した焙烙(素焼きのふちの浅い土鍋)を頭にかぶり、自ら集熱の苦しみを受けたお地蔵様とされている。
享保四年(1719)に、お七供養のために、渡辺九兵衛という人が寄進したといわれる。
その後、このお地蔵様は、頭痛・眼病・耳・鼻の病など首から上の病気を治す霊験あらたかなお地蔵様として有名になった。
お七が天和の大火の時に避難し、墓もある円乗寺はすぐ近くにある。
------------------------

天和の大火で焼け出されたお七一家が身を寄せたお寺は諸説あるようで、この大円寺の近くにある吉祥寺ではないか?という設もあるようで、吉祥寺の境内には“吉三郎 お七 比翼塚”が建てられている。(写真一番下)
*比翼塚(ひよくづか)は、愛し合って死んだ男女や心中した男女、仲のよかった夫婦を一緒に葬った塚のこと。

地蔵願王尊 心願成就 病魔退散......参拝者それぞれの思いが綴って奉納されているこの器が焙烙(ほうろく)というもの。
お参りしている方々にとても大切にされているのがよく分かる。
大円寺は、かの有名な幕末の砲術家 高島秋帆や、樋口一葉を終生助けた斉藤緑雨のお墓がある。

今も昔も火を放つことは大きな罪であることに変わりはない。

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2017 12/18 『10kmジョグ』

風が強く寒い日曜日のAM、玄関を出てGPSをONにして、少し歩いていると、ひとりのたぶん在日コリアン女性に道を尋ねられた。ものすごく分りやすい地図を持っていて、ココに行きたいのと言う。ブルブル震える体をおさえながら教えて、わかってもらえた。方向が全くわからない女性に、道を教えるのはなかなか大変な作業なんです。
順調に脚を運んで、氏神様へお参りに。
そこから3kmほど進んでいくと、また女性に道を尋ねられる。こちらも無事に解決して、ちょい先の折り返しである公園へ。
あまりに寒いので、休憩もせずに引き返す....走って汗もかくけど、すぐ冷えるので寒い寒い。帰りはストア2つに寄って買い物を。
最近はロング走もできていないけど、10kmで十分。
走った直後の“のどごし生”が実においしい。

早いものでもうすぐ正月....
寒さや風邪やインフルなど、お気をつけください。

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2017 12/14 『北区中十条3丁目の出桁造り』

東十条駅下の低地から、駅のコンコースを出た台地の日光御成街沿いのセブンイレブンが、出桁造りの商家だったと最近気づいた。
だいぶ姿が変わっているが、見上げると分る。
ただ残念ながら、日光御成街道(岩槻街道)の道幅がとても狭いので、数年前から拡幅工事が始まっていて、立ち退きやセットバックをしていて、今後は幅員約7メートルの道路を幅員20〜30メートルに拡幅整備され、このセブンイレブン商家も立ち退きの対象になり、姿を消すことになるだろう。

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2017 12/12 『北区赤羽西 真正寺坂』

---------------案内板から引用
岩槻街道沿いの赤羽西派出所から西へ登る坂です。
坂の北側(赤羽西2-14-6付近)に普門院末の真正寺がありましたが、廃寺となり坂名だけが残りました。
坂の登り口南側にある明和6年(1769)11月造立の庚申塔に「これよりいたはしみち」と刻まれていて、日光御成道(*1)(岩槻街道)と中山道を結ぶ道筋にあたっていたことがわかります。
かつて稲付の人びとは縁起をかついで「しんしょう昇る」といって登ったそうです。
---------------
庚申塔が建てられている場所は、道を占有していることから、大切にされていることが分る。
案内板からも庚申塔には「これよりいたはしみち」と刻まれているが、庚申塔の向いに交番があることからも、この道の真正寺坂は古道ということも分る。(古道沿いには交番があることが多い)
この道を上がって進んでいくと、味の素フィールド西が丘や赤羽商業高等学校があり、その先は中山道につながる。
(写真は3年くらい前の物)

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
池袋の川 水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
秋葉原 神田柳森神社 力石
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
のぞき坂
宝竜寺坂と念仏坂
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
法明寺 威光稲荷堂
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
横網公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
根ノ上遺跡
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地)
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)

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2017 12/8 『縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々』

飛鳥山博物館のホールでやっている企画展へ。(入場無料、会期は12/10まで)
西ヶ原貝塚は地図の赤丸(飛鳥中学校)を中心として幅広く分布していたそうだ。出土したものは人骨、土偶、動物の骨など様々だったという。
縄文人の全身骨格も展示されていた。
西ヶ原貝塚の向い、緑色の丸部分は御殿前遺跡で先土器時代から近世にわたる複合する遺跡として有名。
-------------引用
なかでも奈良・平安時代に造られた建物の跡は、武蔵国豊島郡の郡衙(地方役所)と推定されています。古代の武蔵国には21の郡が置かれ、現在の東京都は豊島郡・荏原郡・多麻郡にあたります。この豊島郡衙の中心部分がこの一帯です。
-------------
地図の灰色の線は鎌倉街道の一部で、武蔵国豊島郡の郡衙(ぐんが)と地方を結ぶ重要な古道。
すぐ近くの台地の下はかつては海で、中里貝塚は最大約4.5メートルの厚さの貝層をもち、長さ約1キロメートル、幅約70〜100メートルにわたる日本最大級の貝塚で、国指定史跡として指定された。via
飛鳥山博物館あたりには昔、幕臣から実業家になった渋沢栄一も邸宅を構えていて、何千年に渡り、一等地であるとも言える。
最後の将軍 徳川慶喜が撮った飛鳥山渋沢邸の庭や浅野家西ヶ原別邸からの眺望はとてもよく、良い土地だとわかる。
なかなかボリュームがある展示会だった。有料の博物館も合わせて見ると、この付近の成り立ちがよく分るのでおすすめ。縄文人が樹木をくり抜いて作った舟も見事なんですよ。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
逆川(古石神井川の流路)
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
池袋の川 水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
秋葉原 神田柳森神社 力石
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
のぞき坂
宝竜寺坂と念仏坂
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
法明寺 威光稲荷堂
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
横網公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
根ノ上遺跡
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
庚申塚 巣鴨遺跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地)
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台
古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)

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2017 12/7 『シューズと虫眼鏡』

銀杏の葉が舞う氏神様へ。
毎年この時季は特に綺麗で。
最近はadidasのboost(反発力が大きい)を使ったシューズが脚に良くて、もっぱらこのシューズを履いてジョグをしている。ゆっくりペースで走る人にはいいのだと思う。

ところで、yamada電気でみかけたこの虫眼鏡眼鏡を掛けてみたところ、えらいことスモールフォントが大きく見えてビックリした。
近眼で眼鏡を外して細かい字を書く母には、コレは良いかもなぁと。
売れているみたいですね、この眼鏡型虫眼鏡。

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2017 12/5 『文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り』

歴史のある道沿いにはまだクラシカルな商家が現存している。
写真一枚目、文京区西片の言問通り沿いにある石井いり豆店は、創業は明治20年(1887)で、建物は昭和になって建替えられたそうだ。via
比較的新しいのはそのことや手入れが行き届いているためだろう。
当時の雰囲気を残しつつ、綺麗な商家ですね....30年近くしょっちゅう通っているが、最近気がついた。
写真二枚目、これは都電荒川線と本郷通りが併用軌道になる北区の飛鳥山の向いにある清水質店の出桁造り。この隣だっただろうか、メンズファッション屋の建物も、出桁造りだったような記憶があるが、失念。
時代の流れで建替えられて、タイル貼りの集合住宅に姿を変えることが多いが、末永く威風堂々とした佇まいが残って欲しいですね。
100年後の街道沿いのクラシカルな建物はタイル貼りとなるのだろうか。

江戸橋通り 出桁造り
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
北区十条四軒道路にある出桁造り
目白通りにある出桁造り

【過去記事】
幕末を巡って
復活 上野清水観音 堂月の松
散歩JOG
身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
吉祥寺 榎本武揚の墓
榎本武揚から緒方洪庵へ
高島流
大円寺 高島秋帆の墓
明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
千葉周作の墓 木戸孝允の駒込別邸
板橋城跡 赤塚城跡
遺されたものが語ること#2 石神井城跡
仙がい義梵
赤穂浪士ゆかりの寺
迷子センター
別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
時忘れじの塔
浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
縁切り榎 政略結婚と女性救済の場
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
目白台 台地の屋敷
近藤勇と新選組隊士供養塔
板橋宿平尾脇本陣豊田家
新選組 沖田総司 逝去の地
雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
清戸道の名家
池袋 四面塔尊
新宿に縄文人現る
日本人のルーツ
縄文人の核DNA解析
加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋
ハッピーロード大山商店街 横道に佇む“命”の碑
補助第26号 板橋区大山 山中通り商店街
江戸橋通り 出桁造り

板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡』案内板
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場
ふじ大山道
雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
上板橋宿と大山福地蔵尊
町民を癒し見守る大山福地蔵尊
宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
田端 東覚寺 赤紙仁王
中山道 齋藤商店
本郷肴町 棒兼
池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
現存する都内の一里塚
散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
東京第一陸軍造兵廠 標石 陸軍用地
巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩
千石緑地
延命地蔵堂の石造物群
観明寺 左甚五郎作の龍
板橋遊郭 新藤楼
旧中山道はタネ屋街道
葛飾北斎墓
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
北区十条四軒道路にある出桁造り
日曜寺の扁額
目白通りにある出桁造り
渋谷川 庚申橋供養碑
王子稲成神社 御石様
JR貨物北王子線と廃線跡
醤油電車(東武東上線)
陸軍板橋火薬製造所跡
加賀藩と黒作り
加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
加賀藩前田家の駕篭
加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜
加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
北区中十条3丁目の出桁造り
文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
旧中山道 縁切榎
根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
蓮根馬頭観音縁起
四ツ又馬頭観音
北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
北区王子3・4丁目の出桁造り
電話番号の表札
小松屋横町道
谷中、上野桜木の出桁造り
板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡
板橋区赤塚 鎌倉古道
北区西ヶ原の出桁造り
文京区根津の出桁造り
国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
西池袋 自由学園明日館
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
板橋区高島平 六の橋のグラフィック
江戸城 松の大廊下跡
中仙道か中山道か
醤油電車(東武東上線)
下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
同潤会 上野下アパート