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2022 5/12 『清土鬼子母神堂 出現した鬼子母神像を洗い浄めたという三角形の井戸<星の清水(星の井)>』

地図の青丸部分に清土鬼子母神堂がある。
雑司が谷の鬼子母神に祀られている鬼子母神像は、この清土鬼子母神堂で出現、掘り出されたという。
境内には三角形の珍しい井戸<星の清水(星の井)>
上から4枚目、江戸名所図会にも三角形の<星の清水(星の井)>が描かれていて、左に流れているのが弦巻川。

案内板から引用ーーーーーーーーーーー
清土鬼子母神(文京区目白台二の一四の九)
吉祥天
雑司が谷鬼子母神像は清土のこの地から出土され「清土鬼子母神」と呼ばれています。
その鬼子母神を母に持つ吉祥天は仏教では毘沙門天の妃ともいわれ、福徳安楽を与え、仏法を護持する天女でもあり、左手には如意宝珠を捧げ持っています。
雑司が谷七福神の会
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ここをクリックすると下に【過去記事1<河川・湧水・池・滝・堀・上水・暗渠・橋・宿場・史跡遺跡(貝塚 古墳 塚 庚申塔 道標)・文化財・古道・坂など>】のリストが展開します。

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2022 5/7 『豊島岡墓地(豊島岡御陵)の蛇池から護国寺の湧水池に注いでいた水窪川支流に架けられた橋』

地図の青丸部分、護国寺境内にある音羽富士塚の参道に架けられている橋は、かつて護国寺にあった湧水池から水窪川へと注ぐ支流に架けられていたという。その湧水池も護国寺の東隣りの豊島岡墓地にある蛇池を源泉としていたらしいので、池から池へそして川へと流れついていたということですね。
水窪川跡の下流域である、この護国寺周辺を見て歩くと分かるが、深い谷を刻んでいるいるので、長い年月をかけて、水量は豊富だったのだろう。

話が飛ぶが、グリーン大通りの豊島岡女子校付近には大きな丘があって根津山と言われていたという。その山が邪魔だったかで、山を米軍が平削して運動場のグラウンドに替えて、残土は水窪川の源流あたり(東急ハンズ跡付近)に撒いたとどこかで読んだことがある。

可愛い姿の橋が残っているので、参拝ついでに渡って富士塚を登ってみるのも良いですね。

※豊島岡墓地の蛇池の貴重な写真を紹介しているブログ

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2022 5/4 『十条銀座商店街にかつてやってきていた、屋号は分からない名店<屋台のおでん屋さん>』

埼京線の十条駅前にある商店街は、ロケなどでもいつも紹介されていてとても有名だとご存知の方も多いと思う。新しいお店もいくつも立ち上がってきていますが、一方で老舗の名店もいくつも撤退しています。開店前から並んでいる<大衆酒場 斎藤>は飲ん兵衛にはよく知られている名店だと聞きます。
写真の屋台は(2009年撮影)十条の商店では名物(名店)だったと思うおでんやさんで、商店街の真ん中に来ていました。全部がとにかく安くおいしかったんです。ちくわぶはひとつ30円とか50円くらいだった気がします。(失念)はんぺん、ちくわぶ、たまご、大根、巾着だったかな、あとがんもなど2つずつ買って、おまけで昆布を入れてくれてたんですよね。たまに寄ってた商店街のおでんの屋台を見かけるとほぼ買っていたと思います。今から40年くらい前だけど、あちこちの公園に駄菓子屋さんやおでん屋さんが来ていました。おでんの屋台には楽しくおいしい思い出しかありません。
いつだったたか、この十条のおでん屋さんも姿を見かけることがなくなりました。店主のお父さんは高齢に見えたから、引退されたのでしょうね。「お父さんお元気かな?」と、今でもこの光景をよく思い出します。
関東大震災で被災された下町の人々がたくさん、武蔵野台地の上に移住してきて、商店も発展してきました。あちこちの商店街がどことなく下町気質だったり親しみやすい雰囲気なのはそういう歴史があるからだと聞きます。たまに不動産屋やTV・雑誌で、下町の十条とか大山とか書かれているのを見かけますが、そういう雰囲気を感じられているのではと思いますが、地理的なことや歴史を知らないとも言えますね。

都市計画道路、再開発でこれからがらっと姿を変えつつある十条ですが、なるべく古き良き姿、商店が残ってくれれば嬉しいです。

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