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2014 4/30
『ランニングだけでないサングラス』

太陽がギラッギラの厳しい下でも街を長い時間を走るので、目ん玉の保護のためにもサングラスしないと、と思いつつコンタクトつけるのめんどいし...
バリバリのランニング用のサングラスでもいいし、ランニング用でないウエリントンのサングラスでおしゃれに軽いかんじで走っている人も多い。
ランニング用のは値段もピンキリだし、速い人にみえるし、自分の身の丈にあってないし、なんかラフなのないかなとずっと思っていたところ、よさげなのを発見、右上のキャッツアイなやつ。
目ん玉の保護と集中できるというけど、走りにあまり集中して走っていないファンランなのでちょっとじゃまになっちゃうかな...と思ったりもするけど。
メガネ5本、だいぶ処分したけどぜんぜんかけないサングラス5本。
レーシックしたいけど再び視力低下する方も多いし術後の後遺症に悩む人のことを聞くと...やりたいと思っていたけど、メガネもコンタクトもわずらわしいけど、一生コンタクトとメガネでいいかな。

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2014 4/29
『トラック』

ホームグラウンド...
だいたい河川沿いだとか元川だったところとか、水に沿って走っていることが多いけど、皇居もお堀沿い。
環状一号線沿いを走る皇居ランナー...
真緑色をしたお堀の水は抹茶のようで。
スズメが上空の枝や足元で大げんかをしている。
じっとしていると鳩がやってきて顔をのぞいてくるのはどこでも一緒。
ひとりで行ってひとりで走って、あちこち寄り道して昼ちょいすぎには帰って、
午後は二人で買い物に行ったりしてまたよく歩くというのがいつものパターン。

日曜日の朝、久しぶりのトラック、皇居へ...自分の自転車を降ろすのめんどいので6段変速のミニベロママチャリで。
7年乗っていてけっこう走っているのでリアタイヤはスリック気味で、空気圧はかなり高めにして乗り心地は良くないけどキビキビ進んでくれる。
この日の皇居は気温も上昇してなかなか暑いし、
まだ本調子じゃないから左足首右足首あちこち痛みはじめ気味で早々におわり。
だいぶ混んでいて走るの気をつかったけど、やっぱり気持ちがいい。

早めに戻って買い物へ。
シンプルでタイトなつくりでジャストサイズ、一発で気に入ったジャージを入手。
ジャージはトラックジャケットと名をかえて...
ジャージ、ラクだわほんと。
そしてそのあしで、ちょっと行きたかった豊島区立郷土資料館へ。
この資料館の目玉は明治から昭和の豊島区の地図がセットになっていて、なんと¥900で買えること。
地図好きにはなんてたまらないんだろうって思うハズ。
鎌倉街道はここに通っていたのか!とか.....それぞれの時代を見比べてかつてと今を回想してあれこれ妄想するのはなんて健全なんでしょう...
って、家族に隠れてコソコソあそこに行って遊んだり、結構お金つぎ込んだりというのと比べたらと。

と、偶然みかけて、もしや?!と思って手にするとなんと...
Nike x Undercover GYAKUSOU 2013 SSのランニングシューズだった。
定価からマイナス¥8000と信じられない金額で。
いつ見ても素敵なカラーだなと思います。via

ま、街にあるものをよく見て歩いているといいことがありますね。

って、なんだか洋服がどんどんラクで動きやすいなのになっていっている。
だからたまにはくブーツがこれまた良かったりするんだよなぁ。

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2014 4/23
『ラーメンの鬼』

先日、ラーメンの鬼が亡くなられた。
有名なラーメン評論家も少し前に亡くなられた。

誰かが言う。
ラーメン、たばこ、酒....三大ワルだと。
彼らに共通しているのはラーメンだけど、なかなかお酒も呑まれる人だったと。

たばこは病気のリスクが上がるというが、70歳すぎてもたばこを普通に吸っててもいたって健康な方も多くいるのは、そういう方々は身体に悪いものが入ってきても排除する強い特殊な遺伝子があるからだと医師が言っていた、なるほどと。

先日は一年ぶりにこってこての博多ラーメンを、おいしいくて麺2たま弱おかわりしたけども食後はずーっと口ノドがからっからだったなぁ。

と、よく登場する生めん的ラーメン。
鶏チャーシューを入れてみたらなかなか。
しょうゆと酢と砂糖だいたい同量(肉の量によって大さじ2−3くらい)、ネギの青いところと生姜スライス数枚、鶏でも豚でもいいけど投入して弱火で蒸し煮して、水分がなくなったら完成。
すごくかんたんに出来るのでたまに作るチャーシュー。

もうなんか、この袋麺でもういいかもと思うような思わないような。
だって、味玉とメンマとネギ油入れたら中華屋のとあまり変わらずにウマイし。
お湯は100ccくらい薄めてちょうどよし、1−2週に一回食べてあきないちょうどよさ。

激安な豪徳寺の満来のしょうゆラーメン、北千住のりんりん....
こういうお店もいつまでもがんばって欲しいほっとするラーメン屋ですね。
でもなんでこんなに安く提供できるのでしょう。。

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2014 4/22
『声をかけられる』

まぁほんとうによく人に声をかけられるのだけど...
家の前で少し立っている時も多いし、繁華街や都内の観光スポットでも多い。
ランニングウェア時が多いけど、その場で道に迷っている人でその時に地元にみえる地元でないランニングウェア姿の人が現れるからなのかな??
今朝は20日ぶりに朝ランを...新緑がすごい道を走って交差点でとまると、背後から「すいません ちょっとすいません〜」と電動車いすのおばあちゃんが。
「ん?なに、どうしたの?」「◯◯駅へはどうやっていったらいいですか?」
「えぇ”!!ここから2kmくらいあるよ、遠いよ〜大丈夫なの??」と。
なんでも、銀行に行くと...本当に大丈夫だと言うので、段差ありの信号がない交差点を2ヶ所越えないとならないこと、横断歩道へ迂回してと、エレベーターがあるところを伝えて...大丈夫なのは15km走れる電動車いすを新調したからだと。
心配なので少し並走、世間話をして、別れ際「またここを通るから逢いましょうね♪」と、おばあちゃん。じゃぁね気をつけてまたねと。
つい先日は、門扉の前でネマキ姿のおばちゃんが立ってて「すいませ〜ん、助けてください」と。なんでも、鎖がフックにとどかなくて引っ掛けられないと...鎖のコマ数を調節したらとどくからやるけど大丈夫?と、で調節して試してもらって、もう大丈夫だよと、じゃぁねとあとにした。
全く爽やかでない風貌だし、声をかけて尋ねたりしやすい感じでもないのに何でかな不思議.....って、やっぱり朝ランは身も心も爽快になる、最高。

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2014 4/21
『徳川慶喜 第六天町 屋敷跡』

文京区の小日向(春日2丁目)に徳川慶喜一家がかつて暮らしていた屋敷跡がある。

山手線が開通してうるさくなるからと、巣鴨から水戸徳川家屋敷跡(現 東京ドーム、後楽園一帯)に近いこの地を選んで引っ越してきたという。

敷地は台地と低地にまたがる傾斜を持つ。
低地の先には神田川が流れている。
今井坂(新坂)をのぼっていくと碑があって、敷地内には大銀杏の樹が威風堂々とたっている。
屋敷があった頃、ここは玄関だったという。
下にあるかつての屋敷の写真に写っている樹がこの大銀杏だろう。
歴史や町の変貌をみてきた銀杏...
屋敷のとなりには丸ノ内線がひっきりなしに通っている。
開通にあたって台地を切り通したのだろう。
結局、うるさい電車にご縁があったということで。

まだあまり建物もなかった明治大正昭和初期...
傾斜を持つ敷地に建つ屋敷から、台地から低地にかけてすごく壮大な景色がみられたことだろう。
台地の上に住んで、向こうの下には神田川がさらさらと、時には荒々しく流れている。

慶喜が引っ越してくる前に、お隣には松平容保が住まわれていたという。
こちらが詳しい。
慶喜も容保も互いに苦労し、第六天町で終焉と...

と、写真を撮りまくっていたところに、
セレブにちがいない若い夫人が連れた飼い主の言うことをまったくきかずに全力でリードを引っぱるミニチュアダックスに威嚇されて...「◯◯ちゃん、だめでしょぉ〜」

写真が趣味だった慶喜は、農村地区だった板橋にもよく撮りにきていた。
石神井川、収穫された大根、用水路で洗っている写真や
日曜寺というお寺さんの写真も撮っているが、山門前を通る道は和宮が中山道をとおって徳川家茂のところに降嫁する際に、中山道沿いに生い茂っていた不吉な“縁切榎”を迂回したルートで。また紹介したいと思う。

と、慶喜の記事をちょくちょく書いているけど、
慶喜が好きということではなくて、
慶喜が行動していた地域をたまたまよく通っているから親近感があって。

【過去記事】
■幕末を巡って 徳川慶喜巣鴨屋敷跡〜彰義隊の墓〜経王寺
■復活 上野清水観音 堂月の松
■上野東照宮
■散歩JOG 谷中霊園の徳川慶喜墓・焼失した五重塔〜博物館動物園駅〜旧岩崎邸庭園〜加賀藩上屋敷跡
■身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚の墓
■文京区本駒込 吉祥寺 榎本武揚墓所から高林寺 緒方洪庵墓所へ
■高島平の名の由来 高島流
■文京区向丘 大円寺 高島秋帆の墓
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■台東区谷中 全生庵 幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■板橋区東山町 板橋城跡 赤塚城跡
■遺されたものが語ること#2 石神井城跡
■仙がい義梵(仙p和尚) 東輝庵
■台東区谷中 観音寺 赤穂浪士ゆかりの寺
■一石橋迷子しらせ石標 迷子センター
■別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
■上野公園 時忘れじの塔
■浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
■哀しみの心をいつまでも 海老名香葉子 建立有志一同
■墨田区 都立横網町公園
■豊島区 南池袋公園(根津山) 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑
■目白台 富士見坂 台地の屋敷(田中角栄邸・山縣有朋邸・近衛篤麿邸・徳川義親邸
■近藤勇と新選組隊士供養塔 平尾一里塚(板箸一里塚)跡と千川上水跡を越えたあたり
■板橋宿平尾脇本陣豊田家 新撰組 近藤勇が幽閉された豊田家と次女トミとの語らい
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■千川上水 王子分水沿い(千住道)にある出桁造り
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡
■板橋区仲宿 文殊院 子の権現
■板橋遊郭 新藤楼
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎 政略結婚と女性救済の場と和宮が降嫁する際に通った迂回路
■旧中山道 板橋宿(上宿) 縁切榎
■皇女 和宮一行が降嫁の際に通った迂回路にある出桁造りとそれを見守った清水稲荷神社の御神木のイチョウ
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 左甚五郎作の龍
■旧中山道 板橋宿(平尾宿) 観明寺 寛文の庚申塔と山門
■旧中山道 板橋宿(仲宿 )伊勢孫跡 レンガの塀と車輪除けの石
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の石仏
■旧中山道 板橋宿(仲宿) 宿場時代は馬つなぎ場でもあった遍照寺の絵馬
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■旧中山道 板橋宿(仲宿 ) 重蓮寺跡 参道
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■板橋宿(中宿) 高野長英ゆかりの地(旧水村長民宅)
■旧中山道はタネ屋(種屋)街道
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■旧中山道と旧川越街道をつなぐ小松屋横町道
■中仙道か中山道か
■神田明神参道隣り 旧中山道(日光御成街道)の枡型道路 江戸御府内<朱引・墨引>“本郷もかねやすまでは江戸の内
■本郷台地の端 神田明神の明神男坂 安房上総 小湊鐵道のディーゼルカー
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑 撤去
■板橋区大山町山中通り商店街(大谷道) 補助第26号
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標
■板橋区志村一里塚隣り 中山道 齋藤商店
■都電庚申塚駅 延命地蔵堂の石造物群
■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■王子新道の由来と花月通
■加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
■加賀藩と黒作り
■加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
■加賀藩前田家の駕篭
■加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
■加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜 裏御門通りと板橋一里塚(平尾一里塚)跡
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
■雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
■薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
■富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
■体の中にいる虫 旧川越街道にある青面金剛像が彫られたものとしては都内最古の庚申塔
■旧川越街道 下練馬宿の北町観音堂
■練馬区高稲荷公園内の庚申塔 埼玉道(旧埼玉道、都道442号線)
■練馬区 ふじ大山道
■清戸道の名家
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養
■新宿に縄文人現る
■日本人のルーツ
■縄文人の核DNA解析
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■渋谷区猿楽町 重要文化財 旧朝倉家住宅
■旧鎌倉街道 中道編
■鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
■豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
■鎌倉街道 中道 並木橋
■板橋区赤塚 鎌倉古道
■豊島区巣鴨 旧中山道と平行に続く江戸橋通り 米屋伊勢五などの出桁造り
■切支丹屋敷跡地からシドッティ
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■上板橋宿と大山福地蔵尊
■町民を癒し見守る大山福地蔵尊
■豊敬稲荷神社 旧上板橋宿概要図
■豊島区上池袋 宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
■地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
■田端 東覚寺 赤紙仁王
■本郷肴町 棒兼
■池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
■三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
■現存する都内の一里塚
■散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
■中山道 日本橋から三番目 不動の志村一里塚
■巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩(子育地蔵尊) 実弟を重ねて
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■一橋徳川家 屋敷跡の千石緑地
■一橋徳川家 屋敷跡の徳川マンション
■台東区元浅草 誓教寺 葛飾北斎墓
■北区十条四軒道路にある出桁造り
■北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
■北区王子3・4丁目の出桁造り
■北区王子本町の出桁造り
■目白通りにある出桁造り
■渋谷川 庚申橋供養碑
■王子稲荷神社 御石様
■王子稲荷神社 火防の凧(ひぶせのたこ)
■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
■北区中十条3丁目の出桁造り
■文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
■本郷追分と追分一里塚跡
■根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■電話番号の表札
■谷中、上野桜木の出桁造り
■板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡 鎌倉街道 早瀬の渡し
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区前野町 常楽院年不詳阿彌陀三尊種子板碑(じょうらくいんねんふしょうあみださんぞんしゅじいたび)
■北区西ヶ原の出桁造り
■文京区根津の出桁造り
■国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
■国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
■五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間) 脚気に効くと言われた練馬大根栽培・発祥の地と環状八号線の開通
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
■板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
■文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
■板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
■滝乃川学園跡
■西池袋 自由学園明日館
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
■板橋区高島平 六の橋のグラフィック
■江戸城 松の大廊下跡
■醤油電車(東武東上線)
■下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
■台東区谷中 全生庵 山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
■経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾
■同潤会 上野下アパート
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■北区滝野川 御代の台仲通り商店街の出桁造り
■駒込名主屋敷
■谷根千 よみせ通りと谷中四丁目の出桁造り
■護国寺惣門
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区上十条2丁目の出桁造り
■北区滝野川八幡通りにある出桁造り
■東日本大震災石油輸送 EH200・DD51+タキ+DE10
■台東区東上野五丁目 永昌寺 講道館柔道発祥の地

しかし、ここらへんの地域は特に坂だらけで昔も今も移動が大変ですね。

...足首をグネって回復をまつこと2週間。
95%回復といったところか、痛みはほぼないけど違和感はあるから...
18日ぶりにしっかり走れて、かなり寒かったけど気持ちが良かった。

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2014 4/18
『新旧交代』

高価な時計が欲しいということもあまりなく...
というか、お気に入りだった革のベルトにカスタムしたクロノグラフを、
上野で呑んだ帰りに紛失して凹んでいたところに、
たまたまその頃ランニングをしはじめて、
22年前から使っていたCASIO EXW-50というランニングウォッチをまた引っぱりだしてベルトと電池交換をして使うことになって...
時計は携帯でよくてつけないのがラクだし、時計にはあまり興味がなかった。

ランニング時も普段の生活にもいつもつけていたcasioはランニング時にはもう新旧交代、よく持ったな〜
でも普通につけるのには変わらないので、この先あと何年持つのだろうか。
あと10年はいけたりして。

このcasioのはeBayとかによく出ている。
アメリカで70年代〜80年代ブームだったランニングが定着してきて、90年代初期の日本にも浸透してきた頃だったように思う。
しきりにエクササイズ関係のテレビや雑誌を目にしていたし。
「その時計G-SHOCK?、じゃないんだへぇ」と揶揄されぎみだった時計だけども、楽しい機能があっていいデザインの時計なのにって。

歳相応の時計もまた買うかと思うも、好きなのがずっと変わらないのだから...
って、ネマキで着ている古着で買った赤いTシャツは25年着ていたりする。

大きさが倍以上にでっかくなったけど、22年前に買ったcasioのよりも安く買えたのには変なかんじ。
こう見比べても昔の80年代のデザインの香りがするcasioの方がやはり好みだけど、それぞれの良さがありますね。

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2014 4/17
『硬化』

左足首ぐねって2週間経過...
90%回復だけど、若干こわばっているような感じになるのでゆっくり負荷かけずにストレッチを。
そして軽くマッサージをして、一日一日と、あ"っ!ここの筋痛くなくなってきてる〜、ここまで曲げても痛くないっ!、ってよく分る。
栄養をたくさんとってなるべく安静が一番いいんだろう、怪我の治りががぜん遅くなってくる中年だしな。
ねんざはすえ恐ろしい。。
歩くのはもう大丈夫で、昨日300mほどおそるおそるゆっくり走ってみた。
よし、ずいぶんイイなと。今週末にはやはり走れそうだー
足首や膝に体重の何倍もの負荷がかかるのが、こう怪我してみてよくわかる。
2週間も走らずにいるのは4年ぶりで、風呂2週間入っていない感覚だ。

と、室内に1台、駐輪場に6段ギアママチャリ1台を置いている。
しょっちゅう空気を入れないと抜けるし、空気圧が低いとペダルがとても重い。
虫ゴムもすぐ劣化するしめんどいなと、数年前に長持ちバルブを見つけて交換。
ゆっくり空気が抜けていくのでたまにしか空気入れを使わずに済んでいるけど、経年変化でバルブの中のゴムだかプラスチックかが硬化して、手押しの空気入れ使ってもぜんぜん入らなくて腕ぱんぱん、コンプレッサーの空気入れでやっと漏れながらも入る。それが難点でもあるけど、2年位は持っているんだからすごい。...空気入れで汗だくで具合わるくなるって交換時なんでしょう。

と、昨日また近い人で、というか親族がバイク事故にあった。
幸いにして脚ではなかったけど...鎖骨。
なかなかくっつかなかった友もいるけど、まだよかったのではないかと思う。
ちょっとあまりにもバイクで事故に遭う人が多過ぎなので、何だかとても怖い。
車道に出る時はより慎重にしようと思う...
ランニングシューズをはけなくなるのは辛いから。

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2014 4/16
『不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)』

今から6000年前の縄文時代は、世界的に温暖で、今よりも海面が2−4m高かったことが分っている。いわゆる縄文海進と言われて、海が内陸まで進んで入り込んでいた。
貝塚が丘や崖の上、つまり台地の端っこに多数発見されているのは、かつての人々がそこは生きていくにはとても便利だった証し。崖(台地)の下はすぐ海で、降りて貝を獲って台地の上で食べて生活していたということ。
不忍池は地図からも分るように上野台地と本郷台地にはさまれた谷の底部にあって高低差は10m以上もある。
縄文時代は海が内陸の奥まで入り込んでいて、海水が引いていって、取り残されたのが不忍池だという。武蔵野台地をがっつり削った古石神井川から土砂も運ばれてこの不忍池付近の入江にたまっていったのも、不忍池が取り残された原因のひとつかもしれない。
その後東京湾の入江となって、江戸時代以前の不忍池付近は沼地だったそうで...
池の名の由来は、男女が忍んで逢っていたという説もあるという。
愛し合う男女は沼地で何をしていたのだろうか。
浅草海苔は有名だけど、なんで浅草に海苔?と思う人も多いけど、徳川が入る江戸時代以前は浅草も海だったから。
昔の神田川は日比谷付近の東京湾の入江にそそいでいたけども、徳川が神田川の流れを変えて日比谷を埋め立てた。
...そして、海水はどんどん後退していき、現在の姿になった。
芝浦を通る海岸通りや旧海岸通りは海が後退していった証し。
由比ガ浜大通りが海岸通りと言われるのも、そういうことだろう。

現在の不忍池の水は、自然湧水の他に京成上野の地下ホームやJR上野駅新幹線地下ホームから沸きだす地下水を放流しているとのこと。
今都内ではあちこちで地下水の水位上昇が問題になっていて、地下ホームが浮いちゃうからホームの下にはアンカー(おもり)打って、ホーム(構内)の上昇を抑えてその対策が大変だと聞いたことがある。
じゃんじゃん沸きだす地下水が不忍池を支えていて、鉄道会社も下水道料金がかからないとは一石二鳥なんですね。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬道の橋跡
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場先貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 熊野坂
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区岸町 三平坂
■王子大坂と子育地蔵尊

*国土地理院ホームページ掲載のデジタル標高地形図画像データ(図名等)を使用

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2014 4/15 #2
『サッカニー』

今まで目にすることはほぼなかったサッカニーのランニングシューズ。
日本の総代理店であるABCマートによって、店頭でも目にするようになったのは最近のことだったかな。
おっ!と思って手にとったけど、やはりカラーが派手。。
ブラック基調で大人しめがこんな感じ。
横からみるときれいなフォルムだけど、自分の足に合うかどうか...
米国ではなかなか人気があるという記事を目にする。NAVER

...20数年前、水道橋の靴屋で長いこと売れていない状態で隅っこにあったサッカニーのランニングシューズ(名前わすれた)を格安で見つけて即購入。
実際に走ったりしてその良さに満足してニューバランスとサッカニーを交互にはいていた。
高校の体育祭や身体測定や身体能力の記録会でも、軽くていいシューズで活躍していたけども、大切にビニール袋に入れて保管してたのが仇となって、実母に捨てられてしまってかなり凹んだっけな。
そして同時期にデッドストックだっただろうか...一番下の赤いスポットビルトのバスケットシューズを見つけて、これもよくはいていた。
赤いスポットビルトにライダースという組み合せも好きで、よくバイクに乗っていたっけかな。
サイドがこすれているのはオーリーの痕(スケートボードのジャンプのこと)。

サッカニーは昔から好きなブランドなので気になる。
って、昔と比べると今のロゴはずいぶんと前方に寝てよりシャープになって、なんだか速そうな感じになってますね。
はいているランナーをあまり見かけないサッカニー、なかなかいいかも。

ABC

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2014 4/15 #1
『大黒天』

清須会議を読んでいたら大黒天のシールがはさまっていた。
前の持ち主がしおりとして使っていたのだろう。
歌川国芳の浮世絵、開運出世合体七福神を飾っているので、そんな思わぬ出現に気持ちよし。
無類の猫好きだった国芳さん、だいぶ前に話題になったけど、東部三ツ股の圖の絵にスカイツリーらしきものが描かれている!ってのと、既川岸之図には自分が亡くなる年が描かれているって。こちらが詳しい。ま、そういう解釈をしてもおもしろいんでないのと思う。
毎週楽しみにしている大河ドラマ軍師官兵衛、清須会議ともだぶるので二度楽しいのでゆっくり読んでいる。
...足首グネって10日目、80%回復。今週末には2週間ぶりにJOGできそうな感じ。はやくGPS試したい。。。

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2014 4/13
『GPSランニングウォッチ #3』

状況による。
計測中に屋内に20分程いて、屋外に出たらまた受信したら一気に3km計測されるエラーが出たけど、そういう場合は終了させて新しく計測するのがいいということなんだろう。
で、マンションや3階建てくらいのビル、商店が立ち並ぶ幅員がそれほどない商店街では受信がとぎれとぎれになって、首都高が通っている国道でもときたま受信がとぎれる。片側2−3車線の国道だとばっちりキャッチ。
あたり前だけど障害物(高い建物群や幅員があまりない道、高速が上空を通っているところ)がなければないほど調子よし。
皇居だったらかなり正確に計測されるとよく耳にするのはそういうこと。
昨日は様々な環境の道を通って試して6.8km、とぎれとぎれも多かったので、時計は6.6km。とぎれない環境だったらほぼ誤差なしというところだろう。
どこを走ったかルートは頭で憶えておけばいいので、とりあえず今のところ十分にたのしい。あとは足首の回復を待つばかり。

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2014 4/12
『GPSランニングウォッチ #2』

日本のカーナビメーカーが作ったランニングウォッチが届いた。
精密機械は安心の日本製で。

スマホ(GPS)のアプリを使っている人も多いですよね。
ランニングウォッチとスマホの2台持ちにならず便利だし。

今使っているランニングウォッチはボタンが接触不良をたまに起こすし、買え時かなというところにいいタイミングで、逆に奥目になるぐらいのセール価格と。

ちょっと大きめかなという印象だけど、
ダイバーズのようなぶっといベルト、
現場で使うデジカメやPC、
高所から落としてもぜんぜん壊れない携帯のような、
そんな無骨で強い感じで...
きゃしゃなボディよりもよし...ってすぐ壊れたりして。

もろもろ設定して受信させて。

足首ねんざ回復待ちなので、パブロフの犬的な気持ち。
辛い...

ま、歩けるので、セッティング兼ねてウォーキングを。
インターバルの設定や使い方はまだわからないけど、だいたいのことを把握。

日に日によくなる足首、気持ちよく走りたいので今はガマン。
いやぁ、今日はだいぶよくなってきて70%回復といったところか。
アイテムひとつで気持ちもがっつりよくなる。
少しずつ物を増やしていくのは楽しい。
8時間くらい持つし、2−3年は使えるだろうか。

暖かいし、あ”ぁ早くあちこち走りたい。
来週には完治かな。

ビタミンEをとったらいいので早く治れと願いつつアーモンドをつまみつつ、
今これを書いている。

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2014 4/11
『サザエ堂』

建造されてからしばらく経つ大正大学のサザエ堂、西巣鴨のタワーにお参りによってみた。

螺旋状の回廊になっているスロープを昇って途中でお参りして、
頂上に着いてお参りして、すぐ下りになって出てくるという建物。
日本では現存する数少ない螺旋状の建築。
堂内を進むだけで巡礼できるという仏堂です。

未来の住職がたくさん学ぶ大正大学、お金持っていますね。

すごくおもしろい構造なので参拝が探検のような気分になります....
...サザエのしっぽ?の緑色部分においしさを感じることはないので、
伊豆の旅館の女将が「おいしい新鮮なサザエですよーたくさん召し上がってくださいね〜」と、夕食んときにごっそりとだしていただいて必死にがんばって食べたな。。
って、昇って参拝している時に思いだして、ここらへんからサザエのウ◯コ?内臓部分?緑色んとこかなぁ...苦っ、って。

堂内は撮影禁止だったけど、すごくきれいでした。
きれいな結びの糸を頂いて。

あまり体験できないお堂、なかなかいいですよ。

余談だけど、
このサザエ堂の斜め向いの明治通り沿いの公園が“千川上水”の終点です。
遠くからひっぱってきた水をろ過して、上水は木の樋の中を通って江戸の中心へと流れて、江戸の人々にとってはたいへん大切だった上水。
あまり知られていないかもしれない千川上水のろ過施設、街道筋には見どころがたくさんあっておもしろいです。

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2014 4/10
『通電火災』

実母が....「ブレーカーにとりつけて自動で切れる¥3000くらいの器械があって欲しいから調べておいて」....とわけが分からないことを言ってて。
調べたら←こういうものだと初めて知りました。
ものすごくアナログでシンプルな作りになるほどと思って。
確かにこういうことだな〜と。

通電火災については阪神淡路大震災の時に注目されて多くの方に認知されたと思う。
ブレーカーを落とさずに避難して、電気が復旧して通電した時に、使ってた暖房器具や調理器具などがまた作動して近くにあるものに引火したり、家具などの重いものに踏まれて断線したコードがショートを起こして出火。
そういうことを通電火災という。こちらが詳しい。
自分はこの火災のことを知っていたけど、まわりで知らない人も意外といる。

大きな地震がきて家の中が荒れて避難する際にはブレーカーを落とせばいいけども、高いところにあって高齢者などは手が届かなかったりする。手が不自由だったりする方もいるので、ブレーカーを落とせないのは困ること。
実母は手が痛みブレーカーへ手も届かないために、この製品に興味をもったようだ。
ただ、地震が比較的多くなってきて、しかも大きい地震がぐっと増えてきたので、震度いくつで作動するようにセットするかがムツカしいかもしれない。
お住まいの建物が低層高僧、RCや木造などによっても揺れかたが違うし、地域の地盤にもよる。例えば昔海だった武蔵野台地の崖下とすぐ上の崖上つまり台地だと建物に伝わる揺れが違うので注意が必要だと思う。
ブレーカーが一回落ちると家電の再セッティングが大変だったりしますからね。

実母の方だと震度6弱にセッティングがいいかもしれない。

まだまだ大きめの地震もあるだろうから、慌てずに行動したいですしね。

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2014 4/9
『GPSランニングウォッチ』

facebookの広告欄でたまたまみっけて。
オドロキの価格、14日までのとこと。
さまざまなメーカーが発売しているけど、安くても¥12000-15000くらいからあって上は4−5万だろうか。売れ筋は2万くらいのや、NIKEも人気ありますね。
まぁ精度もちがうだろうし、機能の充実度もそれぞれだからどれがどうと言うのはその人の走りに依りますね。
と、これはメーカー直販サイトだから安心ですね。
キャンペーンだけど、新しいモデルのために在庫をさばくって感じかな??
駆動時間は8時間でファンランナーにはいいのではと。
アプリケーションはMac非対応なので管理ソフトは使えないけど、まぁいいじゃない?という人にはよし。
ACアダプター充電、説明書を読んでみてもシリアスじゃない人には十分かも。

ストア

足首グネッて4日目、まだ少し腫れて違和感はあるけど、もうふつうに歩ける。
用心でまだ走らないけど。
腫れがひいたらこんどは温めて...
って、こういう時にお世話になる保冷材、ちいさくてもパワーある。
捨てずにとっておいてくれててよかった。
要らねっ、って男だったら捨てるような物だし。

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2014 4/8 #2
『緩めたら方々から圧力が』

生活習慣病予防、メタボ防止の為に?国民を長生きさせてもっと税金を納めてもらわないとならないから?....大丈夫だよ〜の数値が昔よりも厳しくなってきているというが。
今の数値が厳しいのかもしれないから緩める“べき”とけっこう強めの言葉を使っている人間ドック学会。
数値の上限下限を様々緩めたらあちこちから圧力がかかりそうだけど。
...ま、あくまでも持病ががなくて健康な人のデータを解析しているのだけど。

先日も久しぶりにあった友と健康の話にもなったんだけど、
いわゆる自営業、個人事業主の友らはほぼみな健康診断に行っていないと、株式会社の社長の友らも受けていないと...義務だからだめなんだけど。。
「早ければもう逝く人もいるよね...」という会話にちょっとドキッとしてたけど。
自分はビビリで自分のことが怖いので受けているし、それが家族のため、義務だと思う。はっきり思うけど病院は大好きくない。。

胃がんで亡くなった人の胃にはほぼ100%って言ってたけかな、ピロリ菌がいるとのこと。欧米では胃がんになる人は少ないという。それは日本人が昔井戸水をよく飲んでいて、親から子へと口から感染したり、40−50代の人も昔は井戸水をのむことが多かった世代だからだと。
雨上がりの宮迫さんは受けるつもりはなかった胃検診をやっぱりやっておこうということで、間一髪で助かったようで。受けていなかったら半年後には亡くなっていたかもしれない。。

まぁいつどうなるか分らないけど...

善玉に悪玉コレステロール中性脂肪血圧γ値、ゆるんでくれたらそれはそれでいいかも〜しれないけど、まっいいかとなるような気も...
脂肪肝に肝不全腎不全心筋梗塞、糖尿痛風に注意して。

皇居をタッタッタッとゆっくり走る大先輩の背中が言ってた...
“走に勝る薬なし”
ハッとして痺れた、その背中を見つめて大事なことを学んだと思った。

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2014 4/8 #1
『必然の出会い』

家族との思い出がつまった宝物を見せてもらうという番組の取材中、
主婦に街頭インタビューをお願いした際に、
「父が古美術商から“坂本龍馬直筆の手紙”を買った」という話が出たため、
家庭のちゃぶ台の下に保管されていた、
本物か半信半疑であった手紙を預かり、鑑定を依頼。
その結果、21世紀の大発見といえる貴重な書物であることが発覚した。
直筆の手紙は、2010年以来4年ぶりの発見となる。

当時1,000円で古美術商から購入した“越行の記”、
「龍馬の手紙」として毎年何本も持ち込まれる中、本物はほぼ出てこない。
出会えて凄く驚いている。
140通ほど存在するといわれている坂本龍馬の手紙の中でも、
“越行の記”は、その存在すら想定されていなかった幻の手紙といえる。
大政奉還後の新政府のあり方を検討している中、
龍馬と後藤象二郎は、越前福井藩の前藩主である松平春嶽の上京は必須と考えていた。
松平春嶽との面会のため、越前へ派遣された龍馬が、
その旅の内容を報告する後藤への復命書といえるものが“越行の記”である。
内容から、徳川家から権力を奪い、朝廷を中心とした国づくりを行うという龍馬の意思が見える。
今後様々な龍馬研究に用いられるだろう。
*高知県立坂本龍馬記念館

東京国立の家のちゃぶ台の下から故郷へと戻ったと。

鑑定金額はいかに、そしてその全容は...
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今週末はまたおいしく晩酌ができそうだ...ねんざで遠出もできないし。。

おりょうさん、龍馬の死後点々と生活の場をかえて生きた。
そして安住の地として横浜の料亭田中屋で住み込みの仲居として働き、
晩年は横須賀に住んだと。
神奈川宿 広重の東海道五十三次 神奈川・台之景にも描かれている、
料亭さくらやが田中屋の前身で初代が買い取って現在にいたるという。

きれいですよね、おりょうさん。
龍馬が愛した女性・楢崎龍の生涯、
こちらのページがとても詳しく書かれている。

偶然の出会いはなく...
今の政府にもの申す、
そう言いたくて手紙として現れたのではないのだろうか。
そう思えて仕方がない。

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2014 4/7 #3
『修復』

ねんざしたのはいつぶりだろうか...高校生の頃、ニューバランスのシューズをよくはいていたけど、その時も何回かぐねったことがある、それ以来か??
今回のはふらついてやったので反省中。。

と言っても、少し腫れてるくらいで2日目の今日は痛みもだいぶひいて普通に歩けるというののちょい手前な具合。
初テーピングだけど、テーピングってすごいことがよく分った。
アイシングのおかげもあるんだろうけど、テーピングしたら最初は歩きにくいけど、固定してワルいテンション、負荷が靭帯にかからないからどんどん痛くなくなるんですね。

左股関節の違和感やらゆたんぽでの低温ヤケド、ランナーズニーというちょうけい靭帯炎はどっちだったか忘れたけど、今回のねんざも左側。
バイク事故で転倒して脚を負傷するいやぁ〜な夢をみたけど、歩いていてぐねっただけでとよかったと思うようにしよう。
しかしまぁ普通に身体が動かせることはあたり前のことではないと本当に思う。感謝です。
低温ヤケドの患部は治るのに実に2ヶ月くらいかかった。湿潤療法でやるも、どんどんぐずる患部にこわくなってやめて乾燥へとシフト。それからかさぶたが取れるまで2週間はゆうにかかった。かつての大人達が「キズがなかなか治らないのよ」って言ってたけど、本当にそうなんだと実感。

と、呑んだ次の日はお腹をくだすことがほとんどなので、ビオフェルミンがかかせないのだけど、最近隣でおいしそうに食べてたヨーグルトをたまたま奪取して飲んだ後に食べたら翌朝一日中調子よくて、おどろきのちがいを実感している。
呑む前の方がいいというけど、ヨーグルトのパワー、腸内環境をこんなにも整えられるとはおどろきで、かかせないビオフェルミンをほぼ飲まずにいるから。

というか、酒呑まなきゃいいのにって、おじさんの汚い脚と腹のことでした。
楽しくも痛い週末でした。

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2014 4/7 #2
『お花見』

毎年お花見は代々木公園で、早朝場所取りからはじまって夕刻にお開きで、河岸を移して2次会−3次会へと流れるけど、って、2次会の時にはだいたいお眠でになってほぼ呑まずに入店退店をくり返す。
今年のお花見は友の豪邸にて開催。

ぼくらは桜の名所をずーっと歩いて向って腹ぺこ。

遠くは西海岸、N.Y.C.帰りの久しぶりの友らも。
7−10年ぶりといったところだろう。
久しぶりの会話は弾む。

チキンナゲット、タコス、
ぶっといソーセージ各種、ラム、焼き鳥などを焼いてくれて。
手作りおいなりさんもうまかった。

まぶしい太陽に桜、強い日射しに暑いけど空気は少し冷たくて、缶ビールをポンポンあけていく。

って、昼酒、酔いはすぐまわり夜の帳が下りる頃にはウッドデッキも寒寒だけど、ハンモックでチビ7人とおもいっきり遊んで元気の氣をもらって。

この邸ふきんはうちから結構はなれているけどよくJOGで通るところで、
かつてこの邸が建つ前の草ぼーぼーの更地の時から知っていたからなんだか不思議な感じで。

と、夜も深まってお疲れに。

暑くなってきたらプールでビールもいいものですね。
来年もまたラクにお花見ができたらなと思う。

たのしい花見でした。

....帰りにふらついて足ぐねってねんざしちゃって。
あまり呑めないようになってきたなと反省。。

今週末にはもうお花見はムリだろうけど、桜の葉が乱れ舞う中をもうちょい走れるかもしれないから、早くねんざを治そうとアイシングにテーピング。

WLK 10kmのお花見ウォーキングでした。

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2014 4/7 #1
『未知の領域』

急に毛を切ってもらいたくて速攻でお邪魔しに恵比寿西にあるUNIqueへ。
すぐ先は代官山なので恵比寿と代官山の中間かな。

いつもお任せでお願いしているので、前もってどんな感じにしてあげようかなと考えてくれているからとても嬉しい。

スッコリいっちゃう未知の領域の髪型にするか、
伸びっぱなしでもうまいことに長くなってくれるジャッキリな感じにするか...
勇気がないので短めで後者を選択。
カット中はすばらしいカットさばきに毎度毎度ガン見、どんな手仕事の技術でもじっくりみとれてしまう...
耳を丸だしにすると若い感じすぎちゃうというので、少し掛かるくらいのショートになりました。

ずいぶん前には年齢よりも老けてみられることが多かったけど、
最近は年齢が追いついてきたみたいだ。

15cm以上はカットしたかな。
まぁすごい毛玉で。
白髪も増えて。

断髪、すっきりしました。
でも早く長くなれっても思う。

何も言わずにカットしにいったので、
帰って家族が悲鳴あげてすごくビックリ成功。
カットしたあとは妻がいつも言うけど、
「 オーナー、うまいよね、よく分ってくれているね」って。
もう15年以上にはなるかな、いい先輩に面倒みてもらっていて嬉しいかぎり。

TOKYO SKATEBOARD PICNIC CLUB
なかなかフェスとか行けないし、
だったら、公園でピクニックなのは出来るじゃないのって企画したクラブ。
あちっの家族こっちの家族、そろってスケートできるピクニック。
いいですね。
ロゴのウッドベンチがすごくいい雰囲気です。

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2014 4/3 #2
『花椒の実入ラー油』

餃子の時くらいにしかあまり使わないラー油。
辛いのはそれほど得意ではないので、辛い料理はあまり好んで食べない。
けど、七味とか辛いのに香辛料が加わると俄然おいしいな〜と思う。
クサいの....パクチー、セロリ、山椒、クミン、オレガノ、ナツメグ...たくさんあるけどどれもすごく好きで。

この前初めて買って使ってみたラー油、すごく出来るやつだなと思っている人も多いような気がする四川風ラー油。
目を引いた“花椒の実入”ってことでより本格的な風味になるだろうと思って、麻婆豆腐を作ってブシュブシュブシュ仕上げに投入してみたら、まぁ辛い辛い...でもグッと本格的に旨くなってびっくりだった。ずごく便利だなと。
大辛い麻婆豆腐に白いご飯とサワーがススムススム。

そんな花椒の実入ラー油を使って、一風堂のナムルみたいなのを作ってみたらこれまたなかなかおいしく仕上がってサワーがすすむすすむ。
ニラともやし1袋を1分弱かるくゆでで、
砂糖、ニンニクすりおろし、塩、味の素、コショウ、ガラスープの素をちょっとに
ごま油とこのラー油に多めのすりゴマにしょうゆひとまわし適当に、豆板醤適当でタレを作ってゆでもやしニラ入れてまぜて完成。味みて塩入れてもガラでも。

もやし19円、ニラ一束40円+調味料、5分くらいかな、うまくてかんたんでした。

日曜日によくランニングした夕刻は、こんなつまみを作って呑んでまったりしているけど、なかなかいいものです。

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2014 4/3 #1
『生命の言葉』

“幸”というものは、直接つかめるものではない。
人を幸せにすることの反応として、自分が幸せを感じる。
周囲がすべて幸せになっていれば当然、自分もいつのまにか幸せになっていく。

オムロン創業者 立石さんの人生訓とのこと。

作用反作用、情けは人の為ならず。

...朝走る時、だいぶ寒さも遠のきつつグローブもいらなくなって。
葉桜になりつつある桜並木、今週末は友の家でお花見。
お花見朝JOGはまだもう少し楽しめる。

と、あっという間に春が通りすぎる。

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2014 4/2
『ザ・ノンフィクション』

かの有名な新宿思い出横丁の中にあるソイ丼で有名な“つるかめ食堂”
沢山の飲食店が連なって歴史あるところゆえに、三代目店主も多いようだ。
建物も築60年と躯体も設備もくたびれてきたつるかめさんの建物、三代目が改築を決意。いざ工事がはじまってみると、構造体のあちこちダメになってて...
2Fの建物で柱や床も解体し更地に。。その時、奥様が倒れて実家に療養で戻ることに。建物を新築しようも許可がおりずにどうにもならず、途方に暮れる店主。
横丁は大きな土地に私道を縦横に通して、それに面して建物を建てていったようで、つるかめさんの建物は私道に面し、法律で建物は道(公道)に2m面していないと建てられないので、新築はムリで。ならば、隣の建物の増築で再建を試みるも、権利と税の問題でそれもムリに。そうですよね、自分の建物が隣の人の建物になるのだから。隣の人にもかなりお金がかかることになるし。
で、建てられないというともう営業はムリということで...その時に二代目からの右腕の店長がガンで他界...人も店舗も失った店主。。
で、役所からは“仮設”の建物ならいいよと打開策が、しかし、屋根は架けてはいけないと。野外店舗状態ならOKだと。。と、アイデアが...ビニルシートの蛇腹開閉式を屋根とすることでOKだと!早速工事にとりかかるも東日本大震災が起きて、被災地復興優先のために建築資材は東北へと送られて資材は全然手に入らず工事が不可能に....一時閉店から実に7ヶ月以上経っているだけに精神も資金も枯渇でもうどうにもこうにも。これでもかっ!と辛いことが起きるが、さすがの店主はへこたれずに無事に仮設店舗として許可を得て再オープンとなるが、再始動を見届けるかのように二代目の実父が他界。そしてお店の看板娘である実母が怪我をしてお店に立てない日が続いく。youtube
でもなぜ....あの法律が厳しだろう場所での改築で接道義務しかり、構造体を解体する前に工事を一旦止めて、新築にする為の確認と話合いがなかったのだろうか。。というかそもそも改築ではなく許可がいらない改装だったけど予想以上に主要な構造部がダメで急きょ解体して、様々な確認と話合いがあまりなくタイムラグも発生して結果改築になったように思うけど...無事再開し涙腺がゆるみました。

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2014 4/1
『古石神井川の支流 谷戸川源流の長池跡』

長池はかつての谷戸川に水源にて、古地図(幕末期)によれば巣鴨の御薬園と藤堂家抱え屋敷にまたがる広大なもので長さは八十八間(約158m)幅が十八間(約32.4m)もあったという。
この池は現存していないが、この案内板下のくぼ地の一帯がその跡池(約半分で残り半分は道路部分)と思われる。
かつては清らかな湧水が池を満たし、清流となって染井霊園沿いに流れていた。
池から西ヶ原あたりまでは“谷戸川”、駒込の境あたりで“境川”、北区に入り田端付近で“谷田川”、さらに下流の台東区根津付近からは“藍染川”と呼ばれて不忍池に流れこんでいた。(全長約5.2km)
明治末期には周辺の開発等もあり、湧水も減少して池も小さくなり大正に入って埋め立てられた。
ここに、在りし日の湧水清らかな“長池”とその清流“谷戸川”をしのび記念の一文を残すものである。
平成十四年三月 ソメイヨシノの咲き乱れる佳日に 東京都染井霊園

案内板にはそう書かれている。

1枚目の地図、かつての石神井川は現在の王子飛鳥山付近で武蔵野台地の崖を切り裂いて低地へと流れて音無渓谷を作り、そして隅田川へと流れを変えた。河川争奪という大事件。

2枚目の地図、流れが一気に変わった石神井川は一部消滅したが、染井霊園にあった長池を源泉として名前を変えて生き残った。それが谷戸川(谷田川とも藍染川とも呼ばれる)。

1枚目の写真、現在の長池跡にかつての湧水をイメージしてみた。ものすごく大きな池であることが分る。ここから流れ出た水は水量も豊富だったと思われるので、石神井川が流れを変えて流れは分断されたけども生き残れたのだろう。

2−3−4枚目の写真、窪んでいるのがよく分りますね。

5−6−7枚目の写真、流れ出た水はくねくねと流れ落ちて、西ヶ原の低地へとむかい、向きをぐっと変えて現在の霜降銀座へと流れて、かつての石神井川と合流していた。

石神井川が王子飛鳥山付近で武蔵野台地を切り裂、流れを変えなければ、駒込や根津一帯は今はどうなっていったんだろうと...
水量も豊富な一級河川、駒込、根津、上野、不忍池...今とはまったく違う景色、町になっていたことだろう。

余談だが、
2枚目の地図、点線の石神井川が途絶えた川筋がある一帯の地形を歩いてみてみたが、窪んでいるのがよくわかる。
河川争奪前の石神井川は飛鳥山でせき止められてこの窪んだ一帯で少し溜まって、また下流へと流れでていたのではないかと、
飛鳥山の薄い崖部分に石神井川がぶつかり、この窪んでいる一帯は大きな池のような沼のようになって存在して、水が留まることで薄い崖を決壊させることができたと説明がつくんでないかと思いつつ。

興味がある方は下記の過去記事も。

【過去記事】
■谷端川(源泉から池袋本町)
■谷端川 2(池袋本町から小石川)
■谷端川と池袋の名の由来 古道 高田道
■神田川に注ぐ谷端川 市兵衛河岸
■谷端川のお多福弁天
■谷端川 田楽橋の橋桁
■谷端川 大塚にある瀧不動
■谷端川下水道幹線 SPR工法
■谷端川跡 昔の粟島神社と祥雲寺坂下の洗い場
■本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
■池袋富士塚と池袋貝塚
■池袋東貝塚遺跡
■石神井川 河川争奪 音無渓谷
■かつての石神井川
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■石神井川 旧河道 音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■石神井川 金剛寺にある板松橋弁財天洞窟への道標と音無もみじ緑地 王子七滝 松橋弁財天洞窟跡
■北区滝野川一丁目 千川上水 王子分水(鎌倉街道・千住道と一部重複)との三叉路にある庚申塔 王子七滝 松橋弁財天(岩屋弁天)への道標 ※2020年8月27日加筆
■北区滝野川 金剛寺 冨士講先逹の安藤冨五郎顕彰碑
■石神井川 旧河道の露頭 音無さくら緑地
■石神井川 音無さくら緑地 攻撃斜面からの湧水(2020年6年22日映像追加)
■石神井川 板橋いこいの森
■石神井川 赤羽線(埼京線)際 板橋四丁目の湧水
■石神井川 音無こぶし緑地の湧水
■石神井川 正受院 王子七滝 不動の滝跡(瀧不動の碑)
■石神井川 正受院裏 王子七滝 不動の滝跡(王子不動之瀧跡) 対岸は湯タキ・水タキ(湯滝・木滝)
■北区滝野川 正受院本堂前所在 石造近藤守重坐像と目黒富士(元富士・新富士)のひとつである目黒元富士
■石神井川 不動の滝跡(瀧不動の碑)付近の調査(2014年11月28日 9時頃)
■王子七滝 名主の滝
■王子七滝 名主の滝公園の湧水 (2020年8月8日)
■王子七滝 王子 権現の滝
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子十五滝 現存するのは名主の滝のみ
■王子七滝 消滅した王子 稲荷の滝後の“稲荷の崖線湧水”と王子稲荷裏古墳の狐穴(横穴墓)
■王子七滝 王子稲荷神社 狐石像が置かれた滝
■王子十五滝 醸造試験所の滝
■王子十五滝 料亭扇屋 末広の滝
■王子十五滝に加えて 今も残る飛鳥山の小滝
■王子稲荷の坂 旧中山道と王子稲荷道の分岐にあった“王子大明神 常夜灯”(2020年8月29日写真追加)
■王子神社東側の崖線と上郷用水(石神井用水)に架かる三本杉橋の親柱
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋)のトンネルの湧水
■板橋宿 上宿跡はスラム街になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件
■昭和の石神井川
■板橋宿(上宿・仲宿)の各施設跡(大木戸<江戸御府内 朱引>・上宿 脇本陣板橋市左エ門家・高札場・自身番・問屋場)と新旧の板橋
■板橋の名の由来 交通の要衝 鎌倉街道と中山道 石神井川に架かる<松橋・板橋・山中橋>
■加賀藩下屋敷にあった山々 現存する大山(築山)
■霜降銀座 古石神井川と谷田川 谷田川に架かっていた石橋
■石神井川 沼
■石神井川の大橋たもと 不動明王座像と敷石供養塔 安全の祈願〜臨済宗大徳寺派 廣徳寺
■石神井川の付け替え
■石神井川 東宮降誕植桜之碑
■石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
■旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
■石神井川(音無川)ほとりの王子 料亭 扇屋)
■古写真はわたしたちに何を伝えるのか?(幕末維新期の王子・飛鳥山・滝野川)
■王子の料理屋・扇屋 石灯籠と屋敷神
■飛鳥山公園 飛鳥明神 飛鳥山の隠れ狛犬
■王子 飛鳥山 さくら新道 共同洗い場
■古石神井川の流路 逆川
■石神井川 中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
■石神井川上流 下野谷遺跡
■古石神井川の支流 谷戸川(谷田川・愛染川)源流の長池跡
■愛染川と枇杷橋(合染橋)跡
■谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
■文京区弥生町 弥生式土器の発見地
■不忍池(古石神井川、谷田川・愛染川)
■台東区池ノ端 境稲荷神社と弁慶鏡ヶ井戸 暗闇坂
■縄文人の一生 -西ヶ原貝塚に生きた人々- 武蔵国豊島郡の郡衙跡と鎌倉街道
■稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)と日曜寺と智清寺に架かる橋
■姥ヶ橋延命地蔵尊と根村用水(稲付川や中用水、北耕地川とも言われる)
■旧中山道“岩の坂”の縁切榎ほとりを流れる稲付川(中用水)と“なみだ橋”
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■北区十条仲原 稲付川に架かっていた游鯉園橋
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川) 水車の坂
■稲付川(根村用水・中用水・北耕地川)が流れる深い谷底
■王子 上郷用水(石神井用水) 三本杉橋の親柱
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬道の橋跡
■徳川慶喜が撮影に来た板橋区の日曜寺 扁額と根村用水
■板橋区大和町 日曜寺に架かる根村用水の橋(親柱・欄干)と平尾町内中の石柱(平尾宿)
■板橋区清水町 名もなき野川 旧中山道に架かっていた岩道橋(龕灯橋・ガンドウ橋)
■北区 中里遺跡出土丸木舟
■板橋区 根ノ上遺跡
■板橋区 稲荷台遺跡
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■赤羽自然観察公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■北区赤羽西 かなくさ坂と湧水 隣接する赤羽自然公園の湧水(陸上自衛隊十条駐屯地跡)
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #1
■旧松澤家住宅 附 倉屋 #2 徳丸ヶ原(西台、高島平)の思い出
■文京区千駄木 大聖寺藩下屋敷跡 大名庭園の旧態を保つ須藤公園
■田柄川の水源と茂呂遺跡
■田柄川 石神井川との合流地点
■石神井川 公開された茂呂遺跡(旧石器時代が日本に普遍的に広まっていたことを証明した遺跡・黒曜石製 茂呂型ナイフ形石器の発見)
■板橋区 栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池
■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■複合遺跡 東池袋遺跡 旗本中西家の屋敷地と御鷹方御役屋敷
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川
■ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
■前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
■板橋区 赤塚不動の滝と大根
■板橋区泉町 出井の泉跡(出井川)
■板橋区前野町 出井川の水源のうちのひとつ 見次公園(自然湧水池)
■板橋区小豆沢 御手洗池(御手洗不動旧跡)
■旧中山道 板橋区志村 清水坂と平次坂 志村清水坂緑地(清水坂公園)の湧水
■旧中山道清水坂そば 板橋区志村二丁目の湧水
■志村城山公園の湧水と志村城跡
■板橋区 小豆沢公園の湧水
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #1
■板橋区 小豆沢公園 湧水を使った池 #2
■薬師の泉庭園 板橋区指定記念物
■板橋区 前野町地区の遺跡と前野町熊野北遺跡 常楽院収蔵の土器(前野町式土器<弥生土器>)
■板橋区若木 中台馬場先貝塚
■江古田川 不動橋と垢離取不動尊
■江古田古戦場(江古田・沼袋原の戦い 江古田原合戦)
■板橋区大山西町の用水路
■板橋区大山西町の名も無き川 用水路(千川上水からの分水 中丸川支流)
■千川上水跡(豊島区立千川親水公園) 桜並木と五基の庚申塔
■分水嶺、千川上水調節池跡
■千川上水 喜内古屋水車跡
■千川上水 水神様
■豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
■北区滝野川6丁目 旧中山道と千川上水の間に祀られた馬頭観世音 板橋宿で捕らえられた千川の怪物(オオサンショウウオ)
■千川上水の田留め水車と中丸川への分水口に祀られた庚申塔
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
■巣鴨遺跡 町屋跡
■巣鴨庚申塚 巣鴨遺跡
■巣鴨遺跡 柳沢弾正少弼の屋敷
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代の巣鴨
■文京区春日(小日向) 徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
■玉川上水
■新選組 沖田総司 逝去の地と玉川上水余水吐
■玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
■渋谷川 氾濫危険水位
■渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
■河骨川(春の小川)
■自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
■渋谷区神南2丁目1番先 水無橋
■穩田川(渋谷川)の支流
■渋谷川 庚申橋供養碑
■渋谷区恵比寿西二丁目11番7号 庚申塔
■鎌倉街道 中道 並木橋
■猿楽古代住居跡(代官山)
■渋谷区代官山 猿楽塚(猿楽塚古墳 猿楽神社)と鎌倉街道 中道
■目黒元富士跡 上目黒1―8
■内藤新宿 天龍寺の時の鐘
■池袋富士塚と池袋貝塚
■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社)の再整備(現状変更)と補助83号線
■豊島長崎の富士塚
■下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
■駒込富士神社と古墳群
■赤羽台古墳群 赤羽台第3号古墳石室
■北区赤羽北 稲荷の坂と赤羽台古墳群(赤羽台4丁目)
■秋葉原 神田柳森神社 力石
■赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
■急傾斜地 板橋区小豆沢・北区赤羽西・新宿区赤城元町
■新宿区 赤城元町の崖
■神楽坂ラン 赤城坂
■四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
■新宿歴史博物館
■新宿区弁天町 宝竜寺坂(幽霊坂)と住吉町 念仏坂
■豊島区 のぞき坂
■豊島区南池袋(雑司が谷) 法明寺 豊島氏の墓
■豊島区 法明寺 威光稲荷堂
■墨田区 都立横網町公園
■本郷給水所公苑
■東京都水道歴史館
■椿山荘 古香井
■東京の坂道 文京区白山 網干坂
■北区西ヶ原 熊野坂
■北区十条仲原 稲付川に下る游鯉園の坂
■板橋区 清水坂 中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所 合の宿
■板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
■北区西ヶ原〜滝野川 道音坂(浅草道、中世は鎌倉街道)
■北区赤羽西 真正寺坂
■北区滝野川 狐塚の坂と岩屋弁天・正受院(滝不動)への道標(2020年9月18日写真追加)
■北区滝野川 重吉稲荷神社と平尾一里塚の東側の小道にあった廻国塔
■文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
■文京区小日向 茗荷坂
■北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
■消える富士見坂と豆まき
■消えた日暮里富士見坂
■いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地) 富士山を望む
■高倉健 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
■戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
■板橋区蓮根 ダイエー西台店の間を流れる用水路跡
■板橋区高島平 徳丸ヶ原 蓮根馬頭観音縁起
■板橋区・北区 御代の台
■北区中十条(東十条) 地蔵坂
■北区中十条(東十条) 地蔵坂の子育地蔵尊と庚申塔
■北区岸町 三平坂
■王子大坂と子育地蔵尊

しかし、便利でよく通る道はかつて川だったというのが調べると本当に多い。
水があるところに人は集ると、魂が記憶していて無意識に通っているように思うのは気のせいだろうか。

*国土地理院ホームページ掲載のデジタル標高地形図画像データ(図名等)を使用。
霜降銀座さんのサイトや染井霊園からも画像を使わせていただきました。