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2018 2/28 『望む』

あれこれどたばたで、ろくすっぽランニングも更新もできていないが、なんとか過ごしている。

最近ランニングは二週間に一回程度にしかできていないところが、逆に体調が狂うような感じで....
で、一週間酒を飲まずでほぼ寝ずに過ごしていたけども、副都心をぐるっとランニング。途中に寄ったホープ軒.....ここで一杯にんにくダブルして帰宅して家族の鼻をへし折るか、もうちょい走るか逡巡して。
後日、久しぶりに脚がなかなかの筋肉痛になって、妻に全身をもみほぐしてもらった。

ぜんぜん関係ないけど、暖簾のめくれと入口長靴放置がなんででしょう。
各店、それぞれなんとなく味が違うのは、創業者いわく、来店人数によって、仕込みの豚骨の量が違うからどうしてもバラつきがあるという。なるほど、納得です。ちょっと落ちついたらかなりひさしぶりに食べに行こう。

で、次の日に日高屋のワンタン麺を。
まったくお腹いっぱいにならないので、かぶら屋でテイクアウト....数年振りに食べたけど、おいしいですね。

ローストビーフやステーキよりも、ラーメンと焼き鳥。

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2018 2/7 『蓮根馬頭観音縁起』

----------------案内板から引用

当観音堂は、通称「田の観音」といい、本尊は牛馬を守護するという馬頭観音菩薩である。
開基は元禄十一年(一六九八)二月、貞閑大法師により現在地にまつられた。
通称は当時この一帯が田園であった事による。
農作業の往復時、あるいは荷駄の運搬途次、牛馬を連れて参拝する往時の人々の姿が偲ばれる。
当時は雨露をしのぐお堂はなかったが、利生あらたかなる観世音菩薩として信真の人々が、毎月十八日の縁日には村々より牛馬の手綱を握る人々が列をなし諸方より集い、観音堂はさらに降祥する。

----------------

馬頭観音は、高島通りと都営西台駅が面するメインストリートとの交差点付近にある。地図の赤丸部分。
建立されてから長い時間が経っているが、かつてこの一帯は徳丸ヶ原という一面田畑で、東京屈指の米どころだった。
高度経済成長期には悪水が流れ込み、田畑は使い物にならなくなり、開発とも重なり、農家の人々は土地を日本住宅公団に売却し、現在の高島平が誕生した。
何もない土地に馬頭観音が建立されたわけだが、当時は目立ったことだろう。
現在、近隣住民、足を止めて手を合わせる人もあまり見かけないが、手厚く守られている。
高島平が誕生して約50年、何もない土地が大変身し、団地が立ち並び、地下鉄が通り、かつての写真を見ると、これが街が生まれる瞬間なんだなとよく思う。
街が誕生して十数年後、ボクらスケートボードチームは西台、高島平を拠点として、毎日日が暮れるまでスケートをした。
今でもその当時のことは鮮明に憶えているし、週末はというと、東武練馬駅改札横にあったジョーイハンバーガーでエッグバーガー(30数年前....確か150円だった)とメロンソーダーをかき込んで、東上線に乗り、池袋へとスケートをしに行っていたのも懐かしい。
そういえばかつて、愛羅○○や◯舞という暴走族が夜な夜な爆音コールを奏でてそれはそれはとても賑やかだった。そして、台地の上を通る川越街道沿いは、他の某有名暴走族が縄張りとしていた。

余談だが、地図にあるダイエーは東と西に館が分れているのは、かつてその館の間に、用水路が流れていたから。ダイエーを通って、その先はヘビ公園へと続いて新河岸川(隅田川)へと流れ落ちていたそうだ。

【過去記事】
幕末を巡って
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山岡鉄舟 墓と山岡鉄舟居士之賛の碑
経王寺 山門の弾痕と上野清水観音堂のアームストロング砲の砲弾

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2018 2/1 『根津神社の塞の大神碑と追分一里塚』

----------------案内板から引用

この塞(さえ)の大神碑は、もと通称駒込の追分(向丘1−1)にあった。
ここは現在の東京大学農学部前で、旧中山道と旧岩槻街道(旧日光将軍御成道)との分岐点で追分(おいわけ)といわれた。
この追分は、日本橋から一里(約4km,)で、江戸時代一里塚のあった所である。
今も角店は江戸時代から続く老舗の高崎屋である。
この高崎屋よりに一里塚があり、榎(えのき)が植えられていたが、明和三年(一七六六)に焼け、その跡に庚申塔がおかれてたが、これも文政七年(一八二四)の火災で欠損した。
その跡地に、この塞(さえ)の大神碑が、明治六年(一八七三)に建てられた。地図の赤丸の場所。
同四十三年、道路の拡幅のため、碑は根津神社の移され、現在に至っている。礎石に移転の事情が刻まれている。
塞の神は邪霊の侵入を防ぐ神であり、道行く人を災難から守る神で、みちのかみとも道祖神ともいわれる。

----------------

塞(さえ さい)とは、ふさぐという意味。

根津神社は日本医科大学付属病院の向いにあり、入院をされている方の全快を祈るご家族も多く訪れていることだろう。実際に自分がそうで、よくお参りに行っていた。
根津神社は他にも、徳川家宣胞衣塚というものがあり、これは第6代将軍・家宣の胞衣(胎児を包んだ膜と胎盤)を埋めたものである。
そして、つつじまつりでも有名なところ。

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