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2023 3/31 『今年(2023年)の染井霊園の染井吉野 非常識な飼い主』

花見は染井霊園へ。
満開から何日も経っていたけど、まだまだ綺麗だった。
ただ、常識を疑うというか、常識を持っていないおばさんを霊園内でみかけた。60歳くらいかな....トイプードルを連れて散歩していて、考えられない光景だった....墓石に小便をさせていた。上から水を流していたけど、大変に驚いてとても嫌な気になった。すぐそこに他者が大切にしている家族、お骨があるんだけど....自分の家の墓石にはさせないと思うけど。。
すれ違った、犬を連れた他の方も「考えられない」と驚いていた。

お墓にはお骨はあっても、魂...「私」はいない。
そうとも言うけれども、ふつうのあたりまえの心をどこかに落してしまったのだろう。本人と犬の身なりはきれいだけど、中身はがらんどう。

さて、都内の染井吉野ももうそろそろ見納めだろう。
土日、気持ちよく花見ジョグをしよう。

【過去記事】
■旧丹羽家腕木門と蔵 染井霊園<藤堂家の墓所>
■豊島区駒込(染井)染井吉野 植木屋・庭師 伊藤伊兵衛家の菩提寺 西福寺への道標<大師道>と染井の泉 谷田川(谷戸川)の源泉の長池
■巣鴨 染井霊園<東洋のナイチンゲールと呼ばれたロダスカ ワイリックのお墓> 染井よしの桜の里公園<ソメイヨシノ発祥の地> 専修院<伊藤伊兵衛の屋敷跡>

■巣鴨薬園跡 <豊島市場>
■明暦の大火と本妙寺 遠山金四郎景元の墓
■豊島区巣鴨 本妙寺 千葉周作の墓〜豊島区駒込 木戸孝允の駒込別邸
■巣鴨に住んでいた徳川慶喜 明治時代の巣鴨邸と江戸時代後期の巣鴨

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 石仏 社寺 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・旧道/古道・坂道・廃線跡・都市計画・出桁造り・ルポなど>】のリストが展開します。
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2023 3/28 『1979年 柳町光男監督 映画<十九歳の地図>より 王子スラム(王子バラック)と岸二町内案内図<東京第一陸軍造兵廠の遺構 土手に掘られたトンネルの出入口に使用されていた石のアーチ>』

<十九歳の地図>は柳町光男監督・元ブラックエンペラー3代目名誉総長 “本間優二”主演による、北区王子近辺(王子・上十条・中十条・十条仲原・滝野川・王子本町・岸町、石神井川など)を舞台として撮影された映画で、王子バラック(王子スラム)とも呼ばれた在日朝鮮人・韓国人が主に棲む住宅が密集する地域の土手のシーンが出て来ることでも知られている。
この地域は本郷台地(武蔵野台地)の高低差があるので、たくさんある坂や階段が象徴的なものとして描かれていて、またかつて北区滝野川にあった巨大なガスタンクは危うさや畏怖のようなものとして、若さからくるくすぶる不満の象徴の代わりのようなものとしても捉えることができる。 ※ガスタンクは現 東京ガス、埼京線が国道17号をアンダーパスで通る場所の隣りにあった。

地図1枚目、赤で囲った部分にかつて王子スラム(王子バラック)があった。

地図2〜4枚目、スラムが形成される前は、王子の低地から十条台地にある東京第一・二陸軍造兵廠の施設を結ぶ軍用鉄道(ちんちん電車)の線路が土手(15m以上の高低差があるために盛土をした)の上に敷かれ、武器・火薬製造などの軍事上重要な施設・設備となっていた。
戦後は解体され更地になり、近隣から在日韓国朝鮮人が集って、バラックが形成されたという。

地図3枚目、線路が撤去された土手にトンネルが通っているのがわかるだろう。

航空写真より、土手に沿って住居が立ち並んで土・緑が茂っている。

東十条駅前に設置されている、岸町二丁目町会の<岸二町内案内図>を見ると、かつての王子バラックが立ち並んでいた土手部分が八五号線予定地で、畑、雑草(荒地)の表現がされた道が描かれている。
崖線下を南北に東十条〜王子方面をむすぶ道が、八五号線をトンネルでくぐっていて、レンガ表現と積石のアーチも細かく描かれている。
40年以上前に設置されたように思われる。
その後バラックも解体されて土手も撤去し、その跡地にJR線をまたいで、東北新幹線の高架をくぐった南大橋が建設され、その下に岸町と中十条・十条台を結ぶ坂道(南大橋の下に造られた坂道の為にトンネル状となっている)の南橋トンネルが造られた。

写真下から3枚目、トンネルがあった場所にはちんちん山児童遊園が整備、陸軍のトンネルの遺構が移設保存されている。岸町二丁目町内会や北区の尽力ですね。
※北区公式チャンネルYoutube<北区鉄道物語3〜かつての鉄道風景をたどる〜>で上記のトンネルや築堤、線路跡などが見られます。

写真一番下がちんちん山の土手で奥が十条台、右に見える建物が旧十条台小学校だと思われる。(パノラマプール十条台)
※十条台小学校横穴墓/十条台遺跡群がある。

※アマゾンプライムで映画<十九歳の地図>、40数年前の貴重な王子バラックや石神井川、飛鳥山のスカイラウンジ、王子大堰や改修前の音無橋下などを見ることができる。

【過去記事】
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋<王子スラム・王子バラック跡>)のトンネル跡の湧水
■1979年 柳町光男監督 映画<十九歳の地図>より 王子スラム(王子バラック)と岸二町内案内図<東京第一陸軍造兵廠の遺構 土手に掘られたトンネルの出入口に使用されていた石のアーチ>
■1979年 柳町光男監督 映画<十九歳の地図>より 銭湯浴室に掛けられた[つり堀り 加賀園]の看板(旧 加賀浴場だろうか?)

■板橋宿 上宿跡はスラム街(貧民窟)になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件

■文京区小日向 鼠坂<森鴎外の小説「鼠坂」の舞台となった坂> 鼠坂下は江戸有数の盛り場<岡場所(私娼窟)> 昔は一種のスラム街

■東京第二陸軍造兵廠 板橋火薬製造所跡 弾道検査管(爆速測定管)の標的
■千川上水から東京第二陸軍造兵廠板橋製造所へ取水した分水口と水路跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第二陸軍造兵廠の石碑
■東京第一陸軍造兵廠 陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の憲兵詰所
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡
■国指定史跡 東京第二陸軍板橋火薬製造所跡
■東京第二陸軍造兵廠 境界壁(支柱)
■東京第二陸軍造兵廠 稲付射場跡 梅木小学校にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■東京第二陸軍造幣廠(板橋火薬製造所)と陸軍兵器補給廠を結ぶ軍用トロッコが環七(富士見通り)をくぐっていたトンネルの遺構
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳
■北区滝野川3 四本木稲荷神社/四本木稲荷古墳 火薬製造の圧輪を用いた<忠魂碑>と圧磨機圧輪記念碑

■十条冨士塚(冨士神社)と補助83号線
■十条台古墳群 十条冨士塚(冨士神社) 2022年11月 遺物の出土<勾玉?・土師器など 防空壕跡>

■JR貨物北王子線と廃線跡
■JR貨物北王子線と廃線跡と映像
■JR貨物北王子線の廃線跡 線路撤去工事

■板橋宿 上宿跡はスラム街(貧民窟)になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件

■文京区小日向 鼠坂<森鴎外の小説「鼠坂」の舞台となった坂> 鼠坂下は江戸有数の盛り場<岡場所(私娼窟)> 昔は一種の貧民窟(スラム街)

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ここをクリックすると下に【過去記事2<地域史(歴史)・史跡遺跡(古墳 塚 石仏 社寺 城跡 陸軍 )・文化財・宿場・上水・旧道/古道・坂道・廃線跡・都市計画・出桁造り・ルポなど>】のリストが展開します。
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2023 3/23 『1979年 柳町光男監督 映画<十九歳の地図>より 銭湯浴室に掛けられた[つり堀り 加賀園]の看板(旧 加賀浴場だろうか?)』

<十九歳の地図>は柳町光男監督・元ブラックエンペラー3代目名誉総長 “本間優二”主演による、北区王子近辺(王子・上十条・中十条・十条仲原・滝野川・王子本町・岸町、石神井川など)を舞台として撮影された映画で、王子バラック(王子スラム)とも呼ばれた在日朝鮮人・韓国人が主に棲む住宅が密集する地域の土手のシーンが出て来ることでも知られている。
この地域は本郷台地(武蔵野台地)の高低差があるので、たくさんある坂や階段が象徴的なものとして描かれていて、またかつて北区滝野川にあった巨大なガスタンクは危うさや畏怖のようなものとして、若さからくるくすぶる不満の象徴の代わりのようなものとしても捉えることができる。
※ガスタンクは現 東京ガス、埼京線が国道17号をアンダーパスで通る場所の隣りにあった。

作品の中の銭湯のシーンでは、浴室の背後に[つり堀り 加賀園]の看板が出てくる。
加賀園の場所は簡易的な看板の地図から推測すると、王子本町2丁目(地図の2つの青丸のどちらか)にあったと読み取れるが、去年まで営業していた加賀浴場と同じ経営者が営んでいたのだろうか。
所在地は番地が省略されているために、地図から推測すると加賀浴場隣接か少し音無橋に近い場所のようにも思われるが(王子新道と岩槻街道の交差点にかつてあった交番の斜め向かいあたりのように描かれている)、都内銭湯の源水のほとんどは地下水を汲み上げてボイルしているので、銭湯に使う余剰水を釣り堀に活用していたとも思うので、隣接していた可能性が高いかもしれない。
台地の際からの湧水が豊富な地域なので、少し掘削したら今よりも多くの水が湧き出たことだろう。
余談だが、この旧加賀浴場・加賀園跡付近には(今もだろうか)、元首相 小渕恵三氏の邸宅がある。

自分は王子や十条地域と似ている地域環境で育ったので、新聞配達で生活費を稼ぐ予備校生である主人公、蟹江敬三が演じるどうしようもない中年同僚や王子スラムに棲むマリアなど、町に住む様々な家庭の人々などの登場人物を見ていると、こういう似たような人達がいたなと、どこか懐かしささえも感じた...片親ということだけで蔑む態度、差別されたりということが多かった。
・・・主人公の青年の危うく鬱屈して歪んだ感情は猟奇的で、いつの時代でも変わらず現代にも通ずる。

※アマゾンプライムで映画<十九歳の地図>、40数年前の貴重な王子バラックや石神井川、飛鳥山のスカイラウンジ、王子大堰や改修前の音無橋下などを見ることができる。
王子バラック(王子スラム)と言われた土手に立ち並ぶ住宅はもう無くなり整備されたが、その当時の遺構が僅かに今でも見ることが出来る。【過去記事】を参考に。
※北区公式チャンネルYoutube<北区鉄道物語3〜かつての鉄道風景をたどる〜>で上記のトンネルや築堤、線路跡などが見られます。

【過去記事】
■東京第一陸軍造兵廠 軍用鉄道軽便線(ちんちん電車)トンネル跡
■東京第一陸軍造兵廠の軍用鉄道 ちんちん山(南橋<王子スラム・王子バラック跡>)のトンネル跡の湧水
■東京第一・第二陸軍造兵廠電気鉄道の遺構 跨線橋の台座
■東京第二陸軍造兵廠 加賀公園 電気軌道(トロッコ)線路敷跡
■東京第一・第二陸軍造兵廠 陸軍兵器補給廠へつながる赤羽根火薬庫道にある陸軍用地の標柱(石標)
■十条板橋道と王子稲荷道の追分に置かれた(仮称)稲付の関所跡と稲付川に架かる赤羽根火薬庫道の橋跡

■板橋宿 上宿跡はスラム街(貧民窟)になった岩の坂(いやな坂) 板橋貰い子殺し事件

■文京区小日向 鼠坂<森鴎外の小説「鼠坂」の舞台となった坂> 鼠坂下は江戸有数の盛り場<岡場所(私娼窟)> 昔は一種の貧民窟(スラム街)

■板橋区高島平(徳丸ヶ原)・西台、板橋区大山 <危険です!スリルとスピード、ルール無視/あせりと無理が危険を招く> コールといえば

■王子十五滝に加えて 旧渋沢家飛鳥山邸(曖依村荘跡)下 今も残る飛鳥山の小さな滝(十六滝)
■音無川(石神井川) 音無渓谷 庶民が王子大滝と呼んだ王子大堰
■王子七滝 見晴の滝跡の湧水と芝坂
■王子七滝 見晴の滝の名の由来
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区岸町2丁目の湧水
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3丁目 荒澤不動(荒沢不動)の湧水と馬坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区中十条3〜4丁目の湧水と清水坂
■武蔵野台地東部(十条台地) 北区清水坂公園の湧水(井戸)

■北区岸町 三平坂
■北区中十条3(東十条駅北口) 石神井坂

■王子新道の由来と花月通<千川上水に架かる花月橋>

■電話番号の表札 ◯◯方・◯◯◯◯◯呼出 ◯◯ 電報

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ここをクリックすると下に【過去記事1<河川・湧水・池・滝・堀・上水・暗渠・橋・宿場・史跡遺跡(貝塚 古墳 塚 庚申塔 道標)・文化財・古道・坂など>】のリストが展開します。
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2023 3/13 『開花とジョグにビール、そして読書を。』

ここしばらく暖かい日が続いていたので、桜並木のいくつかの染井吉野が開花していた。この時季のジョグ後のビールは一段と大変においしい。故に走っている人も多い。
さて、しばらく好きな読書とも遠ざかっていたが、久しぶりに小説を手に。奥田さんの作品はほとんど読んでいるけど、やはりとてもおもしろい。
これは2年か3年くらい前の作品で、今の自分には心におもしろく響いた.....こういう短編でほんわかとした中でもしっとりくる(うまく表現出来ない)小説はやはり好き。新作もまだあるので読んでみよう。

で、評判が良いとのことで読みたかった<哲学と宗教全史>。前から買おうか借りようかと逡巡していたので一先ず借りてみた。厚さが4cmくらいあるし、おもしろいけど2週間では読み終わらなさそうなので買おう。一家に一冊あっても良いと思う内容。納得。

人にもよるけど、老眼を感じるようになると本から離れるようになる。
字も書きにくくなりますしね。いやなものです。

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2023 3/10 『池袋四面塔尊と池袋四面塔稲荷大明神 「何か◯◯したのですか?」と、奇妙なことを尋ねる日傘の女性』

地図の赤丸部分近辺の南北に通る道は板橋宿と雑司が谷や高田地域を結ぶ古道で主要な街道として発展してきた。池袋本町はかつての池袋村の中心地で、現在の池袋駅周辺は一面の畑だった。また、弦巻川や水窪川の水源もあり、湧水も豊富で、牧場もいくつもあった。
この赤部分近辺にはかつて辻斬りが頻発して、多くの村人が犠牲になったが、池袋に買い物や遊びに来る人々でその歴史を知る人は少ないだろう。地図の黒丸部分、P'パルコの隣りの公園の一角に四面塔尊と四面塔稲荷大明神が祀られている。
少し前にこの四面塔の前で、ある婦人に声をかけられた奇妙な出来事にあった。下の過去記事に加筆しました。

【過去記事】
■池袋 四面塔尊 辻斬残骸 無縁仏の供養 池袋村 高田道<四ツ辻付近の追はぎや辻斬> 【2023年3月10日 加筆:<「何か◯◯したのですか?」と、奇妙なことを尋ねる日傘の女性>】

【関連記事 】
■雑司が谷 未来遺産 雑司が谷・高田と池袋本町と板橋宿をむすぶ高田道
■中山道と川越街道起点の平尾追分 高田道と川越街道の四ツ又
■古道 高田道と旧川越街道の辻 四ツ又馬頭観音(板橋区登録有形文化財)
■板橋区板橋2丁目高田道沿い 子易神社<胸突地蔵 別名身代わり地蔵> <狐山>と<高稲荷山>に住む狐と金井窪のきつね色の水
■板橋区板橋2丁目・大山金井町 高田道 金井窪の峠(高稲荷山の切通し)
■東京府北豊島郡金井窪村 今も残る金井窪村の痕跡
■谷端川 高田道沿い<子易神社境内 田楽橋の橋桁(板橋区板橋2丁目)>

■池袋の川 弦巻川
■豊島区の100年 弦巻川 丸池跡
■豊島区の湧き水と池 <弦巻川の水源である丸池跡の元池袋公園の思い出>
■文京区目白台2 清土村 暗渠となった弦巻川にある自噴井戸
■雑司が谷 大鳥神社 <弦巻川暗渠記念碑>

■池袋の川 水窪川 暗渠をぬけて
■今宮神社駐車場の湧水 (水窪川 小日向台の崖線)
■水窪川の擁壁 小日向台の崖線から滲み出す水 八幡坂 江戸切絵図より
■水窪川が削った深い谷と階段 旧大塚坂下町(大塚五丁目)
■巣鴨プリズンの遺構 水窪川<排水口> イケ・サンパークに移設・復元)
■水窪川跡沿いにある家屋 日出優良商店会 <ミート&デリカ なりたや>の黒毛和牛入り一個五十円のメンチカツ
■水窪川 鳩山会館隣りの水路の遺構 今宮神社前に残る石橋(橋桁) 小日向台の崖からの湧き水

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2023 3/8 『牛より豚』

牛肉の肉々しい味がそれほど得意ではないので、嫌いではないけど焼肉屋にもほぼ行かないし、ステーキやローストビーフも、牛肉を使ったお弁当もほぼ食べない。ホルモンはギリでミノでハチノスはぞわぞわする。

上から豚バラキムチ。少し酸っぱくなった(自分は好きだけど)キムチはコチュジャンやはちみつなども使うと、豚バラの甘さも相まってグッと美味しくなる。ニラを入れるとよりおいしい。たまに作る。

ニラ玉、これもたまに作る。

平茸の炊き込みご飯。ぬか漬け。きのこの炊き込みご飯はよく作る。あまったら握ってもらって冷凍庫へイン。

ほぼ毎日食べるは納豆と具沢山の味噌汁。
ヒジキの煮物もよく作るけど、あまり食べないほうが良いという記事を読んだけどどうなんでしょうか。

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2023 3/1 『板橋区大山町 山中通り商店街(大山道・小松屋横町道)  補助第26号 2023年2月の現況』

地図の黒丸部分、補助第26号(地図の薄い灰色線)を開通させるために、立ち退きが続いている。また、いち早くハッピーロード大山商店街のいくつもの商店も立ち退いた。
この計画は商店街分断させるので、反対する人々や団体も多いと聞く。昔ながらの商店街の町並みががらっと変わり、大山駅は少し移動し高架となり、東京都健康医療長寿センター(養育院跡地)前には駅前ロータリーも出来る計画のために、こちらも立ち退きが進んでいる。

黒丸部分、写真に写る山中通り商店街は消滅してしまうのだろうか。
水棲生物植物屋や老舗のそば屋も中華屋も立ち退きの為に閉店してしまった。(大山町交番<旧山中交番>はいち早く移転した)
再開発後には大資本のお店ばかりになってしまうと思われるがどうだろうか。

【関連記事 】
■旧川越街道 ハッピーロード大山商店街 小松屋横町道に佇む“命”の碑
■板橋区大山町 山中通り商店街(大山道・小松屋横町道)  補助第26号 むかしの大山西銀座商店街(大谷道) とハッピーロード大山商店街・大山サンロード(遊座大山商店街)の町並みと思い出 山中の村人と板橋宿の開拓と整備(2022年2月22日加筆・写真追加)
■板橋区大谷口 古道 大谷道と薬師道の交差点 豊島八十八ヶ所巡礼の道標

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