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2017 10/26 『石神井川 東宮降誕植桜之碑』

---------------------- 案内板から引用
旧上板橋(現 大山「福地蔵」を境として石神井川の上下流で下・上板橋に区分)の中心を流れる石神井川は一旦長雨となればその都度河水氾濫し多くの被害を与えていましたが上板橋耕地管理組合(昭和五年〜十三年)による河川改修築堤を実施その害を除去昭和八年十二月皇太子誕生を一億の国民乱舞奉祝するを記念して上板橋青年団・上板橋在郷軍人會の協議により新設成った堤防上に桜の植樹を計画、耕地管理組合並びに有志の協力により宿東(現 弥生町)より栗原迄の三千余歩に凡そ一千株を植樹、これらの事業に携わった多くの人々の功績を讃えると共にこの地が潤沢な石神井川の水量と併せて桜の名所として栄えるこを記念しこの石碑を建立
昭和九年四月
題字揮毫 上板橋在郷軍人会 鈴村吉一
文章作成揮毫 大東文化学院教授 山内惇吉
石工 秋元金次郎
建立者 帝京在郷軍人会上板橋分会 板橋区青年団上板橋分団
----------------------
かつても今も板橋区は、春となれば桜の花が咲きあふれ、居ながらにして行楽としゃれこむのにこと欠かなかった。その最たるものは、何と言っても石神井川の両岸の桜花と、その清流だった。特に栗原橋から下頭橋までの一目千本の桜花は人の目を奪うに十分であった。それが、護岸工事のために昭和40年頃にはすべてがかり倒されてしまった。やむを得ないことであったが、練積石の直線的護岸壁になってしまったのは、やはり淋しいことである。(写真は語る)
一番下の写真が護岸工事以前の石神井川の桜で、場所は不明だが、この石碑が建立されているあたりかと思われる。

地図の黒丸の所にこの石碑があり、左青丸が栗原橋で右青丸が下頭橋。
この間に一千本もの桜の樹が植えられていたんですね。
現在でも後から植えられた染井吉野が何本かあり、下頭橋以降の下流、飛鳥山まで延々と桜並木が続いているので、春になると多くの行楽客が集る。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
秋葉原 神田柳森神社 力石
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
のぞき坂
宝竜寺坂と念仏坂
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
巣鴨遺跡
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
法明寺 威光稲荷堂
庚申塚 巣鴨遺跡
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
横網公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
根ノ上遺跡
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
逆川(古石神井川の流路)
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地)
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台

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2017 10/25 『玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋』

新宿高校の校庭に玉川上水に架かっていた旭橋の石柱と下水用石樋が残されている。通常は非公開のようで、門扉は閉まっているので、覗きこまないとよく見えない。(地図上から2枚目)
江戸期の絵図に描かれている天龍寺の向いの玉川上水に架かる橋が旭橋だろうと思う。この一帯はかつて旭町と呼ばれていたからだと。
甲州 街道と青梅街道の分岐である交通の要衝の新宿追分の近くにすぐ近くに高札場があったようだ。
石樋は甲州街道と青梅街道の分岐する追分一帯の下水を現 新宿御苑内の池に流すために、玉川上水を立体で越えさせるので、その上に架けられたものだという。

内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
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板橋区・北区 御代の台

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2017 10/19 『豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道』

長いことリニューアル工事をしていた郷土資料館が、ようやくオープンした。
以前よりもだいぶおもしろくなっていた。
常設展示は地域の人々からの寄贈の品がたくさんあった。
豊島区では郷土・美術・文学と漫画の3分野が連携した(仮称)芸術文化資料館び開設に向けて準備を進めていて、今回の展示リニューアルはその開設準備の一段階にすぎないとのことだそうだ。

豊島区役所の前面道路は鎌倉街道ということもあって、常設展示でも鎌倉街道について触れていた。
失念したが、1640年代の絵図では、宿坂の先は鎌倉街道が描かれておらず、今まで想定されていた真っすぐに進んで神田川を渡る鎌倉街道は、この時代以降に通されたことが分ったという。なので、真っすぐに通る鎌倉街道は(新)ということになり、大きく迂回する方が古い鎌倉街道で(旧)となるという。

遺されたものが語ること#2 石神井城跡
清戸道の名家
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田

江古田古戦場

-------------パンフレットから引用
平安時代末には鎌倉と奥州を結ぶ鎌倉街道中道(旧道)が、現新宿牛込・豊島区高田から宿坂を越えて巣鴨・駒込を抜けた北区方面に向っていました。
神田川渡河点の豊島区側には高田宿が、対岸の高台には現早稲田大学構内を中心に江戸氏一門である松原氏の屋敷・寺院(下戸塚遺跡)があり、両者は密接な関係があったと考えられます。
江戸氏を滅ぼして長禄元(1457年)に江戸城を築き太田道灌を配した扇谷上杉氏は、現所沢市に残る滝の城を中継点に、本拠である河越城との間に連絡路を造ります。
そのうち江戸から滝の城までの道が清戸道です。文明9(1477年)、道灌は江古田原合戦の経てこの道を遮断するために豊島氏が築いた石神井・練馬の二城を攻略し、豊島氏は没落します。
この二つの道は、江戸の主要交通路が鎌倉を基点とする南北方向から江戸を基点とした東西方向に変化していくことを教えています。
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【過去記事】
幕末を巡って
復活 上野清水観音 堂月の松
散歩JOG
身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
吉祥寺 榎本武揚の墓
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板橋城跡 赤塚城跡
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迷子センター
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時忘れじの塔
浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
縁切り榎 政略結婚と女性救済の場
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近藤勇と新選組隊士供養塔
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新選組 沖田総司 逝去の地
雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
清戸道の名家
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日本人のルーツ
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鎌倉街道 中道 並木橋
ハッピーロード大山商店街 横道に佇む“命”の碑
補助第26号 板橋区大山 山中通り商店街
江戸橋通り 出桁造り

板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡』案内板
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場
ふじ大山道
雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
上板橋宿と大山福地蔵尊
町民を癒し見守る大山福地蔵尊
宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
田端 東覚寺 赤紙仁王
中山道 齋藤商店
本郷肴町 棒兼
池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
現存する都内の一里塚
散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
東京第一陸軍造兵廠 標石 陸軍用地
巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩
千石緑地
延命地蔵堂の石造物群
観明寺 左甚五郎作の龍
板橋遊郭 新藤楼
旧中山道はタネ屋街道
葛飾北斎墓
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
北区十条四軒道路にある出桁造り
日曜寺の扁額
目白通りにある出桁造り
渋谷川 庚申橋供養碑
王子稲成神社 御石様
JR貨物北王子線と廃線跡
醤油電車(東武東上線)
陸軍板橋火薬製造所跡
加賀藩と黒作り
加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
加賀藩前田家の駕篭
加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜
加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
北区中十条3丁目の出桁造り
文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
旧中山道 縁切榎
根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
蓮根馬頭観音縁起
四ツ又馬頭観音
北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
北区王子3・4丁目の出桁造り
電話番号の表札
小松屋横町道
谷中、上野桜木の出桁造り
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板橋区赤塚 鎌倉古道
北区西ヶ原の出桁造り
文京区根津の出桁造り
国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
西池袋 自由学園明日館
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
板橋区高島平 六の橋のグラフィック
江戸城 松の大廊下跡
中仙道か中山道か
醤油電車(東武東上線)
下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾

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2017 10/9 『旧中山道に現存する出桁造り』

2017.11/6加筆
中山道、板橋区志村1町目〜板橋区本町から文京区向丘までの旧中山道沿いには、出桁造りの商家(町屋)が今でも16棟ほど現存している。

京都方面である板橋区志村〜板橋区本町(板橋宿の上宿)から紹介。

写真1枚目、板橋区志村....旧中山道が中山道に吸収されて重複している部分にある畳屋。
写真2枚目、板橋区本町....これは旧中山道から少し入った道にある商家。今は営まれていないようだが、中には最近まで商売で使っていたであろう什器などがある。立派です。

写真3枚目、板橋区本町....酒屋を営まれている。

写真4枚目、板橋区本町....今は空き家となっている。

写真5枚目、板橋区仲宿....現在はクリーニング屋。

写真6枚目、板橋区仲宿....板五商店、かつてはお米屋さんを営まれていたようだ。左右のレンガ造りの袖壁は防火のためだろう。

JR板橋駅の踏切を渡り、かつて存在していた一里塚を越えて、北区に入る。

写真7枚目、北区滝野川....街道から少し奥にある。

写真8枚目、北区滝野川....モルタル塗りで改装されている。

写真9枚目、北区滝野川....かつてはどのような商売をされていたのだろうか。

写真10枚目、北区滝野川....だいぶ改装されている。

写真11枚目、豊島区西巣鴨....現在は酒屋を営まれている。

明治通りを渡り、豊島区へと入る。

写真12枚目、豊島区西巣鴨....威風堂々たる佇まいの東京種苗株式会社の建物で、明治初期のものだそうだ。

写真13枚目、豊島区西巣鴨....現在は文房具や日用品などを取り扱っていて、昔懐かしい束になったちり紙が店頭に置かれている。

写真14枚目、豊島区西巣鴨....改装して床屋を営まれている。

この先は庚申塚へ、そして巣鴨へと続き、旧中山道は地蔵通り商店街と呼ばれている。とげぬき地蔵で有名ですね。観光客も多いので近代化が早かったのだろう、出桁造りの商家は現存せず。
巣鴨から旧中山道は国道17号線に吸収されているので、こちらも現存しておらず、千石(本駒込)からまた旧中山道が現れる。

写真15・16枚目、文京区向丘....こちらは料理屋を営まれている。

写真17・18枚目、文京区向丘....旧中山道と日光御成街道(本郷通り)の分岐である本郷追分にある酒屋の高崎屋。
江戸時代から代々続く老舗で約250年の歴史があるそうだ。via
この本郷追分にはかつて日本橋から最初の一里塚があったという。こちらも現存せず。

今後建替えも進むだろうが、昔の街道筋を思いださせてくれる貴重な商家が長く残ってくれればと思う。

こちらのサイトには80年代の旧中山道を見ることができる。

【過去記事】
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四ツ又馬頭観音
北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
北区王子3・4丁目の出桁造り
電話番号の表札
小松屋横町道
谷中、上野桜木の出桁造り
板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡
板橋区赤塚 鎌倉古道
北区西ヶ原の出桁造り
文京区根津の出桁造り
国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
西池袋 自由学園明日館
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
板橋区高島平 六の橋のグラフィック
江戸城 松の大廊下跡
中仙道か中山道か
醤油電車(東武東上線)
下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾

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2017 10/9 『葛飾北斎墓』

上野駅から国際通りを浅草方面へ行くと通りの裏手に誓教寺(せいきょうじ)があり、ここに東京都指定旧跡になっている葛飾北斎墓がある。
最近TVでいくつも北斎の特集が組まれていることもあったりしていて、ちょっと行ってみた。
こじんまりとした静かなお寺に、大切にされていました。
そういえば、 パスポートには冨嶽三十六景を2020年の東京五輪・パラリンピック前の19年度に導入するとのこと。
北斎の娘、葛飾応為もすごいんですよねぇ。

Running 7.24km 5'57''/km 43:04
Walking 5.5km

【過去記事】
幕末を巡って
復活 上野清水観音 堂月の松
散歩JOG
身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
吉祥寺 榎本武揚の墓
榎本武揚から緒方洪庵へ
高島流
大円寺 高島秋帆の墓
明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
千葉周作の墓 木戸孝允の駒込別邸
板橋城跡 赤塚城跡
遺されたものが語ること#2 石神井城跡
仙がい義梵
赤穂浪士ゆかりの寺
迷子センター
別れの橋跡・見送り坂と見返り坂 本郷4-37先本郷通り
時忘れじの塔
浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち 上野
縁切り榎 政略結婚と女性救済の場
徳川慶喜 第六天町 屋敷跡
目白台 台地の屋敷
近藤勇と新選組隊士供養塔
板橋宿平尾脇本陣豊田家
新選組 沖田総司 逝去の地
雑司ヶ谷霊園 ジョン万次郎墓
雑司ヶ谷 宣教師 マッケーレブ邸
薩摩義士 平田靫負(ひらたゆきえ)
富士・大山道の道標と庚申塔 下練馬大山道の道標と東高野山の道標
清戸道の名家
池袋 四面塔尊
新宿に縄文人現る
日本人のルーツ
縄文人の核DNA解析
加賀藩中屋敷跡 旧駕籠町
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
旧鎌倉街道 中道編
鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
鎌倉街道 中道 並木橋
ハッピーロード大山商店街 横道に佇む“命”の碑
補助第26号 板橋区大山 山中通り商店街
江戸橋通り 出桁造り

板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡』案内板
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場
ふじ大山道
雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
上板橋宿と大山福地蔵尊
町民を癒し見守る大山福地蔵尊
宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
田端 東覚寺 赤紙仁王
中山道 齋藤商店
本郷肴町 棒兼
池袋御嶽神社 ふくろうの像(梟の像 親子)
三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
現存する都内の一里塚
散歩RUN 志村一里塚〜桐ヶ丘団地〜赤羽八幡神社
東京第一陸軍造兵廠 標石 陸軍用地
巣鴨 眞性寺の地蔵菩薩
千石緑地
延命地蔵堂の石造物群
観明寺 左甚五郎作の龍
板橋遊郭 新藤楼
旧中山道はタネ屋街道
葛飾北斎墓
旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
豊島区立郷土資料館 新・旧鎌倉街道
北区十条四軒道路にある出桁造り
日曜寺の扁額
目白通りにある出桁造り
渋谷川 庚申橋供養碑
王子稲成神社 御石様
JR貨物北王子線と廃線跡
醤油電車(東武東上線)
陸軍板橋火薬製造所跡
加賀藩と黒作り
加賀藩江戸下屋敷 奥山正 著 人んとこ荒らすな
加賀藩前田家の駕篭
加賀藩上屋敷跡 東京大学 赤門
加賀前田家下屋敷跡 〜江戸下屋敷平尾邸〜
加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
文京区西片 菊坂下 言問通りと北区滝野川 飛鳥山 本郷通りの出桁造り
北区中十条3丁目の出桁造り
文京区 大円寺 ほうろく地蔵と吉祥寺の比翼塚
旧中山道 縁切榎
根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
蓮根馬頭観音縁起
四ツ又馬頭観音
北区中十条2丁目、(篠原)演芸場通りの出桁造り
北区王子3・4丁目の出桁造り
電話番号の表札
小松屋横町道
谷中、上野桜木の出桁造り
板橋区新河岸三丁目 早瀬前遺跡
板橋区赤塚 鎌倉古道
北区西ヶ原の出桁造り
文京区根津の出桁造り
国指定重要文化財(建造物) 旧渋沢家飛鳥山邸(晩香廬・青淵文庫) 北区西ヶ原二-十六-一
国指定史跡(大正十一年三月八日指定) 西ヶ原一里塚 北区西ヶ原二ー十三・四先
五代将軍 徳川綱吉御殿跡之碑(練馬区北町1-14 北町小学校と田柄川の間)と環状八号線の開通
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り
板橋区上板橋 旧川越街道沿いの出桁造り2
文京区本駒込 吉祥寺側の出桁造り
板橋区栄町(大山)養育院 渋沢栄一
西池袋 自由学園明日館
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
旧丹羽家の門と蔵 藤堂家の墓所
板橋区高島平 六の橋のグラフィック
江戸城 松の大廊下跡
中仙道か中山道か
醤油電車(東武東上線)
下板橋駅ミニ写真展 東武東上線特急とマンモスプール
山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾

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2017 10/5 『北区 道音坂』

---------------------案内板から引用
道音坂は、西ヶ原4-29-1地先から滝野川1-32-6地先まで続く坂道で、旧西ヶ原・滝野川の村境に沿った坂道でした。
明治時代の「東京府村誌」に「坂名ハ道音塚アルニ由ル」とあり、江戸時代の地誌には西ヶ原村内「滝野川境ニアリ」と塚について記されています。
道は浅草道と呼ばれ、本郷と上野の二つの台地を結ぶ道で、中世は鎌倉街道だったと伝えられる古道です。
---------------------

地図の丸1付近にあるのが道音坂。
案内板で触れている浅草道で中世の鎌倉街道は、地図の青い線で左右にのびていて、西ヶ原で日光御成街道(本郷通り)に合流している。
地図の左下、明治通りが鎌倉街道中道で、西巣鴨交差点を横切り、先へと延びて消滅するが、陸上自衛隊十条駐屯地の正門の横からまた鎌倉街道が現れて、その先の日光御成街道に合流する。
道音坂は古石神井川と谷田川(谷中付近では藍染川と呼ばれていた)が削った坂ということで、かつては橋も架かっていたことだろう。
余談だが、いくつも案内板が立っているので、北区は坂の案内に熱心だと感じる。
近くには北区西ヶ原 熊野坂もある。

【過去記事】
谷端川(源泉から池袋本町)
谷端川 2(池袋本町から小石川)
谷端川と池袋の名の由来
神田川に注ぐ谷端川
谷端川のお多福弁天
谷端川 田楽橋
谷端川 大塚にある瀧不動
板橋区大山西町の用水路
石神井川
かつての石神井川
石神井川 旧河道
石神井川 旧河道の露頭
昭和の石神井川
霜降銀座 古石神井川と谷田川
石神井川 沼
石神井川に佇む不動明王 安全の祈願
石神井川の付け替え
石神井川 東宮降誕植桜之碑
石神井川とエンガ堀の合流地点にかつてあった積田牧場大谷口搾乳所
旧石神井川(古石神井川)の跡 飛鳥山・滝野川付近
中板橋のプールと水神宮、練馬城 住宅地にある堀
下野谷遺跡
王子七滝
長池跡(谷田川源流)
谷田川に架かっていた橋の親柱(芥川龍之介墓所 慈眼寺)
不忍池
水窪川
田柄川
ボクらのホームグラウンド、前谷津川
ボクらのホームグラウンドの前谷津川の支流
前谷津川支流 不動通り 中尾不動尊の谷
池袋の川 弦巻川
千川上水跡
分水嶺、千川上水調節池跡
千川上水 喜内古屋水車跡
千川上水 水神様
豊島区 千川上水公園と千川上水分配堰碑
玉川上水
玉川上水 旭橋の石柱と下水用石樋
渋谷川 氾濫危険水位
渋谷川の再生と白根記念 渋谷郷土博物館
河骨川(春の小川)
自然の猛威 渋谷川千駄ヶ谷・代々木支流付近の谷
水無橋 神南2丁目1番先
穩田川(渋谷川)の支流
渋谷川 庚申橋供養碑
鎌倉街道 中道 並木橋
内藤新宿 天龍寺の時の鐘
新選組 沖田総司 逝去の地
中台馬場先貝塚
池袋富士塚と池袋貝塚
池袋東貝塚遺跡
十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
下谷坂の富士塚 柳森稲荷神社の富士講関係石碑群
秋葉原 神田柳森神社 力石
急傾斜地
新宿区 赤城元町の崖
神楽坂ラン 赤城坂
赤塚不動の滝と大根
四谷荒木町 策の池、紅皿の墓
新宿歴史博物館
のぞき坂
宝竜寺坂と念仏坂
本郷 菊坂 樋口一葉旧居跡と井戸
巣鴨遺跡
駒込富士神社と古墳群
猿楽古代住居跡(代官山)
東池袋遺跡
法明寺 威光稲荷堂
庚申塚 巣鴨遺跡
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
須藤公園
横網公園
本郷給水所公苑
東京都水道歴史館
椿山荘 古香井
根ノ上遺跡
稲付川(根村用水と中用水とも北耕地川とも言われる)
田柄川の水源と茂呂遺跡
豊島区の湧き水と池
稲荷台遺跡
赤羽自然観察公園の湧水
公開された茂呂遺跡
栗原遺跡の竪穴住居跡と長嶋茂雄
東京の坂道 網干坂
北区西ヶ原 熊野坂
北区十条仲原 游鯉園の坂
逆川(古石神井川の流路)
今宮神社駐車場の湧水
赤羽台第3号古墳石室
巣鴨遺跡 町屋跡
巣鴨遺跡 柳沢家
出井の泉跡(出井川)
板橋区 清水坂
北区 道音坂
赤羽西二丁目地区急傾斜地崩壊危険区域と稲付城跡にある静勝寺から宝幢院の道標
縄文人の一生 西ヶ原貝塚に生きた人々
北区赤羽西 真正寺坂
板橋志村、この地に生きて 大野邦雄 遺稿集
北区滝野川 狐塚の坂
庚申塔 恵比寿西二丁目11番7号
弥生式土器の発見地
文京区小日向二丁目19と21の間 鷺坂
北区西ヶ原 大炊介坂(おおいのすけざか)
消える富士見坂と豆まき
消えた日暮里富士見坂
いたばし大交通展 人工地盤 西台アパート(西台団地)
健さん 新幹線大爆破 志村検査場・交通局志村基地
戸田橋の親柱と武蔵野台地の崖線
板橋区・北区 御代の台

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2017 10/3 『旧中山道はタネ屋街道』

---------------------------- 案内板より引用
旧中山道を通る旅人の中には弁当を食べるため、街道沿いの農家に立ち寄り、縁側を使わせてもらう人などもいました。
旅人は、農家の庭先や土間で見慣れない野菜を見かけると、国元で栽培しようと、タネを欲しがる人も多く、やがては農家の副業として種子を販売するようになりました。
その後、江戸・東京が生んだ滝野川ゴボウ、滝野川ニンジンなど優れた野菜が出現すると、タネを扱う専門店ができ、明治の中期には巣鴨のとげぬき地蔵から板橋区清水町にいたる約6kmの間にタネ屋問屋が9戸、小売店が20戸も立ち並びさながら、タネ屋街道になっていました。
寛永20年(1643)の代官所に申告した書き付けに、長野県諏訪からきたタネの行商人が榎本種苗店(豊島区西巣鴨)に仕入れにきた模様が記されています。
馬12〜3頭をひいてタネを仕入れ、帰り道「萬種物」の旗を立てて街道のタネ問屋に卸していったり、農家に販売して歩くなど、さながら富山の薬売 りと同じようにタネも行商により商われていました。
---------------------------

地図の赤い線が旧中山道で、上記のとげぬき地蔵から板橋区清水町までを現している。
写真1枚目、現在営業はしていないが、東京種苗株式会社の建物がある。場所は、旧中山道と明治通りの掘割交差点から巣鴨方面へ少し行ったところにある。
明治初期の出桁造りの建物だそうで、旧中山道に残る貴重な商家のうちのひとつ。
そして、掘割交差点から板橋駅方面へ少し行くと、江戸末期嘉永五年(1852年)創業の株式会社日本農林社がある。この会社では地元の特産品である滝野川ゴボウの種を今でも作り続けているという。
また、板橋駅の近くの旧中山道沿いにも瀧野川種苗株式会社という園芸店があり、環七を越えた清水町にも種を扱う園芸店がある。確証はないが、これも当時から続く種屋だろうか。
余談だが、旧中山道も時代の流れでクラシックな建物が消えていっているが、都電庚申塚駅から都営三田線本蓮沼駅付近までの旧中山道沿いには、まだ10軒ほど出桁造りの商家(町屋建築)が健在だ。

【過去記事】
幕末を巡って
復活 上野清水観音 堂月の松
散歩JOG
身近なところに 太田道灌追慕の碑 山吹の里の碑 胸突坂
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榎本武揚から緒方洪庵へ
高島流
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明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
幕末の幕臣 山岡鉄舟の墓
千葉周作の墓 木戸孝允の駒込別邸
板橋城跡 赤塚城跡
遺されたものが語ること#2 石神井城跡
仙がい義梵
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清戸道の名家
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古道 鎌倉道 別名 椎名町道(兵隊道)
代官山の古墳と鎌倉街道 中道
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鎌倉街道 中道 西巣鴨〜西早稲田
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鎌倉街道 中道 並木橋
ハッピーロード大山商店街 横道に佇む“命”の碑
補助第26号 板橋区大山 山中通り商店街
江戸橋通り 出桁造り

板橋宿中宿名主飯田家(総本家)跡』案内板
切支丹屋敷跡地からシドッティ
江古田古戦場
ふじ大山道
雑司ヶ谷 御鷹方御組屋敷道
上板橋宿と大山福地蔵尊
町民を癒し見守る大山福地蔵尊
宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
地蔵・道しるべ(代官山 猿楽町)
田端 東覚寺 赤紙仁王
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三社様 浅草神社 被官稲荷神社 新門
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旧中山道に現存する出桁造り(2017.11/6 加筆)
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根津神社の塞の大神碑と追分一里塚跡
蓮根馬頭観音縁起
四ツ又馬頭観音
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